セラフィナイト ~最強世代6人目のウマ娘~   作:背水 陣

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16話『栗毛の怪物』

「くぅっ……うぅううッ!!」

 

 

 

(やっぱり、今のセラちゃんではその程度……なのね)

 

 

 

抜き去り際に、グラスは横目で友人の顔を見た。

汗を流し、歯を食いしばり、瞳孔が開いたような決死の形相。

 

本気も本気の、全力だ。

 

 

だからこそ、悲しかった。

 

 

かつてのライバルは、もう居ないのだと。

 

 

慈悲もなく、グラスワンダーは目線を前に向ける。

 

 

そして、最後のスパートを仕掛けた。

 

 

 

(こっ、これが……今のグラスちゃん……!!)

 

 

凄まじい速度でセラフィナイトの前を走っていく。

 

 

全身全霊を振り絞っても、全く追いつけない。

 

 

 

これこそが、かつて輝かしい戦績を収めて勝利してきたウマ娘『マルゼンスキー』の再来。

 

 

 

 

"栗毛の怪物"グラスワンダー。

 

 

 

 

グランプリを2連覇した、ウマ娘の実力。

 

 

 

 

 

彼女は一人、ゴール板を容赦なく突き抜けると、周囲の観客たちが一斉に沸いた。

 

 

 

レースの理由はともあれ、圧倒的な勝利。

夏の強化期間を前に、これほどの勝ち方が出来るのであれば

今年の秋は、どうなっているのだろう。

 

 

各々が感想や賛美、中には実力を見せつけられて落胆する者すら出てきている。

 

 

 

 

 

 

「グラァス……少しは手加減してあげたらどうなんデスか……?」

 

 

勝者の下へ、エルコンドルパサーが声を掛ける。

 

 

「あら、エル。……着差はどのぐらいでしたか?」

 

「着差? うーん、詳しいのはわかりませんが……

 7、8バ身はあったはずデスよ」

 

 

(…………あの走りで……7バ身……?)

 

 

グラスは肩で息をしながら、後ろの方で膝に手をついているセラフィナイトを見た。

 

 

 

 

 

このレースをした意味、理解してもらえただろうか。

 

 

 

不安に思いながら、栗毛の怪物はゆっくりと敗者の下へ歩み寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……全然……歯が立たなかった)

 

 

肺が痛い。足も重い。汗は止まらないし、脈動で頭痛もする。

 

 

 

今出せる力は全て出し切った。

 

けれど、勝てなかった。

 

 

 

頭を下げるセラフィナイトは、息を整えながらレースを振り返る。

 

 

途中までは悪くなかったんだ。

自分なりのペースも作れていた。

 

 

けど、追い越された。

 

 

最後まで差を縮められなかった。

 

 

 

コーナーで抜かれた時、心に冷たいものが流れてくるのを感じた。

 

 

 

――――絶望。

 

 

かつては優位だったはずの友人に、完膚なきまでに叩きのめされる感覚。

 

 

 

 

ブランクのせいにしたかった。

 

足の状態のせいにしたかった。

 

 

 

そんなのは言い訳だ。

 

 

グラスワンダーだって、同じように辛い療養期間を乗り越えてきたウマ娘なのだから。

 

 

 

 

 

 

トゥインクル・シリーズには、勝敗しかない。

 

 

どれだけ言いつくろっても、結果が全て。

 

 

 

 

最高峰のGⅠレースを走る者の実力が、これなのだ。

 

 

スペシャルウィークやエルコンドルパサー、セイウンスカイも相応の力量だろう。

距離適性さえ揃えば、キングヘイローだって劣っていない。

 

 

 

(こんな……こんなに……みんなとの差があったんだ……私)

 

 

 

拳を握り、切歯する。

 

 

ずっと見てきたつもりだった。

わかってたつもりだった。

 

もし、再び走ることがあっても、負けるつもりはなかった。

 

状態が良くなくても……それでも、レースになれば……と思ってた。

 

 

 

 

でも……勝てなかった。

 

 

 

負けた。

 

 

負けた。

 

 

 

 

負けたんだ。

 

 

 

 

 

 

「セラちゃん」

 

 

汗を伝わせているが、涼し気な顔をするグラスワンダーが居た。

 

 

「……グラスちゃん」

 

「今日は、ありがとうございました」

 

「―――!」

 

 

ニコリと笑みを残すと、それ以上何も言うことなく

彼女はその場を後にした。

 

 

 

途端に湧き上がる強い衝動。

 

 

 

 

 

 

 

嫌だ、いやだ。

 

 

 

このまま置いていかれてたまるか。

 

 

 

まだ出来ることはあるはず。

 

 

失望させたまま終わらせたくない。

 

 

自分は、まだこんなものではないはずなんだ。

 

 

 

 

 

「グラスちゃん!!」

 

「……はい」

 

 

疲労で震える膝を立たせ、声を張る。

ゆっくりと、期待していたかのように振り返るグラスへ

セラフィナイトは、大声で言った。

 

 

 

「次は、絶対負けないから!!!」

 

 

虚勢と無念を込めて、顔を上げて突き付ける挑戦状。

 

 

 

緑色の目に浮かぶ涙すら、受け止めてグラスは答えた。

 

 

 

「ええ、楽しみにしてますね」

 

 

 

会釈をして、宣戦布告を受け取ったグラスワンダーは満足げにその場を去る。

 

 

 

 

(まだ胸の炎は消えていないようで、安心したわ)

 

 

思わず笑みが零れる。

 

 

彼女はセラフィナイトの違和感を、はっきり捉えていた。

 

 

再び走るようになったのは良い。

年末の有記念を目標に、頑張っているのもわかっている。

 

 

だが、その言動からどこか『甘え』があったのだ。

 

ブランクや足の状態を理由に、負けても仕方ないかな。

そう思っていたんだろう。

 

 

しかし、今日の敗北を前にセラフィナイトはちゃんと顔をあげた。

 

 

悔しさを糧に、更に上を目指してくれるなら

今日のレースを挑んだ意味もあったというもの。

 

 

 

 

だって、弱くなったライバルに勝ったところで……何も嬉しくないのだから。

 

 

 

 

(今日の走りは、せいぜい五割程度だったかしらね。

 それで、たったの7バ身差……。大差で勝つつもりだったのだけれど……

 本気になれば、やっぱりセラちゃんは油断ならない相手ね)

 

 

 

 

これから夏休みに入る。

 

合宿で鍛えるウマ娘が、どう仕上げてくるのか。

 

 

想像するだけで、グラスワンダーの胸は躍った。

 

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

「……うん。」

 

 

敗北の悔しさを語る背を、遠く見つめる一人のウマ娘。

 

スペシャルウィークもまた、何かを思い決意したのだった。

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