零れ落ちた美麗の雫   作:たけのこの里派

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第四話 初戦

 赤のランサーに、背後から襲撃した黒のセイバーの初撃が迫る。

 

 背後からの不意討ちだが、恐らくマスターの声によって台無しになったソレを赤のランサーは確りと弾き、受け流す。

 しかし対するセイバーは弾かれた体勢を整えながら、着地と同時に二撃目を繰り出した。

 ランサーはこれを神槍を盾にして受け、その余波で先程ランサー自身が佇んでいた標識が根元から削ぎ倒される。

 そんな小手先が、一瞬によって行われた。

 

「────お前は」

 

 傍らにいる恐怖と憎悪を露にした肥満体型のマスターであろう男に見向きもせずに、赤のランサーは冷え冷えとした声で黒のセイバーと相対した。

 灰色長髪の端整な顔立ちで、胸元と背中が大きく開いた鎧に身を包み、大剣を構える長身の青年。

 

「その荘厳にして苛烈な剣気、黒のセイバーか。ふむ、となるとお前達も目標はルーラーか」

 

 無言で頷くセイバーに、ランサーはルーラーへとその視線を移す。

 しかしランサーの言葉の意味は、目標を同じくする彼とは真逆の物を示していた。

 即ち、ルーラーの囲い込み。

 そのあらゆる欺瞞を見抜くランサーの様子に、アラヤは一先ず息を小さく吐き出す。

 

 セイバーの接近は気配感知を持つルーラーと感覚を共有しているアラヤにも知覚していた。

 万が一黒のセイバーも自分達の排除を目的としていた場合、本格的に自分達の命が危うくなるのだから。

 中立であるルーラーを手中に収めようとするユグドミレニアの思惑の方が、カルナの様に問答無用に殺しに来る事よりも余程対処が容易い。

 というより前者は襲撃者がカルナである限り逃走できなければ、対処などルーラーの令呪でも使わない限り不可能である。

 

 そんなユグドミレニアの思惑の代弁者としてか、肥満体形の男が一歩ルーラーとアラヤに己の令呪を見せながら笑いかける。

 

「危ない所でしたな、ルーラーとそのマスターよ」

 

 どうやら先程の様子を見ていたのか、本来異物であるアラヤの立ち位置を既に理解しているらしい。

 逆に言えばそれまで見ていたのだろうが、ピンチになった時に助けに現れる方が好印象に繋がると思ったのだろう。

 その考えを見抜かれない限りは、という枕詞が付くが。

 

「確か……ムジーク家のゴルド、だったか?」

「流石ルーラーのマスター、我が名をご存知とは解っておられる! ゴルド・ムジーク・ユグトミレニア、此度の大戦で黒のセイバーのマスターとして名を連ねております。さて──────」

 

 ランサーに指差すと、気分を良くしたのかゴルドは声高らかにランサーを弾劾する。

 

「赤のランサーよ! お前がルーラーを殺害しようとしたのを我々は確かにこの目で見た! 聖杯戦争を司る英霊の抹殺を謀ろうなど究極のルール違反、罰則を免れるものではない!」

 

 口にしていることはソレほど間違ってはいない。

 普通ルーラーを襲うことは、自らの後ろめたさを明かすようなものだと捉えることも出来るのだから。

 だが何故だろう、その口振りが慣れない演技くささを感じさせるのは。

 その理由は、直ぐ様分かった。

 

「大人しく我がセイバーと…………ルーラーである彼女達の沙汰を受けるがいい!」

 

 チラッチラッ。

 効果音を付けるならまさにこれだろう。

 

(なるほど、ルーラーとの共闘狙いか)

(でしょうね。私の特権と黒のセイバー────ジークフリートが合わされば、確かにあの施しの聖者を倒せるかもしれません)

(見るからに燃費激しそうだしね、あのランサー。そして一度共闘関係を結べばズルズルと、かな。因みにルーラー的にこの状況はどんな対応をするのかな?)

