零れ落ちた美麗の雫   作:たけのこの里派

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第十話 邪竜成らず

 アラヤにとってフィオレという少女は、本当に驚くほど『優等生』と表現すべき人間だった。

 魔術師としては天才と呼ぶべき潜在能力を持ち、同時に冷酷な求道者たる魔術師としては失格と呼ぶべき人間性。

 優れた才能に他者の為に涙できる優しさを両立している、まさしく好ましい人間だった。

 先天的な障害を足に持っていたが、其処は老人のお節介で既に解消済み。

 魔術世界では些か生き辛いだろうが、そんなもの幾らでも周囲がカバーすればいい。

 実際、彼女は姉弟にも恵まれていた。

 

 人格的な素養こそ魔術師向きではあるものの、弟のカウレスも中々どうして悪くない。

 才能こそフィオレの足元にも及ばないだろうが、そんな事は、友人のロードに任せればどうとでもなる。

 何より、姉弟仲は頗る良かった。

 

 だからだろう、彼女が聖杯大戦等という()()()()()()()に参加していると知った時。

 アラヤは素直に首を傾げた。

 ───何故? 

 

 足に障害があるのなら理解出来る。

 聖杯でも、或いは召喚する英霊に治療して貰うというなら理解出来た。

 だが、それはアラヤが既に完治させている以上、あり得ない。

 再発するようなモノではないし、仮に再発しても自分に連絡すればいいだろう、と。

 

 それとも聖杯で根源に、「」(から)に到達する? 

 確かにあの大聖杯なら、可能性が無い事も無い。

 合計十四騎ものサーヴァントが召喚されるこの聖杯大戦ならば、難易度も相応に下がるだろう。

 無論、根源への到達は抑止力の排斥対象。どちらにせよ至難の業だ。

 まぁ魔術師としての参戦理由としては、そうおかしな事では無いが────果たして彼女はそういうタイプの非人間だったか? 

 否である。

 

 故に、直接本人に確認すればいいだろう。

 

 ルーラーのマスターとして彼女との会合を設けられた時点で、アラヤにとって聖杯大戦の五割の目的が遂げられていると言って良かった。

 残り五割はルーラーのマスターになった後に、突如生えてきた問題であるので、本来の目的は彼女とその弟を無事に存命させることだけである。

 

 そんな「分担して行こ。効率優先効率優先」と、つい先程自分のマスターを不在故に危険に晒した事に自責の念を抱いているルーラーを丸め込んで別れたアラヤは、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアと再会した。

 

 

 

 

 

第十話 邪竜成らず

 

 

 

 

 

「初めまして、黒のアーチャー。今のボクの名はアラヤ・トオサカ。かの偉大なる大賢者と会えて、心から光栄に思うよ」

 

 フィオレに召喚された黒の弓兵(アーチャー)のサーヴァント、その真名を『ケイローン』と云った。

 ギリシャ神話にて、綺羅星の如き大英雄達を育て上げ大成させてきた半人半馬の大賢者。

 この場に居るケイローンの下半身は人のそれだが、その真名を隠すためのモノだろう。

 敏捷を筆頭に複数のステータスを低下させても、必要な措置だ。

 

 しかしその秘された外見にたいして、ケイローンはケンタウロス族という訳ではない。

 ギリシャ神話にて当初権勢を誇っていた、ティターン神族。

 その神王たる大神クロノスを父に、女神ピリュラーを母に持つ紛れも無く完全な神である。

 

 ろくでなしのバーゲンセールと言って過言ではないギリシャ神話の神々に於いて、あるいは蛮族犇めく神代ギリシャ世界に於いて。

 異様なまでに良識と善良な精神性を持った、殊更稀少な存在だ。

 

 弓兵のクラスでは、その精神性と器用万能と表現できる能力。

 燃費や気高さや理念から、合理的や悪い意味で利己的な魔術師とその英雄らしさから関係に齟齬を起こしやすい者の多い中。清濁併せ持ち他者を慮る事の出来るケイローンは、紛れも無く聖杯戦争に於いて『大当たり』に分類されるサーヴァントだ。

 

