名門メジロ家とトレーナーのマックイーンをめぐる騒動記   作:響恭也

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それは一枚の号外から始まった

「大変だよーーー!!」

 トレーナー室のドアを蹴り破らんばかりの勢いでトウカイテイオーが駆けこんできた。

 手には何やらチラシのようなものが握りしめられている。

 

「ふぁっ!?」

 等々に現れた闖入者の姿に俺の膝の上に座っていた我が愛バ、メジロマックイーンが悲鳴のような声を上げた。

 

「って、キミ達なにやってんのさーーーーーーー!!!」

 俺たちのあまりの姿に別の意味でテイオーが叫ぶ。

 その騒ぎに近くを通りかかっていたウマ娘たちがドア周辺に集まりつつあった。

 

「って、テイオー、ドアを閉めてくださいまし!」

 慌てたマックイーンの言葉にもテイオーは耳を貸そうとしない。俺たちの手元には温泉旅館のパンフレットが開かれていた。

「うっさいゴマかすなああ! マックイーン、なに抜け駆けしてんのー!」

「はあああああ? ウマ娘が担当トレーナーさんと親交を深めて何が悪いんですの!」

 俺の膝から立ち上がると、テイオーとゼロ距離でにらみ合うマックイーン。俺はひとまずヤジウマ娘たちを締め出すためにトレーナー室のドアを閉めた。

 

「うにょおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 そして背後から聞こえてくるマックイーンのよくわからない悲鳴に思わず振り向く。

「号外!」と記されたそのビラにはとんでもないことが書かれていた。

 

「メジロマックイーン婚約!?」

 

「ついにやったなマックイーン!」

「何のことですの!? こんな、こんな……」

 

 

 テイオーが駆け込んでくる前から廊下が騒がしいとは思っていた。だが、このトレセン学園では年若い少女たちが闊歩する環境である以上、ある程度の騒がしさは普通のことである。

 だがこう言ったゴシップが先に流れていたのであれば、テイオーが騒ぎ出すのとほぼ同時にドアの前に人だかりができるのも仕方ない。

 

「っていうかマックイーン! 婚約ってどういうことだよ!」

「ええええええ!? わたくしとトレーナーさんはまだ、そこまでお話は進んでいませんわ!」

 まだってことは進める意思はあるのか。まあ、いまさらだなと心の中でツッコミをとどめる。

 

 トゥインクルシリーズを駆け抜けた3年間、マックイーンとまさに寝食を共にするほどの間柄で、勝利を求めて戦ってきた。なんなら寮にいる時間よりもトレーナー室にいる時間の方が長かったくらいだ。

 

 だれよりも近しい他人、背中を預けて戦う戦友、そして同じ目標を掲げて歩むパートナー。レースを引退後、ウマ娘と結ばれるトレーナーは多かった。

 そしてかくいう自分も、マックイーンに差され追い込まれ、なし崩し的ではあるが彼女の想いを受け取った、つもりでいた。

 それはURAファイナルの長距離部門の初代チャンピオンになった日の晩のことだった。

 

「なあ、マックイーン。この記事なんだけどさ」

 最初はそれこそ彼女がメジロ家の権力を使って外堀でも埋めに来たかと思ったが…‥記事の内容は俺の心をへし折ってそのまま場外までかっ飛ばされた気分になるものだった。ビッグ・フライ! メジロサン!

 記事の中ではマックイーンの相手として、どこぞの名門家の御曹司の名前が挙がっていたからだ。

 

「ぐぬぬぬぬぬう」「うぬぬぬぬぬぬぬうううう」

 睨みあう二人に号外を差し出す。テイオー自身もおそらく見出しだけを見て俺と同じことを考えていたのだろう。記事の内容を理解すると唖然としていた。

 テイオーはまだいい。マックイーンはその白皙の顔に朱を巡らせると、吠えた。

 

「お・ば・あ・さ・まあああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 サイレンススズカも顔色を変えそうな見事なスタートダッシュだった。一歩、二歩、三歩目にはトップスピードに乗り、ふわっと重力を無視したかのような優雅な足取りで宙を舞う。

 エルコンドルパサーが弟子入りを志願してきそうな見事なドロップキックでドアは吹き飛び、耳をそばだてていたウマ娘たちが文字通り蹴散らされる。

 ドアの直撃を受けてめり込んだ壁からべりりりとはがれるように落下したのはメジロ家の遠縁のウマ娘、マックイーンとよく似た風貌の問題児であるゴールドシップだった。

 

 春の天皇賞の第四コーナーを駆け抜けたときよりもスピードが出ているのではないかと思われる勢いでマックイーンは走り去る。

 騒ぎを聞きつけて駆けつけたシンボリルドルフがあまりの惨状に顔をしかめていた。

 

「メディック! メディーーーーーーック!!」

 阿鼻叫喚のトレーナー室前で何やら察したテイオーがゴールドシップの後頭部にズガンと足を振り下ろす。

 床に亀裂が入る勢いで踏みしめられた足の下にはゴールドシップはいなかった。

 

「ウマなのにタヌキ寝入りがうまいってさすがの曲者だね、ゴールドシップ」

「へへん。計算通りだったんだがなあ。まさかマックイーンがあの技を繰り出してくるとは……」

 

 何やらよくわからないやり取りを始めたので、とりあえずテイオーを小脇に抱え、ゴールドシップの耳を思い切りつかむ。

「あれ、ちょっと、トレーナー! ボクのことをお持ち帰りするの? ねえ、ちょっとまって! うまぴょいするには心の準備がああ!」

「いてててててててててててててててててて!!!」

 戯言をほざくテイオーの口には極太の人参をねじ込み、フルパワーでゴールドシップのっ身をつかんで歩きだす。

 向かう先は……マックイーンの実家、メジロ家の方だ。

 蹄鉄は今付けていないはずのマックイーンの足跡は学園の外に向かい、すぐ隣にあるメジロ邸へと続いていた。

 




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