零れ落ちた美麗の雫   作:たけのこの里派

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第六話 犠牲者の記憶

 黒と赤のアサシンたちの衝突から少し後。

 場所はトゥリファス付近の道路上、赤のランサーと黒のセイバーとの戦闘跡に移る。

 

 ランサーがその姿を消して、尻餅をついていたゴルドが漸く立ち上がり、思わず歯噛みする。

 

「ッ……!」

 

 何も出来なかった。

 ただサーヴァントを戦わせて、それこそ三流魔術師でもできる回復魔術を使うだけ。

 己の有能さを誇示したいゴルドにとって、栄えある初戦は『殆ど何も出来なかった』という結果に終わってしまったのだ。

 

 加えて、勝手に命令を破ったセイバーを睨む。

 

 本来、セイバーにおいて最高峰の一角の、それ以前に英霊に対しては身の程知らずな程に、道具が裏切った怒りに血を頭に昇らせながら。

 一度受け入れた命令を破ったのだからそこまで不思議ではないのだが、ゴルドにとっては『サーヴァントが命令を破った』という事が腹立たしかったのだ。

 それが、サーヴァントに対する恐怖の裏返しだと自覚せずに。

 

「さてと、どうしよっかルーラー。玲霞達の安否確認を最優先なのは当然だけど」

 

 事実上の監督役の暗躍、及び赤のサーヴァントが指揮下にある状態での敵対。

 その様な情報を得た以上、彼女達を監督役の教会に向かわせるのは得策では無くなった。

 監督役がルーラーを襲う理由があるのならば、そんなルーラー陣営に与したジャックと玲霞を通常の監督役として優しく受け入れる、等ということは有り得ないだろう。

 

「加えて、厄介なアサシンのマスターとは」

「実に合理的だ。僕たちさえ襲わなければ花丸だね」

 

 本来矢面に立つつもりなど無かったのかもしれない。

 しかも赤のランサーは己のマスターと直接会った事がないという異常事態。

 そこにルーラー排除を企む者が、マスター殺しのサーヴァントであるアサシンのマスター。

 

「他の赤のサーヴァントがマスターと会ったことが無かったらアレだね、赤のマスターはマトモな状態じゃないね」

「そう考えるのが道理でしょう」

 

 アサシンのマスターが、他のマスターを狙う。

 邪道どころか王道で真っ当でさえあるその手段に、ルーラーとアラヤは自分達を狙いさえしなければ見事と称賛しただろう。

 だが現在は難敵以外の何者でもない。

 

 そして何よりの問題は、その玲霞に連絡が付かない事である。

 だが、それでもアラヤには余裕の様なものがあった。

 心配はしている。しかし以前の時の様な焦りはない。

 それが、玲霞を救出したかの者達への信頼であるのだと、ルーラーは知っている。

 

「取り敢えず、落ち着いた場所で玲霞からの連絡を待とう。少なくとも()()もいる以上成す術もなく殺されることはないだろう」

「……では我々は、トゥリファスのミレニア城塞に向かいましょう」

 

 玲霞達の連絡を待ちつつ、今は落ち着ける場所で一息付けることが必要だった。

 勿論、黒の陣営と会談しサーヴァントとマスターの参戦動機と大聖杯の状態を把握する必要がある。

 だが休息が必要になるほど、聖杯大戦で最強であろう赤のランサーの襲来は二人の精神を削り取っていた。

 それにトゥリファスに入れば、流石に赤の陣営も黒の陣営に対応せざるを得ない。

 堅牢なルーラーを抹殺するには困難になる。

 

「おぉ! 誠ですか!!」

 

 そんなルーラーとアラヤの行動指針に喜んだのはゴルドだ。

 先程までのセイバーへの苛立ちは何処へやら。

 城塞にルーラーを引き込めたとでも考えているのだろうが、そんなゴルドを尻目に、ルーラーとアラヤの意識はセイバーへと移る。

 

「流石はアルマーニュ最強の英雄。その伝説に相応しい武勇でした」

「しかし、強いなセイバー。いやさ堅い。君と同様の竜殺しか竜殺しの宝具無しで、君を殺しきることは極めて困難だろう」

 

