「あの、セラフィナイト先輩」
一通り介抱が終わった後、まだ余力のあるカルミアボタンが口を開いた。
「みんなを休憩させている間、一緒に走りませんか?」
「え? うぅん……でも、この子たちを放っておくわけにも……」
「わたしが見ておくから、走っておいで」
声のする方向を見ると、呆れ顔のトレーナーが歩いてきていた。
ため息混じりで、注意をする。
「お医者さんには、絶対に無理しないようにって言われてたでしょ。
怪我自体は治ってるけど、再発の可能性は十分あるんだから」
「……ごめんなさい。でも、無理してるわけじゃなくて……」
しゅんとするセラフィナイト。
久しぶりで、体のセーブが利かないのだろう。
有り余る才能と、体の状態の均衡が取れていない。
「セラ、わたしのプランは頭に入ってるよね」
「もちろんです」
「言ってごらん」
脳内にインプットされている、スケジュールをセラフィナイトは細かく口に出していった。
「4月から6月の時期は、主に基礎トレとレースへの勘を思い出す期間。
7月8月は合宿を利用して、肉体面の仕上げを行う。
9月から11月、オールカマー、アルゼンチン共和国杯、ジャパンカップに出場して全勝する。
実績と人気をそこで集めて……
12月、有馬記念でみんなと勝負! ですよね」
「うんうん。完璧だね。
ちゃんと目標が定められている以上、無理は絶対禁止。わかった?」
「わ、わかってますってばー!」
「絶対わかってない。
……ボタン、悪いけどペース配分を管理して一緒にランニングしてくれる?」
「わかりました」
大きく頷く赤髪のウマ娘。
何が悪かったのか、いまいち実感できず
先輩ウマ娘は、首をかしげながらコース上へ戻っていった。
「あー! ホントにセラちゃん走ってるー!」
コースの上方から元気な声が飛んできた。
そこに居たのはスペシャルウィーク。
隣にはグラスワンダーとエルコンドルパサーも居た。
三人とも練習着を纏っている。
汗が引いていないところを見るに、トレーニング中だったのだろう。
「ブエナスタルデス、セラちゃんのトレーナーさん!
セラちゃん、もう走れるんデスか?」
「オラ~、エルちゃん。みんなもお揃いで。
うん。元々足の状態は戻ってたから。
後は本人の気持ち次第って所だったんだ」
「では、心配無用でしたね」
「おー。グラスちゃん、今年も当然有馬記念出るでしょ?
セラのプラン、有馬が目標だから。絶対来てよね!」
「ええ。もちろん。
ですが、まずは安田記念でキングちゃんと、ですけど」
「ふふ。スプリンター路線にシフトしたキングは強いよー?
舐めてかからないように!」
「あらあら。そんなこと、一度もしたことないですよ~」
「おー、怖い怖い。お手柔らかにね。
……ん? スペちゃん?」
遠く、ターフを駆けるセラフィナイトをスペシャルウィークは目で追っていた。
愛しむように見た後、眉間にキッと力を込めて踵を返す。
「私、トレーニングに戻ります! お邪魔しました!
トレーナーさん! 私も もちろん、今年の有馬記念目指しますから!」
手を振り去っていくスペを、残った二人はあきれ顔で見送る。
「スペちゃんってば、セラちゃんがトレーニング再開したって聞いて
一番最初に飛んでいったのに。もう行っちゃうんデスね」
「敵情視察は十分、といったところでしょうか。
私たちも、戻りましょう。失礼します、トレーナーさん」
「そうデスね! ライバルが復帰したとなれば、エルも うかうかしていられません!
それじゃあ、トレーナーさん。チャオ!」
「チャオー。またねー」
風のように去っていくみんなを見送り、トレーナーは目線を戻す。
(……みんなも意識してくれてる。
セラ、あなた本当にいい時代に生まれたね)
同じチームで支えてくれた、セイウンスカイとキングヘイロー。
今日、駆けつけてくれた三人。
セラフィナイトが再起するには、誰一人も欠かせなかっただろう。
お互いがお互いを認め合っているライバルだから。
走ることが大好きなセラフィナイト。
でも、走るだけじゃない。
走って、勝つことが彼女は好きなのだ。
だから、そこに立ちふさがる壁が大きければ大きいほど
乗り越えた時の喜びは
キングヘイローが、菊花賞で敗れた時、立ちふさがる
運命に対し、不満と不遇を漏らしたこともあったが……。
でも、だからこそ。彼女は自分だけの道を見つけることが出来たのだ。
今となっては、もうそんな不安もいらないだろう。
(……頑張ろうね、セラ)
真っすぐな目で芝を蹴るセラフィナイトを見つめた後
トレーナーは、隅で座り込んでいる新人ウマ娘達の元へと歩いていった。