名門メジロ家とトレーナーのマックイーンをめぐる騒動記   作:響恭也

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ぶっ壊れ方が足りなかったようだ


桜色の風

 アスコットのトレセン学園の練習場を借りて現地の芝に足を慣らすためにマックイーンは走り込みを続けていた。

 日本のトレセン学園の面々はそれぞれ分かれて、有名な競技場を見学に出ている。

 

「こいつは私が責任をもって見張るので安心して調整してくれ」

 シンボリルドルフは簀巻きにしたテイオーを小脇に抱えてバスに乗りこんで行った。

 猿轡をかまされもがーむぐーと抗議の声を上げるが、何を言っているのかわからない。

 たぶんろくでもないことを叫んでいるんだろう。

 

「マックイーン、風が気持ちいいね!」

 ライアンが汗の粒を輝かせながらさわやかな笑みを浮かべる。

「そうですわね。思ったより空気が乾燥しているので気を付けませんと」

「やだ、少し顔がかさついてる……」

 ドーベルはバッグから取り出した化粧水を顔に塗りこんでいた。

 

「ばっきゅーーーーーん!!」

 パーマーは楽しそうにコースを爆走している。現地のウマ娘たちがポカーンとした顔で見ていた。

 何しろスタート直後からひたすらに全開。大逃げはいまでは絶滅危惧種と言われている。しかし、先年のサイレンススズカのレースは世界に衝撃を与えた。

 スタートダッシュから一度も先頭を譲らず駆け抜けた宝塚記念の走りっぷりは見事としか言いようがなく、当てられたマックイーンがパーマーと二人でオーバーワーク寸前まで走り続けるていた。

 

 結局向き不向きがあるとマックイーンに理解させた後はそういうこともなくなっった。

 

「なんであんなまねしたんだ?」

「だって……トレーナーさんがスズカさんに見とれていたので……」

「目を奪われたのは事実だけどな」

 言った瞬間顔をつかまれグイッと下を向かされた。その先には我が愛バたるメジロマックイーンの顔がアップになっている。

 それこそ鼻先が触れそうな至近距離だった。

 

「あなたはわたくしだけを見ていればいいのですわ!」

「はい」

 あまりのことに言葉が出ずに反射的に返答すると。目の前の顔が華でも咲いたかのようにほころんだ。

「よろしい」

 ちょっと気取って応えた後に、自分たちの距離、特に顔面付近の、に気づいて白皙の顔が真っ赤に染まる。

「はわわわわわ……」

 自分の行動を自覚して急に羞恥が込み上げたマックイーンはそのまま座り込んでしまった。

 

「トレーナーさん、一周まわってきますのでタイムの計測をお願いできますか?」

「任せろ」

「あー、んじゃあたしが並走するよ!」

「ああ、パーマー、頼む」

「うふふ、ではパーマー。全力で逃げてくださいませ。ブッ差して差し上げますわ」

「え、いや、あの……」

「うふふふふ、一瞬とはいえわたくしのトレーナーさんの目を奪ったサイレンススズカ。いつかコテンパンにしてくれますわ、うふ、うふふふふふふふふ。おーーーーーっほっほっほっほほ!!」

「マックイーン、落ち着いて! そこにいるのはパーマーだよ!」

「逃げウマ娘はわたくしがプチッとつぶして差し上げます、おーっほほほほんがっふ、げほげほげほ」

 

 乾燥した空気を思い切りこんだのか、高笑いの途中でむせるマックイーンの背中をライアンがさする。

 そんな二人を尻目にパーマーはそろりそろりと距離を取っていった。

 

「位置について、用意、どーーーーん!」

 早口に告げるとパーマーが走り出す。

 

「うふふふふふふふふふ」

 それを追いかけるかのように満面の笑みでマックイーンが走り出し、なぜかライアンも一緒に走り出した。

 

「君も走ってくると良い」

「え……でも……」

「海外の芝を走った経験はきっと君にとってプラスになる」

「そう、ですね。行ってきます!」

 ためらいがちに走り出した3人を見ていたドーベルも、俺が促すとターフを蹴って走り出す。

 もともとが走るのが大好きなウマ娘だ。うずうずしていたのだろう。

 

「うふふふふ、おまちなさああああい!」

「ひいいいいいいいいいい!」

 パーマーの逃げは本物だ。その大逃げで有馬記念を制したことすらある。5バ身ほどのリードを保って必死に逃げを打つが、じりじりとスピードに乗るマックイーンが徐々に距離を詰めてくる。

 

「いいいいいあやあああああああああああああああ!」

 あんなに叫んで呼吸は乱れないのだろうか?

