序章 いずれ煌く星の産ぶ声
フェイト・ラインゴッドは、はるかに文明が進んだ星からエリクール二号星へと不慮の事故でやってきた。
紆余曲折あり、その星の一国である聖王国シーハーツの兵器開発を手伝うことになったフェイトは、施術兵器・サンダーアローの設計図を前に改善点を見つける作業に没頭していた。
だが進捗は芳しくない。青い髪をぐしゃりとかきあげ、眉間にシワをつくり目を閉じる。
(ほんっとなんだ、このごちゃごちゃした内容。コンセプトに対して回路が複雑……というか、安全装置が多すぎないか? 目が滑る……把握しきれない……正直効率が悪いけど、使える材料と安全性を考えたらこんなものか……?)
サンダーアローは、施術兵器研究所部長・エレナ博士が発表した営力理論をベースに、ディオン達が設計した新型兵器である。
営力理論そのものがほんの十年ほど前に発見・発表された新しい概念であり、いまだ未知の部分が多い手探りの分野である。理論を実用化するために設計・開発を進めていたところ、聖王国シーハーツと軍事国家アーリグリフで戦争が勃発。実戦兵器としてのサンダーアロー開発の重要度と緊急性が一気に跳ね上がったため、スピード重視で形にしていったという。
その回路はなかなかに複雑怪奇で、フェイトにとっては学校で習った物理学・工学の基礎レベルの話だとたかをくくっていたが、いざ実践で改良を加えよ。と目の前にしてみたら、一日で解決策がまとまるような話ではなかった。
蓋を開けてみたら安全装置や抑制装置が多く、全容を把握するだけで時間がかかる。まるで、歴代のエンジニア達がクライアントの依頼に応えるままにソースコードを足していき、もはやどういう理屈で動いているのか誰も説明できなくなったプログラムのようだ。
最も設計に深く関わるディオンですら、システムを完全に理解しているわけではないという。
この仕事、予想以上に難易度が高い。
「ディオン。営力に関しての文献を見たいんだ。できれば基礎の……君たちが営力をどう捉え、扱っているのか、知りたい」
フェイトが持っている知識だけで根本からリデザインすれば、兵器としての最適解は出せるだろう。だが一から作り直すような時間の猶予はないし、そこまで行けば過干渉だ。
この兵器を改良するためには、まずは彼らが営力をどのように捉え、扱っているのか、理解する必要があるとフェイトは考えた。
そもそも電気と翻訳すればいいところを、翻訳機はわざわざ営力という言葉を創作した。もしかしたら、フェイト達が当然のように捉えている電気とは何かが違うのかもしれない。その齟齬を埋めれば作業が捗る予感がした。
「わかりました。神学資料室に置いてあるので、案内します」
フェイトの依頼にディオンは快く答え、施術兵器開発室を後にする。案内された神学資料室は膨大な量の本が所狭しと並べられており、圧巻だ。
29世紀の地球では本という情報媒体はすべて電子上で作成・流通・購入・閲覧が完結している。紙の本は保管資料、専門家用の資料、宇宙船内で電子リソースを減らすためとして、あるいは好事家の嗜好品としてしか残っていない。
一枚一枚漉き上げた紙に、活字を並べて組んだ板に塗料を塗って文字を刷り、順番通りに並べた紙を糸でかがりあわせ、本革の装丁を施す。一から十まで手仕事で作り出された本は、フェイトにとってはアンティークの高級嗜好品だ。
「マクウェル! 戻ってたのか」
いくつか本を見繕ったディオンは、同じく本を物色していた人影に気安く声をかけた。ディオンの友人だろうかとフェイトが視線を移すと、深紅のマントを纏った長身の男性が従者らしき青年に本を数冊渡していた。
「ディオン」
「収穫はあったか?」
「ああ。わざわざモーゼルまで足を伸ばした甲斐はあったよ」
「そうか、よかったな。また土産話でも聞かせてくれ」
穏やかで優しげなディオンとは対照的な、堅い印象を与える無表情。淡々と喋る彼の紅い瞳に見据えられたフェイトは、反射的に会釈した。
「新人か?」
「いや、外部の協力者だ。フェイトさん、こちらはマクウェル。僕の同期で、以前研究所にいたんです。元々サンダーアローは僕とマクウェルで設計したものなんですよ」
