ルーマニアの首都、ブカレストのアンリ・コアンダ国際空港に到着したルーラー一行は、聖杯大戦の主催者であるユグドミレニアが
より正確には、予定だった。
空港から出て、タクシーかバスで移動しようと考えていたルーラーとアラヤが、無遠慮な視線を感知した。
それは無数の鳩によるものである。
「使い魔、加えて遠見の魔術ですか。……マスター?」
「よりにもよって鳩か……」
「どうしました?」
「鳩を使う魔術師に、昔コレでもかと言うほど苦労してね。ちょいと過敏になってるだけだよ。にしても────」
遠くのものや場所を視る魔術は大まかに二つ。
水晶や水鏡などを通した、何かしらの媒介さえあれば安全な場所からの見張りが出来る汎用魔術、遠見。
もう一つは小動物や肉体の一部を魔術加工することで擬似的な生命として作り上げる魔術である。
広義的には聖杯戦争のサーヴァントもコレに分類され、主人と
しかしその鳩達には使い魔特有の、ある種の知性と言うものが感じられなかった。
彼等は明らかに使い魔であるというのに、一体どういうことか。
暗示を掛けたにしてはコストが懸かり過ぎている。
しかしその鳩達の様子に覚えがあるのか、あるいはデジャブしたか。
アラヤの表情が険しくなる。
「これは……マスター?」
「…………」
ルーラーを視ていたであろう鳩達は、その視線をアラヤに釘付けにしていた。
その視線の感情は呆然とさえ感じさせている。
直後、直ぐ様鳩は飛び立ち、視線も消えた。
「どちらの陣営でしょうか」
「難しいな……あんな方法で鳩を使うマスターは赤に居ない。なら、後はサーヴァントだ。一応後でウェイバーに連絡してロッコ君に繋げてもらう。それに触媒の種類が判れば、赤の陣営のサーヴァントが大体絞れる」
なんだか嫌な予感がするから、じゃけん魔術協会から教えて貰いましょうねー。
ルーラーという聖杯を求めない第三勢力という立ち位置であり、協会上層にコネを持つアラヤだからこそ出来る反則である。
「となれば……私達は赤のサーヴァントの情報を待ちつつ、マスター達の居場所がわかっているユグドミレニア城塞に早く向かうべきでしょうか」
「啓示は?」
「いえ、まだ」
目的に到達するための道筋を啓示という形で取得できる、根拠が無いためカリスマスキルが無ければ他者に説明する事に難儀する、聖人に許されたスキル。
そんな都合の良すぎるそれの発動の兆しは、未だ無かった。
ふーむ、とルーラーの返答に顎に手を添える。
「これは玲霞達とは早々に別れた方が良いかな?」
「っ、どうしてですか? 赤の陣営に襲われる万が一の可能性を考慮して、私達もシギショアラに向かう予定だった筈なのに……」
それは玲霞が相良豹馬に拉致された事によるものだった。
アラヤ自身、拐われて間もない彼女を一人にすることに抵抗があったからだ。
だが、彼女の安全を考えれば考慮しなければならない可能性があった。
「ルーラー、この聖杯大戦に於ける各陣営最大の不確定要素はなんだい?」
「不確定要素、ですか」
強いて挙げるならば、それはアサシンであると考えた。
サーヴァントは召喚者を初めから見捨てており、一般人をマスターに選んでいる。
黒の陣営にとってこれ以上無い不確定要素と言える。
いや、それはあくまで黒の陣営にとってに過ぎない。
全体となると、所詮暗殺者でさえない殺人鬼程度どうとでも出来るのではないか?
そもそもジャックに勝ち目がないからこそ、彼女はルーラー陣営に参画したのだから。
居るではないか、これ以上ない両陣営に甚大な影響を与えかねない存在が。
「……まさか」
「そう、僕達ルーラー陣営だ」
聖杯大戦を調停する絶対管理者。
これを不確定要素と言わずに何と言う。
「な、何故です。ルーラーは味方に引き込むのなら兎も角、攻撃するメリットは────」
「神秘の秘匿さえすれば何でもありの残虐ファイト。それが聖杯戦争だよ?」
「!」
それこそ秘匿さえ守っていれば一般市民が何十何百死んでも考慮に入らない、それが魔術師だ。
そんな魔術師達の殺し合いに一般市民への配慮を優先し戦争の調停役を名乗る聖人。
魔術師にとって、これほど面倒な存在は居ないだろう。
邪魔な存在だと判断し、排除に乗り出す可能性は十分に存在するのだ。
「勿論そんな事にならない可能性もある。あくまで魔術師だから戦略や戦術は魔術師らしい名誉を求めた展開になるかもしれない」
ユグドミレニアは正にこれだろう。
元より魔術協会に於ける不遇に対する宣戦布告なのだから、名誉と気品を重視し寧ろルーラーを取り込もうとする可能性が高い。
だが、赤の陣営はどうだろうか?