 二人の惜しみ無い称賛にセイバーは静かに会釈をするが、ゴルドは内心冷や汗をかく。

 やはりルーラーはサーヴァントの真名が視えているのだ。

 裁定者の名に偽りはなかったのだと。

 

「で、では共に我等の居城に参りましょうか」

「いえ、私たちは一緒には行くことは出来ません」

「な」

 

 ゴルドの間の抜けた声に、変わらぬ声色で己の立場を再度口にする。

 

「貴殿方と同行しては、公平性が保てませんので」

「な、何を……貴女達は今まさに赤の陣営によって襲われたではありませんか!?」

「えぇ。赤のランサーの語る赤のアサシンのマスター、シロウ・コトミネ。彼には一度会う必要があるでしょう。場合によってはペナルティを与えるかもしれません。ですが今貴殿方と共に黒の陣営に向かう事は、黒の陣営に与していると見られかねません」

 

 例えシロウ・コトミネと敵対するとしても、まだ赤の陣営全てがルーラー達を狙っていると決まった訳ではない。

 仮にそうだとしても、ルーラーが黒の陣営に合流する理由にはならない。

 それこそ聖杯大戦が破綻し、片方の陣営を纏めなければならない状況が生じない限り。

 

「まぁそういうわけで、トゥリファスで宿を取らなきゃならなくてね。でも大丈夫、ルーラーにはトゥリファス全域をカバーできる感知能力があるから」

「そッ────」

 

 そんな事を言っているのではない!

 と、アラヤに怒鳴り付ける事ができなかった。

 先程の何かの影響がないわけではないが、まさかルーラー達に『手柄が欲しいから同行して欲しい』などと口にすることなどゴルドには出来るわけが無かった。

 しかし─────

 

「で、ではマスターの貴方だけでも! 歓待させて頂けないでしょうか!?」

 

 何故、そんな事を口にしたのか。

 言葉を発したゴルド自身、困惑していた。

 サーヴァントとマスターを分断し、マスターを傀儡にする。そんな想像をさせて、ルーラーの心象を悪くするだけなのは、幾らゴルドとて分かっているというのに。

 ただ、本命であるルーラーではなく付属品でしかないマスターを()()()()()()()()()()()()()()()と思ったのだ。

 

(─────何故?)

 

 そんなゴルドにルーラーのマスターは苦笑し、

 

「大丈夫、ユグドミレニア城塞には今日明日中にでも向かわせて貰うよ。件の監督役のせいで調べる事が増えたから、大変だけどね」

「な、ぁぁああ……」

 

 じゃあね、と踵を返し置いてきた車の元に向かう二人を、ゴルドは悪態をつくことさえなく。

 彼を知るものならば驚くほど静かに消沈しながら見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六話 犠牲者の記憶

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男は薄暗い部屋でパソコンを弄りながら携帯を耳に当てていた。

 時間帯的に寝起きというべきなのだろうが、彼の場合は少し事情が異なっていた。

 

『―――――――――やぁ二世、データ有難う。ちゃんと届いたよ。いやはや、ネットは本当に便利だ。法政科も新しい秘匿方法を模索しないと十年後大変だろうね』

 

 電話の向こう側の声は、アラヤ。

 そんな彼に二世と呼ばれた、眉間に皺を作って疲れをまるで隠さない声で返事をする。

 

「……………それは何よりです」

『……はぁ、随分眠たそうな声だ。忙しいのは解るけど、グレイ君無しで今までどうやって生活してきたかまるで想像できないんだけど』

「……あなたの電話で叩き起されたので」

『それはすまない。けど仕方ないだろう? 兵は神速を貴ぶと言うし、今回は時間が限られている。両陣営が全面衝突してからでは遅いんだ。それと徹夜でゲームしている君も悪い』

 

 ルーマニアと男がいるロンドンの時差は二時間しかない。

 夜明けまで続けられた赤のランサーと黒のセイバーの戦いのすぐ後に送られた一文は、ただでさえ忙しくかつ主にゲーム趣味などで私生活がだらしない男には色んな意味でキツイものだった。

 

 ロード・エルメロイⅡ世。

 本名ウェイバー・ベルベット。魔術協会の事実上の総本山である時計塔にて一級講師を務め、近年創立された時計塔の十二番目の学部である現代魔術学の学部長に収まった近年の魔術師で最も出世した男だった。

