この作品には著しい原作改変、独自設定が盛り込まれております。
また、原作カップリングが崩壊しています。ご注意ください。
───Question.
平和の象徴とされる動物を答えよ。
────Answer.
答えは白鳩である。
こんなものは現代に於いて常識であり、何の疑問も持たれずに答えられる正解である。
有名な洪水伝説であるノアの方舟のエピソードから、ハトは平和のシンボルとして多用されるようになったようだ。
ノア一家は方舟に乗り、アララト山の頂上に辿り着いて、新たな人類の歴史を記すことになる。
この時に鳩がオリーブの若葉をくわえて戻ってくるのを見て、ノアは洪水が引いた事を知ったという。
以上の様に、鳩を平和のシンボルとするのは旧約聖書の創世記のエピソードに由来する。
だが、どうだろう。
私にとって、鳩は決して平和の象徴ではなかった。
私達にとって鳩とは凶兆のソレだった。
いや。
そんな比喩ではなく、直接的に斥候と言っても過言ではなかったのだ。
事実近代でも帰巣本能に目を付けた軍事関係者によって、主に伝令用の他、小型カメラを装着させた敵地偵察用のスパイ鳩としてよく利用されていた鳥でもあった。
「鳩を飛ばす」なんて言葉は、スパイを送ることの隠語であったそうだ。
そんな鳩を優秀極まりない魔術師が使ったらどうなる?
もう目も当てられない。
当時の私達は白鳩を見掛ければ即座に撤退。
最優先事項は、大量に展開、配置された鳩に見付からない事でもあった。
この前読んだコミックの、アメコミ画風の超人ヒーローと現実の平和の象徴と代わって欲しいものである。切に。
尤も、魔術師にとって大抵の動物は使い魔として使用されるから何とも言いがたいのだが。
うん? どんな魔術師が鳩を使ってたって?
うーむ。顔は無論知ってるけど、実はそれは魔術の投影越しで直接会った事はないんだよ。
お互い気軽に会えるような立場では無かったし、アッチは兎も角私自身は直接会った事はない。
でも、どうだろう。
残虐さや暴君っていうのは本当なのだろうけども、どうだろうか。
────彼女、結構尽くすタイプだと思ったよ。
「────申し訳ありません」
日本の冬木市。正確には西側の古い町並みが残る深山町の丘の頂上に立っている西洋建築の館の書斎に、二人の男性が向かい合うように座っていた。
一人は四十代の、内心苦々しくも余裕な表情を精一杯取り繕っている男性。
この屋敷の主人であり、魔術師の家系である遠坂家の五代目当主でもある、遠坂時臣。
そんな彼は、今難事を前にして表情を硬く強張らせていた。
苦渋で表情を歪めそうになるのを全身の筋力で抑え込み、更に冷や汗さえ密かに流しながらそれでも『余裕をもって優雅たれ』という遠坂の家訓だけは保っていた。
特に、彼の前で珈琲を飲んでいる者に対して、何としても失望させてはならぬと強迫観念さえ滲ませながら。
黒く染められた髪に、薔薇色の瞳。
何より、美神の如き
屈託のない仕種、こぼれるような笑顔、無垢な言動。
女の夢見る少年と麗しい青年の狭間。
美少年、その権化のような────遠坂家の家訓の擬人化したが如きヒト。
女は名を呼ばれただけで心奪われ恋に落ち、身体を震わせ、喜びに我を忘れ、永遠の忠誠を誓い、命を賭した隷属を約束するだろう異質極まりない美貌。
そんなある種の神秘さえ感じさせる程の少年に、頭を下げていた。
時臣の謝罪を溜め息混じりに受け取った少年は、その美貌で苦笑を作り明後日の方向に向けた。
件の案件は、少年にとっても他人事ではないからだ。
「まさか────凛ちゃんが家出とはね」
「汗顔の至り。ひとえに私の教育の至らなさが原因かと。遠坂家当主として、恥じ入るばかりです」
「昔から、矢鱈と行動力あったからなぁ」
遠坂家長女、次期当主遠坂凛の置き手紙を残した失踪である。
『────御父様のやり方には納得がいきません。時計塔で、魔術師としての在り方を見付けに行きます』
そんな置き手紙の第一発見者である時臣の妻であり凛の母である遠坂葵は卒倒したそうな。
何にせよ、頭の痛い案件には違いなかった。
「うーむ、或いはその教育が逆効果だったかな」
「……と、言いますと」
