零れ落ちた美麗の雫   作:たけのこの里派

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第一話 それを人は事後承諾と言う。

 ────六導玲霞の人生に於ける絶頂は、己の保護者である少年に看取られながらの死だと決定している。

 

 玲霞は孤児であった。

 裕福な家庭に生まれるも事故によって両親を喪い養子先の里親に虐待を受けていた彼女は、突如家のガラスを突き破って現れた余りにも美しい少年によって救い出されたのだ。

 

 少年のあんまりな登場の仕方で虐待していた両親は呆然。

 一言も喋る隙もなく、少年の鮮やかな掌底によって気絶する。

 玲霞自身は抱えられ、突然の眠気と共に意識を失い気づけば病院のベッドの上。

 そこからはあっという間で、瞬く間に彼が創った孤児院に入院し彼の養子の一人になっていた。

 其処には自分と似たような境遇の子供達ばかりで、鮮やかすぎた彼の手際は事実慣れていたからに他ならなかったのだろう。

 そこまでは彼に救われた子供の一人に過ぎなかった玲霞は、そして数居る子供と同じ様に彼──アラヤを慕い、憧れた。

 

 恩返しをしたいと訴え、しかし立派に育つことこそが恩返しだと返される。

 数多くの子供たちはそこで彼に直接恩を返す事を諦め、そこから財界や警察庁、様々な分野で影響力を持つ一角の人物となって彼を支援した。

 だが、幸か不幸か玲霞は飛び抜けて非凡な才能があった。

 元々教養に富んでいた事もだが、残酷凄惨極まる人の死を直視しても全く動じない並の魔術師を易々と上回る精神力。それに付随する行動力を彼女は誰に与えられる事無く有していた。

 

 何故ならアラヤに出会い救われた時から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 加えて精神力のみならず、深い洞察力と高い戦術眼を訓練もされずに身に付けていた。

 

『駄目だ、この子はこのままじゃ拙い』

 

 少年の美しさの偶像(ピーターパン)の様なアラヤは、しかし年齢は六十を優に越える老人であり。

 時偶一般人の中に突出しすぎた何かを有する者が、確実に存在することを知っていた。

 

 加えて彼女がとても美しい、凹凸に富んだ女性に成長したことも相まって、アラヤは護身の術を与えるために玲霞を表の職業に於ける己(探偵業)の助手にしたのだ。

 魔術協会からの依頼で不在の際や、時に神秘絡みの事件の処理にさえ彼女はアラヤの負担を軽くするため事務や雑用だけでなく一般人である事を利用して様々な案件を解決に導いてきた。

 故に、偶々探偵業の仕事の最中に魔術師によって不意を突かれ、魔術を掛けられる事も最悪の想定として有りはしたのだが───。

 

「────────閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する」

 

 冷たい岩の感触によって目覚めた玲霞に、彼女に魔術を掛けた魔術師────相良豹馬は語った。

 

『再現しなくちゃいけないんだよね。アイツの召喚には、恐らくそれが必要なんだ。お前の様な女を、アイツのナイフでバラバラにするってのがさ』

 

 恐らく、それが魔術の儀式の一端なのだと。

 縛られた彼女は曇り掛かった意識と視界に遮られながら思考した。  

 

「だめ、やめて……」

 

 ────このままではいけない。

 ────このままでは、彼の役に立つという義務が果たせなくなる。

 ────このままでは、彼に看取られながら死ぬという幸せを、得られなくなってしまう。

 

 詠唱を続ける豹馬は彼女に答えず、触媒となるナイフを手に取り切っ先を玲霞に向けた。

 あの惨劇を、切り裂きジャックの再現をしなければ意味はない。

 あの惨殺を再現せねばならないのだから、なるべく苦しませて殺さなければ。

 

 迷うように玲霞の美しい肢体を伝っていたナイフの切っ先が、豹馬の意思によって定められる。

 

「────告げる。汝の身は我が下に、我が運命は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば……応えよ!」

 

 そう叫びながら、豹馬はついにナイフを彼女に突き立てた。

 

「っ……!」

 

 手の甲に突き刺されたナイフによって、玲霞に衝撃が走る。

 

 ────嫌だ。

 

「誓いを此処に。 我は常世総ての善と成る者、 我は常世総ての悪を敷く者」

 

 新たなナイフが左肩口へ。

 そして更に次のナイフを豹馬が振り上げた時、傷口から訴えられる激痛と玲霞の思考が一瞬肉体の制御を取り戻させた。

 

「 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──―!?」

「い────や……!」

 

