セラフィナイト ~最強世代6人目のウマ娘~   作:背水 陣

21 / 54
18話『大好きな背中を追いたくて』

それは、セラフィナイトがグラスワンダーに完敗した明くる日のことである。

 

トレーナー室で、合宿のカリキュラムを作成している時だった。

 

ノックが三回鳴り、在否確認の言葉が漆塗りの戸越しに発せられる。

 

「どうぞ~」

 

「失礼します」

 

気の抜けた返事をすると、丁寧な断り文句と共にウマ娘が一人入ってきた。

 

パソコンを操作しながらだったので、顔も声も認知できていない。

時間は夜。

トレーニングはとっくに終わっているので、チームメイトの誰かが訪ねてきたのだろうと思っていた。

 

 

「……って、あれ。スペちゃん!?」

 

手にかけたアイスコーヒーを零しそうになり、慌てて掴みなおす。

そこに居たのは、別チームのエースであり”最強世代”の一人であるスペシャルウィークだった。

 

「どうしたの、こんな時間に」

 

作っていた資料を保存して一度中断。

担当のトレーナーが別に居るウマ娘が、わざわざ一人で来るなんてよっぽどのことだ。

 

ただならない雰囲気を感じたので、応接用のソファーへ座るように促す。

 

「いいえ。お構いなく。すぐに済みますので」

 

「そう……。良いお店の水まんじゅう頂いたから、せっかくならって思ったんだけど……」

 

「いただきます」

 

「よだれ、よだれ!」

 

 

 

 

 

・・・。

 

 

 

「んん~~! 美味しいです!」

 

「でしょー。お饅頭部分は、つるっともちもちでのど越しも最高。

 餡子は甘すぎない上品な漉し餡……。堪らないよねー!」

 

「はい! 冷たいから、何個でも食べられちゃいそうです!」

 

「良いよ良いよ~。日持ちしないから、たくさん召し上がれ」

 

「ありがとうございま……って、ああ! 違います! トレーナーさん!!」

 

二個目を口にしかけた時に、スペシャルウィークは慌てて手を止める。

驚きながら、トレーナーはとりあえずとお茶を飲ませて落ち着かせて、話を伺うことにした。

 

 

「うわぁ~、この抹茶も美味しい~……! あ。じゃなくて、ですね。

 あの、私。セラちゃんのことでお話があって来ました!」

 

「セラの?」

 

トレーナーも同様に冷たいお茶を口にしながら聞く。

 

「はい。グラスちゃんとのレース、見ていて思ったんです。

 やっぱりセラちゃんは、あのままじゃいけないって」

 

「……」

 

それは、彼女を知っているのならば誰しも思っていること。

鍛えてきたとはいえ、本来の走りとは程遠い仕上がりだ。

 

あの時、グラスワンダーに敗北することは確信的であった。

だからこそ、トレーナーはあえて受け入れた。

 

スペシャルウィークの言うように、現状通りでは一生追いつけない、と。

それを事実として認識させるために。

 

「レースの勘も悪くなかったし、最後、突き放されても食らいついてました。

 調子自体は、もう怪我前とほとんど同じだと思うんです。」

 

「だよねぇ」

 

「でも……」

 

それから二人は、お互いに思っていることを話した。

スペシャルウィークが感じていたことは、当然トレーナーも認識している。

 

突破方法も、考えがないわけではないが……。

凄く難しい問題でもある。

 

如何にして、彼女を元の走りに戻せるのか。

出されたお茶が温くなるほど話し込み、門限の時間がギリギリになるまで熱中してしまった。

 

 

 

 

「あの、トレーナーさん」

 

「ん?」

 

寮の前までスペシャルウィークを送っていくと、去り際に引き止められた。

 

「合宿の間……最初の方だけで良いんです。

 セラちゃんと一緒にトレーニングさせてもらえませんか?」

 

「……それは良いけど……」

 

 

問題はセラフィナイトの方ではなく、彼女自身だ。

合宿は、どのウマ娘も飛躍的に能力を伸ばす絶好の機会。

 

特にGⅠレースに出ているスペシャルウィークなら、他の追随を許さないためにも

密な練習が必要になるだろう。

 

 

「私のトレーナーさんには『短期間なら』と許可は貰ってます。

 だから、セラちゃんの方さえ良ければ……」

 

