零れ落ちた美麗の雫   作:たけのこの里派

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第十五話 取らぬ狸の皮算用

 

 

 

 

「────一つ一つ、誤解を解いていこう」

 

 かつてアーサー王を殺す為に造られ、結果的にその通りにアーサー王の死因となった叛逆の騎士は呆然としていた。

 そこに憤りは最早無く、マスターである獅子劫としても見守るしかない。

 そして、この明らかな人外で在りながら人心に関わり続ける男を見て、とあるロードを思い出す。

 

「(あァ、成程……コレは確かに)」

 

 なんでも、アラヤはかのロード・エルメロイ二世の後援者(元締め)なのだという。

 昨今時計塔で最も成り上がった魔術師、 ロード・エルメロイII世(ウェイバー・ベルベット)

 その十八番は魔術師としては二流である事ではなく、魔術への知識量と鑑定眼。

 魔術を愛したこの男が時計塔のロードの地位に押し込められた結果、行われたのは解体祭りだった。

 

 即ち、何代もの世代を掛けて編み上げた魔術を最悪一瞥程度で全て見抜かれ、その場で解説する解体魔が誕生したのだ。

 

 魔術は神秘によってその強大さを保つ。

 秘されれば秘される程に神秘は深まり、効力も強くなる。

 逆にその仕組み(レシピ)を解説付きで公開されれば、その魔術はどうなるか。

 挙げ句「申請されていないから」という、神秘性を保持するためにあり得ない『特許申請』を勝手に行いまくったのだ。

 そうでなくとも、自分の生徒に既存のソレをより改良して教えている始末。

 何代も掛けた一族の成果を台無しにされるという、魔術師としては何度ブチ殺されても文句は言えない所業である。

 そしてその行為の回数は、最早語るまでもない。

 

 その結実が『略奪公』という、被害に遭った魔術師の殺意と怨みの塊。そしてその光景をドン引きした者達によって付けられた、あんまりな二つ名である。

 そんな恨み辛みを戴いている、魔術師にとっての絶望みたいな奴をパシリにしているのが、このアラヤである。

 

「(これも、一種の解体だな)」

 

 ロード・エルメロイ二世が魔術を解体するならば、アラヤは人心を解体するのかも知れない。

 魔術は解体されれば終わりだが、人心なら解体された事で救われる事もある。

 つまり、自己分析に繋がるという話だ。

 反英雄として在り方が固定されているモードレッドにとって、王として一歩を踏み出すには必要なのかもしれない。

 

「界離が話してるかもだけど、僕は星の内海に続く坑道(アルビオンの遺骸)を踏破し、そこで花の魔術師(マーリン)と面識を得ているんだ」

「あの、クソ野郎か」

「……クソ野郎?」

「人柄が、ね。来訪者はあまり居なかったらしくてね。お蔭で、君達の事は随分熱心に聞かされたよ。だからこそ、そこら辺の裏事情も含めた第三者の意見を出せると思ったんだ」

 

 挙げ句この情報通である。

 歴史家やってた方が良いのか、知り過ぎてるから魔術世界的にやって貰ったら困るのか。

 お気軽に伝説の人物との知己を得ないで欲しい。

 

「実際当事者目線が重要なのは、マーリンがアレなのも相俟って語るまでもないだろう。幾つか納得のいかない話もあるかもしれないが、僕のコレは重要参考人から調書を受けた上での客観的な第三者意見、と思って貰いたい。僕の話が真実絶対などではないんだから」

「チッ、…………続けろ」

 

 些か勇み足というか猪突猛進の気のあるモードレッドだが、決して馬鹿ではない。

 馬鹿は円卓の騎士は勿論、ローマ遠征時に人手不足*1といえど宰相など任される筈も無いのだから。

 自分の知らないアーサー王を語るのだ。

 かの騎士王を超えんとする彼女に、聞かない選択肢は無い。

 

「さて、何から話そうか……。先ず、君を嫡子と認めず後継者となる要素を廃したのが、君の生まれが絶対的理由ではないという点かな。無論要素としてはあるが、ソレを言い出せば騎士王自身にも刺さってしまうからね」

「あー……ウーサー王のやらかしか」

「時代的ではあるがね。だが少なくとも、騎士王の出自も正当と呼べる物とは言い難い」

 

 アーサー王の出生の経緯は、先王ウーサーによって行われた敵対国の王妃イグレインへの略奪婚、といえば判り易いだろうか。

 勝者こそが姫を奪うことが許されていた、人権の概念が無かった時代である。

 姫、妃は勝者の側につかなければ、生存すら許されなかったという。

 だが、当時略奪婚など珍しくないとしても、真っ当な出自では決して無いだろう。

 魔術的な真実は、更に悍ましいものだったのだから。

 