「そうなんですか! フェイト・ラインゴッドです。よろしくお願いします」
「マクウェル・クラークスです」
大窓からさしこむ日差しに鈍く輝くアッシュブロンドの髪、大ぶりな金のリングピアス、鋭い紅い瞳。筋の通った直線的な高い鼻に、真一文字に結ばれた大きめの口は口角がやや下がっている。非常に整った端麗な容姿はまるで俳優のようだが、表情は薄く、愛想は皆無だ。
柔らかそうな白いスカーフに、青いジャケットから覗くフリルの袖、足首まで覆う長いスカート。フェイトの価値観では女性的に映る要素が多いが、アーリグリフやシーハーツではそれらは女性特有のファッションアイテムというわけではないようだ。当然のように着ているからか、違和感はない。
「あの、あなたとディオンとで開発したということは、あの回路の複雑さは」
「私はこの城の関係者では無い」
開発者ということは、あの複雑な設計内容に至った理由を知れるかもしれない──とフェイトが期待を持ってたずねようとすると、マクウェルは遮るように言い切った。
「昔のよしみでココに入れて貰っているだけだ。だから聞きたい事があるのなら他の者に聞いてくれ。城から給与を得ていない以上は、あなたに付き合う義務も無い」
「は、はぁ……」
正論といえば正論だが、初対面の相手であっても無愛想極まりない容赦のなさにフェイトは面食らった。
「すみませんフェイトさん、こういう奴なんです。でもお前、金がどうこういう身分でもないだろ」
ディオンの言う通り、格好からしてあきらかに富裕層であり、金に困ることも執着することもないだろう。でなければ、スカーフリングにマントの装飾と、大粒の宝石を見えるところだけで三つも使えはしない。
「時は金なり、だ。それに専門家から専門知識を得たいのなら、対価を払うのが筋だろう」
「それは確かに」
正論なのだが言い方が堅く、表情が薄いこともあいまってまるで機嫌が悪そうにも見える。
偏屈な人だなぁ、とフェイトは内心考えた。
「また研究所に詰めっぱなしか」
「まぁな」
「なら、夕食でも食べに来い。何がいい」
「お、ならこの前食べさせてもらった鳥の揚げたのに、タレかかってるやつ。すっげー美味しかった」
「わかった。また後で」
「おう」
無愛想な男だがディオンとは打ち解けているようで、お互い気心が知れているようだ。気安く約束を交わすと、マクウェルは従者を伴って作業席に向かった。選んだ資料の写本をするらしい。
(あれ、なんか既視感……)
深紅のマントを背景に揺れ動く、背中に垂れる細長い二つの毛束。
一見ショートヘアのように見えるが、襟足から伸びる腰より長い長髪を布で巻いて束ねている独特の髪型。
(ああ、あれか。カルサア修練場で見た、歪のアルベルと同じ髪型なんだな)
遠目ではあったが、たしかあの男も同じ髪型をしていた。最初は何かの装飾かと思ったがよく見たら髪の毛の束で、あれをほどいたらかなりの長髪だということに後から気付いた。
「実はこの本、あいつが書いたんですよ」
ディオンが見繕った本の表紙を指差すと、マクウェルの名前がたしかにそこにある。タイトルは「磁界内における営力の軌道変化」。論文をそのまま製本した書籍で、技術流出を防ぐ意味だろう持ち出し厳禁の札がかけられている。
「あいつがこの方程式を完成させて、サンダーアローの開発が軌道に乗ったんです。学者としてはもちろん、錬金術士としても天才的で。学生の時はなんとか成績は勝ちましたけど、あいつは本当に……天才だからなぁ……」
遠い目をしたディオンが、懐かしむように息を吐いた。様々な思いがないまぜになったような様子に、二人の付き合いの深さを感じさせる。
「なら、サンダーアローの開発から外れたのは痛かったんじゃないですか?」
「ああ、そうなんだけど……この状況であいつを引き止めるのも申し訳ないし、これでよかったんだと思います」
「?」
「あー……フェイトさんにならまぁ、いいか。あいつ、アーリグリフ人なんですよ」
「え、そうなんですか」