遠慮の為に、口にしようとした断り文句は防がれてしまった。

 

 

 

ここまでしてくれる覚悟を、無碍にすることはできない。

 

 

「わかった。セラには話しておくよ。

 でも、スペちゃん。本当に有難い話ではあるんだけど……どうして?」

 

好く思ってくれているのは知っているが、正直に言えば友人としての範疇を超えかけている行動だ。

 

「……それは……」

 

スペシャルウィークは、手短に。

けれど、トレーナーが納得する言葉を口にしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

――――。

 

 

炎天下で、もう何度目のダッシュだろう。

定期的に水分補給をしても、すぐに喉がカラカラになってしまうほど。

 

砂浜の上で、辛そうに膝を折るセラフィナイトへ、スペシャルウィークは叱咤激励する。

 

「午前はあと3セットで終わりだよ! 頑張ろう!

 ここで諦めたら、有記念なんて出られないよ! セラちゃん!」

 

「ハァ、ハァ……。う、うん……!」

 

流れる汗もいとわず、普段は弓なりの眉に厳しい角度を付けて言う。

 

浅い息で、なんとか立ち上がるセラフィナイトは、再び気持ちを奮いたたせて走り出した。

 

 

「ぜっ……ぜぇっ……ひゅっ……!」

 

息も絶え絶え、目的の場所まで全力疾走。

砂でのダッシュトレーニングは、慣れている芝などとは違い、足を取られやすい。

ふんばりを利かせないと、真っすぐ動くことすら出来ない。

 

 

これは、今のセラフィナイトに必要なトレーニング。

内容の考案はトレーナーだが、実施はスペシャルウィークに一任されていた。

 

 

「よし、セラちゃん! もう一本いこう!」

 

セラフィナイトが走った後、自らも全力で走りこみ傍へ向かう。

疲労もあるはずなのに、それを感じさせまいと懸命に励ます。

 

「はっ、はっ! ぜぇ、ぜぇ……」

 

「…………」

 

肩で大きく息をしながら、今にも倒れそうなセラフィナイトを見る。

 

彼女は長距離などのレースが得意なウマ娘だ。

だが、決してステイヤー並みの肺活量や強心臓があるわけではない。

 

しかし、以前は坂路のトレーニングも楽々こなす実力者だったのだ。

ここまで疲労するのは、本来ならあり得ない。

 

 

スペシャルウィークも優秀な体力を持っているが、方向性が違う。

 

わかっていたことだ。

 

 

 

「……セラちゃん、私先に行くね。そしたら、またもう一本やろう」

 

「……スペ、ちゃん……」

 

「はぁっ!」

 

 

そう言い残し、砂塵を巻き上げて遠く彼方まで走り去っていった。

 

友の背中を見ながら、セラフィナイトは膨れ上がってきた疑問を、折を見てぶつけることにした。

 

 

 

 

 

 

「スペちゃん、あのさ。」

 

「なぁに?」

 

予定より1セット少ないまま終えた午前のトレーニング。

スペシャルウィークは逆に2セットも多く走っていた。

 

それでも涼しい顔で、持参した昼食を取っているのはまさに健啖家たる所以だろう。

 

木陰で休みながら、食事も喉に通らないセラフィナイトは質問を続ける。

 

 

「どうして、大事な時期に私とトレーニングを提案したの?」

 

トレーナーと同じ疑問。

 

ライバルであり、友達でもある。

 

だが、仲良しこよしの慣れ合う仲ではない。

 

互いが互いに、いつも真剣に勝負の舞台に挑んでいる身だ。

道楽で付き合うようなことはしないはず。

 

ましてや別のチーム。担当トレーナーすら違うのに……何故?

 

 

 

聞かれるだろう、と思っていたスペシャルウィークは食事を一旦取りやめ。

包み隠さずに、意見を述べることにした。

 

 

「私ね。スズカさんがケガした時に、後悔したことがあるんだ」

 

 

かつて、同チームの先輩であるサイレンススズカは重度の骨折をした。

スペシャルウィークは、尊敬するがゆえに彼女へ過剰なほどの世話をしていたことがある。

 

 

「今になって思ったことなんだけど……。

 あれは結局、私が満足するためだけにやってたことなんだなぁ、って」

 

 