「曰く騎士王は、マーリンによって概念受胎で以て創り出された存在だそうだ。下手をすればウーサー王の血が入ってすら居ない可能性もある。あんまりな話だが、必要なのは優秀な母胎と竜の因子だからね。イグレインはその点が目を付けられた理由なんだろう。……自分で言ってて辛くなってきたな」

「おいおい……」

「コホン。そういう意味では、騎士王自身不義の子でもある。地位を盤石にするまでにその手の苦労もあっただろうし、それだけを理由にはしないさ」

 

 ブリテンの赤き龍の化身。

 それは決して比喩ではなく、アーサー王は竜の因子と真髄、そしてその炉心(しんぞう)を生まれ持った超人である。

 生まれながらに英雄をと望まれた、救国の王。

 騎士の王と称される英雄は、余りに弱さを知る土台を喪わされていた。

 

「だからその過程と手段や下手人への嫌悪は有れど、それによって造られた君自身へのマイナス感情は無かったんじゃないかな? モルガンにこそ頭を抱えど、ね」

「いやッ……でも、それじゃあ!」

 

 何故、俺は否定されたのか───そう言い切ることが、彼女には出来なかった。

 出自に何一つ誇れる点が無かったモードレッドにとって、後に知らされた『騎士王の仔』である事だけが光だった。

 その光が強過ぎたが故に、国を滅ぼす程の影が生まれたのだ。

 

「その上で断言する。騎士王が君を後継に指名することも嫡子として認知することも、限りなく低いだろうね。少なくとも、ブリテンがアーサー王抜きで自立できる程安定すれば辛うじて、といったレベルだろうか」

「な────」

「理由は大きく三つ」

 

 そんなモードレッドを尻目に、アラヤは敢えて畳み掛ける様に情報を提示する。

 

「一つは騎士王の不死性だね。そも後継者とは寿命や事故、戦死などで王が死んだ際に必要となる存在だ。だが聖剣とその鞘を持つ騎士王に、後継者は必要無い。少なくとも当時はね。何せ寿命は無く、外傷も瞬く間に癒える。単なる子孫は兎も角、後継者を作る理由が無い。なんせ、ずっと自分が王様出来る訳だし」

「凄まじいですね。改めて箇条書きにすれば、世の権力者が嫉妬するでしょう」

「正直王様自体が辛そうなんだよね。独裁者とか過労死ヤバそうだし」

「ナチか?」

「そうそうそれそれ。自殺してなかったら数カ月後に死んでたんじゃ、って仕事量だったって聞くよ?」

 

 この場で最も権力欲が無く、かつ最もソレに振り回されたオルレアンの聖女が感想を零す。

 特に昨今労働基準が見直されている日本出身の二人に至っては、完全に他人事だ。

 

 ────竜の炉心によって一呼吸で魔力を生み出し、魔術回路に依らず魔力を放出可能。

 星の聖剣を最強の矛とし、その鞘によってあらゆる傷を瞬く間に癒し、或いは防ぐ最強の盾とする不老不死を体現。

 無論、アーサー王の武装はその二つに留まらない。

 星の聖剣に負けず劣らずの聖槍ロンゴミニアド。ヘラクレスが鍛冶神ヘファイストスから与えられたという、神話礼装マルミアドワーズ。それらを筆頭に、数多の武装と騎馬を有するのがアーサー王だ。

 控え目に言って盛り過ぎであり、その設定増量の経緯を持つ物語の主人公に相応しい盛り方でもある。

 

 凡そセイバークラスの場合、サーヴァントとして持ち込めるのはエクスカリバーと鞘のみだろう。

 残念ながら、彼女は英雄王や聖雄と違い蔵や宝殿を持たず。

 そして物語に於いて、多くの物を奪われ続けた。

 彼女の末路は、鞘を奪われ聖剣がその輝きを喪い、聖槍で以て叛逆者を誅伐した後に妖精郷(アヴァロン)で眠ったとされている。

 

 そして騎士王が最後に倒した敵こそが、叛逆の騎士モードレッド。

 即ち、ブリテンに預言された破滅の仔である。

 

「二つ目。政治的障害だ。これに関しては、君自身の瑕疵が余りに大き過ぎる」

「っ」

「これに関しては、まぁ大半がモードレッド────君に原因は無い」

 