「魔術協会に雇われたマスターは勿論、サーヴァントが軍略に長けている場合、どうなるかわからないからね」
魔術使いさえも選ばれているだろう赤のマスターは違う場合もある。
「だから僕達の傍に居る方が危ないかもしれないんだよ」
それ故に、此処で別行動を提案したのだ。
無論その場合の懸念要素も変わらず存在する。
「だから玲霞には万が一襲われても対処出来るように、
そう言ってキョトンとしているジャックを尻目に、玲霞はアラヤへの信頼に満ちた笑みで返す。
「はい。なら安心ですね」
「
「ほんの少しの間ね」
「ジャック、玲霞を頼んだよ?」
「……! まかせて!」
アラヤの言葉に、寂しげな表情だったジャックがやる気に満ちる。
実際はやる気を出すのではなく気配遮断を全開にして潜む必要があるのだが、そこら辺の舵取りは玲霞がやるだろう。
こうしてルーラーとアラヤはトゥリファスに、ジャックと玲霞はシギショアラへと向かっていく。
そして、その懸念は的中した。
アラヤが中古の車をサラリと購入しルーラーを唖然とさせるも、その後の改造の末に魔術礼装に変えてしまった時点で彼女の視線が胡乱げな物に変貌する。
その改造車での道のりは、ルーラーの腹が立つほど快適であった。
「馬とはまるで違いますね……」
「────短い時間と材料からではありますが、自信作です」
「そういうことではありません!」
ドヤ顔で運転するアラヤに、機械特有の揺れをまるで感じさせない車内に行き場の無い感情がたぎるが、大声を上げてしまった羞恥で顔が紅く染まる。
コンピエーニュの戦いまで共にいた白馬との思い出が、魔術的な意味での魔改造をされた車によって台無しになりそうである。
魔力障壁術式にサーヴァントの感知術式。更にサーヴァントの霊格の高さを調べるセンサー付きと、半日で造り上げたにしては余りの高性能な魔術礼装にルーラーが茫然としたほどである。
この快適さは中世と現代の変化、というよりも己のマスターの万能さと言うべきだろう。
取り敢えずぶっこんで見ました感が溢れている魔術礼装を時計塔のとあるロードが見れば、その喉から手が出るほどの才能による無駄遣いに『ファックッ!』とスラングで盛大に吐き捨てること間違いなしである。
本来仮眠を含めて12時間は掛かる距離が、瞬く間に縮まりトゥリファスに差し掛かろうとした時。
「────────」
「あっ。やばい」
二人を乗せた車を盛大に傾ける急ブレーキによってその車体を止める。
凄まじい気配感知能力を与えられたルーラーと、その知覚を共有して魔術礼装の車に同期増幅演算させていたアラヤは、数キロ先に存在するサーヴァントを認識した。
そして、その脅威の出鱈目さを。
「いやいやいや……、どの陣営だこんなサーヴァントを真っ先に寄越したのはッ!?」
凡そAランクの神性持ち────半神等が該当する最高数値を叩き出した探知術式に悪態をつく己のマスターに、内心全力で同意するルーラーは瞬時に車から下り、その姿を戦装束のモノへ変転させる。
「マスターは」
「一緒に行かせてもらう。このクラスのサーヴァントなら、ちょっとの距離なんて無いも同然だ」
「……解りました」
二人は弾丸が放たれる様に駆け出す。
それに内心、ルーラーは驚嘆した。
アラヤがルーラーの脚力に追い付ける訳がないのだが、彼は技術によってそれを埋め、彼女の速力を凌駕している。
そんなアラヤがルーラーに告げる。
「ルーラー、必要なら令呪を使う」
「ッ、しかしマスターの令呪は────」
「確かに、既存のモノに比べ強制力は無い」
ルーラーとは聖杯戦争を管理する者。
それ故にルーラーは規格外の対魔力を有している。
また、そんなルーラーのマスターというイレギュラーな者の令呪もまた既存の令呪と異なっていた。
膨大な無色の魔力。
しかし、サーヴァントに自害を命じる事の出来る程の強制力は無かった。
だが、使い道が無いわけではない。