アーリグリフにあまりいい思い出のないフェイトは、目を丸くして思わずマクウェルに視線を向けた。手早く写本を進めているだけで絵になるが、あの国の貴族らしき男がなぜ戦争中の敵国で悠々と過ごしているのだろうか。
「元々施術学校に留学しに来てて、そのまま研究所に就職したんですよ。そこで僕たちは営力の研究をしてて、実践的な利用例のためにサンダーアローを作ってたら、戦争が始まって。あいつが辞めていったのは開戦直前でしたが、結果的にこれでよかったんだと思います。今は念願の錬金術に没頭して、充実してるみたいですよ」
戦況を覆すかもしれないサンダーアローはシーハーツにとっては希望の星。その開発に携わったからこそ、今でもこの場所へ出入りすることを許されているのだろう。
(錬金術……科学が科学になる前の未熟な学問か。17世紀相当の社会なわけだし、そりゃあそうだよな)
論文の内容からして科学的な素養のある人物なのに錬金術に没頭していることが意外で、複雑な気分だ。
フェイトにとって錬金術は、鉛を黄金に変えようとし、不老不死の妙薬を求め、賢者の石を作ろうとする、非科学的な行為だからだ。その過程で硫酸を発見したりと利点もあったようだが、これだけの方程式を発見できる人がそんなことに熱中するなんて、もったいない。文明レベルを考えれば仕方のないことかもしれないが、営力の研究を進めたほうが文明は進歩する、と答えを知っているフェイトは口に出すこともできずに思いを馳せた。
(あれ、でもこれ……紋章術ありきの学術体系? なんか、学校で習ったのと視点が違う)
ディオンが選んだ資料に目を通してゆくと、施術の存在ゆえか、紋章学的なアプローチが強いように見受ける。
さらに読み進めていくと、その予感は確信に変わった。地球では最初に科学が発展しのちに紋章学を取り入れたが、エリクールでは逆なのだ。紋章術の研究によって学術体系が確立していて、そこに営力という科学が参入している。
そういう視点で見ていけばいいのだと理解したフェイトは、改めてサンダーアローの設計図に取り掛かったとき、理解度がより深くなった実感があった。電気工学より紋章術の視点で見てゆけばいい。
相変わらず複雑怪奇なシステムではあったが。
『もう、フェイト。私たちの使ってる科学技術だって、大昔に錬金術士の人たちがいろんな研究や発見をした結果なんだよ? 今私たちが便利に暮らせるのも、星間旅行が当たり前にできるのも、その“未熟な科学”を真面目に研究してた人たちのおかげなんだからね?』
今は離れ離れになってしまった幼馴染、ソフィアの言葉を思い出す。ロマンチックなフィクションが好きな彼女は神話やおとぎ話も好み、古代から中世の文化にも詳しかった。
『だってもしも何もない原始時代に生まれたとして、ただの自然の中から、何をどうしたらパソコンが作れるのかとか、クリエイションエネルギーを作り出せるのかとか、フェイトはわかる? たしかに今から見たら見当違いなことしてるのかもしれないけど、大昔の人たちが手探りで地道にいろんな発見してくれたおかげで、今があるんだからね』
だからバカにするようなこと言わないの。とぷくりと頬をふくらませたソフィアの声が脳内で蘇る。他愛もない日常が、懐かしい。
早く彼女を探しに行けるよう。そしてソフィアとそっくりなアミーナがこれ以上苦しむことがないよう。希望の星であるサンダーアローを、この手で改良するのだ。
「お前がまだいたら、フェイトさんに頼らなくても済んだんじゃないかって思うよ」
クラークス家お抱えの一流シェフが腕を振るったディナーを堪能した二人は、客間で猫に囲まれながら食後の酒を楽しんでいた。
研究所での日々は元々忙しかったが、戦争がはじまってからディオンは休みもまともに取っていない。城内の居住室と研究所、神学資料室を往復するような生活で、外に出るのも実験場でサンダーアローの試運転をするときくらいだ。
見かねたマクウェルはシランドに戻ってくると、ディオンをマクウェル邸の食事に招いて無理やり気分転換させている。いくら睡眠や食事を規則正しく管理していても、そんな生活を何年も続ければ気が滅入るだろうし、ルーチンを繰り返すだけでは新たな視点は生まれにくい。
