--メジロ家当主の視点
「あなたのところの孫娘達が天皇賞に出ないと聞いて心底驚いたわよ」
今は顧問という名の充て職に就いた、かつての学園の長であり、私の盟友でもある彼女がそう切り出した。
今年の天皇賞春。
天皇ご夫妻もご観覧されると言われたレースに我がメジロ家からは一人も出走登録がなされなかった。
その理由を尋ねに来たのだとか。
そんな大層な理由なんて無いのですけれどね。
まあ答えを欲しているようですので一応答えておいてあげましょう。
「孫娘らは栄光よりプライドを獲ったのよ。
尤も、今年の天皇賞に出たところで一着を獲ったあの娘に勝てるとは思えなかったけどね」
「それはそうよ。あの娘は……」
「結構。結果が全てよ。
それに孫娘らは今は例の娘へのリベンジで頭がいっぱいのようだから」
今でも覚えている。
ライアン、アルダン、パーマーが初めて出走した春の天皇賞。
あの時の出走バも錚々たるものたちが集まったのだが、結局は例の娘の圧勝劇で終わった。
それだけならいいのだが、例の娘は受け取った楯を落っことしてしまったのだ。それも古い方を。
普段の過激な思想・言動から『故意だ!』と周囲は騒ぎ立て厳罰を求めたが、嘲笑うかのように徹底抗戦をされて、下された処分は厳重注意のみ。
高々ちょっと歴史ある楯を落としただけでレースの出走を制限されたら溜まったものでは無い、と例の娘のトレーナーが話していたのが印象的でね。まあそれは御尤もだと思ったわ。
ただ、孫娘達としてはレース結果はまるで眼中に無いと言った振る舞いが矜持に触れたらしくてね。
散々コケにしてくれた落とし前を付けてもらわなくちゃ、という事で随分と執心しているみたいなのよね。
「そう。お孫さん達は随分貴方に似ているのね」
「敵を定めてぶちのめす。それもメジロよ。まあアルダンはあの娘にもご執心みたいだけど。
『ぶっ〇してやりますわ!ついでにネイチャも』なんてアルダンの口上、初めて聞きました。
流石に注意したけど、近くにいたマックイーンも感化されちゃってね。あれはきっと近い内に何かしでかすわ。マックイーンが」
「私は一線を退きましたので。後任の若いのが何とかするでしょう。
でも残念ね。例の娘の入学を境に益々面白そうな娘達が今の学園には集まってきているんだもの」
「そう思っているのであれば、今からでも復権したらどうです?」
「まさか。例の娘の件でもうお腹いっぱいなのよ」
例の娘の事については深く言及する気はないですが、中々苦労させられたのでしょう。
語る口調はとても疲れて、寂しそうですので。
と言うより未練たらたらでは無いですか。
例の娘の事も、集まって来た楽しそうな娘達の事も。
湿っぽくなるのはウマ娘達の特権だと思っていましたのに、中々どうしてこの同級生にも当て嵌まります事。
「貴方が決めたことですのでとやかく言うつもりもありませんが。ああ、そのための顧問職ですか」
「ええ。逐一情報は入ってくるし、楯の授与の時みたいにお話しする機会も稀にありますしね」
それでいて小細工を弄すのがお好きなのですから、やはり変わりませんね。
尤もその慎重な性格に当時の私は良く助けられましたから。
そんなあなただからこそ、今でも友誼を交わしているのですよ。
「とにかく、私としては外野がどう言おうが孫娘達の意思を尊重するだけよ。
楯の誉を頂戴すること以上のものを見付けるなんて、素敵じゃない」
「軽く言ってくれるわね。追い掛けているものが『特大の嵐』だとしても?」
「乗り越えてくれるわよ、きっと」
私に似て、孫娘達にも頼れるパートナーがいるんですもの。
--宗教狂い?なウマ娘の視点
「見えました!先行して差すが吉!!」
「救いは……ってええええ!!!