単純な魔力によるサーヴァントの強化や、魔力リソースとして用いる事が可能だ。
「それか最悪、僕
「……判りました」
ルーラーの表情が緊張に染まる。
自分達を待ち受けているサーヴァントは、様々な特権を与えられているルーラーを容易く屠る程の存在なのだと理解しながら。
そして、その場に到着した。
「あの、英霊は────」
件のサーヴァントは、先程と同じ鳩が止まっている高速道路の大きな標識の上に佇んでいた。
メラニンそのものが不要と言うような、ある種の侮りを与える無造作に伸ばされた白髪白貌。
眼光は研ぎ澄まされた剣先の様で、その身と同化しているかの様に纏う輝く神々しい黄金の鎧。
紛れもない太陽の神性によって、闇夜の暗闇を照らしていた。
「────サーヴァント、ルーラーとお見受けする」
ステータスは大したことはない────しかし、ルーラーの真名看破によってその数値が変貌する。
『無冠の武芸』────開示されたスキルの中にパラメータを隠蔽、偽装するものがあった。
それはまだ良い。理解できるし、可能なサーヴァントも多いだろう。
だが同時に開示される宝具と真名は、彼女をして絶句させるのに相応しい物だった。
「赤のランサー────太陽神スーリヤの子、施しの聖者カルナ……!」
「ほう、得物も出していないのに看破する……それがルーラーの特権の一つか」
────カルナ。
パーンダヴァ王家とカウラヴァ王家の戦いを描いたインドの叙事詩『マハーバーラタ』にて記される、人間の姫であるクンティーと太陽神スーリヤとの間に黄金の鎧を身に纏いながら生まれた、生粋の大英雄である。
パーンダヴァ四兄弟最強のアルジュナのライバルとして描かれる彼は、その実アルジュナの従者にて全王神ヴィシュヌの化身であるクリシュナが「万全のカルナ相手では二人掛かりでも勝てない」と断言。
果ては『三界を制覇する』とさえ称され、公正と名誉を謳った正義である筈のパーンダヴァ王家が卑劣に手を染め、神々の加護とカルナへの呪いと誓約で謀殺するしかなかった不遇の英雄である。
特にカルナを不死身の英雄足らしめる、神々でさえ壊すことの出来ない太陽の鎧は、神王インドラが彼の高潔さに奪ったことを恥じた代物だ。
インドラはあまりに高潔なカルナへ、鎧と等価ではないものの自身さえ使いこなせない神殺しの光槍を与えるのだが────。
見る限り、サーヴァントとして現界したカルナは、その鎧と槍の両方を保持している。
有り体に言えば最強だ。
襲撃されるのは想定していた。
だが、これはあんまりだろう。
魔力供給さえ満たせればその時点で勝利が確定する程のサーヴァントを、初戦さえ始まっていない現時点で刺客として寄越すとは甚だ想定外である。
そして────
「俺が此処に居る理由を為すまでに聞くことがある」
「……っ」
「隣に居るのは、何者だ。ルーラーにマスターは存在しないと聞いている。だがその手に刻まれた令呪は、マスターの証だろう」
ルーラーに向ける戦意は、彼が何のために此処に居るかを明瞭に示している。
ソレでも尚、奇襲の好機を逃してでもそれを問い掛ける配慮は、この大英雄の気質か。
「────初めまして、インド神話屈指の大英雄と対面出来るとは光栄だ。僕はルーラーのマスター、アラヤ・トオサカ。イレギュラーらしくてね。そこら辺の調査もしたいのだけど、そこを退いてはくれないかい?」
「……成る程、ルーラーのマスターを名乗るその言葉に偽りは無いようだ。だが生憎、俺はルーラー排除の命を受けている。それに応じることは出来ない」
本来一笑に付し蹴散らされるものを、その赤のランサーは真顔で返答する。
そんな彼の印象が見た目にそぐわぬ生真面目さと律儀さが強くなるも、それを考える暇など無い。
必要な問答は既に終えているのだから。
「行くぞ。悪いがお前達の特権を考慮するに手加減する余裕は無い。故にルーラー、お前のマスターへの配慮はできない。手向ける一撃、只それのみで勝負をつけさせて貰う」
