零れ落ちた美麗の雫   作:たけのこの里派

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第七話 登城

 トゥリファスにて合流を果たしたルーラー一行。

 彼等は仮眠の後に、ユクドミレニアの本拠であるミレニア城砦を訪れていた。

 街から見る事ができる程の城塞へ歩みを進めるルーラーとアラヤの傍らに、ジャックと玲霞はいない。

 襲われた彼女達と離れたくないというアラヤの感情以上に、本来黒の陣営となる筈の彼女とそんな彼女のマスターである玲霞がユグドミレニアの本拠に共に赴いても碌なことにならないのは明白だからだ。

 

「ルーラー。君が赤の陣営ならあそこをどう攻略する?」

 

 アラヤは自分たちが向かっている、トゥリファス外縁に聳え立つ城塞を指さした。

 

 ────ミレニア城砦。

 ルーマニア・トランシルヴァニア地方に位置する都市トゥリファス最古の建築物。

 トゥリファスという街の半分を占めていることもあって、人口2万人の小さな街としては明らかに不釣合いな威容を誇っていた。

 

 実用性一点張りの造りで、夜にぼんやりと浮かび上がるシルエットは亡者が蠢く地獄の釜を連想させるだろう。

 その為、街の住民は不吉な印象を抱いており決して近寄ろうとはしない。

 私有地に立つ個人の物件というのもあるが、呪われた城として恐れられているために観光名所にもなっていないのだ。

 

「而してその正体は、ヨーロッパ諸国の名城以上の大きさと複雑さとユグドミレニアが60年備蓄していたありとあらゆる魔術礼装と防衛魔術の組み合わせで、信じがたいほど強固な魔術工房である、と。生半可なサーヴァントなら相当骨が折れるだろうね」

「対城級の宝具を持ったサーヴァントがいるのなら任せ、私だけならば正面から討ち入るのみです。伝手があるのなら、弾道ミサイルとまでは云いませんが何らかの大質量を輸送し投下して物理的に押し潰すのも有りかと」

「あぁ、うん……そうだね。でも前者は兎も角、後者のそういうのが聴きたかった訳じゃないんだ」

「す、すみません」

 

 フランスの義経(反則娘)と揶揄される聖女の言葉に苦笑いを浮かべたアラヤは、空に放たれている監視用のゴーレムを見る。

 城門や城壁にも種別の異なるゴーレムは勿論のこと、強烈な妨害と探知の魔術が無数に敷き詰められておりサーヴァントでも攻め落とすには相当の破壊力が必要だ。

 加えて裏門の側にも、渡るものを阻む濁流の川や方向感覚を狂わせる幻術が仕込まれている。

 生半可な魔術師では侵入は死を意味するだろう。

 

 尤も、ルーラーの対魔力は堂々のEXランク。

 どのような魔術的防衛も、彼女にとって魔術であるならばAランク宝具相当であろうとも傷一つ付けることは出来ない。

 だが、重要なのはそこではない。

 逆に言えば、ルーラーの対魔力でも無い限り、攻略には相応の破壊宝具が使用されるだろう。

 

「対軍宝具、もしくはそれ以上の宝具の余波には気を付けないとね」

「えぇ」

 

 サーヴァントは、度々現代兵器では戦闘機に例えられる。

 そして宝具とは戦闘機が備える主兵装。

 例えるならば、昨夜襲撃してきた赤のランサー、カルナである。

 彼の対国宝具は核に例えられ、放つ方向次第ではトゥリファスが一撃で更地になるだろう。

 他にも黒のセイバー、ジークフリートでも時間を掛ければ同じことが可能な筈だ。

 

 そんな聖杯戦争がかつて冬木で行われていた。

 勿論時代の移ろいもあるのだろうが、街中でサーヴァントを戦わせることがどれほど無謀なことかを知るアラヤは、始まりの御三家の聖杯戦争創設の始まりの三人を思う。

 無論、彼らの時代では安全性が確保されていたのかもしれない。

 200年も儀式が成功しないなど、当時彼らには想像もできなかっただろう。

 

 ルーラーは自分たちの進んできた道程を振り返る。

 市内は16世紀に建設された民家が軒を連ねており、位置的には都市の北側、最東端に城塞は位置していた。

 正面から訪れるには更に東側には三ヘクタールもの広大なイデアル森林と草原を通らなければならない。

 

