名門メジロ家とトレーナーのマックイーンをめぐる騒動記 作:響恭也
「はっちみー、はっちみー、はっちみー♪」
マックイーンは上機嫌だ。耳がピンっと立ったまま左右に揺れ、尻尾がバシバシと俺の腰に当たる。
彼女の尻尾が揺れるたびに当たる距離感と言うのはすなわち、ありていに言えば密着しているということだ。
俺の左腕はマックイーンに抱きかかえられ、その平べった「ああん?」控えめな胸の感触がゴツンゴツ「ん?」ふにゅんふにゅんとしてきて俺のなけなしの理性を削り取っていく。
成田空港の搭乗待合室はこれから海外に飛び立つ上極であふれていた。
「ふおおおおお! 人がいっぱいです!」
「だな、だな! すげーぜ!」
「ふるふる」
テンション爆上がりのライアンとパーマーとは裏腹に、パーマーにガッツリしがみついてプルプルしているドーベル。
メジロ家欧州遠征チームの面々はそれぞれに過ごしている。そして俺の後頭部に張り付くような視線。
サングラスとマスクをした不審なウマ娘が俺を物陰からガン見している。人相はわからないが前髪がひと房真っ白なのが特徴的だ。
「許さない、許さない、ユルサナイユルサナイユルサナイユルルルルルr」
通報すべきだろうか。
などと背筋を震わせながら考えていると、またどこかで見たようなサングラスとマスクをしたウマ娘がテイ……じゃない、俺を凝視するウマ娘の首根っこをつかんで回収していった。
というか、ここって搭乗券提示しなきゃ入れない場所のはずなんだがなあ。
そんなやり取りの後、マックイーンを見ると、にこにこと笑みを浮かべながらどこかにハンドサインを送っていた。
驚きの表情が出てしまったのか、俺を怪訝な目で見た後に一瞬能面のように表情を消して再びどこかに合図を送る。
無表情のマックイーンは綺麗だな。けど笑ってくれてた方が可愛いな。などと思っていたらなぜかその場でくねくねと悶え始めた。
「もう! 人前ですよ?」
「ええ……?」
「そんな愛情のこもった眼差しは二人っきりの時だけにしてくださいまし。恥ずかしいですわ……」
「あー、うん、俺が思ってることが顔に出るてのはよくわかった」
「自重くださいませ!」
そう言って笑うマックイーンはすごくきれいでかわいかった。
なお、その思考も的確に読み取られ、マックイーンは首まで真っ赤になって沈む。
「はわわわわ! あれが都市伝説で聞くバカップルってやつですね!」
「おーおー、仲いいねー。パーマーもあんな彼氏がほしいぜ!」
「あああああの! レースに勝つまではうまぴょい(隠語)禁止とおばあさまから言われておりますので! ので!!」
「ふぇ!? え? だめですの!? でもだって事実上の婚約ではありませんか!」
いやまて、アスコットゴールドカップは確かにグレーディングはGIIだけど歴史あるレースで、ステイヤーズミリオンにも組み込まれている。
そう簡単に勝てるもんじゃない。
「マックイーン、俺は君の力を信じてる。けどね、レースに絶対はない」
「はっ! そうですわね。わたくしが間違っておりましたわ。あなた」
その呼ばれ方に気づいて顔に血がのぼっていくのを自覚する。
視界の片隅では、よく似た前髪のウマ娘二人が取っ組み合いをしていた。
「離して! 僕がトレーナーをマックイーンの魔の手から救うんだ!」
「やめろと言っている! メジロ家のサポートがなくなったらトレセン学園はどうなるんだ!」
「そんなのボクの知ったこっちゃないよ! ああ……ユルサナイユルサナイユルサナイユルルルルルr……ふんぎゃあ!」
フルスイングした右ストレートがテイ……小柄なウマ娘の後頭部に突き刺さっている。
どこかで見た顔はサングラスとマスクで隠れていたが、そのシャツにはこう書かれていた。
「生徒会長は今日も快調!」
マックイーンの勝ち誇ったようなドヤ顔が可愛かった。
「ふふん、わたくしの大切な人に手を出そうとする輩はみんな地獄に落ちるといいのですわ」
仮にだが、浮気とか疑われたら俺、死ぬのかな。
「ご安心くださいませ、その時は……あなたを殺してわたくしもすぐに後を追いますわ……そして来世でまたわたくしを見つけてくださいましね」
「ふえええええええ……」
背後でドーベルとパーマーが抱き合って震えていた。
「これが伝説のヤンデレ……」
ライアンは腕組みをしてこくこくと頷いている。なお膝がすごい勢いで震えていた。
12時間のフライトは平穏無事に終わった。マックイーンのすすめで窓際に座ると、当然のようにその隣には彼女が座る。ベルト着用サインが消えたあとは俺の腕をつかんで離さなかった。
「うふ、うふふふふふ、にゅふふふふふふふ♪」
上機嫌をウマ娘の形にしたら今のマックイーンになるのではないだろうか。そんな彼女は非常に可愛い。
そして、空港でも感じたジトッと張り付くような視線が断続的に張り付いて、同時にマックイーンが視線を向けるとそれがなくなる。
海外のレースを体験して、マックイーンはウマ娘として一段上のステージに上がる。その階段を一緒に上っていける。それが何よりもうれしかった。
ロンドン、ヒースロー空港に降り立つ。乾燥して冷たい空気に異国へ来たのだと実感した。
ロンドンは北緯51度にあり、札幌よりも北だ。夏場の北海道でのレースを想定していたが、それよりも寒さを感じる。
初夏とはいえ、日本と比較すれば春先のような気候だった。
「勝負服の下に一枚追加した方がいいかも知れないな」
「うーん、それですと動きが妨げられませんでしょうか? わたくしとしてはウオームアップとストレッチを入念にすればカバーできると思うのですが……」
「そうだな。あとは現地で走ってみて……」
マックイーンもここまでくると競争バとして頭が切り替わる。ピンクの靄がかかったような顔ではなく、俺が大好きな顔だ。そのまっすぐなまなざしに、俺はやられたんだと思う。
「やあ、奇遇だね!」
そんな俺たちに声をかけてきた集団があった。
トレセン学園の制服をまとった一団の先頭にはシンボリルドルフに首根っこをつかまれ、つま先が宙に浮いた状態でもふんぞり返る、トウカイテイオーの姿があった。