ライスのお兄さまがトレセン学園で働くお話 作:お兄さま第0号
お兄さま……ライスシャワーと血の繋がった兄
数年間行方知れずだったが、日本に帰ってくる
背が高く、強面に傷つきの顔でカタギに見えない
ライスシャワー……女トレーナーの担当ウマ娘
春の天皇賞、有馬記念、菊花賞を制した他
第一回URAファイナルズを優勝したレジェンドウマ娘
トレーナーをお姉さまと呼んで慕っている
お姉さま……ライスシャワーの担当トレーナー
三年前まで新人だったのに、いつの間にか
ベテラントレーナーの扱いを受けている
誰に対しても分け隔てなく接し、ウマ娘を見る目は
天性ともいえる優れた才能を秘めている
朝のトレセン学園、そこには青を基調とした制服に身を包んだウマ娘達が授業を受けに正門から続々と集まってくる。
既に朝練を終えて学園内にいる者は、教室でクラスメイトを待っていたり、朝練の疲れから小睡眠を取る者までいた。
トレセン学園の理事長秘書である駿川たづな。
彼女の日課は朝早く学園に来るウマ娘達を正門で迎えることだ。トレーナーほどではないが、彼女は挨拶を交わすだけでウマ娘の調子の良し悪しが分かる慧眼の持ち主である。
「おはよう御座います、ウオッカさん、ダイワスカーレットさん」
「「おはよう御座いますっ!!」」
笑顔で挨拶をするたづなの前を、2人のウマ娘が全速力で駆け抜けていく。
チーム・スピカ所属のウオッカ、ダイワスカーレット。
同じチームにいながら、彼女たちは互いをライバル視しており、今のような学園に登校するまでに競走するなど日常の風景である。
「おはよう御座います、ゴールドシップさん」
「グッモーニング」
正門前に現れたのは、セグウェイに乗った芦毛のウマ娘。
チーム・スピカ最古参のゴールドシップである。
破天荒という言葉がこれほど合うウマ娘は彼女くらいだろうと学園関係者(ウマ娘含め)から言われている彼女が、なぜセグウェイに乗って優雅に登校しているのか…たづなは深く考えないことにした。
ゴールドシップonセグウェイが校舎の中に入っていったあとも、続々とウマ娘達がたづなに挨拶をしてくる。
ニンジン咥えたまま駆けるスペシャルウィーク、そんな彼女を微笑んで見守り並走するサイレンススズカ、彼女達の仲睦まじい姿を羨ましそうに見ているグラスワンダー等々…
時間はあっという間に過ぎていき、そろそろ正門を閉めようとたづながその場から動き出そうとした時だった。
「あぁ〜…ちょい聞いてもいいか、そこのお姉ちゃん」
「はい?」
声をかけられて反射的に声の方へと振り向くたづな。
目にした声の主を見て、彼女は暫く言葉を失った。
声をかけたのは駅から歩いてきた顔に傷のある巨漢である。
「トレセン学園の事務所受付ってどこにあるかね」
「………」
トレセン学園は、ほぼ毎日外部から人間を招き入れる。
大半がレースに出走するウマ娘を記事にしたいという報道関係の人間で、残りは学園の備品等で付き合いのある業者やトレセン学園在学生の親族など。
紳士的な振舞いを欠かさない者もいれば、昭和漫画に出てきそうなチンピラヤクザみたいな者まで十人十色。たづなはその殆どをにこやか営業スマイルで対応してきた。
そんな彼女が恐らく人生で初めて目にするであろう
男の服装におかしな点はない。ライトグレーのシャツに黒のジャケット、ネイビーカラーのデニムという若者らしいファッションセンスが見て分かる。
大手スポーツ用品メーカーのロゴが入っただけの、荷物が少し多めに入っているかな?くらいの印象しか受けない斜め掛けのスポーツバッグ。
渋谷とか原宿にいても違和感はない……
鋭い目つきは猛禽類を彷彿とさせる。への字に見える口元は見るからに不機嫌ですという雰囲気を漂わせ、そこに特大サイズの生々しい切り傷。
たづなの脳が正常に稼働するまで、数秒の間を要した。
「………」
「おーい、姉ちゃん?聞こえてっかー?」
「――――――はっ!?」
