0話『チーム・アルタイルのマネージャー』
走るのが好きだった。
ターフを踏みしめ、風を切る。
腕を思い切り振って、足を動かす。
前へ、前へ、前へ、前へ。
ゲートが開いてから、一度も譲らない先頭の景色。
後ろから迫る、力強い足音。
全て全て、この景色も声援も自分だけの物。
誰にだって譲らない。
デビューから負けることなく連勝を重ね、遂に迎えた重賞最高峰のGⅠレース『皐月賞』。
私はゲートではなく、観客席に居た。
痛々しいほど硬く嵌められたギプスと共に。
――――――約一年後。
「みんな、お疲れ様ー!」
レースを終えて、地下バ道に戻ってくる選手を迎える。
ふんわりと肩まで伸びた金色の髪。額の付近のみ、白く染まった部分は丸い円を描いている。
緑色の瞳が見えないほど弓なりにした、いっぱいの笑顔で迎えるウマ娘が居た。
今日も元気に、銀色の輪をした耳飾りを揺らしている。
「いつもありがとね、セラフィナイト」
柔軟剤の香りが漂うタオルを手に取り、同じチームのウマ娘が礼を言った。
「……」
セラフィナイトと呼ばれたウマ娘は、そんな同僚の背を少し気まずそうに眼で追う。
「悔しくないわけないのに、気丈だよねー。あの子も」
「うわぁ!? スカイちゃん!?」
緩んだ表情で、突然背後に現れたウマ娘はセイウンスカイ。
トゥインクル・シリーズ最高格のGⅠで勝利を手にしている実力者だ。
しかも栄えあるクラシックレースの二冠。皐月賞と菊花賞である。
今日のレースでも、人気に恥じぬ逃げっぷりで堂々の一着。
五バ身差の二着が、先ほどのウマ娘だ。
「うん。でも、諦めない気持ちだけは本物だよ。
だって、前のレースよりスカイちゃんとの差、縮まってるじゃない」
「確かにね~。……ま、次も負けるつもりないけど」
「……うん。頑張ってね」
「…………ところで、ラフィ?」
「ん? なぁに?」
「どう? 元気?」
「え? ああ。うん。元気だよ。いつも通り」
「ふぅ~ん……」
頭の後ろで手を組み、訝しそうに緑の瞳を見据えるセイウンスカイ。
「そうそう、今度はグラスちゃんと模擬レースするんだけどさ」
「あ、そうだったね。対スペちゃんを仮想したアレだよね。天皇賞・春に向けての!」
「うん。……だからさ、ラフィ。……ラフィが出来るんなら、一緒に……」
「ああ、ほらスカイちゃん! そろそろウイニングライブの準備しないと!」
「えー? まだ早くない?」
「ダメダメ。『マネージャー』の言うことは、ちゃんと聞きなさい!
どうせちょっと息抜きしてから行くんだから。
早めに出るぐらいが、スカイちゃんはちょうどいいの!」
「……はいはい。ほんと、ラフィはお母さんみたいなこと言うんだから~」
気だるそうにセイウンスカイは背中を押され、地下バ道を後にする。
飄々とした性格ながらも、内に秘めた勝負への想いは本物。
今日もしっかりと勝利を手にした彼女は、セラフィナイトにとっても誇れる友人であった。
――――そんな皆と私も。
(…………ダメダメ。そんなこと思っちゃ)
思わず零れた本能を制し、手に持ったレースや選手用の資料を握りしめる。
脚部をほとんど覆うサポーターのついた足を動かし、チーム『アルタイル』所属の彼女は
戦いを終えたウマ娘達のケアに向かうことにした。