 そんな彼は、己のマスターから熱心に聞かされていた少年と相対し、即座に()()()()を理解した。

 裁定者のサーヴァント、その在り得ざるマスター。

 己がマスターであるフィオレにとって恩人であり、思慕を向ける人物でもある────そんな情報が些事と呼べるほどの事実に、瞠目する。

 

「こちらこそ。マスターからお話は兼ね兼ね、マスターの恩人というならば、心からの歓迎を」

 

 それでも、流石は神話屈指の大賢者。

 刹那に彼へ様々な感情を抱くも、笑顔で差し出された握手に応じる。

 そこにアラヤなりの誠実さを感じ取ったからか、或いは────。

 

「しかしフィオレ、本当に大当たりを引いたね。彼はこんな戦争に収まるサーヴァントではない。

 君が聖杯大戦に参加したと聞いて心底不思議で心配だったが────成程。彼を召喚できる触媒を手に入れられたのだとすれば、その価値は万能の願望器にさえ比肩する」

「その通りです、アラヤ先生。私が大聖杯を得た暁には、彼の願望とは別にアーチャーの受肉を願うつもりです」

 

 アラヤの言葉にはにかみながら肯いた彼女は、己の聖杯大戦への参加理由を口にした。

 つまりフィオレという少女は聖杯による万能の願望器を、学費として使うつもりなのだ。

 

 医神アスクレピオス。双星の英雄神カストル。英雄船長イアソン。駿足のアキレウス。

 そして────最大最強の大英雄ヘラクレス。

 何れもギリシャ神話に名高い英雄たちを育て、いずれも大成させてきた神話屈指の教育者である。

 

 太陽神アポロンから音楽、医学、予言の技を。

 月女神アルテミスから狩猟を学び、その他にも神々から様々な智慧を授かって、剣術・槍術に加えて拳闘と組技を複合させた世界最古の総合格闘技『全ての力(パンクラチオン)』を習熟している神代の万能者だ。

 その教育範囲には、無論魔術も含まれている。

 

 そんな大賢者の教えを受けられる。

 所詮英霊の複写である使い魔(サーヴァント)風情と侮る魔術師も居るやもしれないが、少なくともフィオレはその価値を正しく理解している者だった。

 

 ────大賢者ケイローンの教えを受ける。

 

 それがフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアが聖杯大戦に参戦した全てである。

 総ては、己自身がアラヤの役に立つ為────そんな想いが下地にあるのだが、そこはケイローンも語るのは野暮と良く理解している。

 

 そんなフィオレに、思わずアラヤは胸を撫で下ろす。

 ケイローンの願いが何にせよ、この賢者の求めるものは決して裁定者が動かなければならないようなモノではない。

 そう断言できるだけの人徳ならぬ神徳を、初対面ながら感じ取れるからだ。

 視線を向けられたケイローンは自らの胸に手を当て、己の恥ずべき願望を口にする。

 

「私が聖杯に捧げる願いは、嘗て手離した『不死(神性)』を取り戻す事です」

「それは────また……」

 

 故に、告げられたケイローンの願いが聖杯レベルの物が不可欠だということも理解できた。

 

 神話曰く、かの大賢者はとある諍いを止めようとし、誤って神毒の矢を受けてしまったという。

 ヒュドラ────かの神代の九頭蛇の身に宿る神毒は、かつて完全なる神であるが故に不死だったケイローンを、無限地獄に叩き落とした。

 人類最古の英雄譚の、原初の英雄王から『忍耐の究極』と称され、そもそもケイローンに神毒をもたらしてしまったオリュンポスの大英雄さえ、その神毒には自害という選択をさせた程。

 

 ケイローンは己にとって最後の生徒を送り出した後に、己が不死を叡神プロメテウスに差し出してその地獄を終わらせた。

 例え、それが異形(半人半馬)に生まれたが故に愛されなかった、両親との唯一の繋がりだとしても。

 

 結果として彼は己を人の領域に貶めたとされるが故に、神霊は召喚出来ない聖杯戦争で召喚されうるのだ。

 その証拠に、本来純血の神である彼の神性は評価規格外(EXランク)が相応しいにも拘らず、サーヴァントとしてのパラメータはCランクにまで低下している事を示していた。

 