 

 お手並み拝見、そんなアラヤに溜め息を吐きながら、ルーラーはゴルドを見据え彼とは違う真芯の入った対応を取る。

 即ち、

 

「黒のセイバー、そして赤のランサー。此処で戦うというのならば異存は有りません。その場合私が手出しすることはありませんのでご安心を」

 

 そして調停者であるが故に、当然ながらこうなる。

 

「……えっ」

「私の命を狙うことと、貴殿方が戦うことは全く別の案件です。故にランサー、この場で決着が着かなかった場合貴方には幾つか詰問する事になりますが────少なくとも、私はこの戦いの規律を守る義務があります」

 

 故に、片方に加担することは無い。

 それこそルーラー自身が召喚された理由である「聖杯大戦の枠を超える行動」でない限り。

 そして赤のランサーの行動はルーラー個人にとっては問題でも、ルーラーという役割としては問題ではない。

 彼の宝具は極めて強力でその規模は破格の一言だが、それを街に向かって撃つ事がない限り問題ではないのだ。

 

 そもそもルーラーの言う『ルール』とは、あくまで彼女自身の基準や価値観による裁定範囲。

 

『巻き込まれた一般人の保護』、『神秘の漏洩を含む聖杯大戦が運営不可能な事態の阻止』、そして『聖杯大戦中に聖杯戦争の枠を超え、世界に悪影響を与えるサーヴァントの排除』である。

 大きく区分すれば、ルーラーの役目はこの三つになるだろう。

 ルーラーの仕事は、戦いの余波が一般人に被害を出さない為に一つ目と二つ目を防ぐことが主になるだろう。

 それでも彼女が令呪を使用するのは、基本的にはこの三つ目だけ。

 ランサーはルーラーという調停者を排除しようとするものの、それはルーラーにとってルール違反には該当しないらしい。

 

「フム、俺を二人がかりで圧し切ろうとでも考えたか」

 

 呆然とするゴルドに、無表情────人によっては冷ややかな顔で己の解釈を口にする。

 それは事実であり、彼の英雄性を表す言葉だった。

 

「お前が求めるのはただひたすらの勝利か? 何とも浅ましいがそれもまた戦いの一つの形だ。俺は一向に構わんぞ」

『何、気にすることはない。寧ろその勝利への貪欲さは戦いにおいて必要不可欠なのだから。黒のセイバーのマスター、お前はこの聖杯大戦のマスターとして何も間違った事はしていない。無論、オレなどに言われずとも理解しているだろうが』

 

 アラヤにはそんな副音声が聴こえたが、残念ながら普通の人間にはそんな都合の良い機能は備わっていない。

 赤のランサーが口にしたのはただの事実だが、図星を突かれた人間の反応は明解である。

 赤のランサーに思わず先程の危機も忘れてアラヤが孫に向けるような生易しい視線を投げ掛けるが、ゴルドは額に青筋を浮かばせ激昂する。

 

「こッ、殺せッ! セイバー、あのサーヴァントを叩き潰せ!!」

 

 マスターの命令に従い、サーヴァントである黒のセイバーが一歩前に出た。

 

「そうか。ならば黒のセイバー、お前と二人で殺し合える様だ」

 

 赤のランサーは黒のセイバーの眼を見据える。

 マスターに忠実な、願いに応えるその頑ななまでの姿に────嘗ての宿敵を思い出す。

 周囲の期待に応えようと、立場と役割を全うしていた男を。

 

「お前と似た眼をした男に会ったことがある」

 

 正義と公正、誉れを思いのままに手にし、また押し付けられながら。

 苦悶と屈辱や様々な感情に多くの乙女を魅了した顔を盛大に歪ませ、卑劣な手段に手を染めてまで自身を殺したあの男を。

 そんな男がそうまでしなければならないと思わせた己に、誇りさえ感じながら微笑んだ記憶を想起した。

 

「お前がその眼で俺を視るならば、俺と戦うのは必然なのだろう」

 

 そうして、聖杯大戦の第一戦。

 赤と黒、両陣営最強のサーヴァントが激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四話 初戦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────赤槍と黒剣の剣戟が、現代の地上に爪痕を刻み続けた。

 

 振り下ろされた聖剣によって放たれた真エーテルは、地面を抉りながら獲物に食らい付く。

 しかしその牙を黄金の鎧は物ともせずに溶解させ、弾丸の様に飛翔する太陽の仔を竜殺しへと届かせる。

 日輪を模した神槍は聖剣と打ち合い、そのまま竜殺しを飛翔する勢いのまま大岩を抉り取りつつ押し上げるも、両雄の表情は不動であった。

 剣戟の度に轟音と共に衝撃波が周囲を圧し、しかし両者共に傷は極めて浅い。

 赤のランサーに至っては少し経てば癒えているほど。

 不死身を冠した英雄達の戦いは、それこそ永遠に続くのではないかと錯覚させた。

 水平線に暁が昇るのも、本当に時間の問題だろう。

 

