涼しい風が、虫の鳴き声を乗せて木々を揺らしている。日はとっくに沈み、辺りは月の光と旅館から漏れ出る灯りでうっすらとしていた。
姫野さんは強い瞳で、氷室さんは鋭い眼で、霧崎さんは愉しむような眼をしていた。三者それぞれ、違う異なる意思を宿しているのかもしれないが、目的は同じ。
俺たちは今、最後の怪異へ乗り込もうとしているのである。
「それで、霧崎さんはなんでいるんですか?氷室さんは怪異に対して喧嘩が出来るのは分かるんですけど、霧崎さんはそう見えなくて…」
俺は改めて、霧崎さんの身体を見る。一般人男性のそれといえよう身体は、特段鍛えてあるように見えず、何か獲物を持っているようにも言えない。
正直この見た目だと、送り届けた加賀ちゃんの方が頼りになるんじゃないかと思ってしまう。
「霧崎なら気にするな。あれでもウチの怪異に特化した研究者だ。いざという時は、自分の身ぐらい自分で守れるさ」
「そういうこと。むしろ引道は自分の心配をした方がいいんじゃないかな」
うっ…まぁ、そうですね。能面は足が遅いガバガバ怪異とかって侮ってたら綺麗なフットワーク見せて追いかけてきたし。なんなら体力もギリギリだったのが辛い!まぁでも今回もまた一緒に姫野さんと行動できると思うと、なんだかんだ頑張れる自分もいる。
「大丈夫です。もしものことがあったら、私が引道くんを守りますから」
「漢だ…眩しすぎる……!」
「姫野くんに守られてばかりじゃいけないぞ。引道くんもしっかりと姫野くんを守るんだ。怪異は姫野くんを襲いにやってくるからな」
Disukeのあのポーズで眩しいですよアピールしてたら、腕組みをしたジト目の氷室さんに諭される。とは言ったものの、正直俺が体張ったところでやれることなどないのだ。特別な力はなくて、ゲームの知識があっても、アホなことにChapter4なんてのは、記憶にほとんどないに等しい。
氷室さんたちは何も言いはしないが、実際に俺を姫野さんに預ける形を許している。姫野さんに護られてる方が安全ってこと。
「それじゃ、俺と霧崎は別れて捜査を行う。姫野くんと引道くんは共に他の部屋を見て回ってきて欲しい。道中で怪異に遭遇したなら、俺たちのとこまで来てくれれば、絶対に助けることができるから。ちゃんと逃げるように」
「わかりました!」
「了解です!」
俺と姫野さんは元気よく返事をした。相手があの怪異だというのに、物怖じしない胆力か、はたまたあれだけ痛い目にあって散々分らされたのに、未だ楽観視しているだけなのか。自分ですら分からない気持ちだが、これだけは絶対と言えることがあった。
"あの女性の正体を知りたい"
俺の中はあの白く美しい女性のことで頭がいっぱいだった。まるで通りすがりの女性に一目惚れしたかのように、あの人が気になって仕方がない。
「それじゃあ、改めて今回の怪異の特徴をまとめよう。引道くんが見た怪異というのは2つ。1人でに動く能面と、正体不明の白い女性。」
「今回の怪異も一筋縄じゃいかなそうだな。神代家だからなのか、姫野が来たからなのか。複数重なり合っている」
この事件を解く鍵がこの屋敷にあるはずだ。そう言って霧崎さんは1人別館へと先に歩いて行った。
「…本当にすごいですね霧崎さん。1人で行動することに躊躇いがないです」
「あいつは元々1人でやるのが得意だからな。それに俺たちが手を貸さなくても、あいつは1人で真相に辿り着くだろう。さて、俺たちも向かうとしよう」
ゲームじゃ確か霧崎さんは書庫みたいな所で調べ物をしていたはず。でもどこにあるかは覚えてないんだよなぁ……とりあえず部屋を片っ端から潰していくしかないか。
はい!と力強く頷いた俺と姫野さんは氷室さんと別れた。
時刻はどれくらいを回ったことだろうか。氷室さんたちと別れてから部屋を転々と捜索して行ったが、驚くほど進展がなかった。
姫野さんも何かを感じ取ってはいるが、当てにはしないで欲しいとのこと。
「引道くんが見たって言う能面の怪異、全然出てこないね」
「白い女は呪いが襲うよとかナンタラ言ってましたけどね。まるで襲いにくる気配もないです」
歩き疲れた俺たちは、和室に置いてある座布団に座って休憩をしていた。
白い女も見つからない。能面すら出てこない。怪異さんやる気あります??