スズカのため、と思って身の回りの世話を全部やった。

ただ、それがいつしか再びレースへ出ることへの阻害になってしまっていたことに気付いたのは、もう少し後。

 

 

走るために奮起し、そして何者をも寄せ付けない復帰戦を果たした時だった。

 

 

彼女は、困難を受け入れ苦楽を糧に1着を手に入れたのだ。

そこは優しさや慈悲では、たどり着けない領域。弱さを見つめ、強さを認められたからこそ、スズカは今もターフを駆けられている。

 

 

「怪我って、怖いよね。いつなるかわからないし、苦しんでいる人を見ると……胸がきゅうってなる。だから、どうしても何とかしてあげたい、って考えちゃうんだ。

 私、ウマ娘の知り合いとか居なかったから特にね」

 

 

 

けど、それは自己満足。

 

走りたい、またレースに出たい。

 

 

そう思っているウマ娘の背中を押すのは……トレーナーの仕事。

 

 

 

悩んで苦しんで、歯がゆい思いをしているヒトを勇気づけるには、どうしたらいいんだろう。

 

 

 

「私はウマ娘だから。

 同じウマ娘を助けたいなら……引っ張ってあげるしか、ないんじゃないかってスズカさんを見て思ったの」

 

「スペちゃん……」

 

 

 

 

 

「セラちゃん。サポーターを外すのは、怖い?」

 

 

未だ足に巻かれている補助器具を見ながら聞く。

 

 

「スズカさんも、最初は怖かったって言ってた。

 テイオーさんも、ギプスが取れてから走るのは辛かったって言ってた。

 でも、二人とも今は笑って走ってるよ。

 セラちゃんは……セラちゃんは、どうなの? どうしたいの?」

 

見たことない剣幕で詰め寄られながら、セラフィナイトも思うことを言う。

 

「どうって……ホントは、全力で走りたいよ。

 これがあるから、足が上手く動かせないのは、私だってわかってるよ!

 でも……でも、怖いものは怖いんだよ……!」

 

 

脳裏に浮かぶのは、あの日の記憶。

 

 

鈍い音と遅れてくる鋭い痛み。

もう二度と走れなくなるかもしれない恐怖。

 

その忌まわしい記憶がフラッシュバックすると、体が動かなくなる。

 

でも、サポーターがあればそれも緩和できるのだ。

だから、外せない。

 

走り続けたいなら、なおの事。

 

 

 

「大丈夫だよ。セラちゃん、凄いウマ娘だもん。

 再発しないように、いっぱい鍛えてきたんでしょ?

 きっと、もう大丈夫だから……」

 

「凄くなんかない! グラスちゃんに負けたレース、見たでしょ!?

 私はあの程度なの! スペちゃんが見てきた、天才達と一緒じゃないんだよ!」

 

「……セラちゃん……」

 

 

涙を浮かべて、胸の内を明かす。

 

 

以前にキングヘイローにも同じことを言った。

彼女のくれた勇気で乗り越えられた問題だと思っていたが……現実は違う。

 

わかっているのに、体が動かない。

 

怖い。怖くて仕方ない。

 

あと一歩を踏み出す力が、自分の中にはない。

 

 

グラスワンダーに負けて悔しくて。

認めたくないから虚勢を張った。

 

その時は、先に進む意志が燃えた気がしたけど……陽炎だった。

 

 

弱い自分は弱いまま、背を押してもらった分しか動けてない。

 

 

自分の足は、まだ止まったままなんだ。

 

 

 

悔しいのも本当。

 

怖いのも本当。

 

本気で走りたい。

 

本気で走れない。

 

 

再び心を混濁させる感情が、正常な気持ちを崩していく。

 

 

「……うっ……うぅ……」

 

 

震えて膝に顔をうずめるセラフィナイト。

 

 

スペシャルウィークは少し躊躇った後。

 

優しく、その小さな体を抱きしめた。

 

 

「……セラちゃん。私、スズカさんの走りが好きなんだ」

 

「………………知ってる」

 

「一度も先頭を譲らない、あの圧倒的で、綺麗な走り方が大好き」

 

「……」

 

「……そんなスズカさんに。セラちゃん、そっくりなんだよ」

 

「…………え?」

 

 

 

凄まじいスピードでターフを駆けて

 

いつも先頭では笑っている。

 

相手を嘲る笑みではなく、純粋に楽しさから漏れる無垢な笑顔。

 