 死が恐ろしいのではない。

 ヒュドラの神毒を知るケイローンは、死もまた救いになる事を身を以て知っている。

 彼が取り戻したいのは、愛されなかった両親との唯一の繋がりだけなのだ。

 しかしてそれを取り戻す方法など、ソレを受け渡した相手であるプロメテウスからの返還か、万能の願望器ぐらいしか有りはしないのだから─────。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 アラヤと黒の弓兵との会合は、あまりにも穏やかに終了した。

 そもそも問題が発生する余地が無いのだから、当然の帰結である。

 

「………………はぁ」

 

 余りに熱の籠った息を、フィオレは緊張と共に吐き出す。

 それは見栄の為に溜め込んだ、彼女の慕情の深さからか。

 ユグドミレニアの事実上のNo.2という立ち位置は、フィオレから相応の時間を奪い取った。

 聖杯大戦の為の、サーヴァントの触媒を得るための下準備等。

 宣戦布告までの、時計塔での下準備。

 宣戦布告後の、今まで。

 

 一体、アラヤと再会したのは何時振りか。

 

 彼が己のサーヴァントとして、かの聖女を連れている姿に、自身の不足を感じた。

 自分達より先にアストルフォが彼を連れていった時、彼のマスターの悪癖から何れ程心配したか。

 

「私は、何処かおかしくはなかったですか?」

 

 髪や服装を改めて見て、ふと自分の身体を見る。

 最初に気にしたのは、完治して随分経つ両足だった。

 一時期歩ける事、走れる事が嬉しくて堪らなくて走り続けていた。

 結果、衰えとは程遠い太腿が完成してしまったのだ。

 アスリート的とも言えるガチガチのソレに、思わず青ざめたのは良い思い出である。

 勿論今も趣味はジョギングではあるが、魔術さえ使って納得できる脚線美にしたのだ。胸部もそれなりにあると自負しているが─────。

 

「むむ……」

 

 脳裡に浮かぶのは、アラヤに侍る一人の美女。

 仕事の助手役───所謂表側の秘書、助手である六導玲霞だ。

 やや自己を過少評価しがちなフィオレでも、それなりに容姿には自信がある。

 そんな彼女からして魅力的なのだ、玲霞は。

 女性としての魅力を数値で表すなら、フィオレは彼女に一回り劣ると断言できる。

 

 アラヤが多くの孤児達を引き取り、孤児院をスポンサーとして援助している事も、彼女がそういう境遇だとも知っている。

 彼女をアラヤが傍に置くのは、そんな彼女が魔術師とはまた違うベクトルで『普通ではない』とも。

 だがアラヤを慕うフィオレにとって、そんな事は重要ではない。

 そんな彼が見馴れる女性のレベルが高いと、非常に不味いのだ。

 

 其処にオルレアンの聖女が加わった。

 今は義務感で彼を護っているだろうが、果たして何時までもつか。

 成る程、聖女に相応しい清廉で潔白。そして何より信仰深い人なのだろう。

 だが、それはあくまで聖女として。

 彼女を構成しているのは、聖女として神の声を聞いてからの七年間だけではない。

 それまでの、村娘ジャネットとしての彼女こそが聖女ジャンヌ・ダルクの土台だ。

 アラヤの()()は、ソレをこそ注視する。

 その人柄も、彼女が犠牲とした村娘に手助けしたいと考えるだろう。

 

「やっぱり、ライバル多いなぁ」

 

 そこまでの事をフィオレは知らない。

 解るのは、知っているのは後者のアラヤの人柄だけだ。

 そもそも、異性として見られているかも怪しい。

 少なくとも六十歳以上等という曖昧な自称である。

 アラヤにとってフィオレとは、孫娘も同然やも知れないのだ。

 その難易度は計り知れないだろう。

 それこそ、聖杯をと考えなかったとは言えない程に。

 

「でも、恋心を聖杯に捧げるのは─────ちょっと処じゃなくみっともないよね?」

 

 聖杯大戦? ユグドミレニア一族の行く末? 

