零れ落ちた美麗の雫   作:たけのこの里派

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第十四話 叛逆者の解体

 

 トゥリファスの街並みを、美女と美少女、美幼女が買い物袋を抱えて歩いていた。

 即ち、ジャンヌとジャック、六導玲霞の三者である。

 玲霞とジャックは、まるで本当に親子の様な微笑ましさを見せているが、裁定者(ルーラー)ジャンヌ・ダルクは己の必要性を自問していた。

 

 ─────果たして、裁定者(ルーラー)のサーヴァントはこの聖杯大戦に必要か? 

 

 思わず己の頬を殴り付けなかったのは、両手が買い物袋で塞がっていたお蔭であった。

 それでも、顎が砕けんばかりに歯を噛み締める。

 それは、己に対する無力感と灼熱の如き羞恥である。

 

「なんという卑劣……ッ」

 

 千丈の堤も、螻蟻の穴を以て潰ゆ。

 奇しくもとある復讐者に城塞とまで呼ばれた精神に生じた、まるで石垣の積載を蟻が崩すが如き僅かな亀裂。

 それを叱咤一つで叩き直す。

 

 一体何を考えた? 

 己のマスターの有能さと行動力、そして優しさ。

 そして()()()()()()を言い訳に甘えて、一体何を考えたのか。

 彼がどれだけ功績を上げ、裁定者の陣営に有益を齎そうとも、そもそも彼は巻き込まれただけの被害者である。

 無辜の民草を、聖杯大戦の災禍から護るのはお前の役目だろうが。

 

 己の惰弱に吐き気をもよおしながら、裁定者たる聖女は己の城砦を再び築き上げる。

 だが、現状巻き込まれたマスターに大きく比重が寄っているのは事実。

 いっそ彼には前線に連れ添うこと無く、知覚共有での指示役に徹してもらうべきか? 

 いや、既にルーラー達は二度も襲撃を受けている。

 彼を護ることは、ある意味に於いて最優先事項だ。

 それはルーラー以前に、ジャンヌ・ダルクという英霊にとって────

 

「えいやっって」

「むぁ」

 

 意識の外。

 英霊としての格は兎も角、裁定者のクラスで現界しているルーラーは非常に強力なサーヴァントだ。

 特権クラス故に、かの冠位召喚には遠く及ばないにせよ、トップサーヴァントと呼ばれる最上級の英霊達に準ずる程のクラス補正を与えられている。

 取り分け感知能力は、トゥリファス全域に及ぶ。

 そんなルーラーの虚を、二十そこらの小娘の指先が突いた。

 頬を玲霞に突かれ、変な声を漏らしながら彼女は理解する。

 

 あのアラヤが、他の孤児達とは違い態々己の傍に玲霞を置く理由を。

 

「大変なのは解るけど、変に思い詰めるのは駄目よ」

「…………ふぅ。その通りですね」

 

 異端。

 卓越した魔術の才があるとか、魔眼や超能力があるとか。そういった分かり易いものではない。

 聖杯大戦という、紛争地帯さえ比較にならない戦地に於いて、サーヴァントを気遣える精神性。

 そして赤のアサシンから逃げ切った胆力と技術。

 不意討ちでは二流相当の魔術師に捕まる脆弱性────普遍性を持ちつつ、ジャック・ザ・リッパーという危険極まるサーヴァントのマスターを担える、根拠無き逸脱。

 

 現代にあるまじき傑物の雛。

 六導玲霞は、所謂そのような人間なのだろう。

 平均である事が是とされる現代では、成る程生き辛いだろう。

 だからこそ、アラヤは彼女を他の孤児達とは異なり、傍に置いたのだ。

 単純な才人なら環境を与えるだけでいいが、異端となれば現代社会で生きられるとは限らない。

 せめて魔術回路があれば、魔術使いとして育てられただろうに。

 彼の苦渋が伺えた。

 アラヤは人を救う玄人であっても、導くとなると玄人とは言えないのだから。

 

「……行きましょう。先日、赤のサーヴァントと会合の機会を得られたとマスターから聞いています。予定の擦り合せもしなければ」

「そうねぇ。あの人、放って置いたら何でも一人でやってしまう悪癖があるから。私も少し苦労したわ」

 