 モードレッド最大の瑕疵。

 それは間違いなく、彼女の製作者(はは)である妖姫モルガンだ。

 円卓の騎士何人かは彼女の子供であり、当時ブリテン最大の内患と言えるだろう。

 だが土地神としては、アーサー王の姉である彼女こそブリテンの正統後継者と言える。

 

「ウーサー王は神秘の衰退から、ブリテンの真の後継者が産まれないと判断したんだろう。だからこそ、アーサー王をマーリンと共に造り上げたんだ。

 そんな予想を覆す様に生まれたモルガンは、正しく予想外の存在と言えるだろう」

 

 だからこそ、持て余した。

 本来得られる筈の玉座を妹に奪われたモルガンは、人が変わったと言われる程の変貌を遂げた。

 またモルガンは人間、妖精、土地神の三重人格であったともいわれている。

 

 そしてモードレッドを嫡子と認める事は、事実上の後継者指名であり。

 ブリテン最大の内憂であるモルガンの暗躍の容認と同義だ。

 モードレッド自身、どんな細工をされているかも分からないのだから、その選択は論外と言えるだろう。

 

 挙げ句モードレッドは、アーサー王のクローンで人造人間(ホムンクルス)だ。

 如何にアーサー王の真髄を映し取り、同等の潜在能力があったとしても。

 その能力に反比例する様に、ホムンクルスとしての彼女の寿命は余りに短い。

 眼の前の十代半ばの彼女は、実際の享年は両手で数えられる程度だという。

 彼女が生前死ぬ前に残された寿命は、果たして如何程だったのか。

 

 そもそもモードレッドが自身の出自を知ったのも、円卓の騎士になった後。

 獅子身中の虫というには、些か微妙なタイミングである。

 事実当時の彼女は王位簒奪はおろか、騎士王に心酔さえしていた。

 モルガンの行動は、何時まで経ってもアーサー王に反逆しないモードレッドに痺れを切らしただけでなく、彼女の寿命問題だったとすれば理解できる。

 あるいはモードレッドには叛逆の騎士になる前に、老衰で亡くなる可能性があったのかも知れない。

 

「無論寿命問題は、アーサー王同様に聖剣と鞘で補えるだろう。

 だけど逆に言えば、態々そこまでして君を後継者にする必要は無い。敢えて血縁と言うなら、ガウェイン卿なんかが適任だろう」

「…………殺したのは、俺だ。ガウェインに勝ったのは俺だ! なら、俺の方がアイツより────」

「そうだね。ランスロット卿に返り討ちに遭い、重傷を負わされた夜間のガウェイン卿にだね。

 別にそれが悪いとは言わないけれど、結果論を語るなら叛逆した君にアーサー王の後継を名乗る資格は永久に喪われているよ? これは紛れも無い、数少ない君自身が原因の瑕疵だ」

「手前ェ!」

「セイバー!」

 

 モードレッドが熱り立つが、獅子劫の制止の声が飛ぶ。

 それで図星を突かれたのを理解したのか、怒りを噛み潰すように抑え込む。

 ここで本当に剣を抜いてしまえば、彼女には永久に抜けぬ楔が突き刺さっただろう。

 これは最早、個人的な矜持の問題だ。

 

「……ッ、クソ!」

「アラヤ。もうちょい言葉を選んでくれよ」

「駄目だ、それこそ彼女の為にならない。僕の言を無視して聖杯を手に入れてしまったら、彼女は一体どうなる? もし選定の剣を抜けなかったら、モードレッドという英霊は本当に何処にもいけなくなってしまうよ」

 

 冷や汗をかく獅子劫は、この場で最も強い存在に視線を移す。

 同じくモードレットも、保護者面のマスターとアラヤに腹を立てつつ、戦闘者としての本能は何より裁定者に反応する。

 

「……」

 

 熱り立ったモードレッドに無言だったルーラーのサーヴァントは、しかし彼女から決して目を離していない。

 モードレッドも中世の聖女如きに負けるつもりは毛頭無いが、裁定者特権とやらが加わればどうなるか分からないと断言するだろう。

 そして前提として、ルーラークラスの聖女のサーヴァントとしてのステータスは、モードレッドを完全に凌駕している。

 彼女の騎士としての冷徹な頭脳が、より彼女の怒りに水を差していた。

 油断無く武装と聖旗を展開しかけていたルーラーは、自分に笑顔を向けるアラヤに溜息を吐きながら話題を戻す。

 

「ガウェイン卿、ですか」

「うん、円卓でも三指に入る英霊だね」

 

