零れ落ちた美麗の雫   作:たけのこの里派

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第五話 殺人鬼と女帝

 夜明けと共にホテルを出て、玲霞とジャックは足早にシギショアラの街を駆ける。

 無論ジャックは霊体化し、加えて気配遮断スキルを使い、アサシンとして徹底的に身を隠す。

 それこそルーラーでさえ感知することは難しいだろう。

 ジャンヌならば、聖人スキルを用いて精製した聖水による探索を気配感知に加えて漸く捕捉できるレベルだ。

 

 玲霞の脚力は常人であり、強化した魔術師は勿論サーヴァントのそれには遠く及ばない。

 故に彼女は効率を重視した。

 前日でジャックと遊び歩きながらマッピングを行い、教会への最短距離で到達する。

 アポイントメントは既に電話で通している。

 その電話の声が予想以上に若かったのには驚いたのだが。

 

 教会前に着いた彼女たちは、迷わず扉を開く。

 

「日の出時にもお祈りだなんて、御若いのに勤勉なんですね」

「神への祈りに、充足などありませんから」

 

 扉を抜けて礼拝堂に入ると、そこには祭壇に向かって跪き祈りを捧げる神父服(カソック)の少年が、彼女を待っていた。

 

「────────!」

 

 少年が振り向くと、思わず目を見開く。

 褐色の肌に白髪という、日本人らしい顔立ちに不釣り合いな容姿────―など、目もくれず。

 

「ようこそ。私が赤のマスター、監督役のシロウ・コトミネといいます」

「黒のマスター、六導玲霞です。この度はこの場を設けて頂き有難うございます」

 

 その表情に対し、驚愕を隠せたのは称賛に値するだろう。

 何故ならその年齢に見合わない超然的で達観した雰囲気が、あまりにも────身に覚えがあったからだ。

 違いがあるとすれば、妙に計算的に見えたり戦場にも平穏にも似つかわしくない謀略の臭いが染み付いて不信感や警戒心を抱く、といったものだろうか。

 

 そんな驚愕を、欠片も出さずに呑み込む。

 大したことはない。ただアラヤに報告することが増えた程度。

 

「驚きました。コトミネ神父もマスターなのですね」

「ええ、今回の聖杯大戦は、我々聖堂教会も黒、ユグドミレニア陣営を危険視していますので。今回は特別に、ということです」

 

 聖堂教会とは教義に反したモノを熱狂的に排斥する者たちによって設立された、『異端狩り』に特化した巨大な部門。

 世界最大の組織であり、代行者、各教会が保有する騎士団、そして教会本部が隠し持つ埋葬機関と、強大な戦力を保有しており、吸血種をはじめ、人の範疇から外れてしまった者達にとっての天敵として君臨している。

 彼らの目的は全ての異端を消し去り、人の手に余る神秘を正しく管理することである。

 この為『神秘の秘匿』を第一主義とする魔術協会とは仲が悪く、幾度と無く刃を交えてきた間柄だ。

 しかし彼等にとって最大の敵は吸血種である為、現在は協定が結ばれ表面上は不可侵を保ち、時として協力し合っているのだ。

 尤も、実際の処は記録に残さない事を前提に、陰では現在もなお殺し合いを続けているのだが。

 

 そしてユグドミレニアの目的は、新たな魔術協会の設立。

 既に存在している時計塔などは上記の通り争いつつも不可侵を保っているが、『主の奇蹟』以外の神秘を存在ごと否定したい彼等にとって、新たな異端者の組織の誕生など、赦せるものではないのだ。

 

「今回聖杯大戦から降りる、という話でしたが──―」

「ええ、私自身他人を殺してまで聖杯を欲する理由はありません。また、単純に聖杯を手に入れることは不可能に近いからです」

「不可能?」

 

 すでにある程度、概要は電話で伝えている。

 マスターにこそなったが、そもそも自身が一般人であり。

 それに聖杯自体に興味こそあれど、人を殺してまで欲しいわけでなく。

 何より、自身のサーヴァントも聖杯大戦からの棄権に賛同してくれたこと。

 

