「どう、スペちゃん! 今日のは自信作!」
「……んん~~」
「え、え? ダメ? どこが?」
「んんん~~~~……!」
「もう、焦らさないでよ~~!」
「凄く美味しい! でもちょっ~と惜しいかなぁ」
「なぁんだ、そっち~!? あー、良かったぁ。ちなみに惜しい所は?」
「美味しいんだけど、もう少し甘みがあった方が食べやすいと思うんだ。
にんじんの甘さも十分あるけど、お砂糖を足した方がお菓子に近い感覚になるんじゃないかな、と」
「さすがスペちゃん! 食べ物についての情熱だけは、熱いものもってますね」
「ふふ。お勉強の方も、同じくらいの姿勢でいてくれたら良いんですけど」
「ええー! 二人ともひどーい!」
とある日の昼食時。
セラフィナイトは、栄養補給用のプロテインバーを自作し
友人でもあるスペシャルウィークに試食を頼んでいたのだ。
同席していたエルコンドルパサーやグラスワンダーとのやり取りも、普段からよく見る通りだ。
「課題は甘さかぁ……。でもねスペちゃん。あんまりお砂糖で味をつけると糖分過多の問題があってね。
今これちょうど一本で200キロカロリーに抑えてるから、それを超えないようにしないとビタミンバランスが」
「あちゃー、こっちもまた始まっちゃったかぁ」
机を囲む同期達の会話も、見慣れたもの。
セイウンスカイは、そんな友人らの楽し気な会話を耳にしつつ
マイペースに箸を進めていた。
「あ、居た! セラフィナイトさん。今日は私との約束があったでしょう!
あちこち探しちゃったじゃないの! スマホはちゃんと確認なさいな」
額にわずかな汗をにじませて現れたのは、キングヘイロー。
同席していたウマ娘と彼女を含めた世代は"最強世代"と呼ばれ
トゥインクル・シリーズを大いに盛り上げている。
上世代のシニアクラスも交えたGⅠをも制覇しているのが所以だろう。
「ああー! ごめん、キングちゃん! 忘れてたわけじゃないの!
用事済ませたら、すぐ行くつもりだったんだ」
「全く。忙しいキングの時間を奪わないで欲しいわ。
さ、行きましょう」
「はぁい。じゃ、スペちゃん。また試作出来たらよろしくね!」
「うん! 待ってるね!」
ツカツカと歩いていくキングヘイローの後ろを、友人らに手を振り付いていくセラフィナイト。
楽し気な雰囲気の後に残された彼女らは、その背を少し寂し気に見つめた。
「……忙しそうだね」
ぽつりとセイウンスカイが漏らした。
言葉に誘われるように、スペシャルウィークも思っていたことを口にする。
「チームマネージャーさんだもんねぇ。トレーナーさんの補佐なんだから、忙しいのは当然だよ」
「そうなんだけどさ~。ラフィはあれで良いのかなー、って」
「……あの時、あんなことにならなかったら……」
彼女らの脳裏に浮かぶのは、とある日の重賞レース。
最終コーナーを曲がり、直線でスパートを掛け合うデッドヒートの真っただ中だった。
逃げによる戦法が得意なセラフィナイトは先頭を一人走っていく。
必死の形相で、後続のウマ娘達はその背を追った。
最後の力を振り絞り、誰よりも前へ。
この時の為に、しっかり溜めていた脚を一気に解放し一着を。
先行策を取っていたスペシャルウィークも。
それに負けじと食らいついていた、キングヘイローも。
客席で見ていた、グラスワンダーやエルコンドルパサーも。
他のウマ娘の研究のために、全体を見ていたセイウンスカイすらも、その姿に目を奪われ。
誰もが、残り600mの地点で気付いた。
――――絶対に追いつけない……!