 痛みによって暗示の効力が弱まったのか、或いは彼女が限界を超えたのか。

 彼女は右手を貫いていたナイフを貫かれたまま掴み、詠唱に集中し魔術行使による痛みに堪えていた豹馬の頬に突き立てた。

 突然襲い掛かった激痛によって絶叫に変わった詠唱。

 魔術から一瞬で解放された玲霞は、肩口をナイフで刺されて動かない筈の左手で豹馬の襟首を掴み、彼の足を縛られた両足で払いながら引き摺り倒す様に地面へ投げ飛ばした。

 

「がッ……!?」

 

 予想外の玲霞の攻撃に泡を吹きながら豹馬に、その意識を刈り取るべく体勢を盛大に崩された彼へ追撃を掛けようとし────豹馬の魔術が彼女の動きを奪った。

 

「て、手前ェ……」

 

 それは物理破壊を伴うようなものでは無い。

 豹馬──相良一族の魔術は代償魔術である。

 日本式の呪術系統と西洋の魔術が混合された代償(いけにえ)を利用する魔術系統。

 人命を代償に建築物やあるいは人命そのものの安全を確立させる搾取型の魔術は、今回防護手段ではなくその過程によって攻撃とした。

 

 生け贄として生命力を奪われた玲霞は、意思とは別に肉体から力が抜け出し崩れ落ちる。

 豹馬が如何に二流で未熟な魔術師といえど、如何に玲霞の精神が超人に近かろうと、魔術に対する抵抗力は素人でしかない。

 暗示と傷を負った彼女の動きを一旦止めるには十分だった。

 起き上がった豹馬は忌々しげに彼女を睨み付け、そのまま魔術で強化した足で鳩尾を蹴り飛ばす。

 彼女が才能に溢れ様々な訓練を受けていようとも、この状態の彼女にそれを防ぐ術は持っていなかった。

 

「か、はッ……」

 

 彼女の内臓を深く抉ったそれは、致命傷だった。

 偶々魔法陣の上に転がった彼女に、魔法陣はまだ変化はない。

 触媒となる生け贄が殺人鬼による犠牲者と同数必要なのだと、面倒そうに豹馬は舌打ちする。

 しかし、魔法陣の上に倒れた玲霞の胸中にあったのは拒絶一色だった。

 

 ────嫌だ。こんなのは嫌だ。

 まだ彼に尽くせていない。

 まだ彼にこの身を捧げてもいない。

 殺されて死ぬのなら、彼によって殺されたい。

 彼の命によって、彼の役に立って死にたい。

 自分がこのまま殺されれば、きっと優しい彼は哀しむのだろう。それはきっと迷惑だ。 

 

「死にたく、ない」

 

 ────こんな所で、彼に迷惑を掛けるだけ掛けて死ぬのだけは御免だッ! 

 

 玲霞の瞳から溢れた一粒の雫が、魔法陣に落下する。

 瞬間、魔法陣を中心に暴風が吹き荒れた。

 

 ────生きたいよね? 

 

 何とも透明で綺麗な少女の声が、玲霞の頭に響く。

 その声に彼女が応える。

 死にたくない、死ねないと。

 最後に玲霞は、水を何かが滑る音を耳にした。

 その音を、彼女はよく知っている。

 彼が来たのだと、安堵に包まれながら意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一話 それを人は事後承諾と言う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 発光し魔力乱流が魔法陣から迸った時、豹馬は歓喜した。

 紛れもなくサーヴァントを召喚出来たのだと。

 

 彼は魔術師としてどうしようもなく二流で、恐らく令呪が発現したが故に急遽マスターとしてユグドミレニア一族から選ばれた者を除けば(ユグドミレニア)のマスターの中で最も未熟。

 

 故に魔力消費の比較的一番マシな暗殺者(アサシン)のクラスで、更に霊格が低い数百年前程度の反英雄を召喚しようとしたのだ。

 だが、だからこそ召喚にはより強い縁の触媒が必要なのだと。

 かの切り裂きジャックを召喚するために、殺人鬼の使用していたとされる凶器と殺人現場を再現した。

 それだけでなく、かつて大聖杯が安置されていた冬木の大空洞に潜入し、より確実を求めて召喚に試みた。

 

 結果生け贄として偶々目についた女に手酷い反撃を受けたが、もう豹馬は生け贄の事など頭に無かった。

 魔力乱流と共に巻き上げられた土煙で人影しか見えないが、それでもその人影からはサーヴァントらしい膨大な魔力を感じさせた。

 

「……成功? 成功だ! やっ───こぱッ?」

 