 玲霞の言葉に、ふと思い返す。

 そう云えば、この地に来てからずっと振り回されっ放しだ、とルーラーは思い出した。

 生前多くの兵士を戦場に駆り立てて来たが、あるいは彼等はこんな心境だったのか。

 

「……フフ。そうですね、困ったマスターです。戻ったらしっかり言い聞かせなければ」

「あら、まるでお姉さんみたいね」

「私、5人兄妹の長女でしたので!」

「(男兄弟に初めての女の子は、普通甘やかされる。───っていうのは、現代特有の価値観なのかしら)」

 

 そんな想いを馳せるルーラーの心持ちは、そんな戦友との記憶とは裏腹に。

 啓示を貰うずっと前、ただの村娘(ジャネット)だったものだったことに────果たしてその致命的な有り様に、彼女は何時気が付くか。

 しかし致命的とはいったものの、それが悪しき未来に繋がるかは、彼女次第。

 

 一方、言い聞かせるどころか、赤のライダー(アキレウス)赤のアーチャー(アタランテ)相手にボードゲームに興じているマスターを目撃するまで、後数分後。

 彼を顔真っ赤で叱り付ける裁定者の姿が見られたのは、全く以て完全な余談である。

 

 

 

 

 

 

第十四話 叛逆者の解体

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? ルーラーと今日会合するってのか」

「何だ、随分不機嫌そうだな」

 

 トゥリファスのとある喫茶店にて、二人の声が小さく木霊する。

 片割れは180センチ以上の鍛え上げられた体躯にジャケットを纏い、サングラスに隠された瞳にはその強面に相応しい疵痕が刻まれている。

 魔術師というよりマフィアのそれ故、その人柄に反して頻繁に職質を受け、その度に不本意な暗示で切り抜ける羽目になる男性。

 赤のセイバーのマスター、死霊魔術師(ネクロマンサー)獅子劫界離である。

 

 片割れはそんな相方と真逆な、小柄な金髪の少女だった。

 へそ出しのチューブトップに、真っ赤なレザージャケットという高い露出度。

 ポニーテールに結い上げられた美しい金髪に、不機嫌さに満ちた表情で整った容姿を歪めている。

 獅子劫が召喚したサーヴァントである、赤のセイバー・モードレッドであった。

 

「そもそもルーラーとかいう、仕切り屋気取りが気に入らねぇ。何様だ」

「はっはっは、だからといって向こうが手を出す前に噛み付いてくれるなよ」

「誰が犬だ誰が」

 

 どっちかって言うと猫だろ、と。

 先日ロード・エルメロイ二世との通話中、猫と戯れていたのは誰だ────そんな言葉を飲み込みつつ、獅子劫は依頼人である時計塔からの報告を思い返す。

 

「他の赤のマスターは全滅、か。そこそこ腕の立つ奴も居たんだがなぁ」

「情けねぇ。どいつもこいつも簡単にあの毒婦にやられやがって」

「俺はサーヴァントに恵まれたからな。お前の直感に従って助かったぜ」

「ハッ、当たり前だ」

 

 モードレッドを持ち上げつつも、赤の陣営で単独行動を選んだが故に、唯一の生き残りとなった獅子劫は己のサーヴァントの功績を決して否定しない。

 

 赤のセイバー、叛逆の騎士モードレッド。

 騎士王アーサー率いる円卓の騎士の一人であり、その不義の息子を自称しながらブリテンを直接的に終わらせた反英雄。

 それが女性であったのは驚いたが、ソレを含めたNGワードの多さたるや。

 正直、非常に扱い辛いサーヴァントであることなのは確かだ。

 だが、その能力の高さは折り紙付きである。

 

 獅子劫が召喚に使用した触媒は、円卓の欠片。

 つまり円卓の騎士の中から、特に獅子劫当人と相性の良い、或いは類似点のある英霊がサーヴァントとして召喚される最高のチケットだった。

 獅子劫にとって、最高のサーヴァントに最も近いのがモードレッドという訳である。

 