末脚で追い込まないのですか~」
んっふっふー。シラオキ様のお告げは絶対なのです。
「おう、バ鹿やってないで練習しろ練習」
「むぅ、バ鹿とは何ですかバ鹿とは! いいですかトレーナー、次は先行して先行して最後に差し切りますよー!」
「ならほれ、これ引け。タイヤちゃん(三倍増)だ。
いつも背負ってる猫ちゃんより上等な重さだぞ」
「猫ちゃんじゃないです、シ・ラ・オ・キ様! と言うかこのタイヤを用いた車両を一度でいいから見て見たいんですが」
「フクキタルさーん、これ、いつものより凄い重いですよ~」
ドトウが引っ張ろうとするも中々に動きが鈍い。
なるほど、これが試練なのですね。
やってやろうではありませんか!
「ちなみに今日はあの坂路で引くのが練習な。先ずはあそこまで運べよー」
おにぃぃぃいいいいいい!!!
「いつも見てて思うけど、凄い力だよなー」
私が引くタイヤに乗っかりながら話し掛けて来るトレーナーは正直鬼だと思うんです。
でもここで離し返さないとトレーナーは嬉々として私をイジメて来るので、仕方なくお話に付き合って上げます。
「フンッ!何を、今更、フンッ!あなたが、できると思って、フンッ!指示してるん、でしょうが!」
「いや、これやらんとあいつには届かないかなーと思って」
まあ、トレーナーが言ってることに間違いはありません。
それどころかこの程度で音を上げているようじゃ、遠く及ばないでしょう。
なら、この試練すら軽く乗り越えるのみ!
「シィィラァァオォォキィィサァァマァァ!!
我に力をぉぉぉぉおおおおおお!!」
「(こいつも大概狂っているよなぁ)ほら、もっと引くスピード上げてこうか」
--メジロなウマ娘(ナイーブ)の視点
メジロとして注目されていた私は、けれど自身の素質の無さを誰よりも理解していた。
だから走った。
誰よりも長い間、速く走り続ける事ができるように。
自分より速い奴は山ほどいる。
でも、それを長い間持続させることができる奴は?
自分には、終盤で追い込めるほどの脚も無ければ、先行して差し切る脚も無い。
必然、逃げ一択。
「ぷうぁぷうぁぷうぁああん♪!
パーマー、まだまだバイブスアゲれるっしょ」
「ウェーイ、ウェイウェーイww」
サングラスと開けた胸(胸筋)がトレードマークのウェイ系トレーナー。
控えめに言って頭がおかしい格好をしているけど、これで頼りになるトレーナーなのだ。
模擬レースで試した逃げが思いの外自分にしっくり来た事を踏まえ、その路線で行こうと思った矢先、この頭の痛くなる格好をしたトレーナーはヘリオスを伴って私の下に誰よりも早く駆け付けたのだ。
『逃げ同士、波長が合いそうな的なww?』
他にも私に声を掛けてくれそうなスカウトはいたが、直感的にコイツしかしないと思った。
私の方針を知ってか知らずか、同系統のヘリオスを既に落として私の下にやって来たと言うのもポイントが高かった。
まあ後から聞いた話『別のトレーナーが爆逃げコンビって言ってたから、揃えた方がいいかなーってww』と、向こうも直感便りだったみたいだけど。
ヘリオスが速攻でスカウトを受けた理由だけは未だに謎である。
『逃げ?いいじゃん良いじゃん。
ふむふむ、根性で逃げ続ける的な?なら体力と初っ端のダッシュ力じゃん。後から抜くの苦手なんしょなら最初マジ肝心。
練習は組むから、任せておkマル』
『パーマーってんだー。あたしはヘリオス。ダイタクヘリオス。さっきのダッシュ、ナイスダッシュじゃん!