 太陽の騎士ガウェイン。

 モルガンの子供の一人であり、モードレッドにとって異父兄にあたる。

 所謂円卓三強の一人であり、『聖者の数字』が合わされば単純性能ではアーサー王さえ凌駕する。

 尤もそんな真昼の彼を相手に、加護の時間切れまで粘って勝利した湖の騎士(ランスロット)とかいうぶっ壊れが居る為、ガウェインでさえ円卓最強では無いのだが。

 

 そして彼の最期は、最愛の妹と弟を殺された恨みと不信から、アーサー王の窮地に駆け付けた湖の騎士ランスロットの助勢を当たり前に拒否、衝突。

 その結果敗北し受けた傷と、その窮地を狙ったモードレッドの夜襲であった。

 

 ガウェインは謂わば、生物・経歴的瑕疵の無いモードレッドである。

 竜の因子こそ無いが、モルガンの仕込みも生物的脆弱性も無い。

 無論彼が騎士王を差し置いてのブリテン王を望むかと言われれば、その絵に描いたような騎士然とした人柄もあって甚だ疑問であるが。

 そして彼より優る理由に奇襲にて討ち取った事を挙げてしまえば、宰相を任されておきながら叛逆したモードレッドに発言権は存在しなくなる。

 

「僕は君の戦闘能力に関して、一度も文句を付けた事は無いよ? というか、その理論で言うとランスロット卿が一番王に相応しい事になっちゃうからね。流石にそれは異論を述べるし、ランスロット卿当人も困ってしまうさ」

 

 ──────召喚当初であれば、彼女は既に剣を抜いていただろう。

 だが今の彼女がそれをするには、彼女が知らないアーサー王を知りすぎ、そしてアーサー王の話を無視することもできない。

 精神的な変容、あるいは失調が起こっていた。

 アラヤの語り口が、終始自分を無知な子どもを相手にする様だったからか。

 感情の消化先を失い唸るモードレッドを無視して、アラヤは話を続けた。

 

「というか大前提として、ギネヴィア王妃という政治的後援者を無視して内患の子供を嫡子として認めたら、彼女や彼女の関係者全員の面子を粉砕するのも同義だよ? 嫡子として認める訳がないじゃないか」

「そりゃそうだ」

「マスター!?」

「いや、流石にそりゃ駄目だろお前」

 

 マスターから飛んだ非難にモードレッドが思わず叫ぶも、獅子劫も擁護のしようが無かった。

 まさかお前モルガンから話を聞いた直後に、アーサー王に話持って行ったのか? 

 事前に話を通すとか関係者への手回しとか、政治的配慮を知らんのか。

 

 王妃ギネヴィア。

 カメリアール王国(コンウォールまたはコルヌアイユ)のレオデグランス王の娘で、アーサー王がまだ後ろ盾が必要だった若い頃に婚約。その権勢を盤石とした王冠と言っても良いだろう。

 事実彼女とランスロット卿の密通は、ブリテン崩壊の致命打となった。

 

 ランスロット卿の大陸領土からの食料支援に、彼女の後ろ盾を喪えばそりゃ詰む。というのがマーリンから話を聞いたアラヤの感想である。

 そういう意味では、二人の不義を暴いた円卓の騎士アグラヴェインは、大戦犯の一人であると言えよう。

 法的・倫理的には彼が正しかったかも知れないが、文官としては政治的配慮やそれによって生じる被害を、自身の女性不信という私情で考慮出来なかったのは最悪であった。

 

 挙げ句アーサー王が女性であり、子供を設けることが女性の価値であった当時だ。

 アーサー王の彼女への「女に嫁がせる」という負い目は相当であり、そんな彼女がアーサー王の最も信頼する騎士と結ばれた時は喝采すらしたやもしれない。

 アーサー王にとって親友と盟友二人の不倫は、しかし彼女の個人的負い目を払拭するに余りある祝事だった。

 

 勿論、その心情を知れたのはマーリンだけだったのだが。

 そりゃあ、裏切った側のランスロット卿やギネヴィア王妃も負い目で狂う。

 

 そんな裏事情を台無しにしたアグラヴェインも、「母モルガンに内通者として潜入させられ、その後騎士王に心酔する」というモードレッドと同じ経緯を持つ。

 そして彼もまた、結果としてブリテン崩壊の引き金を引いてしまったのは、皮肉極まりない悲劇なのだろう。

 

 でも日頃から王妃を、モルガン嫌いから生じた女性不信で脅迫し続けたのは、完全にアウトである。何してんの。

 というかランスロット卿に靡いてしまったのは、絶対それも原因の一つだろう。

 その辺の配慮の欠如も、ブリテン崩壊の一助であったのは間違いない。

 アレこれブリテン崩壊の容疑者、結構多いな? 