 そんなもの、フィオレにとって心底どうでも良いのだ。

 誰かがアラヤに、その想いを告白する時が来るだろう。

 それがフィオレか、あるいは知らない誰かがかは解らない。

 ただ解ることは、一人が走り出せば全員が走り出すと言うことを。

 なればこそ、その本命の戦いの為に出来うる限り準備することこそが肝要なのだ。

 

「でもアーチャーの用事って、何なのかしら?」

 

 笑顔でアラヤを送った、アラヤとは別の信頼を向ける大賢者。

 彼は、フィオレの私室に居なかった。

 

『少しお時間頂けますか? 少し、マスター抜きでお話がしたいのです』

 

 フィオレの私室から、名残惜しさを湛えつつも笑顔で送り出されたアラヤ。

 そんな彼はケイローンに密かに囁かれた言葉と共に、彼から先導を受けていた。

 

「アーチャー、君から見てどう思う?」

「ルーラーが召喚され、そのあり得ざるマスターである貴方が選ばれた理由、ですか?」

 

 その最中、聖杯大戦に於いて最高の頭脳たる彼に問い掛ける。

 

「赤の陣営、七人のマスターの内六名が音信不通……宜しいのですか? 黒の陣営の一員の私にその様な情報を明かして。私はマスターやランサーに求められれば、ソレを告げなければならないのですが」

「そりゃあ、君は僕のサーヴァントではないからね? ちょっとした知見を得るのだって、君相手なら十二分な協力だ。対価を払うのは当然の義務さ」

 

 ぶっちゃけ、こういった推理どうこうはアラヤが得意としているモノではない。

 こういった類いは、最早アラヤのパシリと化した時計塔の君主(エルメロイ二世)か、それこそ助手の玲霞の領分である。

 特に赤のマスターを傀儡に堕としたのがかのアッシリアの女帝だとすれば、魔術的なアプローチに対する対策は万全だろう。

 

「大聖杯の不備の無さは、既に確認済みでしたね。そして我々黒の陣営が問題で無いのだとすれば───最早私等に問う必要もないのでは?」

 

 あらゆる虚偽を暴く赤のランサー(カルナ)の言葉が、最早犯人を指し示していた。

 ───シロウ・コトミネ。

 聖堂教会から派遣された監督役。

 しかし時計塔から派遣された赤のマスターを、一人を除く全員を掌握した可能性がある最大の容疑者。

 

「いやぁ、仮にルーラーが聖杯大戦の管理の為に召喚されたのだとしても……僕のようなイレギュラーを聖杯が呼び込む程の要因を、少々想像したくなくてね」

「……成程」

「で? 僕は一体どこに向かっているのかな?」

「向かっている先は、各サーヴァントに用意された私室です。そこに、少々困った案件がありまして」

「ほぅ」

 

 二人が城内の一室の扉の前に辿り着くと、自室と言ったのに反し態々ノックをした。

 

「私です」

『ハイハーイ! 今開けるよ!!』

 

 それに対し、返ってくる元気のいい返事。

 その声に、アラヤは覚えがあった。

 

「ライダー?」

「あれ? ルーラーのマスター?」

 

 内側から開かれた扉。

 その先には、先程無力化された黒のライダー・アストルフォ。

 ────そして、付設されたベッドに寝かされている、衰弱したホムンクルスの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 そうして語られる、名も無きホムンクルスの冒険。

 そのホムンクルスは、ゴルドがアインツベルンからの技術提供を受けて造り上げた、魔力供給用の人形であった。

 アインツベルンの技術が高過ぎた為に人の形と自我を獲ているが、その()()は唯只管の魔力タンク。

 それに対する、そのホムンクルスはバグが生じたとも言える。

 在り得ざる自我の発生。

 とある事情から生まれた死の恐怖。

 彼は胎児そのものと言える有様でありながら、自ら自身を閉じ込めていたフラスコを魔術で以て破壊し脱走。

 すぐさま見付かり、場合によっては処分される筈の彼の運命は終わらなかった。

 

『うん! 助ける!!』

 

 英霊アストルフォ。

 生粋の英雄にして、その逸話によって理性が蒸発しているサーヴァント。

 今回その癖の強すぎるスキルは、正しく善い方向に機能した。

 あらゆる疑問を挟まず「彼を救ける」という結論を即決出来たのだ。

 そして唯一この事を相談できるケイローンに頼り、現在に至るという。

 

「はー、すんごい」

 

 その余りにも英雄譚の始まりの様な一連の話に、アラヤはケイローンの顔を見る。

 話の続きを綴るならば、彼等が如何に魔術師の城から脱出するか?! といった処だろうか。片割れが異性なら文句なしなのだが、そこはアストルフォの容姿でゴリ押せるだろう。

