零れ落ちた美麗の雫   作:たけのこの里派

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第八話 歴代最低のマスター

 アラヤは、ミレニア城内の廊下を歩く。

 整い、清廉なデザインの廊下は歩を進めるに連れ、武骨から陰湿なものへと変貌している。

 それはこれから向かう魔術師の部屋、あるいは工房がその雰囲気に準じた種類の魔術を主に扱うからだろう。

 

 しかし、アラヤを先導する者はそんなおどろおどろしい雰囲気な廊下に反し、余りに明るかった。

 

「スゴイスゴイ! じゃあ君は、黒のアサシンのマスターを救った直後にルーラーのマスターになったのかい? まさしく劇的だ! かっこいーなー!」

「保護者としてはそんな波乱万丈は要らなかったのだけどなぁ」

 

 桃色の髪を三つ編みにした、女性物の騎士姿をした美少女────の、様な男性。

 というより、恐らく真名看破スキルを持つルーラーでさえ、言われなければ分からないほどの美少女っプリを全身で表している彼は、黒のライダーのサーヴァント。

 

 即座に自己申告にて明かされた彼の真名は、アストルフォ。

 かの聖騎士シャルルマーニュ十二勇士の一人で、巨人退治に月への到達など様々な冒険を成した英雄である。

 彼は明確に存在しなかった架空の英霊だが、そんな悩みは些細と云わんばかりの笑顔でアラヤの手を引いて突き進む。

 

 だがアラヤは、彼女ならぬ彼の先に進む黒のライダーのマスターをこそ意識していた。

 

「─────」

 

 無言で、前を向く為表情は見えずに静かに進む彼女は、アストルフォのマスターであろうセレニケ・アイスコル・ユグドミレニアである。

 

(確か、黒魔術の……)

 

 彼女の経歴は────というより、ユグドミレニアのマスターの情報はロード・エルメロイ二世から送られたデータに、当然含まれていた。

 黒魔術師の古い血筋であり、中世の魔女狩りから逃れるために西欧からシベリアに逃げ延びたものの、魔術基盤を失い衰退の一途を辿っていた一族アイスコル家。

 そんな中生まれた、久方ぶりの才女。

 

(まぁ、うん。趣味嗜好は人の自由だが、どうだろうね)

 

 清楚な佳人といった見た目の銀髪美女だが、問題はアラヤに向けていた倒錯的な劣情の視線である。

 加えて彼女のサーヴァントは、見目麗しい黒のライダー。ここまで来ると露骨ですらある。

 そんな視線に晒された当人が、余裕をぶっこけるのは経験故か。

 

『はいはーい! ボクからボクからっ!!』

 

 各事情聴取は、黒のライダーの全身の主張によって決定した為、彼女の私室である工房に向かっているが、その間は終始無言である。

 それに比例するように、サーヴァントのライダー───アストルフォはアラヤに話し掛け続ける。

 悪意が皆無な彼に対し、アラヤ自身も素直に返答し続ける。

 普通に相性の良い二人はそのまま歩を進めながら話し続け────

 

「あ、着いた」

 

 淀み無かったアストルフォが、少し躊躇う様に足を止める。

 その理由は、その工房を見れば瞭然だった。

 

「さぁ、どうぞ」

 

 ゾッとするような、感情を無理やり抑え込んだ笑みでアラヤを招くセレニケの周囲には、黒魔術としても過度な────拷問器具に溢れていた。

 アラヤが注目したのは、それらがキチンと使用されていること。

 だが、それを口にするのは憚られる。

 あくまでアラヤはルーラーのマスター。

 聖杯戦争の規律を護る以上の権限は存在しないし、すべきではない。

 

「さて。早速だが君達が聖杯に願う願望を聞いても良いだろうか。先程も述べたが、知らずに問題のある願望を願っている場合もあるからね」

「はいはーい、特にありません! あっても受肉くらいかなぁ?」

 

 元気良く『何も考えてねぇ』と断言したアストルフォ。

 彼はアラヤの視点で、この聖杯大戦屈指の問題の無いサーヴァントである。

 無論神秘の隠匿や、真名隠しなどの戦略的側面から見れば問題児なのだろうが、それは協会やユグドミレニアがやるべき事。

 そして最も評価すべきは、英雄らしい善を尊び弱者に迷わず手を差し伸べる人格である。

 人格、能力、宝具の三点から見て、アストルフォはアラヤにとって花丸だった。

 