 必然死体を利用する死霊魔術師(ネクロマンサー)である自分には、太陽の騎士や聖槍の騎士より叛逆の騎士の方が余程遣りやすい。

 死体と共に幼少期を過ごした彼にとって、清廉な騎士よりアウトローな彼女の気質は有り難かった。

 

 事実、高ランクの直感スキルでの判断だったのだろうが、言峰神父とそのサーヴァント・セミラミスに彼女が抱いた忌避と嫌悪。

 それは決して、彼女自身の身の上から来るだけのものではなかった事が証明されたのだから。

 

 陣営内で単独行動を取る、というチーム戦である聖杯大戦に於いて危険な行動は、獅子劫界離を赤の陣営唯一の生き残りのマスターとした。

 無論他の赤のマスターが死んでいると断ずる訳では無いが、神代の魔術師に毒を盛られた時点で死んだも同然だ。

 

「で? どんな奴なんだよ、そのルーラーのマスターは」

「……厄介だな。一応は敵じゃねぇってのが、心底安心する程度にはな」

 

 ロード・エルメロイ二世から伝えられた情報。

 時計塔から派遣された赤のマスターが、獅子劫を除いて事実上全滅したこと。

 そしてその情報は、黒のアサシン組を保護したルーラー陣営から齎されたということ。

 そしてそのルーラーのマスターが、魔術使いの彼にとって数少ない友人と呼べる人物であったこと。

 

「何度か仕事を共にしたことがある。アイツは救助者(セイヴァー)なんて名前が有名だが、アルビオンの迷宮の専門家って訳じゃない。アラヤ曰く、『星の内海からの帰りに、善行を積んでいるだけ』なんだとよ。ったく、その時点で前人未踏だってのに」

「……アルビオンの、迷宮?」

「あー、そっからか」

 

 一部の単語はモードレッドも理解できる。

 アルビオンは勿論、土地神同然だったモルガンの被造物(ホムンクルス)である彼女は、星の内海についてもある程度の知識を持ち合わせていた。

 だが魔術師でもないモードレッドは、アルビオンの遺骸が迷宮化していたのは知らなかった。

 剰えその遺骸が、魔術師達の探掘場所として使われているなどと。

 そして彼女の魔術師としての比較対象は、マーリンとモルガンである。

 当然、星の内海と地上を行来する事が可能な存在が、どれだけ異常なのかピンと来なかったのだ。

 

「魔術の腕どうこう以前に、人間なのか怪しい。後これまた別の案件で、コッチはアラヤも関わってなかったヤツなんだが────知り合いの死霊使いが、妖精を利用しようとしてブッ殺された話なんだが」

「何だよその馬鹿は」

 

 妖精とアーサー王時代のブリテンは不可分である。

 そもキャメロットは妖精と人の願い、そして円卓と聖剣によって成立した聖城であり。

 円卓の騎士の多くは、妖精由来の聖剣や出自を持つものが多く存在している。

 妖精と巨人達にして、神代最後の時代こそが西暦500年のブリテンだ。

 妖精の恐ろしさは、円卓の末席に座ったモードレッドは良く理解している。

 妖精を利用するなど、逆に利用されて破滅する末路しか想像出来ぬ程度には。

 

 取り敢えず、トレヴァー・コドリントンなる己の死後に地上と妖精郷との門を作り上げた、偉業なんだか厄災なんだかを招いた大馬鹿の話は置いておこう。

 獅子劫の話の中核は、その際工房の一部として利用されていた妖精である。

 

「あの時初めて妖精を見たが……、アラヤにも違いが有れど似たような異質感は感じた事がある。勿論、妖精のソレとは異なっていたがな」

「……チッ」

 

 無論、アラヤが妖精などという事実は一切無い。

 だが獅子劫は死霊魔術師(ネクロマンサー)

 人の残骸や人だったモノを扱う彼は、それを直感として理解していた。

 

「その後偶然アイツにまた会った時、確信したよ。『あぁ、コイツ人間じゃねぇんだな』って」

 

 モードレッドの脳裡に浮かぶ、二人の人を救う人ならざる者。

 憎むべき偉大な王と、その宮廷魔術師を務めた夢魔。

 前者は概念受胎によって竜の因子を出生段階で組み込まれ、魔力炉心と出力端子を兼ね備えた。

 その存在の精髄は、その現身であるモードレッドも持ち合わせている。

 後者に至っては、極めて単純に人外の血が混ざっていた。

 即ち────。

 