「マスター、私の背後に!」
その一言を以て、赤のランサーは黄金の神槍を構えた。
瞬時に莫大な炎が槍に集束され、それが宝具なのだと理解する。
「私を仕留める事が貴方のマスター、赤の陣営の総意なのですか……!?」
「知らぬよ。俺は契約上、マスターの命令を、サーヴァントとしての役割を果たすため動くだけだ」
淡々とした口調は、ルーラーとの問答の拒絶を表していた。
ことここに至って、疑う余地はない。
このサーヴァントにルーラー殺しを命じたマスターは、確実に彼女を殺すつもりだ。
「────
「!」
しかし最初に動いたのは、ルーラーでも赤のランサーでもなかった。
赤のランサーの姿を視認した時点で、懐から水の入ったビーカーを取り出していたアラヤの
それによる魔術が、ルーラーの背後という死角を利用して莫大と表現できる数の水の鎖が形成されていた。
水鎖はウォーターカッターを彷彿とさせる速度で、宝具を放とうとしていた赤のランサーの槍に食らい付く。
水と炎では、その相性は瞭然だ。
と言っても、所詮魔術師風情の魔術。
超級サーヴァントに通じるかと問われれば、答えは否である。
加えてカルナは太陽神の息子。
その鎧の効果も相俟って、宝具の発動を止めるほどの妨害にはならない。
「ほう」
筈だった。
本来対魔力に弾かれる筈の水の拘束はカルナの身体に絡み付き、槍に宿っていた炎の魔力を霧散させる。
魔術によって操られた水鎖は、魔術と言うには余りに高純度の神秘を宿していたのだ。
「ルーラーによって加工された聖水が元だ、効くだろう?」
「なるほど、マスターだと侮った俺の油断だな。それに、この魔力は……」
無論その拘束も一振りで四散することになるが、その一瞬で十分。
再び槍を構えたランサーは、ルーラーが地面に突き立てた旗の輝く光に目を細めた。
紛れもない、ルーラーの宝具である。
だが、カルナが真に警戒するは、彼女のクラススキル。
即ち、ルーラーのもう一つの特権である────
「何故、全サーヴァントに対する令呪とやらを使わない」
「……貴方の宝具は最上位。ですが、この場での使用自体は問題ではないからです」
神明裁決。
召喚された聖杯戦争に参加している全サーヴァントに対して、2回まで令呪を行使できるルーラーとしての最高特権だ。カルナの宝具使用も止められる。
だがそれは、「聖杯戦争の枠を逸脱する」ものではない。
そういうならルーラーに対する攻撃は問題は問題なのだが、しかし「ルーラーを攻撃してはいけない」などというルールが明確に存在してはいないのだ。
「貴方が私を狙うというのならば構いません、私は私個人の全力を以てそれに抗うだけです。────
「ほう」
自身の宝具を掲げながら、しかしルーラーの背中に冷や汗が流れる。
────────────『
バラモンのパラシュラーマから授けられた、カルナの持つA+ランク宝具。
対国の名に相応しいその一撃は核兵器に喩えられるほどの規模と破壊力を持つ。
生半可な守りではその盾ごと消し飛ばされかねない。
放たれれば、周囲の被害は計り知れないだろう。
それが、先程放たれかけていた。
ルーラーとしてトゥリファス全域をカバーする感知能力を持つジャンヌには、周囲に人の気配は無い事は解っている。
赤のランサーもそれを理解しているが故に宝具を解放しようとしたのだろうが、万が一が無いわけではないのだ。
問題は、上記の秘匿面の問題を無視してでもカルナを送り込んだ者の真意である。
アラヤが述べたように不確定要素を排したいのはわかるが、幾らなんでも時期尚早だ。もしルーラーが苦し紛れに神明裁決を使ってしまえばどうなるか。
戦略的に考えても、この最序盤でのルーラー排除は余りにリスクが高い。
(赤のランサーのマスターは、ルーラークラスについて詳しい────────?)
聖杯戦争は亜種として数多く勃発している。
ルーラーも同様に召喚例がある筈だ。それが要因だろうか?