「ええ。私は魔術師ではありません。回路がありませんから。当然、サーヴァントであるこの子に魔力を供給してあげることが出来ない」

「……では、どうやって彼女の維持を?」

「私の家族が、代行してくれています」

「おや、そのご家族は魔術師で?」

「私にはとぼけた口調で『魔法使い』と。あくまで私は養子ですので」

「そしてその人物は聖杯に興味はないと」

「より正確に言えば、嬉しいことに私同様人を殺してまで欲しいと思うものではないそうです」

 

 その答えに、少し思案するよう口元に手を添える。

 魔術師にとって万能の願望器は、何人犠牲にしても欲するもの。

 己が願いの為に一族でさえ無為に費やす外道が、果たしてそんな選択をするだろうか、と。 

 

『信じられんな。己の欲にしか興味のない輩が万能の杯を欲しないなど──────と、言うべきではないか? マスター』

「!」

 

 シロウの思考に呼応するように現れた、暗闇のようなドレスを身に纏った退廃的な雰囲気を漂わせる美女に、玲霞が思わず体を固くする。

 彼女が出会う、殺人鬼ではあるものの玲霞にとっては愛らしい己のサーヴァントや、清き荘厳なる救国の聖女とは違う、王者の英雄。

 

「赤のアサシンのサーヴァント、真名はセミラミス。そう長い付き合いになる事はないだろうが、よろしく頼むぞ。六導とやら」 

 

 よろしく、と口にしていながら、アラヤが『異常』と評した玲霞の観察眼だからこそ見抜けたその感情。

 セミラミスの瞳の奥底の感情を、玲霞は感じ取った。

 

「……フフッ」

「……何がおかしい?」

 

 そんな自身を見透かしたような微笑みに、セミラミスは仮初とはいえ見せていた歓待の表情を崩す。

 

「いえ、ごめんなさい。でも、長い付き合いになるのかもしれない。いいえ、きっと仲良くできるわよ」

「何を────」

「『人を見る目がある』って、()()()()()()()()()()()()()

「…………」

 

 そんな自慢するような玲霞の言葉に、セミラミスの表情から感情が消える。

 普段の彼女ならばそもそも関心さえ持たない程度の会話で、ここまで揺さぶられる様子に見守っていたシロウが驚く。

 その、アラヤが見れば色んな意味で冷や汗ものの対峙に、しかし耐えられなかった者が剥き出しの警戒を向けていた。

 

「むー」

「あら。駄目よ、教会なんだからそんな物抜いちゃ」

「お兄ちゃんと約束したもん。おかあさん(マスター)は私が守るんだもん」

「あらあらまぁまぁ」

 

 玲霞とセミラミスの間に可愛らしい威嚇をしている黒のアサシン────―ジャック・ザ・リッパーが、ナイフを抜きながら実体化した。

 

「彼女が、貴女の?」

「ええ。ジャック、自己紹介」

「むー!」

「あらあらこの子ったら。すみません」

 

 玲霞の言葉に、それでも敵意マシマシなジャックに、しかしそんな様子もかわいいのだと困ったような口ぶりで微笑む。

 そこまで警戒されるのは流石に心外か、あからさまに不機嫌にセミラミスが眉間を寄せ、シロウは苦笑を隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第五話 殺人鬼と女帝

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達がこの場に伺ったのは、黒の陣営から実質離反したこの子と、そのマスターである私が、少なくとも赤の陣営の方々と敵対しない為です」

 

 コホン、と話を戻すために小さく咳ばらいで玲霞が話を戻す。

 では、ここで玲霞とジャックの立場を再度確認してみよう。

 まず、黒の陣営にとって。

 この場合、本来のマスターである相良豹馬の手落ちであり、貴重なサーヴァントを奪った簒奪者である。

 特にアサシンは、ユグドミレニア城塞で待ち構える立場の黒陣営にとって数少ない『先手を取れるサーヴァント』である。

 黒のセイバーのマスター、ゴルドが黒のセイバーに発言の禁止を命じたそもそもの理由が、背後を取り易いアサシンのサーヴァントを警戒したからに他ならない。

 またそれに城塞近辺の平原での決戦において、城塞という防衛の要を持たない赤のマスターを挟撃できるだろう。

 故にアサシンを奪われた形となっているユグドミレニアとは、サーヴァントを取り戻すために場合によっては敵対する可能性はあった。

 

 では、赤の陣営にとっては? 