「────混血か?」

「……どうだかな。そういう単純な話なら、いっそ楽なんだが。ただ奴の恐ろしい処は、アイツが人間社会で当たり前な顔で人を助けてる姿に、人じゃねぇって解った上で違和感がねぇんだ。そんなのあり得るか?」

 

 死体や木偶人形が人間面で闊歩している方が、獅子劫にとって、まだ納得がいく。

 そういうレベルの違和感である。

 なまじ友好的で有益な存在なのだから質が悪い。

 挙句、友人は多く慕う人間は数えきれないのだろうと、己も友人である事を許容してしまっている。

 

「……面倒クセェ」

「全くだ。───……来たぜ。気張れよセイバー、ただ叩ッ斬れば終わらねぇのがアラヤだ。そういう意味じゃ、アイツはそこいらのサーヴァントより余っ程厄介だぜ」

 

 学生服らしき装いの金髪のサーヴァントを連れた、いっそ不気味な程に美しい少年が姿を見せる。

 彼は旧知との再会で、その美麗を笑顔に染めていた。

 

「─────やぁ、久しぶりだね界離」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「お前は辞退したって話を、俺にこの案件(聖杯大戦)を依頼した召喚科学部長(ロッコ・ベルフェバン)から聞いてたからな。それがマスター処か、審判役として関わってくるとは思わなかったよ」

「そこら辺は大聖杯の管理人格か、それに介入した抑止力あたりにでも聞いておくれ。僕としても割に合わないんだよ? 審判役だから聖杯に手を出す訳にはいかないし、面倒な立ち位置だからか両陣営にも狙われやすい。タダ働きも良い処だ。まぁそれを言うなら僕以上に、ルーラーが貧乏くじを引いたんだけど」

 

 旧知故に、邂逅は極めてスムーズに進んだ。

 しかしそれはマスター同士の話。

 サーヴァントの二名は、双方沈黙を選んでいた。*1

 一見優等生に見えるルーラーと、出生理由から反骨の化身の赤のセイバー(モードレッド)

 聖女のブッ飛びファンキー具合を直視するまで、モードレッドの隔意が無くなるのは難しいだろう。

 

「で、時計塔の今後の方針は?」

「聖堂教会へ宣戦布告───とは、行かないらしい」

 

 聖堂教会と魔術協会の関係を一言で表すなら、水と油である。

 元々聖堂教会が「主の秘跡だけが地上に存在すべき神秘である」という方針である以上、それ以外の神秘を保全・運用する魔術師は問答無用で異端認定である。

 魔術協会は『彷徨海』と『アトラス院』、そして『時計塔』の三大部門それぞれ方向性や在り方は異なれど、それは変わらない。

 

 その内『移動石柩』の異名を持つ最古の魔術協会であり、「文明による魔術の進歩・変化を認めず、神代の魔術のみを魔術とする」を絶対原則とする『彷徨海』。

 彼等はそもそも神代の神秘を残す為なのか、自分達の工房である絶海の孤島ごと宇宙から消失済みである。

 

 中興の魔術協会である『アトラス院』は「人類の保存と滅亡の先延ばし」を至上命題に掲げ、その過程として他勢力と衝突する事はあっても、権力争いなんぞやっている暇などない。

 今もアトラス院の錬金術師たちは、日夜行き止まりとなりつつある破滅への延命措置を、自殺者を出しながら必死に行っている。

 たとえ無数に存在する滅びを回避すべく真面目に考えれば考えるほど、逆に世界を滅ぼす手段が増えてしまうとしても。

 

 そして最新の魔術協会である、倫敦を本拠に構える『時計塔』。

 魔術王ソロモンの直弟子であるブリシサンが院長を務め、同輩である魔法使いゼルレッチが魔道元帥を務めていた、魔術を学問として遺す為に興した学び舎。

 神代と共に真エーテルの消滅によって失われる筈の神秘は何故か継続し、千年前に現魔道元帥を務めるバルトメロイの参入と共に貴族社会に染まった果ての現在。

 神秘の衰退を前にしながら、手段の為の権力闘争が目的に成り果てながらも、今日まで継続してきた時計塔。

 表立って聖堂教会と衝突し、停戦協定が結ばれてからも小規模な争いは絶えない関係である。

 