 そんな光景を開いた口を晒しながら、ゴルド・ムジーク・ユグトミレニアは呆然と見ていた。

 否、まるで見えてなどいない。

 小手調べであり、超級の何足るかさえまるで見せていない赤のランサーと、それに平然と喰らい付く黒のセイバーが何をしているかまるで理解できない。

 マスターとしてこの場に立つ彼は、何をすべきかさえ解らなかった。

 

「これが────」

 

 現代の魔術師は、初めて観る英霊の戦いを目の当たりにしながらここまでの経緯を走馬灯の様に思い出していた。

 

 ────ムジーク家は元々歴史長き一流の家系。

 かつては錬金術の大家アインツベルンにさえ比肩していた。

 だがその栄光は過去のもの。

 魔術協会で長年功績らしい功績を残せず衰退の一途を辿り、世間の評価は金と歴史だけは古いなどと揶揄され軽視されてきた。

 それ故に、ムジークはユグドミレニアに。ひいては聖杯大戦に参戦したのだ。

 

 サーヴァントの魔力消費を代替させるホムンクルスを、聖杯を喪ったことで他家へ門戸を開き始めたアインツベルンからの技術提供で造り出した。

 全てはユグドミレニア────延いては己を華々しい唯一の勝利者とするために。

 その為の魔力供給代替ホムンクルス。

 その為の最強のセイバー(ジークフリート)

 ────なのに。

 

(────こんな化け物どもの戦いの何処に、割って入る余地があるというのだ?)

 

 大英雄同士の戦いに、魔術師でしかないゴルドが指示を出せる筈もなく。

 撃ち合って仕切り直された時に漸く、己のサーヴァントが傷を負っている事に気付いた。

 何より、その異常事態を。

 

(我がセイバー(ジークフリート)が……、ダメージを受けている……!?)

 

 アルマーニュ最強の英霊。

 遍歴騎士、不死身の大英雄ジークフリート。

 邪竜ファヴニール討伐(竜殺し)という、それを為した時点で問答無用に人理へその名が刻まれる偉業の達成者。

 曰く、邪竜の血を浴びた彼は背中の菩提樹の葉によって血を浴びなかった背中の一部以外、あらゆる攻撃を寄せ付けない無敵になったという。

 その逸話は、紛れもない宝具として昇華されていた。

 

 ────『悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)

 サーヴァントとしての彼は、背中の菩提樹の葉の痣以外、あらゆる攻撃をBランク分のカットが行われる。

 Bランクはおおよそ平均的なサーヴァントの宝具の数値。

 場合によって彼は、他のサーヴァントの切り札の直撃を受けても完全な無傷で居られる程の防御性能を有している。

 それはルーマニアにおいて最強クラスに迫る知名度補正を得た黒のランサーの宝具を、完封することが出来ることを意味している

 だが、例外はある。

 

(赤のランサーは、そんなジークフリートの防御を貫く攻撃力を持っているというのか?)

 

 戦闘に支障が出るような物では決してなく、強いて述べるならば掠り傷と呼ぶべきもの。

 それが、撃ち合った反動で仕切り直され距離を取って睨み合った際、ジークフリートが確かに傷を負っているのをゴルドは見た。

 それは、赤のランサーの通常攻撃が凡百のサーヴァントの宝具を上回っている事を示している。

 

(ともあれ、魔術で回復を……ッ)

 

 即座に治癒魔術を用いて細かな掠り傷を治すが、それでゴルドの自尊心(プライド)が満たされる訳がない。

 

(それだけしか出来んというのか!?)

 

 一体己は何をしているのか。

 

 ゴルドが望むのは華々しく厳格な魔術の競い合い。

 しかし現実は何もしておらず、何もできてはいない。

 本来利点である魔力供給の肩替わりによる負担の無さも、それを増長させていた。

 

(宝具……いや、敵の正体も知れぬ内に切り札を出すなど……)

 

『お前は喋るな』

 

 それがゴルドがジークフリートを召喚直後に行った命令だった。

 彼の不死性の穴を、少しでも塞ぐためのもの。

 

 伝承の通り背中には、菩薩樹の葉が張り付いていた葉の様な形の跡が残っている。

 伝承において無敵を誇った竜の鎧はその箇所のみ効果は発揮せず、生前の死因という呪いによって英霊故にその個所を隠すことも出来ない。

 その上一度背中を負傷すると治癒魔術でも修復は極めて難しい明確な弱点として存在している。

 