 それも明快であり、赤の陣営は上記の挟撃をそもそも警戒する必要もなくなる。

 単純に数の有利を得られることもあるだろう。

 兎に角、赤の陣営にとって朗報なのは違いないのだ。

 赤の陣営にとって、干渉するにしても取り込む以外の選択肢はそうそうない。

 そもそも監督役は聖杯戦争に於ける神秘の秘匿以外に、戦いを放棄したマスターを保護する役割を持つのだから。

 

「では、立ち話もなんですので奥の部屋に参りましょうか。そこに他の赤のマスターがおられます。紅茶などを飲みながら、詳しい話をしましょう」

 

 笑顔のままに玲霞にそう促すシロウの言葉を、しかし彼女は笑顔で拒絶した。

 

「それには及びません。私たちは、赤側の陣営に自分たちが敵ではない、ということをお伝えしに来た()()ですので」

「……おや、どういうことでしょうか」

「あなた方の庇護下にはいると、他の赤のマスターの方々から戦闘を求められれば単純な多数決で強要されるかもしれませんので」

 

 玲霞の言葉は、すなわち赤の陣営への不信であった。

 

「私が貴女方をお守りすると誓っても?」

「貴方は監督役ではありますが、赤のマスターの一人でもあるのでしょう? 如何に赤のアサシン(彼女)が強力なサーヴァントであっても、他のマスター全員から私たちを護れ、とは言えません。それに生粋の魔術師であればあるほど、社会的倫理から外れているそうですから」

 

 それは単純な数値的な判断である。

 他の魔術協会の赤のマスター全員が無理やりジャックを戦力として運用しようとする、あるいは黒の陣営がそうする可能性があるように、赤の陣営がマスター権を奪おうとするかもしれない。

 そもそも魔術師とは外道。

 楽観的な判断ができないという玲霞の言葉を、シロウは否定できない。

 

「では、貴女方はこれからどうするのですか?」

 

 しかし玲霞の言葉が真実であれば、シロウには不可解なことがある。

 もし玲霞と黒のアサシンが聖杯を望んでいないのなら、何故ルーマニアに訪れたのか。

 

 そもそも、玲霞達はあくまでここには自身の立場表明に来ているに過ぎない。

 

「私たちは既にルーラーの保護を受けていますので」

「!」

「聞けば彼女は世界の危機に召喚されるサーヴァント。直接戦闘はできませんが、それ以外のお手伝いなら私達でもできると思って」

 

 聖杯戦争を司る、聖杯に選ばれた聖人のサーヴァント。

 彼女の庇護を受けるということは、監督役が片方の陣営に居る以上聖杯大戦で審判側に回るという事。

 ルーラーの選抜基準が聖人聖女である以上、正当性ならばこれ以上のものは無い。

 

「では私たちはこれで。何らかの連絡があればルーラーに御伝え頂ければ」

 

 そう告げて玲霞が席を立つ。

 この結果は赤の陣営としては惜しいものの、敵対しない時点で損ではない。

 監督役はマスターを兼任した弊害故にどうしようもない。

 落し処としては丁度いいだろう。

 

 

 

 

 

 

「────では、もう消してしまってもよかろう? マスター」

「ええ。些か不本意ではありますが、致し方ありません」

 

 

 

 

 

 

 そもそも監督役がルーラー自体をこの段階で排除しようと企んでいたのなら、話は変わるのだが。

 

「──────」

「運が無かったな、黒のアサシンのマスター」

 