「彼女は魔術師としての潜在能力は凄まじい。そして何より賢くもあり気高くもある。君の魔術師らしすぎる冷酷さをキチンと理解したからこその反発じゃないかな?」
「……しかしそれは」
魔術師らしい魔術師。
それは人でなしであることを表していた。
凛の魔術師としての才能は超一級。
神童と呼ばれた魔術師が本来一つである魔術特性を二つ持っていたが、彼女は五つの属性全てを兼ね備えている。
かの『
だが彼女は初代当主の血も色濃く出たのか、お人好しの側面も持っていた。
そんな彼女が魔術師らしい魔術師である時臣に反発するのは、ある種の必然であった。
そして何よりの時臣との亀裂は────
「桜ちゃんの養子の件。桜ちゃん自身の了承とか貰ってなかったでしょ」
「────っ」
少年の言葉に、時臣は図星で言葉が出ない。
それは、時臣の次女である遠坂桜の養子の件である。
時臣にとっては一子相伝である魔道の家において二人目の子供には魔術を伝えられず、そして凛と桜の姉妹は共に魔導の家門の庇護が不可欠であるほど希少な才能を生まれ持っていたため、双方の未来を救うための方策であった。
致命的なのはソレが桜の了承も得ず、加えて桜自身時臣に捨てられたと思っていた程。
これには、流石の少年も苦言を述べた。
それは魔術師の家では珍しく姉妹仲がとても良かった凛にとって、例えそれが時臣にとって桜の将来を想っての事だとしても許せるモノではなかったのだ。
それが時臣への確執の始まりだった。
尤も、確執自体少年との交流がなければ抱くことも無かったのだが。
「し、しかしあの子の稀有な資質から鑑みても、その才を潰すには余りにも惜しいと考えて────」
「勿論君の考えは理解できる。だけどソレはあくまで君の中での魔術師の父親としての理屈に過ぎず、君と凛ちゃんでは視点も思考も違うだろう? どう思うかは彼女次第さ。
まぁ養子先のエーデルフェルトでの生活は悪くないみたいだし、凛ちゃんの遅めの反抗期と思えば良いんじゃないかな」
「しかし、結果貴方に相当な面倒を掛けてしまって……」
時臣にとって何より問題なのは、その家出に辺り当時時計塔に居た少年のロンドンでの拠点に転がり込み、挙げ句魔術協会への口利きさえ施されたからだ。
彼にとって無視できる段階を超えている事態だった。
「別にあれくらい構わないって。それに、彼女は僕にとっても孫みたいなものなんだから。時計塔の二世とアーチボルトの嬢ちゃんには山程貸しがあるから何の問題も無い。加えてエーデルフェルトに行った桜ちゃんとも会える。魔術そのものを嫌う事になる最悪を考えれば、随分とマシだと思うけども?」
「それはッ……」
魔導を捨てる。
凛を次期当主と定めた時臣にとって、一番有ってはならぬ可能性である。
しかしそんな可能性さえもあり得たと言外に口にする少年に、思わず時臣の顔が青ざめる。
「時坊は致命的なトコで『うっかり』をヤらかすからねぇ。ガキの頃に治せって言ったでしょう?」
「…………時坊は勘弁してください、アラヤ師父」
アラヤ・トオサカ。
それが突然イタズラ坊主のからかい顔の様な笑みを浮かべた、時臣にとって義叔父と呼べる少年の名前だった。
明らかに中学生程度にしか見えない少年は、しかし六十年以上も前に遠坂家に養子に入った老齢の存在である。
当然時臣よりも歳上であるし、彼が若い頃に大変世話になった人間でもあった。
そんなアラヤは時臣にとって、最も頭の上がらない人間なのだ。
そして何より魔術師らしからぬ彼を尊敬する理由が、魔術師らしい魔術師である時臣には存在した。
「兎に角、もう謝罪は聞きたくないよ」
「……ありがとうございます」
「よろしい。今度桜ちゃんも誘って皆で飯でも食べよう」
◆◆◆
遠坂家は、武術によって根源を目指す者である。
ちょっとナニを言っているのか分からない、頭がおかしいと思うかもしれないが、遠坂家初代当主遠坂永人は魔術と武術を同等に見ていたとされ、元々は無の境地から根源に触れようとしていたのだ。
その後とある儀式に参加して長らく別の方法で根源を目指していたが、その儀式が破綻したことにより再び魔術を学びつつ拳法で宇宙と同化する道を探っている。
つまり、遠坂家の人間は研究職とも言える魔術師にしては極めて珍しい、武闘派であった。
