「今日から新しく皆さんの練習に合流します、新入生のキュウセイナイトさんです。
改めてようこそ、チーム・エルナトへ」
「ご紹介にあずかりましたキュウセイナイトです。
専門は芝で先行してからの差しが得意です。
2000~3000を主レースとする予定です。よろしくお願いします」
「お願いします。
それとこちらの彼は私の後輩でこのチームのサブトレーナーでもある南坂君です。私より有能だから現場を任せています」
「ご冗談を、チーフ。
チーム・エルナトでサブトレーナーとして皆さんの指導に携わっております南坂です。
今日はケガに十分気を付けて励んでください。徐々に追い込んでいきましょう」
午後のコマも終わり放課後。
今日から私はチームに合流することとなった。
チーム内には見知ったサイドテールの姿もあり、私の様子を見て驚いているようだった。
そりゃそうだろう。あの刺激的勧誘を目の当たりにしてなお、選んでくれなかったチームに入ろうとするわけだから正気を疑うよね。
それはさておき。
当然サイドテール以外にもメンバーはいるわけで。
聞くところによると今年で卒業のやつが1人、来年で卒業が2人いて、シニアデビューしたばっかのやつが2人。私を含めると7人。そこにトレーナーが2人体制である。
まあちょうどいいのかな。
なお皆さん自己紹介がてらご丁寧に目標としてるレースまで聞いてもいないの教えてくださったことなので、参考までに情報として整理しておこうと思う。
最年長は重賞福島ステークスの入着が目標であわよくばヴィクトリアマイル。
その下2人が秋天が目標でまずはオールカマーと毎日王冠を目指している。
シニアデビューほやほや組も同じく秋天。
基本的にどの娘も目標の決め方なんてこんな感じだ。
大目標のG1、ステップアップ重賞、重賞に出るためのOP。優先出走狙いで最効率で目標G1を目指す。
もしくは勝てそうなレースで入着を狙うか。
重賞で入着に引っかかりそうなウマ娘がいるのだからこのチームは割と優秀な方なのだと思う。
その大多数がOPとそこに至るまでのクラス戦でバッサリ切られる。
結局出れるのはほんの一握りだから。
況してや重賞など狭き門を潜り抜けた精鋭か、常勝の強豪か。
特にシニア期に突入したら世代の壁が取っ払われるからもうカオスだ。
上はもちろん、特に下からニューフェイスが流動的に入ってくるもんだから、ロートルはどんどん駆逐されていく。
それでなお高等部の卒業まではレースに拘るやつらが多いこと多いこと。正直理解不能である。
それよかスパッと諦められるやつの方がまだ現実見えてると思う。
いや、お金を稼ぐって意味ではバイトするよりはずっと効率的か。
それを部活感覚?でできるわけだから、……そう考えるとウハウハですな。
この考えをぶち撒いたらどんな反応が返ってくるだろうか。
こんなこと考えてるうちに自己紹介も終わったようだ。
早速サブTの指示でさっそく練習に移ることになった。
「ねえ、あんたはどうしてここを選んだの」
サイドテールである。
全体練習で体をほぐし走り込んだ後、二人一組で併走をすることになったわけであるが、新入生同士ということでまあこうなる。
当然正直に話すわけにはいかない。
「チーフTに興味が湧いたから」
「それだけ?」
「それだけって、あんな熱烈な歓迎目の当たりにしちゃったら仮に当事者じゃなくても興味は沸くでしょうよ。
それと現実的な話、これ以上の高望みもするだけ無駄だと思ったから。
少しでもレベルの高い有力チームより、自分に合ったチームに入った方が続くでしょ。
実際にアポを取ったら直接会ってもくれたし、あのレースの話もしたら結構好意的にチーム加入も進めてくれたしね。
これが決定打。親身になってくれるとこだなって」
「ふーん。
案外打算的なのねあんた。勢いで入った私とは考え方が違うみたいね」
「考える時間があったってだけだよ」
話している内容は割と真実である。
ただ、余計な本音を語っていないだけで。
さて、そんなわけでサイドテールと併走を続けているのだが、いかんせん、実力が温すぎる。
片手間に先輩方の併走も覗いてみるが、これも温い。
シニアと言っても所詮はこんなものか。多分OPで入着に引っかかれば上等な部類。
「そんなものなのね」
「そんなものだよね」
本心は隠したまま、上っ面の言葉だけで返した。
練習自体はくっそ体に負担をかけるインナーのおかげか、割とへとへとになった。
浴場で汚れを落とし食堂で夕食を食べ終えた後、サイドテールと一緒にトレーナー室まで足を運んでいた。
練習後に改めて今後について面談をすることになっていたのだ。
シニアほやほや組が部屋を出たのを確認し入れ替わりで私らが入ると、チーフTとサブTがソファーに座るよう促し、早速話を切り出した。
先ずはメイクデビュー戦について。
これについてはどの距離を走るかについて問われたわけだが、私もサイドテールも芝で2000を選択。
次に目標と方針について。
私の目標はダービー。
方針は目立たずに賞金と勝利をチマチマ稼ぐことと改めて説明。
もちろん表向きは、である。ちなみにサブTは苦笑いをしてるようだった。
サイドテールはクラシック路線でいくらしい。
レースも関連したクラス戦をさっさと突破してOP、重賞と割とがっつり行きたいとのこと。
夢と希望に溢れてやがる。
圧倒的に負けた模擬レースを経てなおこの精神的タフさはある意味大物では。
「心意気は買います。
しかしそれには毎日の積み重ねが必須です。