「恐らく、この草原が決戦場でしょう。しかし赤の陣営が女帝セミラミスを意図的に召喚したのなら……」

「彼女の逸話から推察するに、城塞という拠点的有利は逆転する」

 

 森の側から城塞を見ると高く切り立った崖となっていた。

 あちら側から攻め入るのは、軍勢同士の衝突という今大戦のコンセプト上適切とは言えない。

 黒と赤の総力戦の舞台となる、というルーラー達の推察は間違いないだろう。

 

 そして、角度方向によってはそんな極めて強力な宝具が街に向けられる可能性も。

 

「っ、あれは……」

「当然観られていただろうけども、出迎えが早いなぁ」

 

 城塞の門はすでに彼らを歓迎するよう開かれており。

 そしてその入り口にホムンクルスであろう数人の従者達。

 そして、広大な森の様な清冽な気配を持った青年を連れた、二十歳前の可憐な少女が()()()()姿()()()()()()()()()()二人を出迎えていた。

 

 赤の陣営と事実上敵対してしまった為、緊張を以って挑むべき黒の陣営本拠での初会合。

 

「お待ちしておりました。アラヤ先生」 

「あぁ、お邪魔するよ。フィオレ」

 

 その始まりはとても穏やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第七話 登城

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ裁定者ジャンヌ・ダルク様と、そのマスターアラヤ・トオサカ殿。私が千界樹ユグドミレニアの長、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアです。我々ユグドミレニアは、貴女方を歓迎しましょう」

 

 黒の陣営にとって、その来訪は緊張を持って迎えなければならない案件であった。

 舞台装置でしかない聖杯自体が召喚する裁定者のサーヴァントと、本来あり得ぬマスター。

 

 先んじて黒のセイバーのマスターであるゴルドは、意気揚々と赴いておきながら、帰還した際は心此処に在らず、といった豹変振りだった。

 話自体は容易に聞き出せたのだが、問題は虚勢だけは一丁前なゴルドの焦燥具合だ。

 それも単純な焦りではなく、自身の不甲斐なさに落胆する。といったありえないもの。

 警戒するのも無理はない。

 

 逆に報告内容に喜色を隠さなかったのが、ユグドミレニア次期当主最有力のフィオレだった。

 曰く、ルーラーのマスターが敬愛すべき恩人との事。

 最早恋する乙女といった様子を隠しきれないフィオレに、弟のカウレスは苦笑せずにはいられなかった。

 そしてその名を知るものは、もう一人居た。

 

 魔術としての能力もそうだが、何より政治能力に長けた『八枚舌』とまで言われたダーニックである。

 

 本来彼がいた時計塔の組織内部は、貴族主義派を始めとした権威主義の温床で完全に腐敗している。

 新興の名門が座る椅子は何世紀も前から存在すらしない。教育機関においてもそれは同様で、講師・生徒ともに血統の強さを重視する傾向が非常に強い。血統を重視しない派閥も存在するが、派閥間の激しい権力闘争を招くだけの結果となっており、組織の正常化にはほど遠いのが実情である。

 そんな時計塔で、幾ら高位の魔術師が亜種聖杯戦争などで命を落としたと言えど、最高位の『王冠』の位階に定められたダーニックはアラヤのことも当然知っていた。

 

 玉座の間へと案内されたルーラーとアラヤを待っていたのは、そんなダーニックを筆頭とした黒の陣営一同であった。

 

 昨晩別れたゴルドと黒のセイバー。

 天真爛漫で好奇心旺盛と言わんばかりの表情をした、見目麗しい可憐な少女の様な姿をした、黒のライダー。

 そしてそのマスターであろう、清楚な佳人といった見た目に反して冷酷なイメージを先行させる美女は、その眼を見開きアラヤを凝視しながら盛大に口元を劣情で歪ませていた。

 

 アラヤ達を案内していた為傍にいたフィオレが、彼女の視線から即座にアラヤを遮るように立つことでダーニックの厳しい視線に気付かせなければどんな行動を取っていたか。

 そんな様子に頬を引きつらせている、凡庸ながら聡明そうな眼鏡の少年───フィオレの弟カウレスと、その側に無言で佇む美しい花嫁姿の黒のバーサーカー。

 

 アラヤと同程度の外見年齢の、少し癖のある髪の少年が、肌と顔を一切見せない黒のキャスターと共に興味深くルーラー達を眺め。

 

 そして玉座に鎮座しながら二人を見据えるルーマニアの領主(ロード)たる黒のランサー。

 