その加速力、ぶれない体幹。
全力を出しているのに、背中がどんどん遠ざかる。
共に走るウマ娘達全員に浮かび上がった、冷たい気持ち。
だが、その結果は思った通りにはならなかった。
残り1ハロンで突如失速したセラフィナイトは、結局そのまま後続に埋もれて最下位。
ゴール板をギリギリ超えたと同時に、崩れる様に倒れこむ。
苦悶の表情で足を押さえる彼女を見れば、その原因は明らかであった。
「あの後すぐにお見舞い行きましたけど……凄く元気なさそうでした」
痛々しい傷の治療痕だけではない。
心まで折られたような表情で、ベッドに横たわるセラフィナイトをエルコンドルパサーは思い出す。
「クラシックはまだしも……年末の有馬記念なら、どうにか間に合わないかなぁって思ってたんだけど」
耳をしおらせながら、食後のにんじんジュースを飲むスペシャルウィーク。
「足のケガ、聞いているよりずっと酷かったようでして。
軽く走るくらいならまだしも、全力で駆けてまた同じ箇所を痛めてしまうと
普通に歩くことも難しくなるかも……と、言われてるみたいですね」
ケガから復帰した経験のあるグラスワンダーは、足をさすりながら言う。
「セイちゃん、リハビリに付き合ってたよね。どんな感じだった?」
「しばらく辛そうにはしてたけど、頑張ってたよ。
ただクラシック始まってからは、トレーナーに任せちゃってねぇ……。
実際、状態をよく知らないんだよね。そもそも本人が話したがらないし」
チームメイトでもあるセイウンスカイも、詳しい事情は聞かされていない。
ただ、いつの間にかレースに臨むウマ娘ではなく、トレーナーを補佐するマネージャーへ
自らの意思で転向したという。
もう、走ることを辞めてしまったのだろうか。
誰もが同じ疑問を浮かべる。
そして、それは唐突に答えが明かされることとなった。
「……あれ、セラは?」
長い髪をハーフアップに。童顔な割には、少し濃い化粧で圧を演出。
アイロンがけされた綺麗な濃紺のパンツスーツ。
まだ年若くも、その手腕で有名チームになっている『アルタイル』のトレーナーが場に現れた。
「いまさっき、キングとどっかいっちゃったよ~」
チームメイトのセイウンスカイが質問に答える。
それを聞いたトレーナーは、困ったようにため息をついた。
「そっか。急ぎの用だったんだけど……うーん、どうしよう。電話も繋がらなかったし」
「何かあったんデスか?」
興味本位で疑問を口にしたエルコンドルパサー。
他のウマ娘たちも、同じ様子で返答を待っている。
トレーナーは少し悩み、指を額に当てる時間が5秒ほど経過した後。
「ま、あなたたちも知った方がいい内容かな」
と言いながら、内ポケットに入っていた封筒を取り出した。
「受け取ったは良いんだけど。署名欄にサインがなかったんだ。
わざと……なのかはわからないけど。話が聞きたくってね~……」
一同は声も出せずに驚愕していた。
封筒の表に書かれていたのは、『脱退届』
それは、チームアルタイルを抜ける意志表示。
個人であれ、チームであれ、トレーナーとの契約を破棄するということは
トゥインクル・シリーズに出られないことを意味する。
「なんで……そんな、突然……!?」
青くなるスペシャルウィークの口から零れた言葉に
トレーナーは首を横に振って答える。
「実は、いきなりじゃないんだ。
年明けぐらいから相談は受けてきたの。何度も引き止めてるんだけど……。
先日、ついにこれを突き出されてね」
悔しそうな表情で封筒を握るトレーナー。
同期達も、困ったように顔を見合わせた。
志半ばで道を諦めたウマ娘はたくさんいる。
才能の前に敗れ、学園を去ったものだって少なくない。
精神的なものならば、支えてやることもできるだろう。
だが、肉体的に難しいことはわかっている。
『走るウマ娘』でいることを、無理強いさせることは誰にも出来ない。
「それで……受け取ったの?」
いつになく真剣なまなざしでセイウンスカイが尋ねた。
ため息交じりでトレーナーは返事をする。
「わたしも納得してるわけじゃないから、正式な受理はしてないよ。
ただ……最終的にどうするか、決めないといけない時が来ちゃったのは間違いないね。
今まで、ずっと曖昧にしてきたことでもあるし……。
……と、楽しい時間に水を差しちゃってごめんね。他を当たってみるよ」
この一件はどうか内密に、と言い残しトレーナーは場を後にした。
気まずさと悲しみと落胆と。
重々しい空気だけがテーブルに残る。
目線を落とす輪の中、唯一。
セイウンスカイだけが、いつものようにどこか遠くの空を窓越しに眺めていた。