一時停止状態から抜け出して、たづなは正常な判断力を取り戻す。目の前の巨漢が未知の存在だったとしても、トレセン学園の理事長秘書である自分のやることは変わらない。
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていました。―――それで事務所受付の場所ですね?私も事務所の近くに用がありますので、ご案内致します」
「そうか、悪ぃな頼むわ」
しっかりとお辞儀して男を先導するたづな。
男は内心「こんな美人さんにまでドン引きされるとかショックで寝込みそう…」とか思っていたのだが、一般人よりはしっかりと対応してくれたことに嬉しさで涙が出そうだった。
この男、空港で二回、乗り継いだ駅前の交番で三回、徒歩での移動の最中に路上で二回の計七回職務質問を受けるという悲惨な目に遭っているのだ。
懐かしの故郷の土を踏んだと思ったら不審者扱いばかり。
流石に心が折れそうだったのだ。
*
トレセン学園の校舎の中を通って、裏手に事務所がある。
男の視界の端で教室の窓からウマ娘達の横顔がちらりと映った。
もしかしたら窓際に妹が座っているかもしれない。そう思って男は窓の方をじっと見つめようとしたのだが―――偶然目があったウマ娘はビクッとして視線を逸らした。
「……Oh…」
「……どうかなさいました?」
前を歩くたづなが、肩を落として落ち込む男を不審そうに覗き込む。
男も流石に窓の方を理由もなく見つめていては不審者と思われるなと、恥ずかしそうに頬をポリポリ掻きながら答えた。
「トレセン学園に妹がいてな……何年も顔を合わせてないから、もしかしたら窓際に座ってるんじゃないかなぁなんて思ってみただけさ」
「…!学生さんの親族の方だったんですね」
「あぁ…………こんな顔じゃそう思えないだろうけどな!」
自虐めいた笑い声を零す男、たづなは返事に困ってしまう。
「そんなことありませんよ!」と言いたいが、先ほどまで顔面凶器に怯んでいた自分が言っても説得力はないだろうし「そうかもしれませんね!」なんて言ってしまえば、男が更に落ち込むか逆上する可能性だって無きにしも非ず。
目的地が近づいたことに気づいて、唐突に話題を変える。
「~ッそろそろ事務所が見えてきますよ!」
「おっ、そうか。悪ぃな姉ちゃん、助かったわ」
「いえいえ、ではこれで―――」
分かれ道に差し掛かり、たづなは事務所の向かい側の建物へ。
手を振って笑顔を浮かべる男に、たづなも笑みを送り返した。
やがて男の姿が見えなくなると……真後ろから声が掛かる。
「駿川さん、おはようございます」
声をかけたのはチーム・スピカのトレーナー沖野。
常備の棒付きキャンディーを咥えて陽気に挨拶をする。
そんな彼へと振り返ったたづなは、ついに堪えていた感情を吐き出す。
「お、沖野さぁん……!」
「おわっ!?どうしたんですか、そんな顔して‥…!」
「こ、こここ怖かったんですよぉ~」
生まれたての馬よろしく小刻みに足を震わせて、涙目のたづな。
普段の彼女からは想像も出来ない姿に面食らう沖野。
ちなみにだが、周囲には他のトレーナー達が歩いていたりするので……
困惑する沖野に縋りつく泣きそうな顔のたづな。
ついに担当ウマ娘だけじゃ飽き足らずトレセン学園の良心とまで呼ばれるたづなにまで手を出したのかという不穏な噂が流れるようになるのだが……それはまた別の話。
登場したサブキャラクター
駿川たづな……トレセン学園の理事長秘書を務める
おっとりした物腰の柔らかな女性
ウマ娘に追いつけるほど足が早いらしい
初見お兄さまを見て内心ビビっていた
平静を装って対応できたのは日頃の努力の賜物
沖野トレーナー……チーム・スピカのトレーナー
ウマ娘の自主性を重んじる陽気な男
常に棒付きキャンディーを咥えている
ウマ娘を見る目は確かなのだが、癖なのか
断りもなくウマ娘の足に触ったりするほか
不用意な発言をしてウマ娘達にシバかれている