 しかし。

 彼は召喚した己のサーヴァントと思っている者の姿を見る前に、足跡処か姿さえ見えない何者かに殴り飛ばされた。

 下顎が吹き飛ぶような衝撃に彼の脳は耐えきれず、その意識を手放す。

 そして、その意識が取り戻されることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大空洞にて下顎を吹き飛ばされた豹馬を強襲したアラヤは、自己嫌悪に苛まれながら同じく現れた第三者を警戒しつつその足下に存在する玲霞を見ていた。

 

(肩と手────いや、それより口からの血……内臓か。どちらにせよ、早く診なければ)

 

 玲霞は魔術師ではない。

 魔術回路が無い以上、対魔力の礼装を身に付けても起動できない為その効果を発揮できない。

 故にアラヤが出来たのは彼女に対する魔力を受けた際に彼女の位置情報を発信するカウンター礼装を持たせることだけであった。

 

 魔術師は基本的に魔術回路を持たない一般人に関心がない。

 それこそ今回のように生け贄や実験体程度にしか用途がないからだ。

 何等かの処置や処理がされる前に駆け付けることは可能であり、事実出来た。

 そしてアラヤは特に治療魔術に長けている。

 玲霞の負っている傷程度、即座に完治することが可能だ。

 

(問題は────)

 

 魔法陣から現れた人物。

 みすぼらしい襤褸で身体を隠した、短めの銀髪にアイスブルーの瞳の少女。

 だが、その身から発する魔力は魔術師とは次元が違う。

 それこそ、高位の幻想種を彷彿とさせた。

 アラヤはその異常性から少女が聖杯大戦サーヴァントであると察する事が出来たのは言うまでもない。

 

 魔術協会側()のマスターではない。

 先に依頼を受諾していた彼等の名前は聞いてる上、アラヤ自身の仕事で鉢合わせる事で全員ではないがその姿にも覚えがあった。

 そもそも転がっている男には、戦闘に長けた魔術師特有の雰囲気が存在しない。

 感じる魔力も、精々二流と言った程度。

 そんな魔術師がマスターとして魔術協会に選ばれる訳がない。

 

 逆に二流という点。

 更に召喚に態々生け贄を欲する時点で能力も低い事を現している。

 ユグドミレニアのマスターと考えるのが妥当だろう。

 だが、

 

「────」

「?」

 

 少女は転がった豹馬を見向きもせずに、足下の玲霞の傍で跪いた。

 

「だいじょうぶ? マスター(おかあさん)

 

 そう、彼女に対して口にしながら。

 

(何────)

「ちょっと待っててね。おかあさん、助けるからね。だいじょうぶ、だいじょうぶだよ」

 

 少女──ジャック・ザ・リッパーは愛おしげに玲霞の髪を撫でる。

 間違いなく、彼女を召喚したのは後ろで伸びている(豹馬)である。

 しかし少女はそんな己のマスターに一瞥だけで、もう見向きもしていない。

 そんな様子に、アラヤは一つの仮説を立てた。

 

 それは、玲霞こそが彼女にとってもマスターなのではないか、というものである。 

 

「少し良いかい?」

「────え?」

 

 アラヤに声を掛けられたジャックが、ギョッと振り返る。

 そう言えば姿を完全に消失させる『圏境』を解いていなかった、と今更ながら姿を現す。

 これは魔術理論ではなく瞑想の極意・体術による透明化なので、魔術理論に生きるものには絶対に感知することができない。

 拙いながら結界を貼っていた豹馬が、欠片も気付かず殴り飛ばされたのはそれが理由である。

 

 そしてサーヴァントであるジャックも、それを看破する能力は保有していない。

 寧ろ暗殺者処か殺人鬼でしかない彼女に、そんな武の極致を看破できる方がおかしいというもの。

 

 そんな完全に意識外からの問い掛けに、ジャックは襤褸の下のナイフを取り出し、反射的に構えて──忘我した。

 

「あ……、あぅ……」

「ぬ……」

 

 余りの美しさに、心奪われる──そんな様子だった。

 それは、アラヤと初対面の人間ならばほぼ必ずする反応である。

 こればっかりは彼の正体に関わるものなのでどうしようもなく、それこそ専用の魔術礼装で人には影響を少なくしているのだが、しかし目の前にいるのは本質的には人の上位存在。礼装が幽霊や幻想種までには効果を与えられないように、彼女はその対象外だったようだ。

 少女と関わり続けるのなら修正しないと──そんな思考を、即座に打ち切る。

 こうも会話がワンテンポ遅れるのは面倒だが、何より今は一刻も速く玲霞を治療しなければならない。

 