 そんな二人は、そのままアストルフォのマスターに目を向ける。

 アストルフォは少し気不味げだった。

 何せ自身のマスターは、アストルフォを召喚した直後に彼を拘束、凌辱を敢行したからだ。

 聖杯大戦中なのでまだ最低限弁えてはいるが、それでも夜中にペロペロ嘗め回すと言う倒錯した愛情を向けることに躊躇など無かった。

 それでもアストルフォが「面倒臭いなぁ、うんざりだ」程度でそこまで強烈に忌避して居なかった為、まだ両者の関係は深刻な破綻には至っていなかったのだ。

 それこそ最高純度の神秘の具現化とも云える英霊でなければ、その方法には凶器が容易く使われていただろう。

 というか、使われたのが魔術礼装でもないただの拷問器具だったため、アストルフォに傷一つ付けられなかっただけである。

 

 拷問器具に付着している、そしてこの部屋にこびりつく血臭こそが、犠牲者の存在を物語っていた。

 例えば生け贄を前提とする黒魔術の使い手であったとしても、その性根が腐りきっているのは言うまでもない。

 そんなマスターの聖杯への願望は、少し想像したくなかった。

 

 だが、その行動をアストルフォが想定すらしていなかったのは、あくまで彼が純正の英雄だったからか。

 あるいはその人の良さからか。

 

「─────令呪を以て命ずる

「はい?」

 

 アストルフォが、すっとんきょうな声を漏らす。

 その言葉の意味を理解する前に、セレニケの手の甲の令呪が輝く。

 

 想像もしていなかった。

 まさか、陣営のトップであるダーニックから歓待するよう命じられたルーラーのマスター相手に、その性的趣向を向けるなど。

 

ルーラーのマスターを無力化し、拘束なさい

 

 そもそも聖杯を得ることを初めから諦めており、令呪全てで召喚したサーヴァントを辱しめる事だけを考えていたなど。

 そのサーヴァントを上回る『趣向対象』を凌辱するために、聖杯大戦序盤も序盤に暴走するなど────彼は想像もできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

第八話 歴代最低のマスター

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セレニケは、マスターとしては最低の部類である。

 あらゆる並行世界で行われている聖杯戦争。

 それに参加、あるいは巻き込まれたマスターは様々居るが、彼女より劣ったマスターは一人としていない。

 

 例えば一般人で、それこそ魔術回路を殆ど持たなくても、マスターとしてはセレニケより数段上だろう。

 それは何故か? 

 彼女は聖杯戦争をしていないから。

 

 勝ち抜く気概もなく、令呪も使い道は最低。

 もしサーヴァントがアストルフォでなければどうなっていたか。

 即座に反逆、しかも正義として殺されていただろう。

 それほどまでに利己や衝動的な欲求で他者を虐げ、苦しめた果てに殺す彼女の『悪癖』は、正統な英霊が見ればその頸を落とす事に躊躇は無いだろう。

 

 例えそれが、衰退の一途を辿る一族から生まれた才女故に、黒魔術の生け贄や残虐性を含めた育てられ方から来るものだとしても、その嗜虐の快楽に身を委ねたのは紛れもなく彼女自身なのだから。

 

 そう。彼女は黒魔術を極める事に人生の全てを捧げていた一族の老婆たちに溺愛され、徹底的に黒魔術を教え込まれた。

 黒魔術はその特性上、何の躊躇いもなく生贄を解体するため生贄の懇願に惑わされない冷酷さと、必要に応じた苦痛を与え殺戮の快楽を抑制するための理性が必要とされる。

 彼女は老婆たちに教えられた通り、人の赤子、善良な人間、老人、妊婦、胎児と次々に生贄に捧げ、鉄の如き理性で傷付ける事の悦びと虐げる事への愉悦を抑え込み、『完璧な黒魔術師』としてあらゆる残虐な儀式を成功させてきた。

 その能力は、一族の中から聖杯大戦のマスターに選ばれるに相応しいモノである。

 

 ────だが魔術師と彼女の『女』としての側面は違った。

 彼女は感情を抑えるよう老婆たちに教え込まれた反動から、そういった我欲の抑制が全く効かない性格に育った。

 溺愛されたとはいえ、それはあくまで魔術師として。

 愛情を教えられないまま育てられたこともあり、儀式中に湧き上がる嗜虐性を情欲に変え、関係を持った相手に徹底的に叩き付けてしまうようになったのだ。

 