気持ちはあれど今日明日に突然強くなるということは無いのです。それはお分かりですか」
「当然。あのレースで付けられた差が私のスタート地点よ」
「よろしい。ではそれ相応の練習プランに組み直します」
ん、ちょっと待て。
何焚きつけてくれちゃってんのトレーナー。
私の追い込練習はどうするつもりだ。
「ナイトさんも一緒にやる気があるなら付き合っても構いませんよ。
あなたの方針だと必然、じっくり鍛えつつレースに臨むということになりますし、その方が
ということで南坂君。お二方の現場監督をお願いしますね」
あ、そういうこと。目撃者がいる状況で追い込みができるってわけね。周りからもそれほど不自然には思われないし。連絡の手間も省けるね。
サブTは驚いた表情をしつつも覚悟を決めたサイドテールの顔を見て「分かりました」と承諾した。
この決心の速さは流石中央と言うべきなのか。
「と言うことでナイトさん。あなたも十分練習に励んでください」
「いい性格してますね」
「よく言われます」
不機嫌な表情を作りつつも内心では超感謝である。
険悪な空気を感じてか、サイドテールがサブTを引っ張って「りょ、寮まで送って」と手を引いて強引に退室してしまった。
「お二人もいいタイミングで退室しましたし、追加事項の確認です。
メイクデビュー戦後の未勝利戦はどうお考えで」
「4戦目か5戦目で勝っときます」
「未勝利戦の雰囲気は回数を重ねるごとに悪くなってくるわけなんですが。まああなたには関係ないですかね」
「その程度、問題にならんですよ」
未勝利戦は回数を重ねるごとに空気が重くなる。大抵の奴は途中で折れる。
「レース方針はさっきの通りです。
コツコツ稼いでる体で優駿をがっつり平らげます。
それと追加練習の件はありがとうございます」
「ああ、あれはあの娘のおかげですね。
おかげでこちらも南坂君に上手く押し付けることができました」
この変わり身である。
「ただし、あなた自身で練習するときは引き続きどちらかに連絡は入れるようにしなさい。
それと私とのトレーニングですが、非常に億劫ではありますが普段の練習とは別に定期的にやる方向でいます。
南坂君が見てくれるとは言え超負荷を外した場合の調整も必要ですからね」
「ありがとうございます」
「それと最後に私の見解ですが、去年のシービーさんと言い今年の2強と言い、トゥインクル・シリーズにどうも新しい風が吹き始めています。
来年以降も有力バが続々入学する予定です。あなたにとっては逆風かもしれませんが」
「全部飲み込んで荒らしまくってやりますよ」
「なるほど、いい気概です。
さて、南坂君もそろそろ戻ってきますしあなたも部屋に戻りなさい」
この日以降本格的なレースの世界に足を踏み入れることとなる。
チーム練で汗を流す。
追い込み連でサイドテールと吐くまで追い込む。
定期ツーマンセルでチーフTにどん引きされる。
超負荷のインナーの厚みもどんどん増しており私の進化は留まることを知らない。
メイクデビュー戦を迎える。
サイドテールはなんとシンボリルドルフと同レースとなってしまい当然大敗。それでも4着と掲示板入りしており、続く未勝利戦でなんと1抜け。
こいつの実力で早々に抜けるとは思ってはいなかったため正直驚いた。
案外Tの選別眼も……それは無いな。純粋に実力と努力か。
しっかりお披露目されたウィニングライブが妙に印象的だった。
ちなみに私のメイクデビューは6着。
その後の未勝利戦も(私にとって)順当に進み、7月に入ったころ、5戦目にして上手く勝ちを拾うことができた。
なお、私の初勝利前、4月早々に一番上のパイセンは件の重賞レースを入着圏外でG1出走が叶わぬまま引退した模様。
私からしたらその実力でよく6年間もレース戦線で戦い続けることができた思う。
やり遂げた顔をしたパイセンの顔が誇らしげに見えたが、その様子が堪らなく私には不快だった。
さらに時が流れる。
一足先にクラス戦に参戦したサイドテールは初戦を7着で迎える。
以降も積極的にレースに参戦し、数回入着、1勝、2勝と勝利を重ねる。
重賞にも出場する機会を得るがそこでは未だ入着圏外。
しかしながら着実な成長が見られており、本人もより一層奮起している様子であった。
一方の私はデビューこそ遅れたが1勝クラス入着。
以降もギリギリ1着、入着を上手く全力を出して演出する。
格上のレースは「自分の実力ではまだきつい」と言い訳をして断っており、周囲も妥当な判断と見てくれているようであった。
故にレース経験も実力もサイドテールの方が高いと周囲は判断しているようである。……バレたら退学ものだと言うのは言わずとも分かる。
実績を見ると獲得賞金的こそサイドテールの方が上だが、収得賞金的には私の方が上という状況だったりする。
つまるところ勝率自体は私の方が高いのだ。
でもまあ片や格上戦に挑み続け、片やそれを避け続けているということがあってなのか。
サイドテールは十分重賞戦線で戦える素質があるウマ娘として注目されつつあった。
私の方は、サイドテールに及ばないがそれなりに頑張ってる。と言うのが概ね周囲の評価であった。
チーム内ではシニアデビューほやほや組が若い才能を目の当たりにし、年が明ける前にレース戦線から去っていった。
なお、間もなくシニア戦線4年目のパイセンは「後輩に負けてられっか!」と逆に火が付いた模様。
その精神的タフネスは買うが別方向で活かしてみることを私はおすすめしたい。
さて、年の瀬の有マも終わりいよいよ1月。
剥き出しの才能がぶつかり合う特別な1年間。通称クラシック期が開幕する。