 

セラフィナイトとは、そういうウマ娘。

 

 

誰にも真似できない、絶対の存在。

 

 

 

 

「だから、同期にそんな子が居て……私、凄く嬉しかった。

 こんな近くにも、私の目標があるんだ、ってワクワクした。

 いつもあなたに、私は憧れの先輩を重ねてた。」

 

「スペちゃん……」

 

そっと身体を離し、スペシャルウィークは立ち上がる。

 

 

 

「キングちゃんから、聞いたよ。

 あの日の高松宮記念、キングちゃんはセラちゃんの為に走ってくれたんだってね。自分の全てを賭けて。」

 

 

拳を握り、遠くの砂浜を見た。

 

 

「私には、そんなカッコいいこと出来ない。

 でも。勇気はもう、貰ってるなら……あと、私が出来ることは……!」

 

 

砂浜を思い切り蹴り上げて、叫ぶ。

 

 

 

「根性しかないんだぁーーーーー!!」

 

 

 

塵を被りながら、セラフィナイトが目を丸くする。

 

 

 

 

「セラちゃん! 私、何本でも走るよ!!」

 

 

 

太陽が肌を焼こうと。

 

 

 

「セラちゃんが来てくれるまで、ずっとずっと走るから!!」

 

 

汗が纏わりつこうと。

 

 

 

「だから……だから……!!」

 

 

 

足が動かなくなったとしても……!

 

 

 

「私の……私たちの大好きな! セラフィナイトで追っかけてきてよぉーーーーッ!!!」

 

 

 

「……スペちゃん……!!」

 

 

 

あふれ出る涙が止まらない。

 

悔しさと申し訳なさと、自分の弱さに対する情けなさと。

 

 

 

あの時、キング達に誓ったことはなんだったのか。

 

 

ちっとも変ってないじゃないか。

 

 

そんなままでいいのか。

 

 

そんなまま、友達に負けて良いのか。

 

 

「うぅうーー! もう! いっぽぉおーーーん!!!!」

 

 

不器用に、でも力強く励ます友を見て何も思わないのか。

 

 

 

「……」

 

 

涙をぬぐい、立ち上がるセラフィナイト。

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

身体を屈め。

 

 

 

震える手で。

 

 

懸命に。

 

 

「……すぅ」

 

 

大きく息を吸ってから。

 

 

 

 

自らに施した心の弱さ(サポーター)を剥がした。

 

 

 

 

「スーーーペーーーちゃぁああああん!!」

 

 

 

そして、思い切り叫んで駆け出した。

 

 

 

最初に踏み込んだ際に、今までにない感覚があった。

 

 

懐かしい感覚と……冷たい恐怖。

 

伝ってくるそれらを、セラフィナイトは振り切る。

 

 

 

 

……関係ない。

 

 

これは、もう怖さじゃない。

 

 

 

この一歩は、みんながくれた自分の強さだ。

 

 

 

 

だから……だから……大丈夫なんだ……!!

 

 

 

 

 

普段より可動域のある、柔軟な足首。

 

 

今まで鍛えに鍛えた土台が、更にその強さを加速させる。

 

 

「セラちゃん!!」

 

 

あっという間に、スペシャルウィークの背後にたどり着いた。

 

 

 

(ごめんね……ごめんね……。ありがとう、みんな!)

 

感情が混ざって制御できないまま、セラフィナイトは駆け続ける。

 

 

 

彼女の天性から放たれる、バネのような踏み込み。

生み出される、あり得ないほど長く遠い、飛ぶような一完歩。

 

筋肉のしなやかさから生まれる反発力は、まさに彼女だけにしか出来ない走りなのだ。

 

 

これが、セラフィナイト本来の動き。

 

サポーターで固めてしまうと、この足首の動きが出来なかった。

だから、本気で走っても従来の速さが取り戻せなかったのだ。

 

 

 

でも……わだかまりの無い、今なら……!!

 

 

 

「スペちゃん! あそこまで勝負しよう!」

 

 

「うん!!!」

 

 

久しぶりの解放感と、今度こそ自分の走りが出来た喜びで

汗と涙でぐちゃぐちゃになった笑顔のまま、セラフィナイトはただただ疲労も忘れて走っていった。

 

 

 

隣で同じ顔をしてる、大切な親友(ライバル)と共に……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。