「表面上だけ見れば、聖堂教会が時計塔を出し抜いた形だね」

「面子を叩き潰した上でな。怖い怖い」

 

 時計塔に向けた宣戦布告によって始まった戦争。

 そこに通例として監督役として首を突っ込んだ、聖堂教会から派遣された神父。

 一級講師を含めた時計塔が選りすぐった精鋭達に、それが立場を利用して毒を盛り、生殺与奪の権と共にサーヴァントを奪い去った。

 時計塔が買った喧嘩を、始まる前に潰された形である。

 控えめに言って、時計塔の面子は粉微塵だ。

 それが、監督役の言峰神父の独断でなければ────だが。

 

「聖堂教会も、どうやらかなり困惑している様だよ」

「教会にもツテあんのかよ。お前が孤児院に出資してんの、そういう思惑もあったのか?」

「あるわけ無いでしょ。フランスで仕事があった時、偶々寄った町の一般家庭の娘がマグダネルの坊っちゃん(ロード・トランベリオ)の倍以上の最大魔力生成量を持ってた時の衝撃たるやって話さ。

 ─────埋葬機関の第七位は、僕が後見人だ」

「またエライ名前が出たよ。ビックリ箱も大概にしろよな」

「はっはっはっはっは」

 

 特別な出自や後ろ盾を、欠片も持ち得ないただのパン屋の娘。

 それが時計塔のロードの中でも、最大魔力生成量の記録保持者(レコーダー)を上回っていた。

 勿論魔力効率では劣るが、一般町娘が持って良い能力ではない。

 神代を含めても、人類の頂点の素養である。

 そんな彼女の保護と魔術の教育を名乗り出たのは、アラヤにとって必然ですらあった。

 この子は、放置したら不幸にしかならない───と。

 

「下手に時計塔に行くのも、彼女の来歴から悪手だったからね。取り敢えず後見人になって、護衛手段と知識だけは教え込んだんだけど……。大体十年ほど前に、埋葬機関にスカウトされていた」

「パン屋ヤベェな」

 

 埋葬機関は聖堂教会の抱える異端撲滅の、正しく主の代行者たる武装した戦闘信徒───そんな対異端専門の精鋭の、更に選りすぐられた七人いる頂点。

 一般的に連想される祓魔師(エクソシスト)ではなく、悪魔殺し(エクスキューター)である七人の超越者。

 そんな人類の到達点の一つに、パン屋の娘が至っていたと笑顔で報告された時、アラヤは正しく宇宙を背景にしていた。

 

 ちなみに完全な余談ではあるが、この編纂事象(世界線)に於いて転生無限者(アカシャの蛇)と呼ばれる死徒はとある『運命の出会い』を経ることがない。

 それによりとある並行世界と比較した場合、思想こそ歪みはしなかったが存在として著しく弱体化していた。

 またとある神父を陥れ監獄島に閉じ込めた事で、その神父に救われた世界一有名な復讐者によって1800年頃に滅ぼされている。

 よって、とあるパン屋出身の埋葬機関第七位の女性に、その死徒の影は欠片も存在していない。

 

「ルーラーとは、大戦が終わったら顔合わせの予定ね」

「えッ!?」

 

 閑話休題。

 そんな縁から、聖堂教会の第八秘蹟会から派遣された言峰神父の情報を、時計塔とは別の情報筋から得られ─────黒と判断した。

 

「断言する。主導はマスターの方だ」

 

 玲霞が接触時に感じた所感と、何処ぞの誰かと類似する経歴の符合。

 そして聖堂教会の困惑っぷりを、逸早く知ったアラヤの判断は、言峰神父をアウトよりのアウトと判断した。

 

「ところで二世からは何か聞いているかい?」

「絶賛協議中だとよ。今頃、倫敦で責任の擦り付け合いしてんのかね? まぁ現場には関係無いから、俺はお仕事続行って訳だ」

「そして君達は、言峰神父率いる赤のサーヴァントと黒の陣営がぶつかり合っている所を、漁夫の利かな?」

「ハッ、どうだろうなぁ」

 

