クラシック期が始まったからといって特別なことを始めるわけではない。
学年を問わず有力者の動向は常にT達が追っているし、同期の有力者なら尚更自身でも情報を集めている。
当然、シンボリルドルフとマルゼンスキーが情報の大部分を占めるのだが、他の娘達も着実と力を着けているという話もよく聞く。
シニア戦線もクラシック三冠のシービーパイセン参戦で盛り上がっているし、来年度の新入生も骨のあるやつが多数入ってきそうということで、トゥインクル・シリーズに新しい風が入ってきている。なんて記事も多く見かけたりする。
「乗るしかない、このビックウェーブに」
「来ているのは風だよ」
「……言ってみただけよ」
あほのこと抜かしてるサイドテールではあるが、なんだかんだこいつも着実と力を着けてきてはいる。
思った以上にチーフTの指導メニューに食らいついているし、レースでも実績を上げてきており、エルナトの有望株として期待を浴びている。最近ではちょこっと取材を受けることもあるようだ。
ちなみに私もひっそりと勝ちを重ねている。
パイセン’sも後輩である私たちに刺激を受けて奮起するというように、結果としてチームは非常にうまく回っているように思える。
まあダービー後に評判は落ちる予定なんですけどね。
1年近く付き合いを重ねて気を許せるようにはなったけど、自分がやろうとしていることに躊躇いは全くない。関係性の悪化なんて足枷にならない。
新しい風など有象無象としてまとめて飲み込んでやる。
「風だか何だか知らないけどさ、私にとってはマルゼンスキーにリベンジを果たす。これができないことには先に進めないのよ」
「いやそれ、絶対前に進めないじゃん」
「シャラップ!あんたは悔しくないの?バ身どころか大差で負けたこと。
あの屈辱は絶対に晴らす。そのためのスプリングステークスよ」
「悔しくないと言えばウソになるけど、まあ私の目標は先ず優駿にあるからね。
とりあえず行けそうなレースとって、賞金枠で優駿かな?
クラシック王道は強敵が集まるからそのおこぼれを狙う的な」
「現実的というかなんというか、あんたらしいわ」
サイドテールはスプリングステークスで打倒つよつよウマ娘。
私はぼちぼち。
目的は違えどうまくいけば皐月賞でかち合うことには……なりませんね。
皐月賞にはつよつよウマ娘はもちろん、シンボリさんとこのルドルフ君が間違いなく来る。
こいつらと一度出走してから優駿を取るんじゃ面白くない。三冠表明を出した矢先に優駿を搔っ攫う方が最高に気持ちいい。
そのため逃げたと思われた方が好都合である。
なお2人から逃げる的なレース方針の話をしたら、サブTが乾いた笑みを浮かべていた。解せる。
「でもまあ現実的な路線を行くわけだから。狡猾に行くよ」
「言うわね。期待してるわよ」
さて、エルナトとしては久し振りにG1出走が叶いそうということもあり、チーム全体でサイドテールのバックアップを行う方針となった。
パイセンらも「後輩の晴れ舞台が準備できるかも」ということで気合を入れて見てくれている。
正直最終学年となるのだから、自分らのことに集中した方がいいのではと思うところではあるが、ありがたくはある。
なんやかんやでシニアで鎬を削ってきた走りはサイドテールにとって見るところが多いのだ。私には無いが。
ただいくらシニアの走りを体験できたとしても、自身が劇的に速くなるわけではない。こればかりは鍛え上げるしかないのだ。
況してやサイドテールが打倒目標としてるウマ娘はスピードの最高峰である。
当然生半可なトレーニングとはならなかった。
「うっ、げぇえ……なんのぉ」
現在サイドテールはクソほどに重くてでかいタイヤを引いている。
ちなみにタイヤを引く前にはジムトレでこれまたクソほどトモに負担をかけた筋トレを行っている。
さすがの私もこの状況で涼しい顔はできない。
しかしこれはトレーニングの序の口でしかない。
この後に500mスプリント併走をサブTがオッケーを出すまで続ける。
ちなみにこれは私らがローテしてサイドテールと併走する。
つまりサイドテールは延々と走り続けるわけだ。
間に休憩を挟んで今度はそれを1,000mで行う。
普通ならしねる、がそこはT達が限界を見極めてくれているため、ギリギリのところでサイドテールは苛め抜かれているわけだ。
普段の練習時から居残り特訓で私と汗を搔いているわけだから、苦しい状況というのは矛盾した言い方ではあるが慣れっこだ。
しかし、肉体的に体が動かない状況(負担)を強いられてなお体を無理やり動かそうとするのはかなりきつい。ソースは昔の私。
ここ最近の練習はずっとこの状態を迎えたところでT達のストップが入り終了となっている。
そもそもが、まずこの超限界の状況下に入ることが難しい。
が、これは普段の練習のたまものであろう。この境地まで辿り着くことはできる。
そこからこの極限の状況を一度乗り越えることができるか否か。
サイドテールにとっての今後成長するための難所となるだろう。膝をついているサイドテールを見てそう思った。
ここ最近、何度も見慣れた光景だからだろうか。
ふと、昔のことを思い出す。
--ああ、あのクソは『恐怖』という感情を煽って私にこれを乗り越えさせたのか。
気に入らない。
『走る事』そのものが嫌いだ。
それと同じくらい、あのババアも嫌いだ。
ババアが限界を超えさせた事実も気に入らないし、私がいて限界を超えられなかったという事実が残るのも嫌いだ。
「おい、サイドテール。あんた、今日もこのまま終わるつもり」
「ぉえ……ぁあん?」
「屈辱与えた相手のケツ眺めたまんま終わるのかって聞いてんのよ。
やる気も何も起きないで足を止めるなら、そのままごゆっくりお眠してればいいわ」
「あ、んたぁ。勝手言ってぇ、くれんじゃない……同じ穴の狢、でしょうな!」
『違うよ』と、心の中で毒づきながらも私はにやりと笑った。
やればできるのよ、クソババア。
「それと、あたしの名前は『サイドテイル』だぁぁああああああ!!!」
すまん、それは知らなかった。
結局この後も併走を何度か行ったが、最後はいつも通りTがストップを掛けた。
ただし、いつもの空っぽになった表情と違い、闘志が溢れる表情で練習の終わりを迎えていた。
「いい気迫ですが、今日の練習はこれで終わりです。
ただ一言申し上げるなら『あなたの限界はここではない』です」
「そう、ですか。また、明日も、おねがいしま、す」
「ふふ、明日から私は必要なさそうです。南坂君、頼みましたよ」
「はい、任されました」
自分の限界を知ることは中々できない。
自分の限界を超えることはもっとできない。
サイドテール、あんたはまだまだ強くなれるよ。
だって、たった一度しか限界を超えていないんだからね。