「そんなにできる奴なのか、あの少年は」
膝の上でくつろぐ猫を撫でながら、日中に顔を合わせた青い髪の少年を思い出す。大人びているような子供っぽいような曖昧な雰囲気で、あまり世間擦れしてはいないような若々しさは感じた。
「ああ、さすがは……あー……うん、ごめん機密だ、言えないけど。すごく優秀」
「そうか。まぁ、察しはつくが。グリーテンにもヒューマンはいるらしいしな」
「……ははは」
機密事項ゆえに自分からは言えないが、状況と噂からして、この男が推測できないはずがない。予想通りの状況に、ディオンは苦笑いしながら猫を抱き上げ、やわらかな腹に頬ずりした。至上の癒しである。
マクウェル邸の猫たちのなかで、生まれた時からディオンを知っている面子は心底懐いてくれていて、思う存分吸うことを許してくれる。
「グリーテン、いつか行きたいな。元々サンダーアローは対人形を想定したものだったろう。この戦争で改良して兵器として使い物になれば、今後まともに外交できる可能性が高まる」
「ああ。民衆も、人形に対抗できるんだって広く周知できれば冷静に対処できると思うし……僕らが生きてるうちに、グリーテンの技術を合法的に盗める状況になったらいいな。戦争しないで済むようにしとかないと……」
過去の記録やスパイが得てきた情報によると、グリーテンは相変わらず技術面においてシーハーツの遥か先を行っているらしい。だがエレナ博士が営力という世紀の発見を成し遂げたおかげで、この理論を詰めてゆけばグリーテンに匹敵できるのではないか、と研究所はおおいに盛り上がった。
グリーテン王国は300年前の戦争以来鎖国を続けてはいるが、いつ何を仕掛けてくるか、未来のことは誰にも分からない。今のうちに対抗できるように準備しておかなければ、最悪の場合、また一方的に人形たちに蹂躙されるかもしれない。
国と国の外交に何より必要なのは、軍事力だ。対等な関係を築くには互いの軍事力が拮抗している必要がある。そうでなければ、弱い方が一方的に要求を飲まざるを得ない状況に陥る。資源や市場など別のカードもあるが、基礎となり盾となるのは、結局軍事力なのだ。
極端な話、シーハーツが圧倒的な軍事力を持ちさえすれば、対等以上にグリーテンと外交ができ、万が一戦争が起こっても有利に進めることができる。事実、アーリグリフとは向こうに勝算があると判断されたから戦争が起こった。結局は、そういう話なのである。
300年前は軍事力では歯が立たず、神器の力ですべてを水に沈め、力尽くで痛み分けにして関係を断絶した。
だがそれでは、建設的な関係を築くことはできない。
シーハーツより遥かに進んだ技術を持っている。それはつまり、世界の理を、自然の法則を、我らより深く解き明かしているということ。彼らの知識を、知恵を、識ることができるのならば。
「そうすれば、俺が生きているうちに
付き合いの長いディオン相手でも表情の薄いマクウェルが、わずかに口角をあげる。まれに垣間見せる情熱を秘めた笑みに、ディオンは自分までつられて笑った。
「はは、相変わらずだな。お前、やっぱり骨の髄から錬金術士だよ」
錬金術士とは、黄金や不老不死を求める者のことではない。真理を求め、
鉛を金へ変えようとするのも、不老不死の妙薬を探すのも、副産物でしかない。彼らは物質の本質を見極め、この世の理を見出し、理論化し、自らの手で操ることこそを望む。知恵と認識によって、不完全な物質界から神秘という名の薄暗がりのベールを剥ぎとり、完璧な世界を望む。
自然哲学、数学、施術、神学、天文学、占星術。錬金術の門戸を叩くには最低でもこれらの素養が必要であり、更に錬成を行う際の技術や手先の器用さが求められる。非常に高度な総合学問である。
錬金術は金がかかるが、錬金術士は金には興味がない。魂の内側から湧き出ずる渇望。
鉢の祭壇のなかで万物を花ひらかせ、褪せてゆくことが許されているのであれば。
神秘のベールを剥ぎとることが、人類の悲願であるならば。
「わたしのすべてを、エリーのために……」
人の定めた禁忌など、超えてみせる。