そしてアラヤはそちらの面でも、遠坂にとっては貴重な存在であった。
「腕を上げたかな?」
「ゼェッ……ゼェッ……。師父も、相変わらず御強い……!」
何故なら彼は半世紀の鍛錬により技術を超え、仙術の範疇に足を踏み入れている達人である。
優雅とは程遠い成りで、地面に倒れ込んでいる時臣をアラヤが涼しい顔で見下ろす。
話の後、最早恒例行事となっていた仕合を行った二人。
結果は一目瞭然で、汗まみれになった時臣に妻の葵がタオルと水を持ってパタパタとやって来る。
しかし時臣の表情に負のソレは無く、まるで憧れのサッカー選手に指導を受けたサッカー小僧の様に晴れやかだった。
優雅云々とはなんだったのか。
だが貴族然としていた時よりも輝いて見えたのは、錯覚ではないだろう。
「────処で。今回御帰国なされた事と協会からの依頼を御断りなさった事と、何か関係が?」
「耳が早い早い」
即座に優雅さを取り戻している時臣に呆れるような視線を向けるも、それに時臣は気付かない。
武術で根源を目指しているのに貴族然とする必要性は何処に有るのか。
軽いシャワーで汗を流した二人は、玄関に場所を移し会話を再開させる。
「ユグドミレニアって知ってるかい?」
「少しだけなら」
────ユグドミレニア。
魔術協会から離反した魔術師の一族。またの名を『千界樹』とも。
ユグドミレニアという一族は北欧からルーマニアに渡ってきた魔術師で、決して歴史が浅いという訳でもなかった。
事実、現在の頭目は貴族の縁談を持ちかけられるほどの能力と周囲からの評価があった。
政治能力も頗る高く、実力者が時代の世情によって死んだこともあってか時計塔が与える最高位の評価である『王冠』を与えられさえした。
時計塔のロード達でさえ『色位』止まりの中、まさに異例である。
が、80年前にある魔術師が流した彼らの魔術回路の質に対する確証の無い悪評が広まり、門閥社会から弾かれるようになってしまった。
それにより「魔術師として血を濃くし、初代が選んだ魔術系統を極め、根源に至る」という通常の方法を彼らは諦めねばならず、手段を変えねばならないほど。
そこで彼らは単純に歴史が浅く魔術回路が貧弱な一族、「衰退が始まり魔術回路が枯渇しかけている」一族、権力闘争に敗北し没落した一族、協会からペナルティを受け賞金を懸けられた魔術師など、魔術師社会の中心から弾きだされてもまだ根源への到達を諦め切れないでいる魔術師達の一族を掻き集めたのだ。
尤も、そんな彼等の評価は決して高くない。
「確か、二流魔術師達の一族。一子相伝の魔術師の風上にも置けぬ連中としか」
時臣の言葉がそれを物語っていた。
現在ではユグドミレニアというミドルネームはそうして吸収された家門を示す名として用いられている。
彼らは魔術刻印すら統一しておらず、かつての家系の刻印をそのまま継承し使い続けている。
そのため扱う魔術系統が幅広く、西洋型錬金術・黒魔術・占星術・カバラ・ルーン・陰陽道など多種多彩なものとなっている。
だが所詮は衰退した一族や歴史の浅い一族の連合であり、平均として二流、稀に一流が出るが多くはそこ止まりで、ダーニックの工作もあり、貴族たちからは数が多いだけの一族であり脅威にはならないと軽視されていた。
「して、その様な輩が一体?」
「時計塔に宣戦布告した」
「…………はっ?」
時臣が絶句する。
魔術協会に戦いを挑むなど、正気の沙汰であるまい。
一部の例外なら兎も角、ただの二流魔術師が大半を占めているユグドミレニアに勝てる相手ではない。
早々に磨り潰されて終わりだ。
だが、
「連中、大聖杯を持ち出したらしい」
「────まさか」
時臣が息を呑む。
大聖杯とは、時臣の祖父の代まで冬木で行われた魔術儀式の魔法陣である。
万能の願望器である聖杯を求め、七騎の英霊を
その舞台装置が、七十年前の三度目の戦争の際にナチスドイツが介入、盗まれたことにより、術式が拡散。
世界中で模倣され、小規模で不完全な亜種聖杯戦争が各地で未だ起こり続けている。
そして本来の聖杯戦争の主催者だった遠坂は、元々の武術による根源への模索を再開したのだ。
そんな中消息不明だった大聖杯の所有をユグドミレニアは表明した。
