--3月上旬 弥生賞 芝2,000m 良 フルゲート(18バ)
皐月賞のトライアルレースに位置付けられているこのレースは、3着以内のウマ娘に皐月賞への優先出走権が付与されるレースとなっている。
ここを勝ち抜いて皐月への切符を手にする。
一般的なウマ娘にとってはそう言う位置づけのレースであろう。
但しルドルフ陣営は皐月賞への下見、としか捉えていないだろう。
すでにルドルフは圧倒的強さで収得賞金額のトップに躍り出ており、仮にいくつかレースを落としたとしても皐月賞への出走はまず揺るがないものとなっている。
後は同チームのマルゼンスキーがスプリングステークスに出走して、皐月賞で両雄激突。というのが世間の通説である。
すでにこの世代はシンボリルドルフ、マルゼンスキーの2強時代と言われており、クラシック三冠を『世代最強3番勝負』的な扱いで特集が組まれていたりもする。
そのせいなのか、例年と違い今年は小粒な有力バ達はティアラ路線に流れており、ある程度気概のあるウマ娘だけが世代最強に挑むクラシック戦線に残っている。
当然サイドテールはその内の1人である。
さて、当のサイドテールはというと、本日も練習場で特訓中である。
日はく「結果の分かってるレースなんてあんたらの動画か中継だけで十分」とのこと。
サブTとパイセンらも残って練習ということもあり、消去法的に私とチーフTが駆り出されることになったわけである。
「人うるっさ。パドックで姿出すだけでこの歓声って、ヤバ過ぎ」
「注目の1人ですからね。
私達トレーナーから見てもこんな娘2度と出てこないんじゃないか思わせられるウマ娘ですからね。
それが同じ世代に2人もいたら、もう大フィーバーですよ。ちなみに、ナイトさんは別枠です」
「はいはい。
しかし2人ともチーム・リギルときたら、これもうリギル1強体制でしょう。
みんなあそこに入りたがるじゃん」
「そもそもあそこは昔から強いですからね。
伊達に常勝軍団って言われてるわけじゃありません。
集まる娘たちはもちろん、バックアップ体制も東条さんを筆頭に、いわゆる名門出のT達がガチガチに練習を管理しています。
況してや長年のノウハウと名声を惜しみなく使って築き上げた環境に、超が付くほどの逸材が2人。
すでに狙いは日本だけではなく世界も視野に入れていると言ってもいいでしょうね」
住んでる世界が違う。すでに日本での栄光が約束された状況と言っても過言では無いだろう。
私がいなければ、だけど。
ふと、背筋に悪寒が走る。
振り向くとそこには左側頭部を刈り上げた巨漢が私の背後に立っていた。……チーフTに手首を捻られて。
背後に立つ巨漢、チーフTに捻られた手首、痛がる不審者。
状況を察した私は大声を「「ちょっと待ってください(くれ)!」」
「ナイトさん、申し訳ないが勘弁してくださいませんか。
こんななりでもこの人、中央のトレーナーなんですよ」
「中央の不祥事ですね。真っ先に報告を「待ってくれ嬢ちゃん!」
「いきなりでホントすまん!
鍛えられた肉体を見るとつい興奮しちまって」
「ですから、なんであなたは更に墓穴を掘るんですか!!