彼女はそんな思考を、眼前で昂る太陽神由来の神性に集中するため打ち切った。
「成る程、ルーラーに選ばれるだけの事はある。だが俺は英雄だ、どのような城塞であろうと突き崩してみせよう」
「っ!」
にも拘わらず、赤のランサーの目標は変わらない。
令呪という最高特権を、ルーラーの矜持を、悲劇の英雄はその程度と言わんばかりに押し通る。
それこそがマスターに従うサーヴァントだと言うように。
「────やれ、セイバーッ!」
そんな中、乱入者の声と共に黒剣が赤槍に襲い掛かった。
◆
「────どうやら、黒側のセイバーが乱入したようですね」
シギショアラに存在する教会。
聖堂教会から派遣された監督役。そしてそれ以上に赤のマスターとして、逆立った白髪に褐色という奇抜な容姿の少年は礼拝堂で祈りを捧げながら状況を傍観していた。
彼は使い魔を出している訳でも、遠見の魔術を使っているわけでもない。
単にその身に宿った感知能力でもって、数キロ以上離れた戦地を感知し続けているのだ。
「ルーラーの暗殺、というには
アサシンのマスター、監督役シロウ・コトミネ。
聖杯大戦の運営を秘匿面から補助する筈の人材が、運営を司る大聖杯によって召喚された
しかもルーラーのサーヴァント、そのクラスに宛がわれる英霊は本来聖人聖女のみ。
加えて今回のルーラーは世界で最も有名な聖女、ジャンヌ・ダルクである。
彼女を聖人と認定した宗教の組織から派遣された神父が、彼女を害する。
裏の人間で無くとも困惑、聖堂教会の人間ならば激憤する事態だった。
しかし己の信ずる宗教の聖人を殺そうと画策しているにも拘わらず、シロウの眼には悪党特有の醜悪さが微塵もなく。
平静と、使命感に近い覚悟があった。
「
本来、カルナは凡百のサーヴァントの二騎程度数分も掛からず消すのに支障は無い。
魔力供給さえ万全ならば、カルナは唯一人で全陣営のサーヴァントを皆殺しするに値する英霊だ。
無論、そんなカルナと同格と評されるサーヴァントが赤の陣営にはもう一騎存在する為、そう易々といく訳ではないが。
加えて、今回介入した黒のセイバーはセイバークラスとして最高峰の一人なのだろう。
その証拠に、シロウの感知能力にサーヴァントの消滅が感じられない。
呪いや束縛さえなければインド神話を征したと称される太陽神の息子が、未だ黒のセイバーを仕止め切れずにいる。
それは、聖杯大戦が一筋縄ではいかないことの証明であった。
「貴女はどう思いますか、アサシン」
彼は己がサーヴァントの意見を仰ぐ。
暗殺者のクラスに在りながら、暴君としての側面を強く持つ、王者の英霊である。
キャスタークラスとしての能力を併せ持つ固有スキルによって、シロウとは別に使い魔で戦場を俯瞰していたサーヴァントは、しかし返答を返さなかった。
それ処か、マスターとサーヴァントとの
心の底から、動揺していると言うように。
「……アサシン?」
『────少し、儀式に集中する。暫く我に話しかけてくれるなよマスター』
念話越しに短く呟かれた言葉を残して、アサシンの気配が遠退く。
◆
シギショアラ教会外縁。
幾つもの隠蔽魔術によってその建設姿を隠されていた未完の庭園内で、彼女は夜空を見上げていた。
足下まで容易く届くほどの長い黒髪に黒と金の意匠のドレスは、陶器のごとき美色の肢体をより妖艶に飾り付けていた。
赤のアサシンのサーヴァント。
その真名は、セミラミスと云う。
「────────くくっ」
アッシリアの暴君にして人類史上最古の毒殺者。
冷酷でありながら情熱に満ちた女帝は、その身体をくの字に曲げる。
まるで溢れんばかりの感情を必死に抑え込まんと、堪えるように。
「クハッ……!」
だが、それも限界が訪れ火山の噴火の如く溢れ出す。
そんなもので抑え込めるならば、彼女の生前はもっと穏やかな最期を遂げられた筈なのだから。
「────ッあはははハはははははははははははははははッッ!!!!」
笑いが止まらない。
歓喜と悲哀が混ざり合った、筆舌にし難い感情が止めどなく溢れてならない。
復讐を完了し、目的を達成した復讐者でもこんな笑いは出来ないだろう。
強いて喩えるのならば、どうだろう。
「はははははははははッ……!」
絞り出すような狂笑は、しかし女帝と言うには余りに悲痛で。
彼女の瞳から溢れ落ちる涙は、まるで死別した恋人と思わぬ再会をした少女の様だった。
「……感謝するぞユグトミレニア、感謝するぞ我がマスター。この地、この時代、この戦争に我を召喚した事を」
取るに足らぬ人間達。
そんな現状を作り上げた有象無象に、彼女は本気で感謝していた。
聖杯戦争というシステムを作り上げた冬木の御三家にさえ。
満願の果ての結末がこれというのならば、運命にさえ彼女は心から礼を告げるだろう。
「あぁ────
それは自らに対する絶対者としての宣誓であった。
かつて引き裂かれた恋を為し遂げるために。
先程の少女の様な姿は消え失せ、暴君の女帝としての壮絶な笑みが鎌首を持ち上げる。
己がマスターの行く末など、万能の願望器など、聖杯大戦など最早どうでもいい。
女帝として再び現世に君臨することさえ。
「
彼女の、聖杯大戦に於ける目的が決定した瞬間であった。