 

 無論、話を聞いていたアラヤが目の前の夢魔(最高位の千里眼持ち)に「オマエは何しとってん」と突っ込んだのは、いい思い出ではなかった。

 

「三つ目。ブリテンという土地柄への理解度の欠如」

「土地、柄?」

「……何かあるのですか?」

「うん。界離なら幾分か理解出来るかも知れないが、彼女は騎士。加えて、鋳造者が根本的に土地の現人神同然のモルガン。意図的に知らされて居ないのが当然だ」

「な、何がだよ!?」

「…………」

 

 魔術使いとして卓越する獅子劫は、静かに目を閉じる。

 英国に創られた時計塔に、未だ一応席は存在する彼は『人理定礎』という並行世界論を知っていた。

 

「ブリテンが、確実に滅びる国だった。という話だよ」

「は?」

 

 ブリテンの栄華を終わらせたモードレッドは、その栄華が自分抜きに崩れると言われて理解出来なかった。

 というか反英雄としての、彼女のアイデンティティーに関わる。

 確かに自分に容易く引っ掛った、諸侯という名の彼女曰く「恥知らず共」は居たが、モードレッド抜きにアーサー王を討てる訳が無い。

 汎ゆる外患外敵を討ち倒してきた騎士王統べるブリテンが、既に亡国だったと言われ当事者の彼女は何度目かの愕然を齎されていた。

 

「どういうことでしょうか?」

「先ずは……神代と現代の移り変わりの話をしようか。───界離」

「オイオイ、俺は魔術使いの傭兵だぞ? まぁ……簡単に言っちまえば、神々とその神話の秩序が蔓延っていた幻想の時代が、西暦で終わったってヤツだな」

「その通り。神代過渡期は一万四千年前に起こり、古代ウルクの英雄王ギルガメッシュによって衰退期が決定的となり、以降人類主体の時代────人理が明確に始まった」

 

 それは国の話ではなく、世界の話であった。

 紀元前一万二千年前に襲来した、収穫の遊星。それによって送り込まれた、神代文明を滅ぼした遊星の尖兵。

 アルジェリアの世界遺産「タッシリ・ナジェール」の壁画に遺された、『白き巨神(セファール)』。

 

 第二神代期を事実上終わらせ、神々への表現を『神霊』────即ち「神が死して霊となったもの」とした、地球上最大最悪の神殺し。

 それによって神代衰退が始まり、挙げ句それを打倒したのは星の聖剣を担った人間だった。

 神々の時代の終わりの切っ掛けとしては、此れ以上無かったのだ。

 

 それを阻止せんとし作り上げた、人と神を繋ぎ止める『天の楔』。

 即ち人理最初の英雄叙事詩の主人公、英雄王ギルガメッシュである。

 しかし、神々が追加で『天の鎖(エルキドゥ)』を設けたのを逆説とするように、彼は神々から与えられた使命を放棄。

 此れを以て神々との訣別とし、その後紀元前7世紀頃を契機として神代は終焉を迎えた。

 

「だけど、何事も綺麗サッパリ無くなる事は稀だ」

「神代の残滓……それがアーサー王の時代のブリテンであったと?」

「大陸な上、君は中世の英霊だから縁遠いのは仕方無いさ。ボクの本家も島国で、神代の神秘が色濃く残っていたからね。日本が極東の国なら、ブリテンは極西の国だ。星の臍のような場所だとも言われている。ヨーロッパメインの魔術世界に於いて、彼の国は神代最後の国だ。

 故にアーサー王はこう謳われる。────神代最後の王だとね」

 

 アーサー王時代のブリテンは、転換期に於いて神秘を駆逐される側の国だ。

 ピクト人という異星人地味た侵略者。サクソン人を招き、アーサー王に牙を剥いた叔父にして卑王ヴォーティガーンの抵抗。そしてまるで土地が拒絶するように、劣悪極まった食料生産力の低下。

 それら全てが、妖精と人の幻想で築かれていたブリテンを滅ぼさんとしていた結果だった。

 

「マーリンから聴いた騎士王の人柄と行動からして、その本質は利他。滅私でさえあるだろう。ただでさえ国家の運営環境がテクスチャの人理移行で、文字通り世界が敵だった過酷を超えた過酷。必然騎士王治めるブリテンは、先王ウーサーの段階で滅びが確定していた訳だ。