 アキレウスの弱点が踵であることが周知の事実であるように、竜殺しの代名詞の一人であるジークフリートの弱点もまた明瞭である。

 尤も、どのサーヴァントも死して英霊となった以上、その真名の漏洩は弱点や手の内の開示を意味しているのだが。

 取り分けジークフリートの場合は真名の漏洩は致命的である。

 にも拘らず宝具の解放は自ら真名を暴露するも同然。

 選択肢としては悪手も悪手である。

 

 そこでゴルドはルーラーを見る。

 サーヴァントを視認するだけでその真名を看破する特権を持つ調停者を。

 

「ルーラーよ、どうかお願いします! せめて貴女の力を以て彼奴の真名を―――――」

「お断りします」

「な……」

 

 そんな安い思惑はルーラーの即答によって拒絶される。

 呆然と言葉に詰まるゴルドに、出来の悪い生徒に言い聞かせるようにアラヤが補足を入れた。

 

「そりゃそうさ。僕らはあくまで第三者。聖杯大戦の調停者を名乗りながら、初戦で片方の陣営に荷担するとか筋の通らないことなんて、出来る訳がない」

 

  そんな奴が英霊に、ルーラーに選ばれる訳がない。

 

「だ、だが、奴はルーラーを殺そうとしたのですぞ! ここで黒のセイバーが脱落したら、奴は再び貴女を狙うやも――――」

「先程も言いましたが、()()()()()()()()()()

 

 赤のランサーの襲撃は、極端だがランサーとルーラー陣営だけの事情。

 それを考慮することによって聖杯大戦に色を加えることを、彼女はルーラーとして召喚された誇りにかけて出来はしない。

 

「……ッ!」

 

 譲らないルーラーにゴルドが歯噛みした時、轟音と共にランサーがセイバーに打ち上げられた。

 様々な剣戟を交えた二人は、しかしセイバーのように治癒魔術を掛けられていない筈の赤のランサーの傷はみるみる内に癒されていく。

 恐らく、何らかの能力によるものなのだろう。

 

 そんなランサーに追撃を掛けんと、セイバーも遥か上空に跳躍する。

 だがそれは良手では無かった。

 

『―――――――』

 

 ランサーに炎の魔力が満ちる。

 空中故に回避手段を持たない黒のセイバーに、炎の魔力放出を伴う神速の連戟が叩き込まれた。

 

「ッ」

 

 先程までとは比べ物にならない衝撃と爆音と一瞬日輪を形取った炎が、その姿をセイバー諸共に大地へと刻む。

 その威力は、凡百のサーヴァントの宝具さえ凌駕していた。

 宝具の域にある通常攻撃。

 一撃一撃が対軍宝具に匹敵する赤のランサーは、正しく最強クラスのサーヴァントであった。

 だが真に驚嘆すべきは、それを受けながら掠り傷程度にしてしまう黒のセイバーの防御性能か。

 

 その魔力を伴う衝撃波でゴルドは地面に転がり、アラヤが腕で顔を庇う。

 そしてルーラーは心底思った。

 この聖杯大戦の主戦場が、かつての冬木の聖杯戦争の様に街中で無かったことへの安堵を。

 

 街中でこの二人を戦わせれば、街など容易く消し飛ばしてしまうだろうことを。

 

「どうやら、膠着してるみたいだな」

「……」

 

 不死身や無敵の名は伊達ではない。

 一定数値の攻撃を完全遮断、軽減する黒のセイバー。

 あらゆる攻撃を十分の一にカット、即時自動治癒する赤のランサー。

 二人の防御性能は、宝具を温存する緒戦に於いて千日手の膠着状況を生み出していた。

 

 そして、千日も戦うことは魔力的にも秘匿的にも不可能。

 

 それを指摘したルーラーのマスターを、苛立つゴルドが盗み見る。

 ルーラーという聖杯大戦の絶対管理者の本来あり得ない付属品。

 突然湧いて出た、しかしそれ故にルーラーよりかは付け入る隙もあるだろうと思い────

 

 

「────────えっ?」

 

 

 彼を見た瞬間、ゴルドの時間が引き千切られた。

 あらゆる感覚が根刮ぎ磨り潰され、思考のあらゆる語彙が消え失せた。

 

