「みんな、資料は行きわたったかな? 抜けがある人いたら言ってね~」
夏休み直前の放課後。
チーム・アルタイルの部屋にて、説明会が行われていた。
ウマ娘達の手元には、トレーナーお手製の冊子が配られている。
表紙には、絶妙な画力のキングヘイローとセイウンスカイが走っている絵が描いてあり
吹き出しには『夏合宿のしおり』とだけ、幼子のようなかわいらしい文字が添えられていた。
「今年の夏は、特に気合入れていくから覚悟するように!
なんたって、ウチにはGⅠウマ娘が二人もいるんだから、他のチームからの注目度も高い。
今まで通りじゃ、絶対上がりウマ娘の餌食になっちゃうよ」
「具体的には何をするんですか?」
一人の所属ウマ娘が手を上げつつ質問をする。
それに対し、トレーナーは誇らしげに指定のページを開くように答えた。
「グレードと目標レースを踏まえて、各個で足りないものを補っていく感じかな。
……とはいえ~、わたしの身体は一個しかないのでぇ……。
個別指導できる時間は限られちゃうけどもぉ……」
申し訳なさそうに謝りつつ、それでも出来る最大限のことは尽くす
と約束する。
距離適性や秋から挑むレースの決まっているウマ娘毎に、それぞれメニューを作り
その中で、共有できるスキルや知識があれば合同練習という形で集まり、みんなと教え合う。
時間と人手が無いなりに、考えた結果が資料から見て取れた。
「ちなみに、セラ。あなただけは特別メニューね」
「え?」
セラフィナイトが驚いた顔をあげると、トレーナーはさも当然かのように続ける。
「復帰してから、まだグレードレースに出てないでしょ。
足の状態のこともあるんだから、あなたは別個でメニューを渡します。
いいね?」
「……はい」
不満と言うわけではないが……。
パラパラとページをめくるだけでも、トレーナーへの負担の大きさがよくわかる。
そこに、また自分のみの管理項目を作って平気なのだろうか。
「って言う心配はご無用です。
あなた達はウマ娘、わたしはトレーナーであり……大人……!
無理と無謀をしながら、出来ないことは出来ないってちゃんと言う人間なのは
みんなも知ってるでしょ。
わたしが作った資料で、わたしが出来ないことは載せないよ」
チームメイトが増えて多忙ではあるが、弱音は吐くことはあれど
指導を投げ出すようなことはしたことはない。
信頼のおけるトレーナーが、ここまで言うなら。
各々はしっかりと頷き、指導者の志に従うこととした。
「ちなみに……まあ、まさか? このアルタイルに?
そぉーー~~~んな、不届き者が居るわけないけど……
期末試験で『赤点』取った子は、居ないよね?」
和やかだった空気が、一瞬固まる。
「トレセン学園の規定で、赤点のある人は追試を合格できないと
合宿には参加できない……ってのは、まあ常識か。
とにかく!! いくら わたしでもねえ! そこまでは面倒見切れないからね!?
もし! 万が一! 121億分の1の確率で、赤点者が居たら……」
「……いたら?」
「容赦なく置いていきます。
これは学園所属ウマ娘、全員に当てはまる処置ですので。例外はありません。わたしの権力を超えた力ですから」
ピシャリと言い放ち、そこで今日の会議は解散となった。
「トレーナーも心配性ね。試験で上位数名に入れ、とか難しい話じゃないでしょう」
学年内での、成績優秀者であるキングヘイローは、全く怖気ずにその言葉を受け入れる。
「去年はそんなこと言わなかったのに。不思議だね」
キングヘイローには届かなくとも、同じく心配の必要がない成績だったセラフィナイト。
「……よし。じゃあ、私はもう行くね」
そそくさと準備をして、外へ出ようとするセイウンスカイの肩を、キングヘイローが掴む。
「スカイさん? まさか、あなた……」
「あ~、違う違う。試験はちゃんと合格してるよ。見せようか?」
と言いながら、順位表と点数の書かれた細長い紙を取り出す。
一部の成績はギリギリではあるが、確かに追試を受ける出来栄えではなかった。
「だったら、なんでそんな紛らわしいことするのよ」
「いや、わかるでしょ。私は面倒事に巻き込まれたくないだけで~す」
手を振りほどき、逃げるように部屋から出ていく。
疑問符が取れない頭を傾けていると、遠くから何かが走ってくる音が聞こえてきた。
「あ、居た居たー! エルちゃん、キングちゃん達居ました!」
「ブエノ! スペちゃん、これで助かりますよ!!」
ノックもせずに入室してきた二人は、見知った顔だった。
汗をかき、走った後だというのにやや青ざめた表情のスペシャルウィークとエルコンドルパサーだ。
「ど、どうしたの二人とも?」
驚き身をすくめるセラフィナイトと、すぐに状況を察知したキング。
大きくため息をついて、額に手を当てた。
「……まさかとは思うけど……。あなた達、もしかして……」
「さっすがキング! 話が早くて大助かりデェェエス!
ささ、今からエルが言うことを復唱してください!
『あなたの勉強は、私が見ます』!! さん、ハイ!」
「あなたの勉強は、私が見ます」
「ケ!?」
欲しかった言葉はキングヘイローの口からは語られず。
いつの間にか背後に立っていた、グラスワンダーの冷たい語気で果たされた。
「エル……私、あれほど言いましたよね。
今年は理事長の意向で、特に勉強面で厳しくなる、って。
赤点のボーダーが普段より高めになりそうって、散々言いましたよね?」
「ヒェ……グラス……あの……アタシ、キングかセラちゃんと……」
「別チームの、別のクラスの人に、そんなこと頼む暇があるとでも?
忙しい時間を、あなたが持っていったらダメじゃないですか。
ねえ、キングちゃん?」
「え、ええ……」
「キング―ー!!?? そこは嘘でも、面倒みるって言ってください!」
「さあ、エル。戻りますよ。……そうだ。スペちゃんもご一緒しますか?」
「え、ええと! 私は……うぅ、セラちゃん助けてぇ~~」
「あはは……。じゃ、じゃあスペちゃんは私とやろっか」
「セラちゃん! それ、それ! エルも参加させ」
「行きますよ、エル」
「ぐひぃっ! な、なんて見事な……ギロチン……チョーク…………ガクッ」
「さて。お騒がせしちゃいました。失礼しますね~」
「ば、ばいばーい」
手を振り、嵐の元を送り出す。
人がいるのに静かなアルタイルの部屋の中。
冷房が必要以上に効いているような冷え込みが、一同に残ったのだった……。