ではどうぞ!
窓の外を見ると、景色は赤に染まっていた。蝉や鈴虫、夏の風物詩とも言える虫たちの和やかな鳴き声がしている。
俺はどこか懐かしい気持ちになりながら、物思いに耽っていた。
「能面…どんな感じだったか、正直覚えてないや」
座布団を枕がわりにして寝転がっている俺は、天井をぼーっと見つめながらこれからの動きについて悩んでいた。
いやうんまぁ…なんか姫野さんが不思議な力に目覚めて能面という怪異を退けることは知ってるんよ。んでもってこの旅館のどこかに地下があったはずだ。でもどこにあるのか、行き方すら分からないでいた。
「姫野さんは神代さんに取られてるし…まぁあの2人なら大丈夫か。小野さんもついてることだし」
旅館を探索しませんかと案を出したところ、お腹も空いてあまり動きたくないらしく、女性陣の方々は和室でゆったりと寛いでる。
かく言う俺はと言うと、探索に行ってくると豪語してたのに隣にある和室でゴロゴロとしていた。うん、何してんだ俺。
思い返してみれば、俺は何故ここにいるんだろう。1人、しかも落ち着いた時間だからこそ、改めて今回の件について考えることができる。
なぜ俺はこの世界へ転生してきたのか。なぜシナリオ通りの怪異症候群ではないのか。
後半に関してはまぁ、説明はつく。俺がイレギュラーな存在だからだと。
そう言えばくねくねのとき、佐藤さんが言ってたっけ。
『あんたなら、どうにかすることができるではなか?向こう側の人間なら』
俺がこの世界の人間ではないことは、怪異にはとっくにバレている。だからこそ表情のない女に捕まったのだ。
スノーザン・レリア?だったかな。俺を介して元カレを復活させるとか言ってたし。連中にどうバレてるかは知らないが、俺もターゲットにされていると思ったほうがいいかも。
「にしてもなぁ…」
正直な話、通常の流れよりも早く覚醒してしまった姫野さん。初めて会った時はオドオドしてた可愛いJKだったのに、今では堂々とした佇まいでいる。
このまま流れに任せてしまってもいい。そんな気がしてきた。
となると、俺が探索をする必要もなくなってくるというもの。別にこのまま姫野さんたちのところに戻ってもよかったのだが、さっき出たばっかりなため、少々戻りづらい。何より神代さんに揶揄われる未来が見えてしまった。
「んー、適当に散歩でもするか」
変な責任感から解放された俺は、館の部屋を片っ端から見ていくことにした。
「おー、ここは中庭か。小池もあるし、雰囲気いいね。……ん?」
扉を開き中庭へと出た俺は、小池の近くで遊ぶ女の子を見つけた。
女の子は俺に気がつくと、遊んでいたボールを抱きしめて後退りした。
ま、不味い。これでは俺が不審者じゃないか!確かに可愛いしぺろぺろしたいしお菓子あげたいが、ここには警察官(氷室さん)とも一緒来ている。現行犯はシャレにならんし姫野さんに嫌われたら立ち直れなくなっちゃうぅううう!
女の子を怖がらせないよう、できるだけゆっくり近づきながら自己紹介をした。
「こんにちはお嬢ちゃん。俺は引道新聖。今日ここに泊まりに来たお客さんだ。君はなんて言うの?」
腰を落とし、目線を合わせて女の子を見た。
「わ、私は神代春子。みんなはハルって呼んでる」
「そっか、ハルちゃんか!可愛い名前だね!」
そう言った瞬間、ハルちゃんはビックリした顔で俺から離れ献灯の後ろに隠れてしまった。ふっ、可愛いヤツめ……。
あれ、俺何もしてないよね?
1人で言い訳を考えていた俺をハルちゃんはじっと見つめている。何だろう、何かあるのかな。
「どうしたの?」
「……」
「俺に何かついてたりする?」
「………ごめんなさい」
うぅんなんでぇ!?俺何かしたのか!?この数秒で俺は何かの地雷を踏み抜いてしまったのか!?
笑顔で固まっている俺を置いて、神代春子ちゃんはどこかへ行ってしまった。
「やっぱ下心は女の子にすぐバレるのか。ペロペロしたいとか普通に犯罪まがいだもんな」
あれ、俺ってばやっぱり気持ち悪くね?