 セミラミスの美しい指が、空間を裂く様に振るわれる。

 瞬間、礼拝堂の地面に術者の意思に従い魔法陣が浮かび、そこから出現した鎖が玲霞とジャックに襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 自身を縛らんとする鎖に対する二人の対応は、ひたすらに回避だった。

 アサシンであるジャックの敏捷値は最高のAランク。その上セミラミスへの警戒を常に行っていたのだ。

 本来魔術師用に放たれた拘束魔術など、回避できない道理はない。

 

「1つならばそうだろう」

「!?」

 

 それが、礼拝堂のいたる所から魔方陣が浮かび上がり、ジャックへと襲い掛かる。

 

「くうぅッ!」

 

 コレが黒のアーチャーならば、巧みに対処しただろう。

 黒のセイバーや赤のセイバー、赤のランサーならばまとめて消し飛ばしただろう。

 赤のアーチャーと赤のライダーならば、そもそも数を幾ら増やそうが影すら捕らえられまい。

 

 だが、黒のアサシンはあくまでアサシン。

 それも暗殺教団の首領ではなく、魔性であってもただの都市伝説の殺人鬼。

 

「きゃぁッ!?」

 

 人を解体する技巧は持ち合わせても、逆境を打破するだけの力を彼女は当然持っていなかった。

 

「女童ならソレらしくしておればよかろうに。しかし──────意外という訳でもなかったか」

「……驚きました」

 

 シロウが、素直な驚きを溢す。

 魔術鎖の大半がジャックに向けられていたとは言え、魔術師用の拘束術式。

 

「……」

 

 それを掠りもせずに回避し切った玲霞が静かに状況を見据える。

 

 味方のジャックは幾重もの鎖によってがんじがらめに縛り上げられ、露出しているのが首から上といった程だ。 自力での脱出はまず不可能だろう。

 

 敵のサーヴァント、セミラミスの事は()()()()()()()()()

 女帝である彼女は、同時に優れた神代の魔術師である、と。

 アサシンと言ったが、それが本当とは限らないし魔術が使えない訳でもないのだろう。

 そしてそのマスターであるシロウ・コトミネ。

 薄い笑顔で佇む白髪褐色の少年は、酷く不明瞭であるが故に不気味である。

 

「何故、私達を?」

「ルーラーは私達の願いの障害となる存在。そんな彼女の傘下に入られるのは、少々不都合でして」

 

 本当に申し訳無いように眼を伏せるシロウに、その願いとやらが気になったが──。

 

「さて、六導とやら。前言を撤回し、我がマスターの()()を受けるというのなら、話は変わるが?」

「ぐっ……ぎぃ」

「……!」

 

 冷たく此方を見据えるセミラミスの鎖が、ジャックを締め上げる。

 苦痛の声を漏らすジャックに、玲霞の判断は即座に下された。

 

「─────令呪を以て命じます」

『!』

 

 故に、切り札を切るのは当然のこと。

 

「ジャック、一足先に宿に帰りなさい」

「な─────!?」

 

 優しく微笑んだ玲霞の言葉に、ジャックが絶句する。

 この状況でサーヴァントであるジャックを逃がすということは、マスターにとって自殺も同義。

 

「だ、だめだよ! そんな、お母さ──────」

 

 令呪はその魔力を以て、命令通りジャックを教会からホテルに転移させた。

 礼拝堂に残ったのは拘束対象を喪い魔力へ還った鎖群と、三者。

 即ち、玲霞にとって絶体絶命を意味している。

 

「なぜ、その様な選択を?」

 

 シロウが、意図なく問い掛ける。

 確かに、玲霞はマスターであっても魔力供給を行っている訳ではない。

 故に、玲霞がここで死んでも黒のアサシンは喪われないのだろう。

 無論、自殺願望者と謗られても仕方のない判断だ。

 

「貴様は()に育てられたと言ったな。奴の教えとは、己の命を斯様に捨てることか?」

「いいえ」

 

 そんな訳がない。

 寧ろ生存をこそ望み、生き延びる為の術をアラヤは与えた。

 故に、その行動には理屈が無ければならない。

 

「だって、あのままでは貴女がその気になれば即座にあの子を殺せたでしょう?」

 