 そう考え、呆然としているジャックの前まで歩き、膝を付いて目線を合わせる。

 子供とのコミュニケーションの初歩だ。

 

「その、君がマスターと呼んだ女性は俺の大切な助手でね。出来れば直ぐに治療したい。構わないだろうか」

「う────え、と……綺麗なおにいちゃんは、お医者さんなの?」

「いいや、魔法使いだよ」

 

 惚けるように答えたアラヤは、懐から薄く赤みがかった液体の入った試験管を取り出す。

 それを、何の躊躇もなく横たわる玲霞の豊満な胸に溢した。

 悪意の無さ、そして玲霞に対する慈しみを無意識に感じ取ったのか。

 ジャックは止める事なく、不思議そうにアラヤの手元を見る。

 

「これは僕の血を混ぜた綺麗な湧水でね。水との適性の高い僕には、丁度いい触媒なんだよ」

 

 すると水が溶けるように玲霞の中に染み込み、同時に玲霞の傷が逆再生の様に癒えていった。 

 青褪め死へと確実に近付いていた玲霞の肌は赤みを帯び、それ処か更なる肌艶さえ与えていた。

 異常な美容効果は、完全に意図しない副産物である。

 

「すごい────」

「それはどうも有り難う、でもこれで一旦山場は過ぎた。後は君をどうするか、だ」

「私達を?」

 

 サーヴァントは基本的に全盛期の姿で召喚される。

 それが精神における全盛期か、肉体における全盛期かに別れるが、子供姿のサーヴァントだからと云って本当に子供であることは殆ど無い。

 それこそ出自自体が特殊な英霊のみの例外だ。

 

「僕はアラヤ・トオサカ。君の名前は?」

「ジャック・ザ・リッパー。ジャックでいいよ、アサシンでもいいけど」

「倫敦の殺人鬼────いや、ならジャックと呼ばせて貰おうかな。僕もアラヤで構わないよ」

 

 しかしどうやらそんな例外に、アラヤの目の前の少女は該当するらしい。

 ジャック・ザ・リッパーは未だ正体不明の殺人鬼。人類史のブラックボックス。

 こんな小さな子供が猟奇連続殺人鬼だとするならば、様々な切り裂きジャックの噂や伝説の一つがサーヴァントとして召喚されたのだと見るべきだろう。

 

 可愛らしい子供そのものの仕草の彼女はアラヤから見ても微笑ましく、頭を撫でれば擽ったそうに頬を緩める。

 しかし殺人鬼として召喚されたのならば、その内には恐るべき残酷性を秘めているだろう。

 どちらにせよ、放置という選択肢は彼には無かった。

 

「どうやら君は玲霞をマスターと定めている様だ。けど、残念なから彼女は魔術回路を持っていない。現在君を維持しているのは彼処に転がっている魔術師だ」

 

 冷たい岩の地面から玲霞を抱き上げながら、それより遥かに冷たい視線でアラヤは豹馬を睨む。

 娘、いや孫同然の助手を拐われ殺され掛けたのだ。そんな下手人に掛ける情けは無い。

 

「君はアレをどうするんだい?」

「あぁ、うん。連れていきたいかな。後で必要になる」

「必要? 僕としても色々吐かせてから処分するつもりだけど」

「だって、令呪が勿体無いからね」

「成る程」

 

 令呪。

 それは聖杯からマスターに与えられる、自らのサーヴァントに対する3つの絶対命令権にしてマスターとしての聖杯戦争の参加権でもある。

 その一画一画が膨大な魔力を秘めた魔術の結晶であり、戦略上の理由や、そもそも聖杯戦争への参加を拒むなど、何らかの理由でマスターであることを自ら放棄することは出来るのだ。

 そのため、令呪はマスターの意思で他人に譲渡することができる。難しい手続きは必要なく、特にペナルティもない。

 

 そしてマスター自身の意思によらずに、他人から令呪を剥奪することも可能ではある。

 

「剥ぎ取る前に殺しちゃうと、消えちゃうもの」

 

 豹馬の後の生死に関わらず、彼を回収する必要はあった。

 だがそれは同時に、ジャックが彼をマスターとして認めていない証左でもある。

 やはり彼女は玲霞をマスターとするつもりだ。

 まだアラヤの問いに答えていないが、どちらにせよ彼女には己をサーヴァントとして現界し続ける為にそれこそ莫大な魔力が必要だ。

 現界維持の魔力がマスターに無いのなら、他から持ってくるしかない。

 