と言うか神代春子って名前。やっぱり由香さんの妹さんだったのか。
小池をぼんやりと眺めながらハルちゃんについて少し考えていた頃、空腹に突き刺さるいい匂いが漂い始めていた。
きっと近くに厨房があるのだろう。小池の向こう側にある部屋からパチパチと、何かを焼く音が聞こえてくる。恐らくそこで料理しているはずだ。
夕飯は19時。時間まであと30分あるし、もう少し散歩してみよう。そう思い立った俺は、左奥にある部屋は向かってみた。
「おや、引道か。どうした?」
「霧崎さん…仕事熱心ですね」
入ってみると本、紙の多いことよ。差し詰め資料室ってところか。の割には米俵や土器が置いてあったりと、よく分からんことになっている。意外と内装は片付いてるし、ちゃんとしてるんだな神代の婆さん。
そしてにはなんと、霧崎さんが何かの資料を読んでいたのだ。
「まぁな。だがめぼしいものなど何もない。これだけ無駄にでかい旅館なんだ。何かがあるはずだ」
「それ神代さんの前では言わないようお願いしますね」
「分かってるさ。泊まりに来る一般客としてなら、この大きな旅館にも心躍るだろうが……手がかりを集めるに際しては手間が掛かるからな。愚痴りたくもなるさ」
気持ちは分からんでもない。事実ゲームの方でも旅館が広すぎて迷子になるってケースがあったしな。それに別館もあるし……そうだ、別館だ。
「霧崎さんは本館しかまだ見てないんですよね?」
「あぁ。その口振りからすると、別館のことを言いたいのか?勿論、そちらの方にもあとで行くつもりだ。恐らくここには俺たちが欲しがっている情報はないだろうが、念の為目は通しておかなくちゃいけない」
すると霧崎さんは読んでいた本から目線を俺に移してきた。
なるほど。俺に行けと、そう言うのか見た目マッドサイエンス野郎。
「俺は適当に散歩してるだけです。けどまぁ、晩飯までは時間も少しありますし、近くをウロウロしてきます」
「あぁ、だが油断はするなよ。姫野くんがこの旅館から力を感じたと言っているんだ。怪異が襲ってきてもおかしくはない」
「気をつけます」
「そういえば由香って、何で引道くんと仲がいいの?」
話すネタも変わり、美琴は突然そんなことを言ってきた。
「私があいつと仲良しだって!?そんなのありえないわよ」
「確かに引道間に対する言葉はキツイかも知れないけど、どこか心を許しているよね」
「…」
美琴からの思わぬ見透かした言葉に、私は固まってしまった。
まったくこの子ったら…。
「確かに私は引道の事をある程度は許している」
そう、菊川病院で起きた怪異の時に、私は引道と行動を共にした。その中で私はあいつのムカつくところをいくつも見てきたし、怒鳴ったりもした。何なら手を出したまである。
それでも目指している道は同じで、志は違わない。あいつはあいつで美琴を助けたいと思って動いているんだ。何より親友が引道の事を認めているんだ。親友が信じている人間を、私は疑いたくない。
「でも…」
「でも…?」
少しの間をおいて、私は心の奥にある自分の気持ちを吐き出した。
「私はやっぱり、あいつが嫌いかな」
「へっくち!」
急なくしゃみ。どこの誰かが俺の悪口を言ってるのか?言うとしたら神代さんぐらいしか思い当たらないし、きっとそうなのだろう。
そうやって誰かのせいにする。悪いことではあるが、これが意外と気持ちがいい。うん、中々のクズっぷりである。
扉に手を掛け、いい匂いを醸し出す厨房へと入った。
肉の焼ける音。ボウルに入れた具材を混ぜる音。聴くだけでお腹が減るのだからとんでもない。天然のASMR飯テロである。
だが今はこのASMRを楽しむために来たのではなく、神代のばっちゃんに会いに来たのだ。
野菜の盛り付けをしている最中、悪いとは思いつつも婆さんに話しかける。
「あのー、すみません。今お時間よろしいでしょうか」
「あら……由香ちゃん達と一緒にいた方ではないですか。ごめんねぇ、まだ準備中なの」
「あぁいえ、実はご飯のことでなくてですね……」
「あ、もしかして暇なのかい?なら別館の鍵を渡しておくから、そっちの方にでも寄っていくといいよ」
「あ……ありがとうございます」
「これからもあの子をよろしくねぇ」
「もちろんです」
なんてことだ。話があまりにもスムーズに進みすぎて怖くなってきた。え、NPCのままってこと?このばっちゃんって生きた人間だよね!?いや普通に鳥肌たったわ。