 それらの行為はただ激しいというばかりではなく、拘束した相手の体を刃物を用いて切り裂き、抉るなど極めて残虐かつ猟奇的とさえ表現できた。

 彼女と一夜を共にして無事で済んだ人間など、それこそサーヴァントであるアストルフォを除きこれまで一人も存在しない。

 

 そしてトドメに、彼女は所謂少年愛者であった。

 純粋な瞳で世界を眺める少年を見つければ、徹底的に凌辱し拷問を加え、流した涙を舐め舌を吸う。

 美少女にしか見えないアストルフォに執着するようになったのも、この性癖によるものである。

 

 唯一彼女が傷付けられなかったアストルフォをセレニケが美術品のように愛でるだけで済んでいるのは、今のところ彼女の魔術師としての理性と、サーヴァントの肉体強度と力量の絶対的な格差が歯止めとなっているだけ。

 そしてその歯止めは、アストルフォを超える性嗜好対象が現れてしまったことで完全に崩壊した。

 

 ダーニックへの恐怖も、魔術師としての理性も忘我の彼方。

 そしてその『対象』は、アストルフォの様なサーヴァントではない。

 完全に強姦魔の思考であったが、もう彼女は自身を止めようとする意志さえ残っていなかった。

 

 目標は、ルーラーのマスター。名前はアラヤ・トオサカと言ったか。

 日本人のような名前だが、明らかに日本人の容姿ではない。

 だが、人種などどうでもいい。

 セレニケにとって重要なのは容姿と年齢だ。

 アラヤはまさに美少年そのものであった。

 幼さを兼ね備え、青年へと成長する直前の年頃。

 何から何までセレニケの性癖に突き刺さっていたのだ。

 

 そうして彼女はアラヤを自身の私室────拷問部屋に招き入れた。

 もう辛抱堪らないと云う様に、即座に令呪で以て無力化を試みる。

 

 セレニケがもし、聖杯戦争をアストルフォと共に生き残った場合、彼を凌辱するために費やそうと考えていたモノだ。

 サーヴァントという人類最強の兵器に対する絶対命令権であり、人が英霊を御す為の首輪。

 それは確かに、セレニケの欲求十割で使用された。

 

「ウッソォ!?」

 

 如何にアストルフォがその宝具によって、Aランク相当の対魔力を持っているとしても。

 短期的、かつ単純な命令は堪え難い。

 特に今回はアストルフォの不意を突いた命令だった。

 事実、令呪によって機械的に放たれた初擊は完全に彼の意図は無かった。

 動きを助長することも、止めようとすることも。

 だから仮にアストルフォが令呪に抵抗するのは、その一撃をアラヤに叩き込んだ後になる。

 果たしてセレニケがそこまで計算していたか定かではない。

 ただ重要なのは────

 

「……は?」

 

 ─────令呪に抗えずアラヤに襲い掛かったアストルフォが、壁にめり込んでいることである。

 

namaḥ samantavajrānāṃ hāṃ(ノウマク サンマンダ バザラダン カン)

 

 間髪入れずに唱えられた不動明王の真言に応じて、嘴の様な形の光がアストルフォの四肢を咥える様に抑え込む。

 それは令呪の様な特殊な契約無しには、現代の魔術では決して意味を為さない最高ランクの対魔力を、貫通していることを意味していた。

 

「あり、えない───。一体……いえ、今のは!」

「呪術さ」

 

 古来からアジア、中東、南米などに伝わっている魔術体系。

 それによる、不動金縛り。

 修験道の一つで、不動明王の持つ羂索によって魔を縛る呪術。転じて、人を自由に動けなくする術である。

 そして何より重要なのは、()()()()()()()()()()()

 魔術が『そこにあるものを組み替えるプログラム』であるのに対して、『自身の肉体を素材にして組み替えるプログラム』であり、物理現象にあたる。

 この性質故に、何れ程優れた対魔力でも一切威力を阻害できないのだ。

 

 そんな呪術を魔術協会は学問ではないと蔑視しており、中東圏に大きく遅れをとっている。

 が、黒魔術は非常に類似している点があるため、セレニケでも分析は不可能ではない。

 だが、そんなことは重要ではない。

 

「そっちじゃない!」

 

 確かに白兵能力はお世辞にも優れているとは言えないアストルフォだが、それは英霊の中ではという前提でだ。

 アストルフォの筋力ランクはD。御世辞にも高いとは言えない。

 だが彼はC-ランクの怪力スキルを持ち、肉体のリミッターの解除によって筋力を向上させることが可能だ。

 尤も、その性質上自らの身体を酷使する為、その都度ダメージを受けるのだが────たかが魔術師程度、磨り潰して余りあるだろう。

 ソレを────

 