「─────壮観だね。ここまでサーヴァントが一堂に介する事は、()()()()()()()()()()()()()()()を除けばそうは無いだろう」

 

 そんな中、畏縮することなく悠々と笑うアラヤに、ランサーが興味深く眼を細める。

 

「そなたがルーラー、そのマスターか」

「イレギュラーだけどね。そういう君はワラキア公かな」

 

 たったそれだけ。

 そのやり取りだけで、ニヤリと笑う両者にダーニックがいぶかしむ。

 アラヤの経歴は既にダーニックは調べてある。

 二人に共通点など無い筈だが、しかし。

 

「……領主(ロード)?」

「ククク、面白い。聖杯は良きマスターを選んだな、ルーラーのサーヴァントよ」

「黒のランサー、ヴラド三世」

「如何にも」

 

 ルーマニアを支配する魔術一族が召喚し、他のサーヴァントに臣下の礼を取らせるこのサーヴァントこそそれに相応しきサーヴァントである。

 

 ─────ヴラド3世、通称ドラキュラ公。

 15世紀、諸侯の権力が強かったワラキアにあって中央集権化を推し進め、オスマン帝国と対立したワラキア公国の君主である。

 日本ではしばしばヴラド・ツェペシュと呼ばれるが、『ツェペシュ』は姓でもミドルネームでもなく、『串刺し公』、原義では「串刺しにする者」を意味するルーマニア語の異名だ。

 

 そんなルーマニア最大の英雄は、それに相応しい知名度補正という信仰を土地から受けている。

 この土地に存在する限り、彼は最強クラスのサーヴァントに迫るだろう。

 

 そんな彼はたったそれだけのやり取りで大層気に入ったアラヤから、隣に佇む裁定者のサーヴァントへ視線を移す。

 

「オルレアンの聖女か」

「私はルーラーのサーヴァント、ジャンヌ・ダルク。此度は私が召喚され、彼がマスターとなった原因を探す為に此方へ伺いました」

「ふむ?」

「大聖杯の不備の有無の確認の後、貴殿方の聖杯に捧げる願望を確認させて頂きたい」

「大聖杯の不備、か」

 

 ランサーを含め、ダーニックや一部のサーヴァントやマスターはユグドミレニアが掲げる象徴として大聖杯を見ている。

 象徴に不備などあってはならないのだから。

 

「勿論、大聖杯の不備によるイレギュラーはボクらの希望的観測でしかない。そうだったらひたすら簡単で楽だって話だよ。その可能性が低いということも分かっているが、一応さ」

「ふむ。ではダーニック、その様に取り計らえ」

「はッ。ですが申し訳ありません、ルーラーのマスター殿は────」

「構わないよ。大聖杯は見たいけど、如何に裁定者とはいえ他陣営のマスターが立ち入っていい物じゃない。無用に警戒させるつもりは無いさ」

 

 ダーニックとしては、如何に大聖杯自身が選んだとはいえ、魔術師とおぼしき者を連れていく訳には行かなかったのだ。

 そんなアラヤの言葉に、ダーニックが満足げに頷きながら玉座の隣から降りる。

 

「いってらっしゃい」

「えぇ、大丈夫だとは思いますが……」

 

 この分断は、アラヤへの懐柔を図るつもりなのだろう。

 それを承知で、彼はルーラーを見送る。

 渋々ダーニックの案内に従うルーラーの背に、ランサーが問いを突き刺した。

 

「─────ルーラーよ。同じ神を信じる者として、我が閥下に加わるつもりは無いのか」

 

 黒のマスターの幾人から、息を呑む音がこぼれる。

 あまりにも単刀直入に、ランサーがルーラーを勧誘したからだ。

 赤の陣営がルーラー達を襲った事実は、当然黒の陣営も周知である。

 元より勢力一つを引っくり返せる特権を有するルーラーの取り込みは、必然でさえあったのだが、ゴルドの報告から彼女の公正さは明確。

 

 何せランサーという知名度補正によって強化されているサーヴァントを例外にすれば、黒の陣営最強のセイバーと同等以上の赤のランサーに狙われて尚、彼女はその姿勢を崩さなかったのだから。

 過剰な勧誘は、無用な軋轢を生みかねない。

 

「黒のセイバーのマスターにも言いましたが、我々が特定の陣営に付く事は公正さを守るためにありません。それに、裁定者のサーヴァントには幾つか条件となる適性があります」