兎にも角にも、お目当ての鍵が手に入った俺は再度婆さんにお礼を言って、別館へと通じる入り口へと向かった。
「たーぶんここで合っているとは思うんよなぁ。左右にぼんぼりあるし、この奥だと思うんだけど……お、ビンゴ」
鍵を渡された俺は少し経って、別館への入り口を見つけた。妙に細長い通路。扉を開けるとその先には別館へと繋がる道があった。
外はすでに赤暗くなってきており、もうすぐ完全な夜が訪れると示唆していた。
赤く照らされた渡り廊下を、ギシギシと音をたてながら歩く。
「うわぁ、結構雰囲気出てきたな。あそこの井戸とか絶対ヤバいじゃん。貞子とか出てきたりしないよね???」
不気味さはあったものの、男子の冒険心を刺激するには十分だった。完全に興にノった俺は意気揚々と歩く。
そして本館とは離れた建物の入り口へと着いた。
「ここが別館かな?お邪魔します〜っと…うお、何だこの甲冑。すげー」
爺ちゃんの家でしか見たことがなかった甲冑に興奮しながらも、道なりにまっすぐ進む。そして襖を開け、じゃり道をまっすぐ進むとさらに扉がある。その先には温泉があった。
「ほおおおおお!いいですねぇいいですなぁ。ここんとこシャワーばっかりでろくに風呂に入れてなかったんだよなぁ」
警察署に風呂はなく、シャワーで体をあらっていたので、目の前で湯気を放っている温泉はすごく魅力的に見えていた。
ぼんぼりにいい感じの形をした岩。価値はわからないがウン百万はしそうな屏風まである。流石は高級旅館、一般客として通うもんなら何年かかるかとか。
だが見た感じ、温泉へ通ずる道は俺が今入ってきたこの扉だけみたいだ。ということで、もと来た道を戻り襖のとこまで引き返してきた。
「んー、確か記憶だとこの別館の何処かに能面があるはずなんだよなぁ…」
え、自分から怪異に会いに行くって?ガバガバ過ぎる動きをする能面ちゃんよ。速度も遅いし、何かあれば壺やら何かを投げればいい。でーじょーぶ!怪異に襲われたってんならきっと許してくれるはずさガハハ!
はい、という事で…お面が飾ってある部屋へとやってきました。壁を見ると能面以外にも沢山のお面が飾られている。
そして何よりも注目すべきは…部屋の真ん中に置かれている小さな箱である。
「やっぱりあった。んでもってー……開かない、と」
予想通りといっちゃ予想通りである。さて後は能面が襲ってくるはずだ。俺は能面を確認しようと立ち上がり、そして振り返った。
だが、能面は未だ壁に飾られているままである。
なのに俺は足を動かすことができないでいた。
なぜか?
そもそもの話、俺はどうにかしていた。表情のない女というイレギュラーな怪異が起きたことを軽く見ていた。そして、もし能面が襲ってきたとしても、俺なら逃げられると思っていたのだ。詰まるところ油断していたということ。
今、俺の目の前に"いる"のは能面などではない。
「……あなたは、そうなのね……」
おいおい冗談はよしてくれよ。白装束を羽織っている白髪ロングのねーちゃんがぶつぶつと何かを呟きながらこちらをじっと見ている。
本来なら息子も大喜びになる美人な女性なのに、俺の息子は何かを察してか引っ込んでしまっている。かくいう俺も背中に流れる汗を感じるほどに緊張していた。
"動けば死ぬ"
そんな雰囲気を放ってくるあたり、きっとこのねーちゃんも怪異の類なのだろう。
体を動かさないでいた俺は、まず先に情報を落としてやろうと会話を試みた。
「あー、もしかして怪異の方ですか?」
「……」
「あ、あの〜」
「なんで、ここにいるの」
「なんでって…」
質問を質問で返すなと親に教わらなかったのかこの野郎。こちとら恐怖で足ガクガクしてんだぞ。その殺気しまってくれなきゃ泣いちゃうぞ。
ここは正直に話すしかないと悟った俺は、声を震わしながら話した。
「こ、ここへはある調査に来ました。か、怪異であるあなたならどういうことかわかるはずです」
だが彼女は何も返さない。しかし、俺に向けていた視線を能面へと移す。
「……この子達のことね。私が聞きたかったのはこれのことじゃなかったんだけど、もういいか」
「っへ?」
「元の世界に返してあげるから。そう、これは私の優しさ。行きなさい。神代家の怨念たちや、美味しい魂が、憎き魂が、復讐すべき血の子がいるよ」
彼女はそう言い放つと、俺に向かって一言。
「また会いましょう」
その言葉を合図に、壁に掛かっていた能面が勢いよく襲いかかってきた。