っつーわけで『爆逃げコンビ』爆誕、的な?』
『はぁ(何言ってんだコイツら)』
とにもかくにもトレーナーと対話を重ねた結果、逃げ戦法特化のウマ娘としてやって行くことになった。
始めこそ結果が伴わず、周囲からも家からも逃げを止めろと言われ続けていたが、こんなトレーナだから外野の言う事なんて殆ど耳に入れず、寧ろ私のヘイトまでトレーナーが集めてくれたまであった。
『俺ってこんなナリっしょ。小言何て言われ慣れてるわけよww』
軽口を叩きながら私の面倒を見てくれるのだから神経も図太い。
仮に私が結果を残さなくても絶対に折れないタイプの人間だと思う。
だからこそ私も彼に対する後ろめたさなんて一切感じず、じっくりと練習に励むことができた。
時にいつまで経っても結果が伴わず折れそうになっても、そういう時は何故か鋭いヘリオスがトレーナーと結託して遊びに連れ出してくれたり。
ありがたいよ、本当。
「ふぅ。ヘリオスはさ、安田記念良かったの?」
ひとっ走り終えてヘリオスに尋ねる。
今回ヘリオスは得意距離の安田記念では無く、私と同じ宝塚に注力してくれている。
「?だってパーマー宝塚出るじゃん。なら私もそっち出たいし、出れそうだったし」
「安田記念はヘリオスの適性距離じゃん。そっち目指さないの?」
「うーん、始めはそれも良かったんだけど、パーマーがいた方が調子アがんだよね。『爆逃げコンビは、永久に不滅です』的な♪」
「私のt「練習だけでなく、レースでもお互いに高め合えるってのは幸せなことだぜ☆
だからパーマーは余計なことを考えず。ヘリオスはパーマーよりバイブスを上げて走れ!」
多分トレーナーは、ヘリオスがヘルプ的な意味合いで走ってるのでは?と考えている私に、それを言わせないようにしてくれている。
だからこそ『余計なことを考えるな』って言ってくれたのだと思う。
こういうところがあるから、トレーナーには感謝しかない。機微に敏いと言うか、
トレーナーに目を流すも『イヤン、照れるww』といつも通り煙に巻かれる。
ああ、これもいつも通りだ。
ヘリオスが突っ走って、私が内心でおろおろして、トレーナーが上手く折衷する。
ホント、私には出来過ぎた環境だよ。
「……うん!走り抜けるっしょ!!」
だから私は躊躇うことなく、あいつをぶちのめせに行ける。
クラシック明けの初めての天皇賞(春)。
フラッとやって来てそのまま楯を回収して行ったあいつ。
私らは誰も対抗することができなかった。
アルダン、ライアン、私に、その他メジロの先輩方。
他にもシンボリルドルフやゴールドシップ等、中々に強者揃いのメンバーが揃ったにも関わらず誰も対抗足り得ない、圧倒的な勝利。
何よりも集まった私らでは無く、自身の醜聞の方がネタになると言わんばかりの態度。
『ライバルの存在? あ、いいですそういう暑苦しいの。そもそもレースが嫌いなんで。
ホント労働者って辛いですよね。好きでもない仕事をこなして生活をしなければいけないんですから。
ただメリットもありますよ。若い内にまとまったお金を手に入れて、まあ豪遊しなければ一生食いっぱぐれる事はありません。
だから走れる内は一生懸命走ります。将来のために』
本心なのだろう。加えて全レース関係者に対する嫌がらせの意味もある。
おばあさまはそんな事を言っていた。
詳細を知っているのは恐らく元理事長とお付きの人(たづなさん)だけとも言っていた。
理由はどうあれここまでコケにされたのだ。
屈辱は3倍返しと相場は決まっている。
『イジメたくなった娘が宝塚に出走すると聞いたので』
嫌らしい笑顔でインタビューを受けていたあいつが言っていた事。
あれには二つの意味がある。
一つは言葉通り特定ウマ娘に対する私怨。
もう一つはメジロに対する嫌がらせだ。
あちらの陣営は既に今年の春天が天覧競バになると言う情報を押さえていた。
そしてそれらの情報をメジロを擁するトレーナに流していたのだ。
当然、アルダン、ライアン陣営にも同様の情報が出回っていたそうである。
キレたね。
どこまでバ鹿にしてくるあいつら陣営に。
あれだけの実力がありながらレースでは無く、盤外戦に力を入れるようなあいつらに。
何より、その程度の都合であいつとの出走を取り止めにするかと思われたことに。
安い挑発だと言うのは分かっている。
スルーしたって構わなかった思うし、春天に出てくる面子だって尋常じゃない面子だったし。
でも私は。私らメジロはそこまで大人じゃない。
だから乗ってやることにした。そのやっすい挑発に。