 その状況に苦笑だけで返すギリシャの大賢者に、アラヤは思わず小さく拍手すらした。

 知恵者すら居た。キャスティング完璧である。

 

「ボクを彼と引き合わせたという事は、ルーラー陣営に保護を求めるという事かな?」

「彼を助けてあげて!」

 

 アストルフォの、珍しい真剣な声色にベッドに横たわるホムンクルスの少年を診る。

 医神アスクレピオスの師であるケイローンがこの場に居る以上、アラヤが医術的にどうこうする余地は余り無いのだが───。

 

「アーチャー、君の見解は?」

「設計段階での構造欠陥と、其処から来る過労ですね」

「となると……調整は後でやるとして、それこそ一先ず彼をこの城から連れ出すくらいしか、やる事が無いんじゃないのかな?」

 

 そのホムンクルスが寝たきりの状態なのは、そもそも彼が生まれたての赤子も同然というだけである。

 そんな出産直後の赤ん坊が、長時間這い続けたらこうなるだろう。

 

「魔力供給用のホムンクルス……この城に来た時からわかっていたが、アインツベルンからの技術提供でも受けたのかな? 完成度が高すぎる。用途的にヒトガタにする必要も無い筈だし、自然の嬰児と呼べる程ではないが非効率だ」

「どうやらキャスターが、その宝具に優秀な魔術回路を保有した個体が必要だそうで」

「黒のキャスターか……」

 

 まだ面会を行っていない、ユグドミレニアが召喚した魔術師のサーヴァント。

 城の周囲に配置されていたゴーレムからの予想と、そもそも当人の顔を既に見ている為に真名だけはアラヤも把握している。

 

「取り敢えず、彼を保護する事は了承するよ。彼が自我と生存欲求を取得した段階で、ルーラーのマスターである僕は彼を無辜の民と判断した」

「おぉ! やったー!」

 

 アラヤの言葉に、アストルフォが両手を挙げて喜びの声を上げる。

 

「よかったね、君!」

「あ、あぁ……。だが、いいの……か?」

 

 そんな彼に辛うじて返事を返すホムンクルスは、しかしやや遠慮しがちにアラヤに自らの懸念を問い掛ける。

 

「あまり喋らない方が良い。君にとって喋る事はおろか、口を開く事すら億劫の筈だ。君の質問だが、勿論大丈夫だとも」

 

 ユグドミレニア側にしてみれば、彼は唯一では無いが貴重な資源・資産の一つである。よそ様に軽々にくれてやる物では無いのだ。

 だが、彼等は既にライダーのマスターがアラヤに手を出している。

 アラヤは手打ちとしたが、彼等の矜持的にそんな訳にはいかないのだ。

 少なくとも、ルーラーのユグドミレニア側への心情が劣悪なのはどうしようもない。

 魔力供給用のホムンクルスは、幾つも存在している。

 その内の一体を見逃すだけでルーラーの心象を少しでもマシに出来るのならば安いモノである。

 尚、ホムンクルスを文字通り燃料にしている時点で、それを知った聖女たる彼女の心象はより劣悪となるのだが────。

 

「────そもそも、彼等に話を通すつもりは無い」

 

 尤も、あくまでそれはホムンクルスの少年の保護を、ユグドミレニア側に馬鹿正直に伝えた場合の話なのだが。

 手を少年────というよりは彼の寝ているベッドそのものに向け、アラヤは己の魔術回路に魔力を焚べる。

 瞬間、ベッドの床に裂け目が生み出され、ベッドが立つ部屋の床がまるで底なし沼のように変貌する。

 

「これは……」

「少し目を閉じて居なさい」

 

 それはホムンクルスの少年への配慮なのだろう。

 緩やかに沈むベッドに戸惑う少年の目元を覆う様に手を翳し、彼の意識を奪う。

 

「何これスゴーイ!?」

「まさか、虚数魔術ですか?」

「桜ちゃん────まぁ君たちだから話すけど、実家の子が虚数属性でね。その時にちょーっと見取らせて貰ったのさ。

 まぁ詳しくは言えないけど、多芸なんだよボク」

 

 地水火風空の五大元素に寄らない、実数ではなく虚数という架空元素を操る素養────虚数魔術。

 魔術において「ありえるが、物質界にないもの」とされ、極めて稀少とされる魔術属性である。

 

 ────あり得ないことだった。

 アラヤ・トオサカの扱う魔術は、水にまつわるものだった筈である。

 虚数と水の二重属性? 