 令呪によって振るわれた、アストルフォの手札で最も無力化に優れた突撃槍(ほうぐ)を苦も無く避けながら、一歩で懐に侵入。

 放たれたアラヤの手掌が、顎を掠める様に振るわれる。

 脳を揺らされたその時点で、アストルフォの意識は殆んど暗闇に落ち掛けた。

 

 そのままアラヤは流れる様に並足を揃えて、膝で軽くしゃがみながら踏み出しアストルフォの足を引っ掛けて背中で押し出すように投げたのだ。

 

 これが、アストルフォが吹き飛ばされた───否。投げ飛ばされた全貌である。

 勿論、セレニケには一瞬アラヤが消えたようにしか見えなかったが。

 

 その技の名は────鉄山靠。

 何故か日本ではあまりに有名な八極拳の技の一つで、正式名称は貼山靠である。

 勿論、そんなことをセレニケは一切知らない。

 それを察したアラヤは、それを修得するに至った理由を述べた。

 

「実家が懇意にしている神父が、八極拳の達人でね。無論家の意向もあって、自分もそれなりに修めているんだ」

 

 根源に武術で到達する。

 そんな荒唐無稽な手段を掲げる遠坂家の一員たるアラヤも、漏れなく武術への造詣は深かっただけなのだ。

 勿論、セレニケの理解を置き去りにしたままだが。

 

「サーヴァントを、そんなもので……!?」

「技術と神秘は対極にあるものだ。

 科学と魔術がそうであるように、神秘は古ければ古いほど力を増すが、技術は世代を経るにつれ研鑽される。

 如何にサーヴァントと謂えど、万全な心構えなら兎も角、不意を討った令呪での強制じゃあ隙だらけだったよ」

「ふっ────」

 

 ふざけるな! 

 そう口にする前に、アラヤの腕が肩口から消える。否。彼女にはそう見えた。

 拘束されているアストルフォ同様に、アラヤの手掌が彼女の顎を掠め、脳を揺らす。

 サーヴァントさえも気絶させる、典型的な脳震盪の症状だ。

 落下するような感覚と共にセレニケの意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が目覚めた時、彼女の傍にはアストルフォもアラヤも居らず。

 それどころか、残っていた令呪さえ無かった。

 

 代わりに目の前には─────怒り心頭な一族の長が青筋を浮かばせていたのだが。

 漸く冷静になったが故に、反射的に青ざめるセレニケにダーニックはその顔を大いに憤怒で歪ませる。

 その場で殺されなかったのは、奇跡だったのかもしれない。

 だが、彼女のマスターとしての命運はここに決定した。

 

セレニケ・アイスコル・ユグドミレニア────戦う前に脱落。

 

 聖杯大戦最大の賢者である黒のアーチャーに聞かずとも、その経緯を聞けば誰もがそう答えるだろう。

 ────まぁそうなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 曲がりなりにも頑張って聖杯戦争してた慎二さえ下回るレベルのセレニケ回。
 まさか一話使うことになるとは。
 ちなみに呪術の対魔力貫通効果は、実はキャス狐のダキニ天だけしか言及されてません。
 なので場合によっては普通に修正対象の可能性があったり。

アラヤ
 実は外見上、セレニケみたいな暴漢には慣れてるので、彼女の視線やら趣向やらには嫌悪感はそこまで無かったり。欲求丸出しなだけまだマシとか考えてる。
 セレニケの性癖の犠牲者に関しては悼むけど、自分の役割優先でセレニケの処遇はダーニックに丸投げしました。

アストルフォ
 マスターのとばっちりを受けた子。まぁ原作よりはマシ。
 セレニケが自分のやらかしでマスター権を没収され、別のマスターが宛がわれることに。

セレニケ
 自分の性癖を我慢してたらドストライクが来訪して、何とか弁えてた色々ごと理性が焼き切れ蛮行に及んだ。
 才能があるのでユグドミレニアの事情的に殺せないけど、取り敢えず令呪とアストルフォとのパスを打ち切られ、独房にぶち込まれた。

ダーニック
 取り込み工作をルーラーを案内しながら考えてたら、クソみたいな報告を受けキレ散らかした。
 即座に殺さなかった彼の精神力を賞賛しましょう。
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