 あの時、ジャックの生殺与奪権はセミラミスにあった。

 あの状況での令呪での撤退は、寧ろ英断でさえあった。

 マスターが取り残されなければ、だが。

 

 命は捨てない。

 であるならば、彼女の行動はこう解釈できる。

 

「ではお主はこの状況を単身で潜り抜ける術があると?」

「それも、(いいえ)です」

 

 それさえも、玲霞は眼を伏せ頭を振るい否定する。

 

 

「ですが私は、此処にあの子と二人()()で来た───などと口にした覚えはないわ」

「──────」

 

 

 そもそもの話、玲霞は聖杯大戦の監督役の存在を聞かされた時から欠片も信用をしていなかった。

 寧ろ怪しみ、不信がってさえいた。

 であれば、万が一の保険を用意するのは必然。

 キン、という音が響いて、シロウ達は自分達の足元に何かが転がったことに気が付いた。

 セミラミスはソレを知らなかったが、シロウは知っていたが故に余分な反応をしてしまった。

 

「しまっ……! アサシン、眼を塞いで────」

 

 どちらにせよ、それの目的はセミラミスの知覚を潰すためのモノ。

 

 瞬間、轟音とあらゆる視界を潰す極光が瞬いた。

 スタングレネード。

 そんな現代兵器を、聖杯からバックアップを受けていてもセミラミスが知る訳がなく。

 

「ぐぁッ!?」

 

 数秒の間、人間の全感覚を麻痺させ動きを封じるソレを至近距離から浴びせられたセミラミスは、ジャックへの仕打ちに対する意趣返しと言うように、苦悶の声を吐き出させられた。

 

 それも、一つではない。明らかに玲霞が隠し持つには多すぎる数のスタングレードが、死角を潰さんと極光を撒き散らした。

 

 サーヴァントには、如何なる現代兵器を用いようとも傷一つ付けることは出来ない。

 圧倒的な神秘と魔力による霊的装甲は、相応の神秘か魔力でなければ打ち破ることが叶わないからだ。

 だが、何事にも例外はある。

 例えば、直接傷付けるのではない音や光などの非殺傷兵器ならば、サーヴァント相手でも十分役目を果たせる。

 

 いかにサーヴァントとはいえ耳と目を塞がれ、何より脳を揺さぶられた。それが問題だった。

 ヘラクレスやカルナといった忍耐の極限と言える存在ならば、刹那も止めることは出来ないだろう。

 様々な環境、魔物を相手にした英雄でも武芸に特化したサーヴァントなら、怯みつつも取り敢えず防御姿勢は取れるだろう。 

 しかしセミラミスは王であり毒殺者でしかない。

 彼女は毒による不意打ちならばたやすく対処できるが、現代兵器など知らぬセミラミスは常人と同じように数秒の硬直時間を強いられた。

 

 その隙に、絶大な憎悪と殺意がセミラミスを襲った。

 

殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。

 あの方を殺したあの方を奪った貴様を、許さない許さない許さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない────死ね

 

 莫大な、何より()()()()()()が。

 玲霞を回収するだけで完了する任務を忘れさせてしまう程、()()の恨みは深かった。

 その感情は、直ぐ様行為を以て示されるが、そこまで遣られては動いてしまう者がいる。

 

「『赤のアサシンに令呪を持って命じる、防御を!』」

 

 隣にいる辛うじて目を護った、セミラミスのマスターであるシロウの令呪が輝く。

 絶対命令権であるその魔力は、眼と耳を潰されたセミラミスの状況に関係なく今即座にできる最上の防御を強制させた。

 

 鮮やかな鱗────神魚の鱗によって防壁を作り出したのだ。

 途端、青銅のダガーが赤のアサシンとそのマスターを襲った。

 その勢いは正に濁流の如く。

 弾幕と化したそれは憎悪さえ込められ、しかし神魚の鱗を突破することはできなかった。

 

「───()()()()……ッ!」

 