 今回の聖杯大戦には参加させるマスターの選定を担当した縁があり、一時はアラヤ本人をマスター候補として選んでいたのは他ならない彼である。

 そして、魔術師としては技量も血統も歴史も足りない彼がロード・エルメロイの名を背負うはめになった際、多大な援助をしたのがアラヤである。

 彼にとってアラヤとは、最早絶対服従も生温い立場の相手である。

 

 そんな彼も、参加を断ったアラヤが運営側(ルーラー)のサーヴァントのマスターに選ばれるなど、流石に想像もしていなかったのだが。

 

『協会から赤のマスターに連絡したかい?』

「残念ながら、片端から掛けましたが……一人を除き、明らかに連絡内容がちぐはぐで、要領を得ませんでした」

『一人無事だったのか! 凄いな!!』

 

 驚きの声を称賛と共にアラヤが上げる。

 女帝セミラミスの手管は伝説に記されている。

 あらゆる毒を精製し操る最古の毒殺者なら、何気ない紅茶に現代の魔術師には防御感知不能な毒を仕込むのぐらい、赤子の手をひねるよりも簡単だろう。

 少なくともおかしな返事をした赤のマスター5名は全滅したと考えるべきだ。

 加えて返事をしたことから、殺傷性の高い毒ではなく、正気を失わせる類と見た。

 でなければあの施しの英雄を謀ることなど出来はしない。

 

「選りすぐりの魔術師……、それこそ中には聖杯戦争経験者や一級講師も居たのですが」

『セミラミスは神代の魔術師だ。現代の魔術師なんて話にもならないさ』

 

 神代と現代。

 神を生む真エーテルが溢れていた西暦以前の魔術師にとって、現代の魔術師の悲願である根源の渦さえ『身近過ぎてそもそも到達しようと考えない』程、意識と実力に差が存在している。

 そんな神代の魔術師にとって、現代の魔術師など超一流であっても誤差でしかないのだろう。

 寧ろ回避できたその一人の幸運を誉めるべきだろう。

 

『しかし、サーヴァントが高ランクの直感、あるいは未来視のスキルを保有していたのか? 何にせよ不幸中の幸いだ』

 

 流石に七騎のサーヴァントを相手取るのは、補正と特権を持つルーラーと謂えど厳しいものがある。

 凡百の英霊なら兎も角、二世が送った時計塔が用意した触媒から推測されるサーヴァントは凄まじい面々が揃っていた。

 少なくとも、一対一でも先ず勝ち目がないカルナと同格のサーヴァントがいる可能性が出てきたのだ。

 特に赤のランサー・カルナの神性は最高数値。

 如何にスキル『神明裁判』でも、その魔力ならば黄金の鎧を含め、令呪の強制など三画使われても抵抗可能だろう。

 

『マスターや用意した触媒の資料ありがとう。大体の赤のサーヴァントの真名も把握できたよ』

「いえ、それは構わないのですが……まさか監督役がその様な状況とは。そのコトミネ神父についてはもうしばらく時間を頂きたい」

『流石に聖堂教会の人間のデータを用意するのは手間だろう? 構わないさ』

 

 聖堂教会と魔術協会―――時計塔との関係は冷戦の一言である。

 今回の大戦こそ協調しているが、本来は小競り合いが絶えないのだ。

 そんな相手の所属している人間のデータをすぐ様用意するのは、いくらロードでも無理難題である。

 

『でも、できれば急いでくれ。実際会った助手によると……彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……分かりました。それと、健在だと思われるマスター―――――獅子劫界離に接触できるよう、こちらからも連絡しておきます」

『ああ。お願いするよ』

 

 そうして、緊張した面持ちだった二世が通話を切る。

 

「はぁ……」

 

 溜息を盛大に吐きながら、思わずソファに倒れこむ。

 派遣したマスター達が傀儡とされ、戦う前に事実上敗北したなど、仮に聖杯大戦に勝利しても時計塔の面子は丸潰れだろう。

 最悪、仮にその監督役が聖堂教会の指示で動いているのだとすれば教会との全面戦争も視野に入る。

 