すみませんナイトさん。言動も行動も間違いなく不審者ですが悪意は一切ない方なんです。
もうそいう言う
それに、これをダシにして有効利用もできます」
「……ふむ、続けて」
「この人のウマ娘に対する体調管理能力は私よりも上です。
正直、不祥事として水を差すことを真っ先に考えたが、今回の件は未遂であるため大したボヤにしかならないだろう。
ただ、そんな異能に近い能力持ちの奴に触られてたらと思うとかなりゾッとする。
多分私の異常性を看破する恐れもあった。
そうか、だから貸し1とするわけだ。優駿後の状況を見越して。
とりあえずはレースも近いということで無罪釈放。
ちなみに料理の腕もかなり高いとのことなので、そこも後で活用させていただこう。
「にしてもチーフT。知り合いだったんだ」
「南坂君の同期でしてね。彼同様有能ではあるのですが、如何せん彼と違い癖が強すぎて。
ちょっと前までT業から離れているって話は耳にしていたのですが、今はどうしているかまでは把握しきれていませんでした」
「ふーん。まあいいや、ぼちぼちレースも始まるし。カメラは?」
「万全です。ナイトさんも良く見ておいてくださいね」
「了解」
なんて事は無い。大番狂わせも何もなくレースはシンボリルドルフが圧倒した。
時は流れて3月下旬。
皐月賞最後のトライアルレース、スプリングステークス当日。
最近は天候に恵まれているのか、大事なレースの時は良バ場が続いている。
前日のインタビューでサイドテールは
「皐月に繋がる重賞まで導いてくれたチームに感謝してます。
それとマルゼンスキーには公式ではないが大敗を喫している。明日はその雪辱を晴らしたいです」
と闘志むき出しの回答。
他の娘達もバチバチにマルゼンスキーを意識した受け答えを行っていた。
対してマルゼンスキーであるが
「みんなライバル。
明日ターフを駆けることになる娘達もそうだし、今後一緒に走る娘達も同じ。
確かにチームメイトであるシンボリルドルフは当然意識していますが、先ずは明日のレースに全力を尽くすことに専念しています」
お手本のような受け答えであった。
まあ務めてヘイト集める必要もないし。
「サイドテールが歯牙にもかけられていなかった件」
「うっさいわね。実力で示すわよ。
それと、サイドテ・イ・ルよ。……あんたまさかずっとそっちだと思って」
「チーフT、方針を」
「相変わらずですねあなたたちは。
ですが落ち着いているようですので特に精神状態についてはとやかく言いません。
ですので真っ向から迎え撃ちましょう。
3着内狙いではありません、1着を射抜きます。
方針は2つ。
1つはマーク。
マルゼンスキーさんは大外のため、高確率で逃げてくるはずです。
ですので徹底マークと行きましょう。離されてはいけません。最後に差します。
もう1つ、仮に先頭集団で様子見をするようでしたら……あなたが逃げてしまいなさい」
「了解!」
「さあ行きましょう。
ケガには十分気を付けてください」
ターフに向かうサイドテールを見送り私たちも席に着く。
ちなみにパイセンらはすでに涙目である。
「あ、もうだめ。1年間の出来事が走馬灯のよう「ばかぁああ!!言わないでよお!」と、辛い練習の苦楽を共にしたからこそ、思い入れがあるとのこと。
その、なんだ。いい人過ぎるんだよこの人達。
ホント、なんでレースの世界に来ちゃったのかなー。
「先輩、その、ハンカチです」
「
「……洗って返してください」
調子狂うな、もう。
ともあれパドックだ。
すでにサブTがカメラを回しておりその雄姿を収めている。
いつもと違いG1への切符が掛かっているだけあって、どのモブも気合は十分と言ったところである。
「そういえばチーフT。さっきは1着を射抜くとか言っていたけど、本音は?」
「もちろん1着です。
ですが初めから3着以内なんて弱気なこと言ってしまったらそれこそ後ろから差されてしまいます。
何より、サイドテイルさんの士気を落としかねない」
「勝率は」
「まったくあなたときたら。
……10回に1回。条件はマルゼンスキーさんが先行集団に甘んじてくれれば可能性有りです」
「「
「ああもう、言わんこっちゃないです!