 そしてセミラミスが失調から回復すれば、逆転した形勢は再び入れ替わる。

 先ほどジャックに放った鎖の倍の数の縛鎖によってダガーの弾幕を押し潰す。

 

「ハァッ……ハァッ……」

「……逃げられましたか」

「おのれ……!」

 

 二人の眼がようやく視力を取り戻し音の衝撃から脱した頃には、雨あられと放たれたダガー諸共に玲霞の姿は消えていた。 

 聖杯大戦、事実上の第二戦目。

 黒のアサシンと赤のアサシンの衝突は、両者共に令呪を一つ使わされるという痛み分けに終わった。 

 

「チッ、斯様な玩具如きで……ッ」

「些か過信が過ぎましたね。反省しましょうアサシン。あの状況から逃げられる彼女は、確かに我々の敵なのだと」

 

 使い捨てられたスタングレネードを忌々しく踏み潰すセミラミスに、シロウは未だに穏やかな表情で素直に反省する。

 魔術師でもない、ただの人間だと甘く見過ぎた。

 今回玲霞が逃げおおせたのは、やはり油断と気質だろう。

 シロウは兎も角、セミラミスはアサシンではあるが、ジャック同様正規の暗殺者とは程遠い。

 彼女の逸話的に、セミラミスの本分は謀殺である。

『獲物を前に舌舐めずりなど三流』というが、殺人鬼と女帝にソレを求めるのは酷だろう。

 何より、歴戦の魔術師を容易く罠に嵌めることが出来たこともソレを助長させていた。

 

「────何事だ」

 

 そんな風に分析していると、ダガーと縛鎖で荒れ果てた礼拝堂に新たな声が加わる。

 

「おや、アーチャー」

 

 無造作に伸ばされ髪に覗く獣の様な耳と尻尾が愛らしさを思わせるが、その眼差しは獣のように鋭く。

 緑の衣装を纏った野性味と気品を併せ持つ少女。

 赤の弓兵のサーヴァント。

 

「黒のアサシンです。既の処まで行けたのですが、令呪を使われまして」

「フン、あと一息で縊り殺せたものを」

「成程……して、どの様なサーヴァントだったのだ」

「えぇ。幸い真名も把握できまし────────」

 

 そこまで語ったシロウの笑顔が固まる。

 

「? どうしたマスター」

「アサシン、貴女は黒のアサシンの姿を覚えていますか?」

「何を……これは…………!?」

「?」

 

 情報抹消。

 対戦が終了した瞬間に目撃者と対戦相手の記憶から、彼女の能力・真名・外見的特徴などの情報が消失する。

 正体不明の切り裂きジャックに相応しいスキルである。

 

 対策という手法が取れないアサシン、それが19世紀のロンドンを震撼させた連続殺人鬼である。

 

「こうなっては、いよいよ庭園の完成を急がなければなりませんね」

 

 黒のアサシンは、事実上ルーラーの陣営。

 そして自分達は、丁度そのルーラーを神霊級のサーヴァントで襲撃したばかり。

 あちらも、完全に赤の陣営を問題のある陣営だと認識したはずだ。

 先ほどの様な襲撃はそう易々と行えないだろう。

 

「では、吾はライダーの下に戻るぞ」

「あぁ……それもあったか」

 

 頭痛を堪えるように眉間を揉むセミラミスは、疲れたように溜息をつく。

 赤のライダーという英霊最速のサーヴァントに匹敵する俊足を持つ赤のアーチャーは、すぐさまその姿を消した。

 どうやら教会での異変を感じ取り、一時的に帰還しただけのようだ。

 赤の陣営の問題は、未だ暴走中である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トゥリファスへの道のりを、その青白い全身に数え切れないほどの傷跡を持つ筋骨隆々とした戦士は、サーヴァントとしては決して素早いとは言えない速度で走り抜ける。

 

「ふははは! ふははははははははははッ!!」

 

 赤のバーサーカー、スパルタクス。

 彼は先日から、どっかの愉快犯劇作家(赤のキャスター)が唆した為にユグドミレニア城塞を目指して進撃中であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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