(魂喰いか────)

 

 他者の精神と魂を喰らい、己が糧とする。

 生粋のソウルイーターであるサーヴァントは、確かにそうすることで魔力を確保できるだろう。

 合理的ではあるが、しかし問題である。

 魔力を欲するならばより多くの魔力を持つ魔術師を優先的に狙うだろうし、彼女が聖杯を欲するならば必然聖杯大戦の舞台であるルーマニアに向かうだろう。

 そんなユグドミレニアの管理下にある土地で、神秘の隠匿など関心の無さそうなジャックが魂喰いを行えばどうなるか。

 

 神秘の隠匿の為、両陣営からの駆除である。

 アラヤにとって家族である玲霞をそんな危険に晒すわけにはいかない上に、ジャックはサーヴァントと言うには余りに幼い。

 

「仕方が無い、か」

 

 ならばアラヤの出来ることは、魔力供給を肩代わりすることだろう。

 そうなれば魂喰いの必要は無い。

 それに唯でさえ今回は勢力戦なのだ。

 数百年前の殺人鬼が、ユグドミレニアや魔術協会が用意する選りすぐりのサーヴァントに勝てるとは思えない。

 加えて通常の聖杯戦争の様に、聖杯を起動させるのにサーヴァントを全て倒す必要もない。

 最後に漁夫の利を狙うことは難しいだろう。

 

 無論ジャックの願望にもよるだろうが、彼女には聖杯を諦めて貰うしかない。

 それこそ、代わりに現世に於ける第二の生を謳歌して貰って。

 玲霞やジャックを護りつつ、教え子と殺し合いを回避するにはそれしかないだろう。

 

「────あれ? アラヤおにいちゃん。その手……」

「手? ────づッ」

 

 刺すような痛みが、アラヤの手に走る。

 玲霞を抱えながら痛みの出所である手の甲を流し見て────息を呑む。

 

「令呪、だって?」

 

 咄嗟に、ジャックが引き摺る様に運ぼうとする豹馬の手の甲を見るも、彼の令呪は健在だった。

 そもそもアラヤに令呪が現れる筈がない。

 1回の聖杯戦争で計21画。聖杯戦争が近づくにつれ、聖杯によってマスター候補7名に3画ずつ分配されていく。

 マスターの資格は、聖杯自身が「相応しい」と見込んだ者にこそ与えられるのだ。

 

 この基準がどんなものなのかは定かではないが、単に魔術師としての技量のみを基準としているわけではない。

 元々、聖杯戦争自体が外から魔術師をおびき寄せる口実であることもあって、自ら聖杯戦争に参加することを望む者には、優先的に授けられるようなのだ。

 分配は基本的には、聖杯のある都市に存在する魔術師に分配される。

 

 故に、魔術協会は七人のマスターを用意。ルーマニアの都市でありユグドミレニアの根城。

 何より聖杯大戦の仮想戦場であるトゥリファスにマスターを向かわせる事で令呪を獲得させようとするのだ。

 大戦に参加する依頼を受けた魔術師ならば、まず間違いなく令呪を得られるだろう。

 

 だが、それにはルーマニアのトゥリファスに向かわねばならない。

 その条件を超えるほどの聖杯への執着を持っていない以上、現在冬木に居るアラヤに令呪が発現する訳が無いのに。

 それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()────────。

 

 大聖杯が奪われた事を如実に現す大空洞に空いた大穴から、闇夜を照す月の光が射し込む。

 豹馬の用意し、ジャックが召喚された魔法陣に再び輝きが宿り、再び超常の存在を世界に呼び込んだ。

 ジャックのように人類の負の落とし子ではなく、紛れもない人から昇華された英霊。

 戦場に於ける御旗。人々を魅了し奇跡を為した英雄。

 

「────サーヴァント裁定者(ルーラー)。聖杯の呼び声に従い、召喚に応じ参上しました」

 

 紫を基調とした服に、彼女が戦場に立っていたことを示す銀の甲冑。

 一つの三つ編みに纏められた長い金髪が、魔力風に靡いていた。

 しかし彼女の醸し出す気配は英雄というには余りにも清廉で────。

 

 斯くして、15騎目のサーヴァントは召喚された。

 紛れもない、アラヤのサーヴァントとして。

 

「我が真名はジャンヌ・ダルク。マスター、共に聖杯大戦を護り、司りましょう」

 

 そう、例えアラヤの預かり知らぬ話であっても、現実は揺らがない。

 

「えっ、知らない」

「────え?」

 

 こうして、本来有り得ない15人目のマスターは誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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