そしてその大聖杯を用いると言うことは、サーヴァントを使役していることを意味する。
サーヴァントとは根源の渦の中の『座』より来たる、英霊。
人類史に刻まれた、名だたる英雄たちの影法師。
存在の成り立ちそのものが魔術よりも上にあり、一般に使い魔という単語から連想される存在とは別格の存在。
一般に使い魔という単語から連想される存在とは、そもそも一線を画している。
神話や伝説の中で為した功績が信仰を生み、その信仰をもって人間霊である彼らを精霊の領域にまで押し上げた、人間サイドの守護者達。
どれだけ優秀であろうと、現代の魔術師に勝てる相手ではない。
事実、討伐に派遣された精鋭たちは悉く討ち取られていた。
宣戦布告をするために生き残らせた、唯一人を除いて。
「各地で起こってる小規模の亜種でも、かつて君の祖父が参戦した七騎による物でもない。七騎と七騎、合計十四騎のサーヴァントによる赤と黒の勢力戦────聖杯大戦と」
「魔術協会と聖杯戦争を行うと? では、師父が断ったという依頼とは」
「時計塔側のマスターとして参戦を求められたよ」
時計塔側、即ち赤のマスターとしてサーヴァントを使役しユグドミレニアを打倒せよ。
だが。アラヤは既にその依頼を断っていた。
「何故、依頼をお断りに?」
「私情、かな」
渡された水を飲みながら、まるで戦争に向かう我が子を悼むように表情を顰めさせる。
そしてそれはきっと、比喩ではないのだ。
「二流魔術師の寄せ集め。だけど中には一流もいる。それが偶々僕の患者だったってだけだよ」
「なんと」
アラヤは武術の達人であると同時に、屈指の治癒術師だ。
それは破損した魔術回路さえ修復する、修復師としての側面もある。
ユグドミレニアのマスターの一人が、そんな患者の一人だというのだ。
治した患者が人を害するとしたら、医者はどうするか────などと言ったたいそうな話ではないが、彼には思う処があったらしい。
「─────もうあの子に、聖杯に望む願いなんて無いだろうに」
外道を嫌悪し善行を尊ぶ。
そんな魔術を行使する存在としては極めて珍しい、しかし平凡な善性を有するこの少年にとって、折角助けた患者との殺し合いなど御免だった。
「ですが師父、貴方にも聖杯に────いや、聖杯戦争に求める願いがある筈では……」
「いいんだよ。亜種聖杯戦争は兎も角、今回の聖杯大戦じゃ
英霊の中には、勿論現代に喚び出してはいけない存在も居る。
悪辣外道な反英雄は勿論、例えば征服王イスカンダルやモンゴル王チンギス・ハン。
前者はその征服欲で。後者はその人間性から現代にはそぐわない。
特に後者のチンギス・ハンは偉業や能力こそ凄まじいのだろうが、現代に於いてはただの下劣な犯罪者でしかない逸話が多い。
青髭のモデルになった、聖女の処刑を切っ掛けに狂った英雄である悪鬼ジル・ド・レェ。
アメリカ大陸を発見し、しかし先住民をスポーツ感覚で1000万人単位で大量虐殺したコロンブスなど。
そんな者達に勝るとも劣らない非道さと言えば、その程度を理解できるだろう。
時代が違えば、価値観や文化さえ違っているものだ。
無論、アラヤが懸念する上記ほど狂ったサーヴァントを召喚したい訳では無い。
それでも彼の求める英霊が、現代にはそぐわないサーヴァントであることには違いがなかった。
少なくとも、そんな我欲でその教え子と殺し合いになるなど論外である。
「────では、本題と行こうか」
「師父が御預け為さっていた宝石と魔術礼装でしたら、既に御持ちしています。葵」
「はい」
葵が持ってきた宝石の入った箱と、アラヤは懐から出した包帯を丁寧に巻かれた分厚い石のような形状の物と共に確認しながら、もう一度懐に入れる。
「一応、
「研究対象を持っていって済まないね」
「何を言うのです。コレを造り上げたのはまさしく師父御自身。それを貴方の御厚意で私が預かっていたに過ぎません」
「てっきり凛ちゃんが持っていったかと」
「……その場合、私が責任を以て誅罰しましょう」
冗談に過剰反応する時臣に苦笑が止まらない。
そんな様子のアラヤが懐に入れるには大きすぎる箱を手にすると、まるで手品の様に消え失せる。
「以前紹介した僕の助手を覚えているかな? 僕が創った孤児院出身の」
