セラフィナイト ~最強世代6人目のウマ娘~   作:背水 陣

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19話『個別特訓』

「くぅう! また負けた!!」

 

 

学園付近で行う階段ダッシュや坂路でのトレーニングで使用するのとは違う、ゴツゴツした土がむき出しの傾斜の厳しい坂。

よりバランス感覚と、筋力や根性の試される長い道のりを、ただただ駆け上がる練習。

炎天下の中、中長距離を目標レースに掲げているウマ娘たちが競い合うように走っていた。

 

 

「えへへ。この距離なら、流石にキングちゃんに負けてらんないよ」

 

爽やかな笑顔で勝ち誇るのは、金髪緑眼のウマ娘セラフィナイト。

 

夏用のトレーニングウェアと、シューズ。

 

ただ、それのみの格好でキングヘイローと競争をしていたのだ。

 

彼女の全力を抑えていた、補助器具はもうそこには無い。

 

 

「ふん! これはトレーニングなんだし、構わないわ。本番では、キングが勝つんだから!」

 

「うん。そうだね。楽しみ!」

 

「……あなたねえ。みんなにどれだけ心配かけたかわかってるの? この、この」

 

「ん~! ほっぺた突かないでよ、キングちゃ~ん!」

 

 

楽しそうに、仲間と笑いながら練習をする……当たり前の風景。

 

 

それが、あんまりに嬉しくて。

指導役のトレーナーは、たまに涙ぐんでしまう。

 

 

 

セラフィナイトが、再び本来の走り方を取り戻した日の夜。

トレーナーは、スペシャルウィークの宿を訪ねて、ただひたすらに感謝の意を述べた。

 

それだけでは気が済まないので、学園近辺で使えるお食事券や、近所で行われる夏祭りで使える屋台の金券

更には自分たちのホテルでのビュッフェに、いつでも参加できるように手回しをしたことを伝えた。

 

「そこまでしていただかなくても……」

 

遠慮と歓喜を隠しきれない笑顔を、トレーナーは丸ごと抱きしめて言う。

 

「それぐらい、嬉しいし有難いことなの」

 

「……いいえ。私だけの成果じゃないですよ」

 

「うん。そうだね。でも、それでも……ありがとう。スペちゃん」

 

「はい。……私たち、ターフで待ってますから」

 

 

 

 

そう、これはまだ頑張りの途中。

 

 

走れる場所までたどり着いた。

 

 

勝つための要因を手にした。

 

 

後は、勝利を掴み取るだけ。

GⅠレースで、彼女らよりも先にゴールするために。

 

 

 

 

また思い出して、泣きそうなトレーナーが声を張る。

 

 

「さー、午前中の折り返しだよー! 気合入れて走りなさーい!」

 

「もうやってまぁ~~す! あー! もぉー! あーーつーーいーー!!

 室内トレーニングさせてよぉ~~~!!!」

 

ヘロヘロになっているセイウンスカイが、やけに厳しいトレーニングに抗議の意味を込めて叫んでいた。

 

 

 

 

 

「セラちゃぁ~~~ん!」

 

「な、なんですか?」

 

午後の練習に向かおうとした時だった。

今日は、練習施設が貸し切りで使えるので、涼しい環境で室内トレーニングが出来る。

 

それぞれが、自分に合ったメニューをこなす時間だ。

セラフィナイトも事前に貰っていたものを、実施しようとしたのだが。

 

やけに上機嫌なトレーナーが、甘えた声ですり寄ってきた。

 

 

「あなたはこっち」

 

「え? でも、午後は筋トレって書いて……」

 

「変更変更! スケジュールが思ったより前倒しになってくれたから。

 先に、叩き込んでおきたいことがあるんだ」

 

「……?」

 

 

言われるがままに付いていく。

施設を出て、海の方へ歩くみたいだ。

 

「セラさー、耳が凄く良いでしょ。もっと活かせる武器に出来ないかなぁってずっと考えてたんだ」

 

道中、何をするかの説明をしながら進む。

 

「ゲートの開く音、事前に察知できたら最高のスタートが切れると思わない?」

 

「えぇ~。何言ってるんですか……」

 

そんなエスパーじゃあるまいし。

いくらウマ娘が常人とは異なる能力を持っているからと言って、出来ることと出来ないことがあるだろうに。

 

「そもそも、セラさ。スタートが早いのはどうして?」

 

「どうして、って……。うぅん。あんまり考えたことないですけど……

 こう、ゲートが開くかな~って感じがわかるというか」

 

「そう。多分、元々出来てるんだよ。でも、今はまだ感覚の段階。

 それを確実な技術に仕立て上げちゃおうかと」

 

 

気が付けば、海辺まで来ていた。

少し待っているように言いつけられると、トレーナーはとある店の中へ入っていく。

 

しばらくすると、ライフジャケットと鍵を持って出てきた。

レンタルボート屋の名前が書かれたキーを楽し気に振り回しながら、停泊所へ向かう。

 