 そんな泥舟の道連れ同然の後継者なんて、騎士王は是が非でも指名しないだろう」

 

 聖剣と鞘によって無理に後継者を指名する必要が無いなら、最早アーサー王にモードレッドを嫡子として認める理由は皆無だった。

 寧ろ死体同然のブリテンに、一度は栄華を齎したアーサー王がおかしいのだ。

 それさえも、本来ローマの遠征で大陸から大量の食料輸入が為されていれば、滅び方も変わっていただろう。

 

「人理移行が完了すれば、ブリテンという国家は滅びる。滅びなければならない。

 だから騎士王は、それを如何に軟着陸させるか。その過程で何処まで民草の笑顔を護れるかをこそ、注力していたらしい」

「軟、着陸……?」

 

 農民が騎士の視点を持たないように、騎士は王の視点を持たない。

 モードレッドは、己が知らぬ視座を語られ視界が揺れる錯覚を覚えた。

 

「まぁ致命的だったのは、どうやら騎士王には人間の弱さを知れなかったらしい。まぁ王となる前の生活が聞かされた通りなら、人の惰弱さなんて知る由もないが」

 

 曰く、選定の剣を抜くまでのアーサー王は、老騎士エクターに育てられたという。

 だが彼女は夢の中で、マーリンに王としての教育も施されたという。

 それらを何の事もない様に語る妹に、義兄にして円卓の騎士ケイは吐き気を催したという。

 寝ても覚めても王として育てられたアーサー王に、民草(弱者)の心は解らなかった。

 そして弱者の限界を見誤った事こそ、ブリテンの終焉が内患によるモノになった原因でもある。

 

 だがモードレッドにとって重要なのは、それらの事情を一切察する事が出来なかったという点だ。

 かつて『嘆きの騎士』は、アーサー王に「人の心が分からない」と吐き捨て去った。

 この発言は、的外れも甚だしい。

 円卓の騎士という、国家の中枢に居ながら王の心情を欠片も察することの出来なかった、自分勝手な物言いと言える。

 つまり、それは。

 

「君は選定の剣に挑戦し、己の価値を騎士王に認めさせたいのかもしれない。だがその心情は、騎士王の遺産を己の物にしたいだけにしか捉えられないだろう。事実────君は王になった後の展望を答えられなかった」

 

 モードレッドは王としての視点を、一切持てていないという反証。

 客観的な真実として、今の彼女が王として不適格という明確な証明であった。

 

 即ち、モードレッドにとって絶望でもある。

 何せ、英霊は座に刻まれた時点でその在り方を固定される。

 この問答でさえもモードレッドという英霊に記録されることがあっても、それを記憶として持ち越せるかは不明だった。

 

「君は選定の剣に、王位を求めるのは『父親の持ち物を欲しがる子供の我侭』では無いと、証明しなければならない。それが君への僕が問い掛けられる、せめてもの課題だと思って欲しい」

「……お、俺は────」

「もう一度聞こう、赤のセイバー。騎士王を超えんとする、英霊モードレッドよ」

 

 ─────君は聖杯に、何を願う? 

 

 彼女は、その問いに答えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

第十五話 取らぬ狸の皮算用

 

 

 

 

 

 

『何をやってるんですか貴方は……。下手をすれば、その場で斬り捨てられてもおかしくないでしょうに』

「そこはルーラーが傍に居た前提だとも。界離もキチンと止めてくれたしね。

 ────そりゃあ、彼女は円卓の騎士に相応しい()()なのかもしれないが、精神面は反転アンチやグレた娘と本質的には同じさ。そんな彼女が罷り間違って選定の剣に挑戦したら、ガン無視されて終わる未来しか見えなかったんだよ? そりゃキツめに止めるさ、不幸にしかならないからね」

 

 獅子劫とモードレッドと別れたアラヤ達は、ジャック&玲霞と合流。

 シロウ・コトミネがシギショアラの教会から姿を消したと報告を受けた事で、今晩が『赤』と『黒』の衝突と想定した。

 最早『ユグドミレニア一族』対『時計塔』という対立構造は、既に崩壊しているのだが。

 

「それで……、この報告はマジかい?」

『それが我々が調査した、シロウ・コトミネ神父の情報です』

 

 アラヤの手には、現在通話中のロード・エルメロイII世から送られてきた資料が握られていた。

 赤のマスターを獅子劫を除き陥れた女帝の召喚者、シロウ・コトミネの資料である。

 

