夏。
太陽は高く昇り、大地が溶けるような熱を放つ季節。
白波だつ大海原を前に、綺麗に整備された砂浜が座している。
ここはトレセン学園御用達の合宿地。
秋まで大型のレースがないため、学園主催での強化合宿カリキュラムが組まれている。
夏休みという時期を利用して、ほとんどウマ娘は参加し、大幅なパワーアップを図るのだ。
参加しないのは、夏レースに出る者や参加禁止を言い渡された者ぐらいだろう。
チーム・アルタイルは、もちろん参加だ。
向かうまでの行動は、学園のバスで移動なので皆と同じだが
到着してからの行く末はそれぞれ異なる。
まだ新進気鋭のチームや、成績の上がり切っていないチームは、小さな宿へ向かったり
逆に、見たことないほどハイグレードなホテル施設に泊まる者も存在する。
アルタイルは、徐々に頭角を現している若いチームだが……。
昨年度のGⅠ制覇ウマ娘の成績や、トレーナー自身が持っているコネクションにより、それはとても豪勢なホテルで過ごすことが決まっている。
となれば、使える施設や設備も相当なもの、と誰もが目を輝かせていた。
「よーし、みんな集まったね~」
「はーい……」
その輝きは、すぐに失われる。
練習着に着替えたチームメンバーは、潮風も届かない蒸し暑い山の中で、肩をがっくり落として集まっていた。時折、そよ風が吹いて葉を揺らすが、清涼効果はほとんどない。
人気もなく、自動販売機すら少し歩かないと見つからないほどの場所だ。
「はい、トレーナー!」
「なんだね、スカイくん」
「なんでこんな所で練習なんですか! あと、なんですかその恰好!
セイちゃん、もっと涼しい場所でやりたいでーす!!」
照りつける夏の日差しを物ともせず、生地の厚い道着を着ているトレーナー。
黒い帯を巻いているが、コスプレではなくしっかりと金糸で流派と名前の刻まれた、使い古されたものである。
立っているだけで汗のにじみ出ているセイウンスカイは、色々と理解できずに一同を代表して抗議した。
「そうしたいのは山々なんだけど。見られて、技を盗まれたら勿体ないからね。今だけちょっと我慢して。
ちなみにこの格好は、気合が入るので着ているのです。そう、言わば……勝負服!」
誇らしげにしているが、本当に大丈夫なのかこのお嬢様は……。
そんな疑問が、誰が口にするでもなく浮かび上がる。
遊びや道楽で、無駄に時間を潰すような人ではないが……。
暑さで頭をやられた、という線もあり得そうな状況。
「日差しもキツイし、早く始めようか」
服についての答えはどうでもいいのに、肝心の部分の返答が適当だったことに若干苛立ちを覚えながらも。
ある日、武術の練習中に活かせそうだと閃いたトレーナーの『秘技』の伝授が始まった。
「みんな、『
「あ、知ってる! 速すぎて見えないヤツ!」
「え? 瞬間移動でしょ?」
「と、言うことは……トレーナー、出来るの!? 瞬間移動!?」
勝手に湧き上がるウマ娘達を、申し訳なさそうに宥める。
「あはは。ファンタジーじゃないんだから、そういうのは出来ないよ。
わたしが教えるのは、飽くまで実際にやれる範囲のこと。
まあ、見てて」
そう言いながらトレーナーは、みんなから少しだけ距離を置いた。
「じゃ、行くよ~」
と和やかな雰囲気を出した直後。
身体を傾けて、地面に倒れこむような動作をしたと同時だった。
「え!?」
「速っ!」
突然加速したトレーナーは、一瞬にして先ほど空けた距離を詰めてきたのだ。
流石に人間の出せる速度の話ではあったが、普段のんびりしてそうな女性からは
到底想像できないほどの動きである。
得意げに繰り返すトレーナーが、鼻の下を擦りながら理論を説明する。
「歩き出しの動作を、重力で補うんだよ。
倒れこみながら、足を前に出して……地面を蹴るというより、地面に乗っていく感覚だね。重心と一緒に地面を蹴って……加速する!」
実際に何度も何度もやって見せながら、やり方を伝えていく。
本来は相手の不意をつく際に使う、初動作の足運びだ。
だが武道のように、実際に戦うわけでもない。そもそも、そんなことをすれば妨害行為で失格だ。
凄いは凄いのだが、こんなものが一体どこで役に立つんだ……?
疑問が膨れる前に、キングヘイローが一つの結論を述べてみた。
「スタートダッシュに使える、ってことね」
「そのとーり! 流石はキング!
ゲートの開いた時に使えば、出遅れだろうとすぐにトップスピードに持っていけると思うんだ~」
(……あれ、そういえば)
セイウンスカイが気付いたのは、トレーナーの呼吸だった。
温度により汗は滲んでいるが、トレーナーの息は全く切れていなかった。
瞬発力を必要とされるような素早い動作を、何度もやっているというのに。
「よぉし、みんな大体わかったかな?
後はひたすら練習だよー。これでアルタイルの『スタート最速伝説』を作っちゃおー!」
元気いっぱいに拳を掲げるトレーナーに、チームメイトたちは応じて拳を突き上げる。
最初のきな臭い雰囲気はどこへやら、皆とっくにこの新技術の虜になっていた。
「ねえ、トレーナー。これ、ラフィには教えなくて良かったの?」
休憩時間になり、スポーツドリンクを飲みながらセイウンスカイが聞いた。
そう。輪の中に、セラフィナイトは居ないのだ。
「うん。あの子の場合、まずは先にすることがあるから」
「先にすること?」
「遠くの新しいものより、近くの大事なものを取り戻してもらわないと」
「……あ~、そういう。でも、一人でやらせるのは流石に酷くないですかぁ~~?」
「大丈夫。グラスちゃんに続いてまた願ってもない助っ人が、協力してくれてるから。
ホント、友達には恵まれているよ。セラは」
「……助っ人?」
「はぁ……はぁ……」
山間から離れた、遠くの砂浜。
膝をついて、汗を滝のように流すセラフィナイト。
浅い呼吸で取り込む空気は熱く、肺が焼けてしまいそうなほど。
「さ、セラちゃん。もう一本行こう! まだやれるよ!」
同じように汗水を流しているが、しっかりとその足を地につけているウマ娘
スペシャルウィークの、強い声が響き渡っていた。