 此方を見据える瞳は美の女神が求めた如き宝石のようで。理想的という言葉さえ陳腐に落とす鼻梁は神々が魂を注ぎ込んだかのような黄金比であり、その全てが未成熟と成熟の狭間の青春を体現していた。

 全ての形容詞がその意味を喪った果ての、つまり『理屈は無いがそうなのだ』という神々の権能の様な何か。

 名門という過去をズルズルと引き摺り、現実との差異を逃避によって自尊を保っている傲慢で矮小な精神が────魔術師にあるまじき『信仰』という感情を捻り出した。

 断じて魅了などという生易しいものでは決してない。

 

(何だコレは)

 

 何故、先程まで気付けなかった。

 そんな他人事の様に思うゴルドは、自身が呼吸困難に陥っているのにも気付かずに立ち尽くす。

 そんなゴルドの様子に気付いたアラヤは、同様の状態に陥っているルーラーと、戦闘を一旦止めてアラヤを見ながら目を見開いて硬直しているセイバーとランサーに頭を抱えた。

 

「……しまった。今の衝撃の余波で────はぁ、随分脆くなってるな」

 

 頭を抱えていた手首を翻し、黒のセイバーと赤のランサーの激突の衝撃で僅かに破損しただろう指輪を確認すると、盛大な溜め息を吐いた。

 恐らく魔術礼装なのだろう。

 傍にいたルーラーでも聞き取れない何かを呟いたアラヤは、指輪を修復し加工する。

 

「応急処置はこんな感じかな? 今度幾つか造り置きしておくか。それより黒のセイバーのマスター、治癒魔術はいいのかい?」

「はッ!?」

 

 そして漸く、世界は時間を取り戻した。

 漸く忘我の彼方から帰還したゴルドは、アラヤが指示したように、まるで人形の様に治癒魔術を己のサーヴァントに掛ける。

 そんな自分に戸惑いを感じていない自分に驚愕しながら。

 

 一方ルーラーは今のは何なのか、()()()()()()()()()()()()()()戦慄を隠せていなかった。

 事実仮に彼女をよく知るものが彼女が陥った状態を知ったとして耳を疑うだろう。

 神に信仰を捧げた聖女が、まるで────ただの■■のようになってしまうなど。

 それはある意味、何よりも彼女に衝撃を与えていた。

 

 黒のセイバーは両手で剣を構えつつ、跪くのを必死に堪えていた。

 黒のセイバー────ジークフリートには経験が無かったのだ。

 人の域を遥かに超えた領域の、他人の心を問答無用で奪う『求心力』というものを。

 否、余りにも純粋で圧倒的なまでの■を。

 そんな視線に晒されていることに気づいたのか、

 

 

「────今の無しで」

 

 

 周囲が固唾を呑み込む緊張を、気まずそうにアラヤはそんな言葉で無かったことにした。

 そんな訳にいくか―――と、ゴルドは声を荒げたくなるも、先程の衝撃から抜けきっていない為か抜けた腰を持ち上げることが出来なかった。

 或いは、()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()────。

 

「戦いの空気では無くなったな。黒のセイバー」

「……!」

「だがそれも致し方無いだろう。破壊神と神々の王でさえ魅了した彼の天女(アプラサス)さえ、あれほどの美麗は誇れまい」

 

 そんな中、平然とランサーはセイバーに話し掛ける。

 ただ其処に居るだけで戦いを終わらせる。

 魔性の域の魅力とはそういうものである。ルーラーのマスターに選ばれるだけのモノを、カルナはアラヤの中にあることを認めた。

 次に、ゴルドに視線を移す。

 

「だがどちらにせよ、頃合いではあった。このままでは三日三晩撃ち合うことになる。オレは構わんが、そちらのマスターは別だろう」

「────」

 

 ゴルドには魔力負担は無い。

 ホムンクルスによるサーヴァントの維持供給の代替は、本当にこの大戦ではアドバンテージになっている。

 このまま本当に三日三晩戦えば、幾らカルナが消費を抑えているとはいえ赤側のマスターに限界が来る。

 一流の魔術師を一分も掛からず干からびさせる魔力放出無しとはいえ、神鎧と神槍を使用して三日三晩は不可能だ。

 

 だが、ゴルドとて人間。

 三日三晩の戦いにはとても付き合えないし、何より既に朝日が上っている。

 聖杯大戦は夜の帳が不可欠。

 神秘の秘匿という、これ以上ない壁がランサーとセイバーの戦いを拒んでいた。

 何より、自身の無力だけを与え続けるこの戦いにうんざりしていたのだ。

 