「おーーーーーっほほほほほほほほほほほほほほほ!」

 高笑いを上げつつじりじりと迫るマックイーン。その背後から2バ身ほど後をライアンが追走する。あとからスタートしたドーベルもライアンのやや後ろに付けていた。

 向こう正面に入る。この位置は俺とマックイーンが最も離れることになる。

 

 ピコンと電子音が胸元から聞こえた。ポケットに入れていたスマホの画面には送信者:シンボリルドルフと表示されている。

「すまない、テイオーを見失った」

 

 シンプルな一言に背筋に寒気が走る。唐突に視界が真っ暗になった。これはあれだ、ゴルシ直伝の麻袋か!?

 

「うふふふふ、つっかまーえた」

 無邪気な声が聞こえて腰のあたりに腕を回される感触があった。袋はやたらぴっちりとしていて身動きが取れない。そのまま担ぎ上げられる。

 

「トレーナーさん!」

 こちらの異変に気付いたマックイーンの声が聞こえる。

「あ、マックイーン。貰っていくねー」

「お待ちなさいテイオー!」

「やだよー。バイバーーーーイ!」

 身体にかかる加速度からテイオーが走り出したのがわかる。

 

「む、どきなよ」

「ここは通しません」

「どきなって言った!」

 どこかで聞いた声だ。

「通さないって言ったよ?」

「どっけえええええええええええええええ!!」

「うらららららららららーー!!」

 

 ガキンと金属音が聞こえる。蹄鉄同士がぶつかったような音だ。

 

「くっ、強い」

「うらららららららららーー!!」

 断続的に聞こえてくる音から蹴りの応酬が繰り広げられているようである。

 

「ってやめろ、やめないか!」

「あ、トレーナー、ちょっと待っててね。こいつ蹴散らしたらすぐにボクと……ポッ」

「トレーナーを放して!」

「やだ、ボクのだもん」

「お前のじゃねえ!」

「むー、素直じゃないなあ。けどそんなトレーナーも大好きだよ。うふ、うふふふふふふふふふふふふふフフフフフ」

 

「んー、仕方ない。手加減しないからね! うらららららー!」

「えっ、は、速い!?」

 ガシッと尻に衝撃を感じると、一瞬の浮遊感のあと俺はずざーっと地面を滑って、誰かに抱き留められた。

 

「トレーナーさん!」

 声からすると俺を受け止めてくれたのはマックイーンだとわかる。

 麻袋を脱がされ、背後を振り返るとそこには……ピンク色のチャイナドレスを着たハルウララがテイオーと向き合っていた。

 身体を小刻みに左右に振って時折牽制の蹴りを放つ。ダートで鍛え上げられたパワーは、どっしりと大地に根を張ったような安定感があり、上段中段下段と蹴りを出しても全く態勢が崩れない。

 

「ちぇっ、失敗か」

「会長から必ず捕まえるようにって言われてるからね。にがさない!」

「フフン、君の脚でボクについてこれないでしょ」

 テイオーは横っ飛びで1バ身ほど飛ぶと、そのまま走り出す。

 

「逃がさないって言った!」

 ウララは足に力をこめ、ダッシュしようとして……芝に足を取られてずるべしゃあと転ぶ。

 

「トレーナー、待っててね。必ずボクが救い出すからね!」

「ふふふふ、私から逃げられると思っているのか?」

「うぇっ!? カイチョー!?」

 熾烈な差し勝負は、ルドルフが勝利を納め、捕まったテイオーはお尻ぺんぺんの刑に処された。

 

「みぎゃー!」

「くくく、悪い子にはお仕置きだ……いいなこの感触」

「ひぃ!? やめてカイチョー!」

「ふふふふふふ、なに、大丈夫だ」

「それ絶対大丈夫じゃないや、アッー!」

 パシーンと音が鳴り響きニチャアと笑みを浮かべたルドルフの右手がテイオーのお尻に叩き込まれていた。

 

 その光景を見てぎゅっとしがみついて離れないマックイーンの肩に手を回しつつ、そういえばとコースの方を見ると……。

 

「え? え? え?」

 体育座りでぶつぶつと何かをつぶやくパーマーとライアンをドーベルが必死に励ましている。

 

「何があったんだ?」

「トレーナーさんが危ないと思って……ちょっと蹴散らしただけですわ」

 うん、絶対ちょっとじゃないね。俺はマックイーンをひょいッと抱き上げると、涙目でないかを訴えかけるドーベルのもとへと向かうのだった。




ハルウララの中国語表記は春麗と聞いてこのネタを思いつきました。

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