 それこそユグドミレニアとその神父が共倒れし、かつ神父の独断だと教会が全面的な過失と認め大戦そのものを無かったことにでもしない限り。

 軽く時計塔を揺るがす問題がポンポン出てくることに、貴族主義が蔓延る時計塔のロードの一角なんぞをさせられている二世にとって、徹夜ゲームも合わさり頭が痛いのだ。

 

「シロウ・コトミネ、か」

 

 細かい経歴はこれから調べることになるが、顔写真程度は既に手元にある。

 

「もし本当に、女帝に誑かされていないのだとすると―――――」

 

 厄介だな、と。

 そこまで呟くと、眠気を噛み殺し立ち上がる。

 自分同様聖杯大戦に関わる、ユグドミレニアの反乱対策を行っている召喚科学部長ロッコ・ベルフェバンの元へ向かう為、身嗜みを整え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユグドミレニア城塞に向かおう」

 

 喫茶店で注文した朝食をつつきながら、アラヤは今後の予定を口にする。

 

『一応車を購入して向かっているのですけど……』

『びぇええええええええんッッッ!』

『よしよし。ごめんなさいね、もうしないから』

 

 ホテルを確保した頃には、玲霞からそんな連絡がきた。

 

 曰く、ルーラー陣営だと伝えた途端敵対したこと。

 赤のアサシンの真名と、そのマスターの情報。

 令呪を一画使用してしまったが、相手にも一画消費させたこと。

 玲霞達が無事である以上、良い結果と言えるだろう。

 尤も、その対価にジャックがガチ泣きし、合流するのに時間が掛かりそうだということ。

 

 出来うる限り早く合流したいが、唯でさえ不安定なジャックの精神の安定が優先されるべきである。

 精神汚染スキルを彼女が保有していることを、軽視してはいけない。

 それがアラヤとルーラー双方の判断であった。

 

 そして二つ目は、魔術協会に対する問い合わせである。

 結果赤のマスターが一人を除いてズタボロであることと、赤のサーヴァントの真名がおおよそ把握できた。

 

「玲霞達の無事は確認できた。なら足踏みする必要はない。早々に黒の陣営と大聖杯を確認次第シロウ・コトミネを裁定する」

「えぇ」

 

 アラヤの言葉に、ルーラーが同意する。

 今回判明したシロウ・コトミネの問題は、赤のマスターを傀儡にした事でもルーラーを襲ったことでもない。

 問題は、何故ルーラーを襲ったかだ。

 

 ルーラーは世界の崩壊が理論上成立した場合に召喚される。

 もしシロウ・コトミネの目的が、本人の意図に沿わずとも聖杯戦争の枠組みを超えるものだとすれば、ルーラーはその使命に従い彼を排除する必要がある。

 

「だけど僕達と繋がっている玲霞との交戦があった以上、あちらも何らかの対策を考えている筈だ。恐らく既に教会には居ないだろうしね。策もなく相手の本拠地に突っ込むのは拙い。というか、彼が狙ってセミラミスを召喚したであろうことから真に彼らが拠点にする場所は、ほぼ間違いなく彼女の宝具だろう」

 

 その場合、セミラミスはあのカルナさえ打倒する可能性を得る。

 無策での突入は自殺行為だ。

 

「という訳で、策を考えつつ出来る事を遣って行こう」

 

 トゥリファスからユグドミレニア城塞までは、サーヴァントにしてみれば目と鼻の先。

 そもそも街と隣接しているのだ、時間は掛からない。

 夜になればまた襲撃が無い訳でもないのだから。

 

「そういえば、黒のマスターにはあなたの教え子が居るのでしたね」

「そうだよ。頭も良くてかわいい、才能溢れる女の子さ」

 

 自慢気なアラヤの様子は、その黒のマスターとの関係を伺わせた。

 まるで生徒を自慢する教師のように。

 

「……必要以上の肩入れはいけませんよ」

「ははは。……流石にサーヴァントを失ったら保護するよ? それに肩入れ云々言うなら、彼女達をこんな戦争に巻き込んだダーニックにキツイ対応をしてしまうさ」

「まぁ……それなら構いませんが」

 