「うわぁ……、これニアミスって云うのかな? コトミネってファミリーネームもバチバチに聞き覚えはあったけど、マジかぁ……。璃正君の教え子なんだけど僕。下手したら兄弟弟子? そんなすれ違いあるかぁ? 璃正君の葬儀でも会ってないけど? はい避けられてます本当に有難う御座いました」

『……』

「「「(滅茶苦茶頭抱えてる……)」」」

 

 三人娘の珍し気な視線を物ともせずに、アラヤは己の不徳に悶えていた。

 

 シロウ・コトミネ。

 言峰璃正の養子であり、約六十年間聖堂教会に所属して世界中を飛び回った敏腕神父である。

 ジャックや玲霞の報告通り、調査書類に添付されている写真には十代半ばの少年が写っていた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そりゃ抑止力も、裁定者(ルーラー)を充てがってでも()をマスターに引き込むだろうよ。それが()()()()()()()()()

『……勝機は有ると?』

「うん。あくまで予想で、即決着! というものではないし、()()()()()()()。彼にとって僕は、ある意味死神にも等しいだろうね。あー……この『中東、特にアッシリアでの活動』って部分、間違いなくセミラミスの宝具の材料集めだよ……。成程、彼の60年は大聖杯の為にあったのか。アインツベルンに支援を求めたら、もっと楽だったろうに。

 そうだ、セミラミスだ。僕、彼女と相性最悪なんだよなぁ……」

『彼女の()ではなく?』

「も、だよ。あぁ、だからルーラーを充てがったのか。

 ────有難うウェイバー。事前に彼の存在を既知に出来たのは、恐らく詰みの一手だ」

『いえ、これも仕事ですので』

 

 その会話を聴いている三人は、やはり緊張を隠せずに居た。

 

 ─────『抑止力』。人類を事実上統べていると言ってもいい、存続意思の具現。

 人類が繁栄出来た最大要因の一つであり、人類を最も殺してきた厄災でもある。

 地球の意思と人類の集合無意識、それぞれによる補正作用とも。

 そのあらましを、三人はアラヤから聞いている。

 何せ彼の名前のもじり元が、その人類の集合無意識(アラヤの抑止力)───瑜伽行派の独自概念なのだから。

 

 特にジャンヌは天使の名を騙られ、その後押しを受けた可能性が高いとくれば、色々と察するものがある。

 無論その程度で、彼女の信仰心は欠片とて揺らぐものでは無いが───────本当に? 

 聖女ジャンヌ・ダルクとしては、単純に知識の学習のそれ。

 なのに、一体自分の何が揺らいでいる? 

 胸を押さえながら戸惑うルーラーを、玲霞はジャックを抱き締めながら見つめていた。

 

『……フォルヴェッジ姉弟の様子は、どうでしたか?』

「元気だったよ。僕も赤のマスター救出に動くけれど、そうなればユグドミレニアとして矢面に立つのはあの二人だろう。そして本格的に、時計塔の面子は丸潰れだ。つまり落とし所は────」

『この大戦をそもそも無かったことにする、ですか』

 

 フォルヴェッジ姉弟は、そもそも一族による事実上の強制でこの聖杯大戦に加えられたマスターだ。

 そして二人は二世の教え子でもある。

 その人柄は向上心こそあれど、時計塔と敵対する無用な野心は無いと彼は認識していた。

 事実その通りなのだから、彼の生徒への鑑定眼は何も間違っていない。

 

『(となると、私にとっての最善のルートは────)』

 

 時計塔との和平、それはユグドミレニア側に当主のダーニックが存在する限りあり得ない。

 故に二世にとっても、彼の退場は必須事項であった。

 

 その為の赤のサーヴァントが如何に強力か、その触媒を用意した時計塔のロードである二世は良く理解している。

 少なくともアキレウスとカルナを同陣営に用意したことから、次期降霊科学部長(ブラム・ヌァザレ・ソフィアリ)の殺意が窺えるというもの。

 

 当主であるダーニックが敗北、死亡すればそのままルーラー権限を行使。

 全てのサーヴァントを動員しシロウ・コトミネを制圧すれば、取り敢えずルーラーの責務の過半は完了する。

 その後に大聖杯を巡る戦いが起こるやも知れないが、赤の陣営はマスターをアラヤが確保した段階で詰み。

 其処から黒の陣営の勝負が始まるだろうが、即座にフォルヴェッジ姉弟は手を組むだろう。

 