 獰猛な笑みを浮かべつつ、内心「もうヤダコイツ」とげんなりする獅子劫は、ロード・エルメロイ二世からの情報を思い出した。

 即ち、アラヤから行動予定のソレを。

 

「で、俺等にもやるのか? 例の問答」

「その予定だよ。既に黒の陣営の聴取は終わっている。────君の場合は、契約の破棄……いや、踏み倒しかい?」

「……まあ、そうだな」

「あぁ!?」

 

 獅子劫とアラヤは旧知。故に彼が聖杯を求める願望にある程度察しが付いていた。

 アラヤの問いへの静かな是に、モードレッドがいきり立つ。

 

「オイマスター! 俺は子孫繁栄って聞いてたぞ! 俺を謀ったのか!?」

「大声出すな、別に嘘言った訳じゃねぇよ」

 

 反英雄の怒り、というには可愛らしいレベルの怒気に眉間を揉みながら、サーヴァント(モードレッド)のマスターは否定する。

 チラリ、とそんな遣り取りを微笑ましく見守っているアラヤを、彼のサーヴァント(ジャンヌ・ダルク)が見遣る。

 

「どういうことですか?」

「これは界離の一族の話だからね。当人以外が語るべきではないさ。勿論、ルーラーとしてはそうはいかないだろうから、後で話すけどね。一応、界離も構わないだろう?」

「……あぁ」

「あぁ、じゃねぇぞマスター!」

 

 詰め寄るモードレッドを押し返しながら、界離は億劫そうに己の一族に巣食う宿痾を口にした。

 即ち、一族の業を。

 

「大昔、先祖が悪魔と契約してその代償が俺の代で来たってだけだ。つーか、オルレアンの聖女の前でそんなんホイホイ言えるかっての」

「……成程」

「悪魔との契約だぁ?」

 

 獅子劫家の血に巣食う契約。

 彼の一族は七代続く魔術の名門で、歴史はアラヤが名乗る姓こと遠坂家よりも長い。

 だが元々は日本出身の魔術師ではなかった彼等は、諸事情で極東の地に渡る必要があった際に自分達の魔術基盤を失う事と成った。

 

 これは一例ではあるが───マキリという冬木における聖杯戦争成立の一つである、三千年続いたウクライナの蟲使いの一族があった。

 しかし五百年前に血統的全盛を迎えながら、聖杯戦争における御三家の一つと成った際に日本に渡り魔術基盤を失っている。

 現在は大聖杯をドイツ軍に奪われた事で、人を喰らいながら生き続けていた当主が呆けると共に訪れていた衰退が、遂に極致に到達。

 現存する子孫の魔術回路が完全に閉じ切り、既に魔術師の一族としては完全に潰えてしまっていた。

 たとえそれが、魔術王の遺した呪い(システム)の血筋であっても。

 

 それと同じく獅子劫家は同様の経緯で魔術的衰退を迎えた際、それを覆す為に悪魔と契約を交わす事で再興に成功した過去を持つ。

 そして、契約には代償が付き物だ。

 それが悪魔との契約ならば、代償も殊更である。

 ───『子供が出来ないのではなく、産まれること無く死ぬ』。

 一族の再興を望んだ末路は、一族の断絶であった。

 それこそ聖杯でもなければ、悪魔との契約の債権放棄など不可能な願望である。

 元より聖杯大戦への参戦は時計塔からの依頼ではあったが、獅子劫にとって決して無視できる案件では無かったのだ。

 亜種聖杯という万能の願望器が乱造される昨今に於いて、間違いなく神域のアーティファクトと呼べる程の代物は。

 

「───界離」

「あん?」

 

 だが、アラヤはそんなことは些事であるかのように、悪魔と祖先に呪われた魔術師に問い掛ける。

 一族の繁栄などに、獅子劫界離は既に価値を見出していないのだと。

 彼が、真に無意味にしたくないモノは──────。

 

「聖杯への願望は、()()()()()()()()()()()()?」

「─────あの子は死んだ。……死んだんだ。

 あの子の死を、俺が貶める訳にはいかない」

「……そうか、そうだね。済まなかった」

 