 少なくともアラヤが知る彼女は、進んで人を殺してしまう可能性のある戦いに参加するようなタイプの人間ではなかった。

 寧ろ魔術師として要求される非人道的な資質を持たなかったからこそ、それに悩んでさえいたのだ。

 ならそんな彼女が黒のマスターになる理由は、少なくともアラヤには一族の柵以外に考えられなかった。

 

「真面目だなぁ。僕はよく知らないが、委員長タイプというヤツかな。だけど優等生にしては……ハハ、少々食い意地が張っているね。それで何品目だい?」

「だっ、……食べ過ぎでしょうか?」

「いやいや、健啖家大いに結構。若い娘がひもじい思いをすることが間違っているんだ。サーヴァントは太らないしね」

 

 完全に子供扱いである。

 どんどん食いねぇ、と次々注文するアラヤに、歓喜と羞恥で縮こまる。

 ここまで子供扱いされたのはルーラー──ジャンヌがジャネットと呼ばれていた、農家の娘だった頃以来だろう。

 

 だがこのアラヤ、容赦しなかった。

 虐待現場に乱入して鬼親をブン殴って子供を金と共に自設した孤児院にぶん投げる男だ。

 彼女の羞恥を理解しながら図々しく注文する様子は、伊達に六十年生きた爺ではないのだ。

 

「もぉお!」

「はははははは!」

 

 彼女に出来ることは、お腹を空かせた年頃の子供の様にお腹いっぱいになるだけ。

 オルレアンの聖女、自棄(やけ)クソである。

 

 その様子がおかしくて、可笑しくてアラヤは笑った。

 笑われた彼女が恥じながらお腹いっぱいになって満足する様が、英雄にも聖女にも当てはまらない。

 ただの村娘の様で。

 

 サーヴァントとマスターの関係は非常に密接だ。

 それこそ、生前の記憶を夢という形で観ることさえある。

 

 アラヤが見た光景は、敵国に囚われ罵倒されながら火炙りの刑に処される彼女。

 救った祖国に見捨てられ、悲劇に終わった聖女の末路。

 

 本来ただの村娘だった彼女が、()()()()に磨り潰される事を自ら善しとしたことが、哀しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───御免ね。私はきっと、多くの想いを踏みにじった』

 

 貫かれた剣に死を感じながら、己を刺し貫く者の頬を血で濡れた掌で撫でる。

 その顔立ちは、この現状を生み出した彼女の母親と良く似ていた。

 

『何故だ……何故貴様は────』

 

 そんな綺麗な顔は、様々な感情に苛まれ顔を歪ませていた。

 戦場で幾度も垣間見た宿敵の顔に、酷く罪悪感に胸を打たれる。

 実際に心の臓腑を貫かれているのだから、悪い冗談だと笑おうとすると、血が口から噴き出した。

 

『貴様さえ、貴様さえ居なければ……ッ!』

 

 きっと彼女はこれから母親を殺すのだろう。

 戦争の原因である己を殺しても、その狂乱は果たして収まるだろうか。

 否である。

 その狂乱は方向性を変え、きっと彼女が想う民と国を更に苦しめるやもしれない。

 母親譲りな聡明さで、その母の狂乱を止めるにはそれしか無いと悟っている。

 そういう風に仕向けるために、こうして貫かれる己の無体に、苦笑を禁じえなかった。

 

『御免ね■■■■■。私は、君の聡明さを利用した』

『謝るくらいならッ────!』

 

 だが、これで良いのだ。

 戦いの原因である己が死ねば、戦いは終わる。

 刺し貫かれるだけで容易く死んでしまうほど弱り切ったのは、良い機会だった。

 王に相応しい人間も居る以上、自分のような存在は人にとって不要でなければならないのだから。

 

 そんな風に言い訳をしても、この行為は人の想いを弄ぶもの。

 罪悪感は微塵も薄れやしない。

 この人として当たり前にやさしい宿敵に、貧乏くじを引かせたことに変わりはないのだから。

  

『私も君も……セミラミスも。儘ならないね、どうも』

 

 薄れゆく視界の中、宿敵の瞳に映る己の困ったように笑う姿は──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしましたか?」

「────────気にしないで。年寄りは考え事が長いのさ」

 

 きっと今と同じ顔だと、アラヤは困ったように苦笑した。

 

 

 

 

 

 




名伏せの人物はフェイト特有の性転換がなされています。
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