 セイバーはあくまで無言で剣を収める。

 しかし、そんなマスターに言葉を封じられている黒のセイバーは生じる躊躇を切り捨て、口を開いた。

 

「願わくば、貴殿と心行くまで戦い抜きたいものだ」

 

 初めて口にしたセイバーの言葉は、カルナが感じ入る程の切実さがあった。

 だがそれは、ランサーも心から望むところ。 

 

「……あぁ、お前と初戦で打ち合えた幸運に心から感謝しよう。────さて、ルーラーとそのマスターよ」

 

 無表情ながら、ランサーの掛け値なしの称賛によって戦いの終わりの流れになった瞬間、恐らく念話で打ち合わせたのだろう。

 逃げようとすれば即座に止められるようルーラーが完全な臨戦態勢だ。

 

「先も言ったが、オレに答えられることは少ない。それを承知でオレを引き留めるか」

「赤のマスター達がそれぞれ何の触媒でサーヴァント召喚したか、それは魔術協会に問い合わせれば直ぐにわかる。幸いロードの一人に山程個人的な貸しがあってね」

 

 赤のサーヴァントは唯一人を除いて、全て魔術協会の用意した触媒を用いて召喚している。

 故に、赤のランサーのマスターが誰なのか、時間さえあれば判明する。

 だからこの問いは、時間の省略でしかない。

 だがアラヤの直感が、そして何より。

 

「啓示が降りました。是が非でも、この場で貴方のマスターの名を聞かせて頂きます」

 

 "天からの声"を聞き、最適な行動をとる。魂が持つスキル。

『直感』は戦闘における第六感だが、啓示は目標の達成に関する事象全てに適応する。

 ルーラーの魂が保有するそれが、この場で発動していた。

 この行動が、この場における最適解なのだと。

 

「……それは出来ない」

 

 静かに目を閉じたランサーは、首を横に振る。

 彼は、ルーラーの問いに()()()()()()()()

 

「……()()()()?」

「隠す意図はない。単純な話、オレはマスターの名も、姿も知らないからだ」

「な────」

 

 ルーラーが唖然とする。

 サーヴァントが己のマスターを知らないなど、あり得ないからだ。

 だが、目の前のサーヴァントは神々の王でさえその高潔さに心うたれた聖者。

 拒否なら兎も角、虚偽など吐く筈がない英霊なのだ。

 

「じゃあ、ルーラーを討つという命令は、誰によって命じられたものなんだい?」

 

 であれば、その命令は誰のものか。

 己がマスターの不利になるのならば、ここでカルナは沈黙を選んだだろう。

 だがカルナは、アラヤの問いにその名を口にする。

 何せルーラーを殺せと命じたのだ、ならばこの程度のリスクは覚悟の上だと判断した故に。

 

 そうしてその名を、ルーラーはあり得るかもしれない並行世界よりも遥かに早く知る。

 

「──────赤のアサシンのマスター、シロウ・コトミネ。我々赤のサーヴァントの後方支援を担当する神父だ。我がマスターからその者の指示に従えと、そう念話で命を受けた」

「な──────」

 

 そう告げて、赤のランサーはおのが神性である日の出と入れ違う様に姿を消した。

 そう、既に夜明けが訪れていた。

 

「……何故、聖堂教会の監督役が────ッ、お待ちなさい!」

 

 虚空に消えたランサーを睨むと、ルーラーは己の疑問を口にしながら周囲を見渡す。

 コンクリートによって舗装された道路は見る影もない程荒れ果てていた。

 周囲の大岩は悉く微塵に還り、神性を伴う魔力は今尚周囲に満ちている。

 聖杯大戦初戦、奇しくも両陣営最強の手札のぶつかり合いはこうして幕を下ろした。

 

 だが、ルーラー達の難事はまだ終わっていない。

 

「クッ……、マスター!」

「……でない」

 

 何より、この大戦が通常通りに終わる事のない楔を打ち込まれたことを理解しながら、ルーラーのマスターは返事の無い携帯電話に頭を抱えた。

 自身の備えが、間違っていなかった事に心底安堵しながら。

 

「保険、掛けとくもんだなぁ……」

 

 黒のアサシン(ジャック・ザ・リッパー)と六導玲霞。

 夜明けと共に彼女達が向かった先こそが、件の神父の元なのだから。

 

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