天井をぼーっと見上げていた俺を、姫野さんはつまらなさそうに見つめていた。
「引道くんはさ、この事件が解決したらどうするの?」
「事件が解決したらですか?そりゃやっぱり学校に行きますね。健吾…友達も心配してると思いますし、まずは顔を合わせに行っておきたいなと」
こっちの世界に来て、今日で5日程となるだろうか。時間の流れを肌で感じるものの、元の世界ではどれだけ経っているのか分からない。
戻っても、実は70年後の時代になっている可能性だってある。
浦島太郎みたいに、健吾に会ったら向こうは白髭を生やしたおじさんになっているのだろうか…。
「でも…引道くんはさ、学校に行けるかどうかも分かんないんよね」
開けていた引き出しを静かに戻すと、目を合わせようとはせず体だけをこちらに向けて来た。
どうやら姫野さんには予想が付いてるみたい。いや、確信に近いものだろうか。
「あー…そんな顔しないでくださいよ!帰ってもまたバカやる毎日が来るだけですから!」
ボクサーパンチの如く、シュシュシュとシャドウする姿を姫野さんに見せるが、反応は薄い。やめろよ、気まずくなるだろ。
渾身のギャグでも笑ってくれなかったのは、きっと罪の意識を感じてるからなんだろう。なんてったって、彼女はすごく優しい女の子なんだから。
「そんな毎日を、引道くんは大好きだったんでしょ。友達とバカやって、先生に怒られて。部活も一生懸命にして」
「ちょっと美化されすぎな気がしますけどねぇ」
「なのに私が巻き込んじゃったせいで…。由香だって、大怪我を負っちゃった……」
決して顔を上げない姫野さんがどんな表情をしているかは分からないけど、力強く握られた拳からはおおよその気持ちが汲み取れる。
ゲームの世界だと割り切って仕舞えば簡単だが、それは作品を愛しているファンと呼べるのか。
俺は今、美少女を悲しませている。
でもなぁ……悲しいかな、女の子との関わりがあまり上手くいかなかった身としては、励ましの一言が見つからない。
彼女を勇気づけられる、元気にさせる言葉がわからないのだ。
「……それでも、由香さんは助かりました。大勢の方は亡くなりましたが、それは姫野さんが悪いことにはならないです。やったのは全部怪異だし、姫野さんよりもずっとずっとずぅっと前の人が勝手にやって子孫に残した爆弾なんですよ。死んで墓場まで持っていったなら墓で全て抱え込めって話なんですよ」
ケッ!っと口を尖らせる。姫野家のご令嬢の御前で何を言ってるんだ不快なり!!って叱られるかもしれないが、正論でしょ。
現代を平和に生きてる少女が、過去のジジババ決闘の因縁に巻き込まれるだなんて、負けクジもいいところだよ。
「だから今の姫野さんは、知らねぇよバカ野郎!って言ってやるくらいがいいんですよ」
「引道くん、、」
あ、姫野さんが顔を上げてくれた…。しかもちょっと泣いてるように見えるし……。
自分がカッコつけたセリフを言ってしまって恥ずかしくなった俺は、目線を伏せてしまった。
「ふふっ、今度は立場が逆になっちゃったね。私を元気づけてくれたのに、今度は引道くんを励まさなくちゃいけなくなっちゃった」
「別に、励ましなんていらないっすよ」
やべぇなんだこれクソ恥ずい!ちょっとちょっと!ラブコメの波動を今感じてるんだけど、これって俺の勘違いじゃないよね!?!?
今なら告白してもOKもらえるのかな?!?!?!