 

 前置きを入れ、足を止め振り返る。

 その表情に曇りはない。

 だがその後の言葉は、黒のランサーにとって聞き捨てならないものであった。

 

「『聖杯に対し願望を持たない』────私には、貴方たちの傘下に入る理由は無いのです」

「────ジャンヌ・ダルクッ、お前の最期は知っている! 聖女と謳われながら何もかもに、神に見捨てられた事を! その上で虚偽を重ねるのであれば許さんぞ!!」

「貴方と私は違いますよ、黒のランサー」

 

 ヴラド3世とジャンヌ・ダルクはある程度似通っている部分があった。

 共に同じ神を信仰した護国の英雄であり、最後は味方に裏切られ非業の最期を遂げている。

 王と聖女といった違いはあれど、英雄としての軌跡は二人は似通っていた。

 だが明確な違いがあるとするならば────―

 

「主は我々を見捨ててはいませんよ。それに私は────主の嘆きを聞いたのです」

「……」

「私はそれに背を向けることができなかった。私が旗を取ってこの命を捧げたのは、その涙を止めたいが為だったのです。ならばその駆け抜けた生涯は私だけが知るに足る充足がある。誰にも共感されないとしても、少なくとも私は己の生に一片の後悔も無く、故に聖杯に懸ける望みはありません」

 

 そう言い切った裁定者のサーヴァントは再び歩を進める。

 この聖杯戦争を正しく調律せんがために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーラーが大聖杯の前と、ダーニックの案内で後にした玉座にて、頭を振った黒のランサーが玉座にもたれ掛かる。

 

「──────同じ神を信じながらも、相容れぬようだ」

「別に珍しくもない。でなければ同じ宗教でカトリックやプロテスタントみたいに、分派なんて起きないさ。あるのは己の都合と解釈のみ。そうして歴史は積み重なっていくものだよ」 

 

 周囲が息を呑む応対の後に、しかしその黒のランサーとルーラーのマスターとの会話は和やかだった。

 

「だけど彼女は勘違いをしている。彼女が主の嘆きとやらによって戦場を駆けたように、そんな彼女に対して何らかの感情を動かす者もいるということを」

「ほう。つまり?」

「──────腹立つねアレ」

「はははははは!」

 

 アラヤの答えに、ランサーは盛大に笑った。

 城塞の如き精神によって固められた論理に対し、その論理に従って背後から殴り付けられ困り果てる聖女を想像し、呵々と笑う。

 

「ま、彼女の信仰や生前への見解は兎も角。こうして僕は宙ぶらりんになった訳だが……、だからと云って何もしない訳にはいかない。という訳で仕事しようか」

 

 即ち、サーヴァントとマスターの聖杯戦争の参加理由の調査である。

 それに疑問を挺したのは、今まで辛うじて沈黙を保ちながら話し掛けたくてうずうずしていた黒のライダーだった。

 

「ねえねえ! それってどんな意味があるのかな!」

 

 まるで小学生の授業風景のような様子のライダーに、アラヤは苦笑し黒のアーチャーを見る。

 そんなアラヤに微笑みながら頷いたアーチャーは、ライダーの問いに優しく答えた。

 

「その願望が、解釈次第では世界の崩壊を招きかねない。ということですね」

「その通りだ。他の亜種聖杯戦争では、暇つぶしで世界を滅ぼしかねない災厄を目覚めさせようとした輩もいたからね。場合によっては、それが問題行動だと自覚していない者もいるのかも知れない。最有力容疑者は赤の陣営に確認しているけれど、念には念を入れて損はないさ」

 

 周囲にいるマスターとサーヴァントを見渡しながら、性別問わず他者を魅了する美貌で笑う。

 

「という訳でプライバシー保護の為、個室を用意してくれると有難いのだけど?」

 

 そんな姿に、出会ったばかりにも拘らず旧友のようにランサーは笑う。

 アラヤの姿に、楽しそうだと興味深そうに眼を輝かせる黒のライダー。

 警戒と言うより困惑が前に出ているのか、戸惑いの呻き声を小さく上げる黒のバーサーカー。

 口許に手を当て微笑みながら、静かにアラヤを観察する黒のアーチャー。

 静かに己が主の命令に従い佇む黒のセイバー。

 

「さて、誰からにしようか?」

 

 そんな中アラヤの意識は、興味なさげに今にもこの場を後にしかねない──────黒のキャスターに向けられていた。

 

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