 ダーニック死亡を前提とするなら、自動的に黒のランサーは敗退。

 黒のライダーはマスター次第ではあるが、勝利より別の善を優先するだろう。

 仮に黒のキャスターが彼のマスターとなろうと、令呪が無ければ強制は不可能なのだから。

 

 となると、宝具が不完全な黒のキャスターは苦戦を強いられるだろう。

 何せ不完全だろうと、宝具自体は分かりやすく強力だ。

 それこそ、他の黒のサーヴァントに一時的に共闘を選ばせる程度には。

 となるとゴルドと黒のセイバーが、フォルヴェッジ姉弟と共闘を行うは自然でさえある。

 そして黒のセイバーは、黒のアーチャーの宝具を防ぐ術は無い。

 

『(そして残った二人が大聖杯を確保しつつ、時計塔と和平交渉。後始末を含め、私がやる事となる。成程、大聖杯は稀少極まるがサーヴァントを有するマスター相手は難しい……と、時計塔のロード達を説得するか)』

 

 そう色々思う処も有れど、教え子を存命させつつ時計塔との折り合いを付けさせる最善を、現代科の君主代行は思い描く。

 

「決戦は恐らく今夜。明日以降にも連絡できるよう、祈っておくれよ」

 

 ───後にロード・エルメロイ二世は、この想定をくだらない妄想と後悔する事となるのだが。

 それこそ、取らぬ狸の皮算用と称する程度には。

 

 

 

 

 

 

 

*1
円卓が半数居なくなった。湖の騎士の乱と聖杯探索が原因である。




裁定者のマスター
 人の領域に寄り添う、という理由で阿頼耶の名を騙っている。ちなみに本名とかなり被っていたというのもある。
 その特性は益になる事はあっても害になる事は無いが、『シロウ・コトミネ』にだけは致命的である。
 それこそダラダラ雑談するだけで、彼を事実上殺害可能。
 今回は不良娘にオリ主らしく正論パンチした。
「結局全て俯瞰していながら、あの悲劇を招いたマーリンが悪いのでは?」

裁定者の聖女
 聞き手に徹していたが、一応モードレッドが剣を抜こうものなら殴り倒していた。
 ルーラークラスの彼女は、先達に恥じぬゴリラ力を有している。裁定者とは?
 流石に、最近自身の変容に気付きつつある。
 オーディールコール的に、裁定者に相応しく無くなりつつあるとも。
 その場合セイバークラスに変転するが、別にステータスに変化は無い。
 ちなみに「裁定者クラスは、例外的に召喚時の記憶を持ち越せる」という利点から、アラヤに色々と仕込まれている。
「全て見通していたのなら、かの花の魔術師は何をしていたのですか?」

聖杯大戦最優のマスター
 終始ヒヤヒヤだった御人。
 それはそれとして、自分のサーヴァントが想像以上に猪であることを知った。
 ソレ以上に、人としての幼さを。
「つまり人間関係の軋轢な訳だが、何でマーリンは止められなかったんだ?」

赤の不良娘
 生前からして十割悪いとはいえ、正論でボコボコにされた。
 果たして彼女の政治能力はどれほどか。FGOでは開放的故にアレだが、果たして。
 それはそれとして父親以外の事にはあんまり囚われない質なので、翌日には復活する。
 作者としては父親の事情をマーリン経由で聞き出し、その上で内密に自身の事情を説明。
 ギネヴィアとの口裏合わせなどを行った上で、亡国の王になる覚悟を示せればワンチャンあったんじゃないかと。
 無☆理。
「俺がアレなのは解ったけどよ、ソレを語ったあの野郎は当時何してたんだよ!?」

マーリン
 今回の情報提供者(主観)の、ブリテンの宮廷魔術師。
 様々な失態を犯した人物が居れば居るほど、それを止められる立場だったコイツのクソっぷりが際立ってしまう不思議。
 でも作中であんまり指摘したら話の流れが途切れるので、後書きに全振りされた。

シロウ・コトミネ
 実はアラヤが聖杯大戦に巻き込まれた時点で、かなり詰んでた御人。
 カルナが殺せていれば、セミラミス以外は原作通りになってたかも知れない。
 ちなみにアラヤとの相性の悪さは、能力的なものではない。

略奪公
 事後処理がメイン業務の、魔術を愛したが魔術からは愛されなかった人。
 アラヤのお陰で消化試合キメて居るが、まぁ彼が順風満帆とは程遠いのは語るまでも無い。
 勿論この後に滅茶苦茶無茶振りされる。
 

大変遅れて申し訳ありませんでした。
誤字脱字・修正点があれば随時修正します。
一年遅れはホンマすいませんでした。
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