セラフィナイト ~最強世代6人目のウマ娘~   作:背水 陣

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13話『グラスワンダーの提案』

「うーん……」

 

ストップウォッチを持つトレーナーは苦い顔で、息を切らせるセラフィナイトへ言った。

 

「やっぱ、タイムがどうにも上がってこないね」

 

「そう……ですか……」

 

 

全力で走っているはずだが、どうしても結果が伴わない。

 

たくさん筋トレもしたし、不安材料の足も特に問題はない。

全盛期と劣っている部分が見られないのに……。

 

 

(……原因はわかるんだけどな……)

 

 

トレーナーが下した視線の先には、セラフィナイトがずっと装着しているサポーターがあった。

 

一度痛めた靭帯は、修復しても再発率が当然存在する。

高くはないが、未然に防ぐためにも処置はした方が良い。

 

飽くまでサポーターは補助。ないと走れないわけではないが……

やはりどうしても、健康面に気を遣ってしまう。

 

無理に取るのはおすすめできない。

 

 

しかし、はっきりしているのは『それ』が、彼女本来の走りを阻害しているのだ。

 

再び走るようになる際に、もちろん相談はしたのだが。

サポーターなしで走るのは、まだ恐怖があるらしい。

 

 

「セラ、午後のトレーニングはやっぱり筋トレにしようか」

 

「え? でも、私まだ走れますよ」

 

「うん。わかってるよ。

 でも、もう少しだけ重点的にトモの筋力を上げよう」

 

「……わかりました」

 

そろそろ本格的に夏へ入る。

併走トレーニングや模擬レースをしているが、いまいち結果も振るわない。

 

並のウマ娘としてなら、悪くない戦績を残して終わるだろう。

それぐらいの仕上がり。

 

 

ここ最近の"最強世代"の中では、確実に一歩、いやもっと劣る。

長距離であっても、得意としていないキングヘイローにすら負けるだろう。

 

 

(何かこう、きっかけがあれば……あるいは)

 

「トレーナーさん、あの。ちょっと練習メニューで相談したいことが」

 

悩みながらタブレットを弄っていると、所属チームのウマ娘が話しかけてきた。

この役割も、以前はセラフィナイトが肩代わりしてくれていたのだが……。

 

決めた以上は、文句も不満も言えまい。

 

「うん。どうしたの?」

 

情報の整理しきれない頭のまま、話を聞くことにした。

 

 

 

 

 

――――。

 

 

「ごーじゅう!」

 

脱力すると同時に、ウエイトマシンの重りが学舎のトレーニングルーム内に甲高い音を立てる。

トモを鍛えるためのメニューを、セラフィナイトは今日もきっちりこなした。

 

汗を拭い、クールダウンの念入りなストレッチの後に、練習着を着替えて制服へ。

トレーナーに言われた量を終わらせても、まだ日は高い。

 

チームの様子を見に行こうと思ったが、今日はこうして別メニューの日。

ターフに居ると、うずうずして走りだそうとするから、筋トレの日は来るな、と

トレーナーに釘を刺されている。

 

仕方なしに、今日のメニューが完了したことを報告。

最近遅めになりがちなトレーナーの返事を待たず、スマートフォンを鞄にしまった。

 

 

(何かしようかなぁ……)

 

 

この季節は寮の門限も遅めになるので、自由時間がとりやすい。

過剰なトレーニングは禁止されているので、他のことをしてみよう。

 

(今日は、散歩でもしようかな)

 

軽くデオドラント剤を使用し、気持ちをリセット。

学生鞄を肩にかけ直し、セラは学外へと歩き出した。

 

 

「あら、セラちゃん」

 

「グラスちゃん!」

 

校門付近で、ばったりとグラスワンダーと出会った。

服装を見るに、彼女もトレーニングを終えた後なのだろう。

 

「今日はもう帰りなの?」

 

「はい。ちょっと寄りたいところがあったので」

 

「へ~。どこ行くの?」

 

「ウマーバックスへ行こうかと思いまして~。

 抹茶を使ったフラペチーノの新作が出たんですよ」

 

「夏なのに珍しいね。あ、私も行っていい?」

 

「ええ、ぜひ~」

 

にこにこ、ほんわりと笑う栗毛のウマ娘。

少し前、触れれば切れてしまいそうな闘志を放っていた人とは

同一人物に思えないほどのギャップだ。

 

 

 

 

「エルも誘ったんですけど、あの子ったら、

 クリームと抹茶を混ぜるなんて絶対変デス! なんて言うんですよ」

 

「納豆にホットソースかける子がよく言うね~」

 

「ええ、ほんとに」

 

結露するプラスチックカップを片手に、二人は散歩を楽しむ。

日中の暑さも引いて、ちょうど良い気温だ。

 

目当ての物が購入できた喜びのまま、近くのベンチへ腰をかける。

 

グラスワンダーは、早速フタを開けてクリームをスプーンで掬い

小豆色の液体が掛かった部分を、少しだけフラペチーノに浸して口に入れた。

 

「ん~! 美味しい!」

 

「いつものより、ちょっとお抹茶が渋くて良いね」

 

「あんこのソースがまた合うんですよ~」

 

幸せそうに尻尾を振りながら、食を進めるグラスワンダー。

そんな顔につられて、セラフィナイトも笑顔になる。

 

「そういえば、スペちゃんは?」

 

「減量中だそうですよ。

 本人は来る気だったんですが、トレーナーさんに止められてました」

 

「あはは。スペちゃん、たくさん食べるからなぁ」

 

「セイちゃんやキングちゃんは、どうしてますか?」

 

「今日は二人とも、まだトレーニング中。

 私は別メニューだったから」

 

「そうですか。

 ……セラちゃん、調子はどうなんです?」

 

「う~ん……正直、イマイチかなぁ」

 

 

ズゴゴゴ、とストローがだらしない音を立てる。

空になった容器を持ったまま、セラフィナイトは空を仰いだ。

 

 

トレーナーの考えに沿って、ひたすら練習と筋力増加を図っている。

夏合宿で仕上げて、秋口からはレース。

 

本当にこれで良いのか。

 

このまま、進むことは出来るのか。

 

不安や焦りはあるのに、一向に拭えない違和感が更に状況を迷宮入りさせる。

 

 

 

「……」

 

 

そんな友の横顔を見ながら、グラスワンダーは思ったことを口にした。

 

 

「セラちゃん、今楽しいですか?」

 

「え? 楽しいって……そりゃもちろん、楽しいよ」

 

「本当に?」

 

「なぁに、グラスちゃん? 本心も本心だよ。

 諦めようとしたけど、こうして今走れてるんだもん。

 楽しいに決まってるよ」

 

「…………」

 

気持ちは伝わる。

嘘をついている様子もない。

 

セラフィナイトがレースのトレーニングを再開してから、3か月。

時折、その様子を同期の皆も覗いていた。

 

流した汗も、厳しいトレーニングで苦痛に歪む顔も、本当のもの。

 

勝ちたい気持ちも、ちゃんと胸に宿している。

 

 

 

(ああ、何となくわかったわ)

 

 

それは、最前線を走っている彼女(グラスワンダー)だからこそ、理解できたこと。

トレーナーが早く気付くべきことなのだろうが……。

いや、気付いているのだが、中々手が回らなかったのかもしれない。

 

足りないならば補ってあげよう。

それが、グラスの優しさなのだから。

 

 

「セラちゃん」

 

「ん?」

 

「今度、私とレースをしませんか?」

 

ニコリと笑うグラスワンダーの笑みには、あの宝塚記念当日のような

ひりついた気配が漏れていた。

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