 アラヤは謝罪の言葉を口にしながら、静かに眼を伏せる。

 まるで黙祷を、誰かに捧げる様に。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 そうしてマスターへの詰問が終われば、その矛先はサーヴァントに向く。

 

「さて、では君の願望を聞かせてくれないだろうか。円卓の騎士、モードレッド卿」

「チッ、真名もお見通しかよ」

「それが、ルーラー()の特権の一つでもあります」

 

 先程までのやり取りでの話が、己のマスターの軽々に暴いてはいけない臓腑(はらわた)なのだと、セイバーとて理解できている。

 故に赤のセイバー・モードレッドは、先程の空気など知らぬと云う様に真昼間から酒を呷る獅子劫に、しかし何も言えなかった。

 そしてそんな彼女は、己の行き場の無い感情を全て鬱憤に変えて、ルーラーとそのマスターに吐き捨てる事に決めた。

 

『何でお前らに手前の願望を話さなきゃならねぇんだ』

 

 ───これはないな。

 と、反骨心十割の返答を、モードレッドは辛うじて呑み込む。

 己の願望、あるいは野望ともいえるモノを語る事を憚る。

 それはモードレッドとしても無しだった。

 こと父王アーサーに関する事に於いて、彼女は嘘をつくのは絶対に許されない事だったからだ。

 故に渋々、されど堂々と獅子劫に話した言葉を復唱するが如く、言い放った。

 

「オレは偉大なる騎士王、その唯一にして正当な後継者! 俺の目的は、聖杯の力で以て選定の剣に挑戦する事だ!」

「……アーサー王にとって代わって、かい?」

「あの王は出自だけで俺を認めなかった。俺の才能も……何もかもな。それが間違いだと、選定の剣を抜く事で証明する」

 

 円卓の騎士モードレッドは、不義の子である。

 アーサー王の精髄を写し取った妖姫モルガンは、彼女を打倒する駒としてモードレッドを造り出した。

 必然その出自もまともなものではなく、その在り方と製造過程は人造人間(ホムンクルス)と称するのが正しい。

 作成段階で母モルガンから呪詛を込められ、しかし騎士王に憧れた事で円卓の騎士として仕える事を選んだ。

 そんなアーサー王を慕うモードレッドに痺れを切らして、その出自を明確に告げた事で彼女に『欲』が生まれる。

 

 即ちアーサー王に仕える数ある騎士ではなく、その全てを継ぐ騎士王にとっての特別である事への、欲である。

 

 だが、騎士王はモードレッドを拒絶した。

 円卓の騎士になる以前から、モルガンの言いつけで兜で隠し続けたアーサー王に瓜二つの素顔。

 それを明かした彼女を、しかし己の嫡子として認めず一蹴した。

 

 憧憬と敬愛は反転し、憎悪に染まった。

 

 だから台無しにしたのだ。

 ブリテンに侵略していたローマへ攻勢に入り、有利な和平条約を結ぶために不在だったキャメロットを掌握。アーサー王に不満を持つ諸侯を、円卓を抜けた造反者(トリスタン)の戯言を用いて扇動した。

 当時ブリテンの食糧供給を一手に支え、アーサー王を上回る支持を得ていた円卓最強と謳われた湖の騎士が、ギネヴィア王妃との不貞により離反した直後だったのも、崩壊を後押しした大きな要因だっただろう。

 一度は栄華を誇ったブリテンは、結果的に妖母の望み通りに崩れ去った。

 

 ブリテンの崩壊が確定し、ローマ遠征から帰還したアーサー王とのカムランの丘での一騎打ちで敗北したものの、その命と引き換えに致命傷を与えるに至った───アーサー王を死に至らしめた叛逆の騎士。

 

 それが、反英雄モードレッドである。

 そしてそれは、死後英霊の座に招かれても変わらない。

 アーサー王に己を認めさせる事が、召喚された彼女の願望である。

 

「……うーん? うーむ」

 

 そんな叛逆者の宣言に、裁定者のマスターは困惑気味に頭を傾げた。

 己の願望を言い放ったモードレッドとしても、眉は顰めても激昂する程ではない。

 そんな、話が噛み合わない事を理解したような───疑問符の後の考慮。

 

「あんまり、オススメはしないかなぁ」

「あ?」

 

 その返答に、モードレッドの脳が怒りで沸騰する直前。

 

 

君は王に成った後、何を為したいんだい?