「えぇ」
アラヤは困っている善良な人間を見ると己の力が及ぶ範囲は助けたくなり、そして彼は莫大な資金力を有していた。
時計塔第二の足長おじさんとはアラヤのことである。
そんな彼が時計塔から請け負う仕事は、フリーランスであるが故に基本外道魔術師の討伐などが挙げられる。
そして外道魔術師の工房の中には、研究と称して拉致誘拐され様々な拷問に等しい処置を行われた子供たちも少なくなかった。
そんな彼らを保護し、育てるために信用に足る人材を選び、経営を任せているのだ。
尤も、度々顔を出したり孤児院の子供達に神秘に関連しない事柄を教えたりと、彼自身も様々な交流を図っていた。
そんなアラヤに救い出された子供たちは当然の如く彼に恩返しを図るも、直接的にアラヤを支えられる様な裏の世界で有用な才能の持ち主はそうはいない。
アラヤ自身はそうでなくても、彼の仕事で多くの死者を生み出す外道と間接的に関わることもあるのだろう。
例えそれが書類上の者だとしても、付いていける人間は間違いなく異常だ。
そんな異常者が、彼の傍に居ることを望んだ子供が一人だけ居たのだ。
時臣はアラヤの助手となった、子供から大人になった女性を彼から紹介されて知っている。
「あの
「それは────」
成る程、置き手紙を残している凜より遥かに深刻かも知れない事態だ。
だが、その娘が稀有な素養を持たない場合警察に預ける一般案件でもある。
「確かに彼女は魔術の才能は皆無で、神秘関連の素養は無い。
だが、ソレでも護身にと様々な術は教えて来た」
尤も、そんな件の彼女は魔術師では無い。
魔術回路を持たない一般人に過ぎないのだ。
故に、彼女の役目は事務仕事や一般人だからこそ出来る事前調査など。
その娘は如何せん男受けし過ぎる容姿の女性に成長した。
それこそ暴漢や変質者に狙われるのでは、と当時の院長や保育士に心配される程に。
そして幸か不幸か、その娘は魔術以外の才能に溢れていた。
鍛えられた彼女は、例え訓練された特殊部隊の隊員であっても、一人相手なら容易く制圧できるほど。
一般の出自しか持たないと言うのに逸脱人と形容すべき一般人。
そんな彼女が、暴漢風情に後れを取る訳がない。
であるならば、
「では私も使い魔を────」
「いや、始末自体は終わっているんだ」
「そ、そうですか」
アラヤの役に立たんと気合いを入れる時臣だが、出鼻を挫かれ明らかに消沈する。
そんな彼を尻目に、遠坂邸の扉を開ける。
その先には、その消息を絶った娘であろう女性が立っていた。
アラヤが口にした通り、娼婦の様に妖艶でありながら清楚さを兼ね備えた。
まるで良家の令嬢でさえ劣る蠱惑の美女。
問題は、彼女の側にいる二人の少女。
一人目は幼子とさえ呼べる年齢に見える、銀髪の少女。
二人目は金の長髪を三つ編みに束ね、身に着けている服も相俟って学生の様な少女だった。
それだけなら、整った顔立ちの美女美少女達に目を惹かれても、それ以上に思うことは無い。
その両者が、人を明らかに超越した魔力を帯びていなければ。
「ッ……!?」
時臣の喉が干上がる。
魔術師からすれば圧倒的なまでの神秘と魔力の塊が人の形をしているかの様に。
そんな出鱈目な存在を彼は
「まさか、アレは……!?」
「どうやらあのウチの子────玲霞を攫った魔術師がユグトミレニアのマスターだったらしくてね。召喚の際に呼び出す予定のサーヴァントの事件現場を再現して、縁を強くしようと考えたらしいのだけど……どうやら、玲霞をマスターとして認識したみたいなんだよ」
その言葉を証明するように、玲霞と呼ばれた女性の手の甲には魔力を伴う模様が刻まれていた。
即ち、サーヴァントを御する為の絶対命令権たる三つの令呪。
それは彼女がマスターである証明だった。
「……あれが、サーヴァント」
時臣が呻くように呟く
狼狽する時臣に言葉を紡ぎながら、そんなマスターとサーヴァント達の元にアラヤが加わる。
「まぁそういう訳で、時計塔の依頼を断った手前、胸を張るには思うところがあるけれど……」
一般人のマスターに、殺人鬼のサーヴァント。
裁定者のサーヴァントに、
「────それじゃあ聖杯大戦、征ってくるよ」
今此処に、第三勢力が英雄達の戦いに参加する。