 無論あり得ない事では無いが、しかしその力は赤のランサーを一瞬とはいえ動きを封じる程であった。

 それに加えて、虚数属性まで極めているなど信じがたい。

 その段階で、その力量は君主(ロード)と呼ばれる者の域を遥かに超えるだろう。

 しかしアストルフォは希少属性に目を輝かせるのみであり、そもそもケイローンは既に()()()()()

 幸いながら、ソレを追求する者はこの場にはいなかった。

 そうしている内に、ベッドが完全に虚数の裂け目に沈没するのを三人は見届けた。

 

「イメージは湖面かな。虐待された子供を保護する際も、こういった窓口を創る事で緊急避難させているんだ。これなら親御さんを考慮する必要はないからね」

「僕も入っていい!?」

「駄目です」

 

 ────こうして、名も無きホムンクルスの少年は物語から離脱した。

 今後彼は肉体の調整をアラヤによって行われ、決して長くは無いが短命を少しだけ克服。

 後に己の同胞を助けたいという願いを抱くが、しかし彼が戦場に出る事をアラヤは許すことは無かった。

 他に虐待されている子供がいると訴えたからと言って、保護した子供を親元に向かわせる愚行を許す訳が無いからだ。

 

 斯くして、彼が邪竜に成り果てる可能性は失われる。

 死に瀕する事が無く、故に竜殺しの心臓を与えられることは無い。

 故に短い間に人間性を育む出会いも失われるものの、それが不幸かどうかを論じる事が出来るものは、少なくとも彼ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 ケイローンの私室を後にしたアラヤは、他の組み合わせと面会していたルーラーと念話で会話していた。

 黒のアーチャー、その問題点の無さと、ホムンクルスの少年を保護した旨を伝えた彼は、しかし何かを言い淀む彼女に言葉を止める。

 

『────マスター、問題発覚です』

 

 黒のキャスター、アヴィケブロンの宝具『王冠:叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)』。

 彼が生前完成を願い、叶わなかった至高のゴーレム。

 強大なユグドミレニアの切り札の一つ、それ故の問題点が浮き彫りに成った。

 

 

 

 

 




やっと更新できました。
投稿作品多すぎるのが悪いですね。かといって一本に絞るのもなぁと。


アラヤ=某
 遂に色々隠さなくなってきた奴。
「理屈的には同じ事出来るヒトは沢山いるから」などと供述しており(ry

フィオレ
 内心メッチャ緊張していた、恋する乙女。信者その一とも。
 潜在競争相手の多さに頭を抱えている。
 尚、とある諸部族は似たような状況に成った場合、即座に全員で共有する選択をした模様。
 結果、自分たちのアイドルがとある女帝にかなり上から絡まれ、一人残らず正気を失ったらしい。

ケイローン
 皆大好き、ギリシャ神話屈指の人格者(神)
 アラヤに関しては出自?的にほぼ察しているが、口に出さないでくれるとっても気配りが出来るお人(神)
 アラヤが器用貧乏を準備で補うのに対し、素で器用万能やってるお人(神)

アストルフォ
 脊髄で行動している男の娘(妻子持ち)
 ジャンヌとホムンクルスの少年が接触しなくなったからか、ある意味大勝利したサーヴァント。
 変態なマスターから解放されている事を考えれば、現状一番得しているキャラの一人。

ジャンヌ
 問題が次々と湧いて出てきて、本気で頭を抱えて人。
 原作で「ルーラーとかぶっちゃけ罰ゲームみたいなもの」と言及していたが、描いてて本気で不憫だなぁと。
 ジークと名付けられなかったホムンクルスの少年と、いつの間にか縁が切れた模様。
 
名も無きホムンクルス
 在り得たかもしれない世界で、邪竜と化したホムンクルスの少年。
 そんな一巻に一回以上死ぬ運命は訪れず、以降物語の本筋に関わる事が無くなった。









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