「──────」

 

 

 その言葉に、彼女は答えられなかった。

 二の句が継げず、咄嗟に答えようとしても言葉が出てこない。

 

 ───アーサー王に己を認めさせる。

 その手段として、アーサー王が王と成った逸話である選定の剣への挑戦を選んだ時点で、それはアーサー王の代わりにモードレッドが王に成る事を意味する。

 だがその質問に、()()()()()()()()()()()()()()

 

「それを即答出来ない時点で────君が、選定の剣を抜くことは決してないよ」

 

 答えられないという事実は、モードレッドにとって残酷な真実を意味していた。

 

 何故なら彼女にとって選定の剣に挑戦する理由は、アーサー王に認めさせる為のもの。

 王になった後の展望などなく、王という地位も父の持つ要素だから欲しているだけ。

 少なくとも、アーサー王はそれらを王になる前から兼ね備えていた。

 そう在るべく創られ、育てられたのだから。

 

 王として創られ国の為に身を捧げた者を差し置いて、利己的な癇癪で国を滅ぼした者が──────王として選ばれる訳がないのだから。

 

 

*1
ルーラーは己のマスターにツッコミたい気持ちを抑え込んだ。




もーさん「オレは国の展望も理想像も無いし、あくまで父上の物だから欲しいだけだけど、アーサー王の唯一正当な後継者だから抜けるに決まってるよな!」
カリバーン「はい、次の人」

アラアラアラ
「何だか、人に文句や駄目出しばっかりしてるなぁ」と思い始めた裁定者のマスター。
 それはそれとしてアーサー王伝説周りは、星の内海でセルフ禁錮刑してるグランドクソ野郎から諸々聴いてるので詳しかったり。なのでつい口に出ちゃう。まぁ人の心が無い。

聖女ぬ
 オリ主ものの煽りを一身に受け、自分の存在意義を疑い始めてた城塞系聖女。
 結果として「ずっと↑に振り回されてんな」と己のストッパーとしての役割を自覚する。

玲霞ママ
 たぶん生まれつき、精神が肉体を凌駕している人。
 魔術的素養は無いけど、まぁ護身術(当社比)は学んでますね。
 自分の保護者の駄目っぷりをキチンと理解している娘兼ママ。

GOライオンさん
 アラヤに人外みを感じながらパーフェクトコミュを遣り切ってる、人間力的にすごい人。
 恐らくペペと首位争いをしている、全シリーズに於ける最優のマスターの一人。
 魔術系統が真っ当な英霊には相性悪い位しか、本格的に欠点が無い。

もーさん
 FGOや『Garden of Avalon』などの設定開示の煽りを受けただけなんだけど、結果としてアポ時点ではブリテンの詰みっぷりやアーサー王の苦悩やら何も知らずにやらかした戦犯でしかない叛逆娘。
 第三者、悪く言えば横から他人に好き勝手言われてる状態だが、完全に自業自得である。
 次回更なる理詰めされる事が確定済み。

グランドクソ野郎
 次回ボロカスに言われるのが確定している、ブリテンの悲劇の元凶その1(その2はウーサー)
「モードレッドに抜ける訳ないじゃないかw アレはアルトリアだけが抜けるんだから(確信犯)」

アルトリア
「何故自分の完全下位互換な上、寿命も短く不安定。挙句モルガンとかいうどうあがいても内患に付け込まれる隙となる者を後継者に? ならガウェイン卿の方が適任ですね。
 というかそもそも聖剣と鞘があるので後継者の必要も、ブリテンの確定末路から意義もありませんので認知はありえません。
 それはそれとして、円卓に相応しい騎士ではありました(子としては十割無関心)」


 誤字脱字などの修正点は随時修正します。
 いつも御指摘、大変感謝しています。
 またいつになるか分かりませんが、次回もよろしくお付き合いしていただければ幸いです。
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