あれだけの練習を重ねたんです、まずは信じて見守りましょう」
慌てふためくチーフTの姿。
んふふ、たまには悪くないかな。
--中山競バ場 芝1,800m 良 フルゲート(15バ)
3枠 5番 サイドテイル
8枠15番 マルゼンスキー
『さあ、各バ、ゲートに入り……スタートしました。
15番マルゼンスキー早速来た。続いて3番、7番、5番と来て、後続が集団で続きます』
スタート直後、マルゼンスキーはすぐに先頭を奪いそのまま独走。
形成される先頭集団を一瞥すらせずサイドテイルは追走を図る。
『マルゼンスキー速い、マルゼンスキー速い。後続に影を踏ませない。
いや、5番サイドテイル、5番サイドテイルが離されまいと必死に食らいつく』
『掛かっているようにも見えますが、最後まで持つのでしょうか』
第2コーナーを抜けてからの直線。ここからが本番だ。
中山の直線は短い。トップスピードに乗ったと思ったら、すぐにコーナーが待っている。
だからこそ、チャンスがある。そうTは見たのだろう。
『しかし速いマルゼンスキー。直線に入ってさらにギアを入れてきたか。
サイドテイルも必死に食らいつくも差は縮まらない。
いや、離されている、離されているぞ。一体どこまで伸びるマルゼンスキー』
例えるなら、積んでいるエンジンが違い過ぎる。
こちらが普通国産車の能力をフルに活かして、必死にエンジンを吹かしているとするなら、向こうはターボ搭載のスポーツカーで、悠々とギアをチェンジを行っている。そういった具合。
--スーパーカー・マルゼンスキー
なるほど、言い得て妙である。
『さあ第3コーナー回った。差は6バ身差。
先頭、マルゼンスキーは何食わぬ顔。
そこから、そこから離されまいと必死に食らいつくサイドテイル。
さらに後方から5バ身離れて3番手集団が追い掛ける。しかしそこから追いつくのは厳しいか。
さあ、先頭マルゼンスキーは速くも第4コーナーを回り最後の直線。
伸びる、伸びる、伸びる、どこまでも伸びる。
これがマルゼンスキー。これがスーパーカーだ。中山の最後の上りも脚足は衰えない。
バ力(ばりき)だ、バ力が違う。最後の登りを終えて、今ゴールイン。
その後ろ、サイドテイルも今ゴール、直後3番手集団もゴールイン。
掲示板も確定しました。
1着15番マルゼンスキー レコードです
2着 5番サイドテイル 9バ身差
3着……』
1度限界を超えたからと言って、その先でおとなしく相手が待っているわけではない。
強い奴ほど元の実力に開きはあるし、成長もしていく。
必然、1度や2度、限界にぶち当たる位じゃ足りるはずがないのだ。
今日明日に劇的に強くなるわけじゃない。
1年必死こいて練習して限界を超えたとしても、辿り着けない境地にいるマルゼンスキーにサイドテールは何を思うのか。
「くそぉ、くそぉ!くそくそくそぉぉおおお!!!
挑んでやる、何度だって挑んでやる!
実力が足りないなら相手より多く足してやる!
スパーカーだか何だか知らないけど、勝つまで続けてやる!
うぅぐううううぁ!!……ちくしょうぅ」
きれいな涙だと思った。
多分、私には流すことができない、眩しいもの。
同じように泣きじゃくる先輩達が肩を貸し、サイドテールと一緒にターフを後にする。
その間私は何も声を掛けることもなく、その光景を見ているだけだった。
「強い娘ね。真っすぐな子。嫌いじゃないのよ、ああいう娘。
この世代は結構目を光らせていたつもりだったんだけど、どうやって見つけたのかしら」
「ふふふ。落ちてたので、まとめて拾っただけですよ」
「悪い人」
多分リギルのトレーナーだろう。
チーフTは笑顔のまま何も返さない。
リギルの人も、それだけ言ったら満足したのか、その場を後にした。
残ったのは私だけ。
考えは色々まとまらないけど、でも、これだけは言っておこうと思った。
あれはサイドーテールのことだけを指していない。
「悪い大人」
「おっしゃるとおりです」
私は落としものでは無いけどね。