名門メジロ家とトレーナーのマックイーンをめぐる騒動記   作:響恭也

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マックイーン視点


追憶の秋

 トレーニングウェアに着替えてターフに立つ。日本とはまた違った空気と芝の感触を感じた。

 

「よし、とりあえず一周流してみようか。日本と芝の質が違うからな」

「ええ、わかりましたわ」

 

 あれからひと騒動があった。トレーナーさんの部屋に忍び込もうとするテイオーを会長さんが一晩で4回当身を喰らわせることになったり、なぜかゴールドカップに出ると言い出すテイオーを説得したり。

 

「トレーナー! ボクも一緒に走るよ!」

 なぜか学園のみんなと離れてこっちのトレーニングにくっついてくる。

 

「トレーナー君。すまないが……」

 会長はトレーナーさんに何かを渡していた。

 

「トレーナーさん。会長から何をもらったんですの?」

「ああ……使わないで済むようにしたいもんだが」

 その手にはスタンガンが握られていた。

 

「ねー、マックイーン。早く走ろうよー!」

 テイオーはいつも通りのお日様のような笑顔でわたくしを誘ってきます。

 彼女もまたウマ娘。新たなコースを見るとは知ってみたくて仕方がないのでしょう。

 

「はいはい、いま参りますわ」

 ランニングのペースで並んで走りだすと、

「よっし、競争だー!」

 テイオーはいきなりレースの時と同じようなペースで走り出すテイオーを追いかけて、わたくしもぐっと足に力を入れて走り出しました。

 

「ふふ、テイオーは変わりませんね」

「あったりまえさ! 無敵のテイオー様だぞ!」

 

 そんな彼女を見ていると、過去を思い出してしまいました。

 今と違って一人で、弱かったわたくしのことを。

 

 栄光のメジロ一族。レースで多くの実績を残し、最強の一族として知られていました。

 そんな中、わたくしはメジロアサマの孫、メジロティターンの子として生を受けました。

 

 ほかのメジロ一門の中でも優秀なライアン、パーマーとは姉妹のように育ちました。

 

 時は流れてわたくしたちはトレセン学園に入学しました。今までメジロ家の中でしかなかったわたくしの世界が一気に広がったときでもありました。

 

 そこは、あえて言うなら化け物の魔窟とでも言いましょうか。

 

 絶対的強者である、皇帝シンボリルドルフ。

 無敗のスーパーカーマルゼンスキー。

 女帝エアグルーヴ、葦毛の怪物オグリキャップ。

 

 そしてこの時点でわたくしの力は、ライアンにも及んでいなかったのです。

 

 ライアンは学内の模擬レースですぐに頭角を現しました。その体躯から繰り出されるパワーあふれる走りに皆が魅了されました。

 パーマーもそのスピードを生かし、中距離レースを逃げ勝つという、デビュー前のウマ娘としては考えられないような離れ業を演じて見せました。

 

 今となって思うことはわたくしの走りは晩成型と言うことだったのでしょう。考えれば、母であるティターンもそうでした。

 祖母も身体が弱いところがあった。そう考えるとわたくしは良くも悪くもメジロ直系の血をひいていたということなのでしょう。

 

 けれどその時はそんなことはわからなかった。自分が何者かもわからなかったのです。

 ライアン、パーマーは着々と実績を積み重ねる中で、焦りだけがわたくしの内心を焼き焦がしていた。そんな焦りはわたくしの歯車を狂わせ、模擬レースでもなかなか勝てず、選抜レースでは7位の惨敗。

 いろんな意味でどん底に落ちていました。

 

 そんな中、トレーナーさんとの出会いはわたくしのすべてが上向きました。あの時のご飯とスイーツの味は今でもわたくしの心の中の一番大事な部分を占めいています。

 歯車が合わなくて当然。彼がわたくしの歯車の一つだったのです。そうやって完成したわたくしは数々のレースを……と簡単にいけば美しかったのでしょうが、世の中そんなに甘くありません。

 故障に悩まされ、思うままに走れない日々が続いたのです。ダービーも出場できず、同期のアイネスフウジンが喝さいを浴びる姿を忸怩たる思いで見ていました。そのとき2着だったライアンの鬼気迫る表情は今でも忘れられません。笑顔の裏に燃え盛る激情の炎。日々穏やかな顔しか見せないライアンの本心を見た思いでした。

 

 

 そして、秋のシーズン、調子は上向いていましたが、勝って負けてを繰り返し、直前のレースでも痛恨のミスをして2着。菊花賞の出場は危ぶまれましたが、出場回避した方がおられ、何とか滑り込むことができました。

 

 初めてのGIの大舞台。緊張と高揚感から体の震えが止まらなくなったとき、トレーナーさんがぎゅっと抱きしめてくださいました。

「大丈夫、俺は君を信じてる。だから君も俺を信じて全力で走ればいい」

「はい!」

 身体の震えは止まり、胸がどくどくと脈打って力が全身にみなぎる。

 

 ゲートでライアンと目が合った。「負けない!」という思いが互いに伝わってくる。

 しとしとと降る雨は勝負服を濡らし、芝は雨を含んで重い。ひりつくような空気の中、ゲートが開かれた。

 

 今までは周囲を見る余裕もあまりなく、ただ前だけを見て駆け抜けていた。けど、今日は違う。

 左後ろからライアンの燃える様な気合が伝わってくる。前を行くウマ娘の気迫がわかる。

 そして、トレーナー席で、声を張り上げる貴方の声も聞こえてくる。

 

「いけえええええええええええええええ!!」

 普段は穏やかで、大声を出すことのないトレーナーさんが、必死の形相でこぶしを握り。……わたくしだけに心を向けてくれている。

 

「メジロの名に懸けて……いきますわ!」

 脚に込めた力を開放する。ぽつぽつと当たっていた雨粒がまるでシャワーのように激しさを増す。けどそれは雨脚が強まったわけじゃなくて、わたくしが加速したから。

 

 第四コーナー。先頭を行く彼女の脇をするりとかわし、先頭に出る。

 

「はあああああああああああああああああああああ!!!」

 気合一閃踏み出した脚は止まらない。蹴りだした脚は一歩ごとに水柱を蹴立ててて突き進む。背後から追いすがるライアンの激情も何もかもを振り切ってひた走る。

 

 永遠に続くような一瞬の繰り返しの果て、わたくしはゴール版を先頭で駆け抜けた。

 

 初めての重賞勝利をGIレースで飾ることができた瞬間だった。

 

「おめでとう、マックイーン」

「ありがとうございます、ライアン」

「……次は負けないよ」

「それはわたくしのセリフですわ」

 ライアンの差し出す手を握る。全身全霊を持って走り、力を使い果たしていたのか、その手は少し震えていた。

 

 

「思えばいろんなレースを戦いましたが……天皇賞を買った時と同じ、いいえ、それ以上に思い出深いレースでしたわね」

「マックイーン、なーにひたってるのー! トレーナーが待ってるよ」

「ふふ、そうですわね」

「んじゃ勝負、先にトレーナーに抱き着いたほうが勝ち!」

「は? 何言ってますの?」

「いっけええええええ!」

「ニガサナイ」

 

 あとで聞いた話では、その差し脚があればいつぞやの有馬でも負けてなかったんだがなあとトレーナさんがぼやいていたそうだ。




あれ? 壊れてない

感想とか評価とかヨロシクオネガイシマス。
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