恥ずかしさと葛藤の中、姫野さんの足が視界に入る。
「引道くん、ありがとうね」
俺の顔を覗き込んだ彼女の瞳は震えてなどいない、宝石のような輝きを持っていた。
それから程なくして、展開が変わった。
「霧崎さん、何か見つかりましたか」
一通り部屋を探し回ったが、特に進展がなかった俺たちは霧崎さんの様子を見に行くことにした。
「おぉ、姫野に引道。何かあったか?」
「いいえ、全部屋回ってみたんですが、これと言った手がかりはありませんでした。霧崎さんは何か忙しそうですけど、もしかして…」
「あぁ、遂に見つけたんだ。昔の言葉で解読に時間は要するが、姫野家と神代家の因縁、能面の謎も恐らくこの本に書いてあるはずだ」
解読書?と並行しながら読み進める霧崎さんは、すごく楽しそうに見える。
これが研究者の、本来の彼の姿なのだろう。俺たちの質問に答えてくれはいるものの、目線は全て本に注ぎ込まれている。
軽い狂気だなこりゃ。
「霧崎さんは…もう深いところまで解っているんですね」
姫野さんが感嘆の声を溢すと、あれほど読み漁っていた目線を姫野さんに向けた。
「先程、気になる記事を見つけてね。……どうやら、あの本館の庭園には、地下に通じる道があるとの事だ」
「えっ!?」
マジか…ここでフラグを立てないといけなかったのか。もう能面についての記憶が無さすぎて、進展がないと何も思い出せない!
そうすると、確か地下に行った時に氷室さんが銃で能面を倒してたような気がするし……うん、大体流れが掴めたかも。
「その地下室というのは、神代家のおばさんから聞いた覚えはありますか」
「いや、そんな話は知らない。捜査に協力的だった神代伊代が隠すとも思えない。ということは、現神代家の旅館女将である彼女さえ知らないはずだ」
「その地下に……私たちの秘密が…答えがあるのかも」
「そうだ。今から君たちには、氷室と合流して地下の探索をしてもらう。ちょうどさっき氷室が来たから、アイツには伝えてある。まずは庭園で地下への入り口を探してきて欲しい」
話す事は話した、そんな雰囲気を出して霧崎さんは再び本の解読作業へと戻った。
意外にこの人も変人だな、と評価付けをした俺は姫野さんを連れて、氷室さんのいる庭園へと向かった。
「氷室さん!」
「姫野くん、引道くん、無事でよかった」
庭園で地下への入り口を探してた氷室さんは、汚れた手を払うと俺たちの無事を喜んでくれた。
くそ、さすがイケメンだな。青鬼の主人公や氷室さんだったり、どうして白髪はみんな爽やかイケメンなんだよ悔しすぎる。
「話は霧崎から聞いてると思うが、俺は今地下室への入り口を探しているところだ。だが、まだ見つかってはいない」
「氷室さんでも見つからないとなると、どこにあるんだろう」
姫野さんが庭園を見回すが、当然地下室への入り口があるわけでもない。だが氷室さんはまだ諦めた様子はなく、むしろ俺を見ていた。
「いや、まずは誰でも探せるような場所を見て回っただけだ。神代伊代も知らなかった入り口を、素人が見つかる場所に隠しておくはずがない。引道くん、手伝って欲しいことがあるんだ」
「はい!なんでしょうか!!」
氷室さんは袖を捲り、近くの灯籠をパシっと叩いた。
俺は一瞬何を言ってるのか分からなかったが、じっとしているわけもいかないので、氷室さんの元へ駆け寄る。
「あの、その灯籠がどうかしましたか」
「あぁ、この灯籠をどかすんだよ。でも1人では重くて動かないから、君に手伝って欲しいんだ」
なるほど、だから姫野さんじゃなくて俺を頼ってきたわけか。
でもまぁ確かに、こんな石の塊を人間1人がどうこうするって方が無理あるわな。
「分かりました。でもすごいとこに可能性見てますよね、氷室さんは」
「簡単に見つからず、かつ簡単に入れないようにするのなら、灯籠の下に隠し通路があるって可能性が浮かび上がってきたんだ」
「さすが警察官ですね〜!」
姫野さんが目を輝かせて氷室さんを見ている。くそ!マジで悔しすぎる!!俺もなんかカッコいいところ見せたい!!
よし、ウェイトリフティングで鍛えたこの筋肉で、軽々と灯籠を動かして見せよう!それで姫野さんの関心を俺に向ける!!
「氷室さん、合図をお願いします!力一杯押しますから!」
「お、おう。でも本当に重たいから無理はするなよ?」
氷室さんからすれば謎にやる気を出している俺を理解できないからだろうか、ちょっと困惑している。
この人もこんな顔するのかーなんて考えながら、氷室さんの合図と同時に強く灯籠を押した。
ジャリジャリ
「「あっ」」
勢いよく灯籠を押す。それと同時に地面を強く蹴った力は砂利によって殺された。
近くで見てた姫野さんの声と、俺の声が重なった気がした。
なぜなら、俺は顔面からコケるといーーーーーー