「セラは浜辺の方に居てね。所定の位置に付いたら、電話するから。はい、これインカム」

 

「わかりました」

 

 

今から何が行われるのか、さっぱり理解できないセラフィナイト。

ウマ娘用の、骨伝導スピーカーのヘッドセットを装着し、スマホと連動させる。

 

トレーナーの方は慣れた動作で船に乗り込むと、それは上手な舵取りで沖の方へ向かっていった。

 

 

しばらくするとスマホが鳴ったので、通話アプリのボタンを押す。

 

 

 

「聞こえる~?」

 

「聞こえます」

 

「よし。じゃあ、これは?」

 

「え?」

 

 

何のことだろうと、ボートの上のトレーナーを見る。

 

スマホを向けて、何か操作をしているが全く聞こえない。

波の音、浜風や海鳥の泣き声。

そもそも、距離があるので音がこちらに到達しているかも疑わしい。

 

「なんなんですか、これ」

 

「ゲート音だよゲート音! 今鳴らしてるんだよー!」

 

「えぇ……」

 

困惑しながら、これのどこがトレーニングになるのだという疑問が真っ先に浮かぶ。

 

何度かタップの動作をして、聞こえるかどうかの確認をするが一片たりとも音は届いてこない。

耳を澄ましてみても、全然だ。

 

「トレーナー、いくらなんでも無理ですよぉ」

 

「あれ~? 本当に聞こえない? おかしいなぁ……。物凄くリアルな音にしてあるんだけど」

 

こんな騒音だらけの中、スマートフォンから発せられる小さな音が耳に入るわけがない。

素っ頓狂なトレーニングメニューを思いつくことに定評のあるトレーナーだが、今回は流石にただの失敗に終わりそうだ。

 

 

「この音ね、ちゃんとマスキングしてるんだよ」

 

「マスキング……?」

 

「うん。海辺って色々とうるさいでしょ?

 環境音を相殺することで、必要な音だけ届けるようにしてるの。簡単に言うなら、ノイズキャンセリングってヤツね。

 トレーニングになるように、完全にかき消してはないんだけど……波長が合ってなかったかな?」

 

「……」

 

 

どうやら、割と本気で考えているらしい。

 

明らかに無免許では乗れなさそうなボートを、当然のように操ってること。

知らない技術で、ゲート音を練習用に加工していること。

 

相も変わらず、謎だらけの女性だが……向き合う姿勢はいつだって本気だ。

 

 

 

「トレーナー、もう一度鳴らしてみてください」

 

「え? あ、うん。……はい」

 

「…………」

 

ダメだ。聞こえない。

 

 

自分の集中力が足りていないだけだろうか。

 

風が鬱陶しく、髪が顔面にぶつかってくる。

塩が混じっているうえに、今日は気温が高い。不快感は更に倍増だ。

 

 

 

でも。

 

 

こんな中、そんな小さな音を拾うことが出来たとしたならば……。

 

 

 

「不規則で良いんで。何度もやってください」

 

「うん。いくよ」

 

 

半信半疑だった声に、真剣みが帯びてくる。

感じ取ったトレーナーも、本腰を入れて操作をする。

 

 

「…………」

 

 

 

セラフィナイトは、目を閉じた。

なまじ視覚で、トレーナーの動きを見ようとするからいけないのだ。

 

必要なのは、音の情報だけ。

 

 

金属の軋む、一瞬の音。

バネの動き、金具の衝突するあの感じ。

 

 

 

 

イメージを作った。

 

 

今、自分がスターティングゲートに居るなら。

 

 

 

その音は、どう鳴るのだろう。

 

 

 

意識を体の奥に沈めていくにつれ、セラフィナイトは耳に当てていた手を下ろした。

 

それは自然な姿ではなかったから。

 

 

 

もっと、もっと。

 

 

波の音をかき分け、潮風を突き破り。

 

音を自ら拾いに行く。

 

 

細い糸を飛ばすように。

 

されどアンテナのように、幅広く気配を張り巡らせれば……。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――カシャン。

 

 

 

 

「…………聞こえた!」

 

「え!? ホント!?」

 

 

自然音ではない、人工的な音。

荒波の中でも、わずかにそのスタートの合図は耳に届いた。

 

 

 

「もっかい! トレーナー!」

 

「うん! やっぱセラは凄いよ! これが出来たら、次は本物のゲートでやるからね!」

 

 

より難易度の高い状態から始めれば、短期間でも効果は絶大になる。

今の集中力を持ってすれば、ゲート内で音を聞き分けるぐらい余裕になるだろう。

 

他のウマ娘も見なくてはならないトレーナーが考えてくれた、圧縮トレーニングである。

 

 

 

(やっぱ、トレーナーを信じて正解だ)

 

 

 

何度も何度も繰り返す。

時には聞こえないこともあったが、日が赤色に染まる前にはほぼ8割ぐらいの成功率になってきた。

 

 

「よし。こんなところかな」

 

キリの良い所で切り上げ、再び陸へトレーナーが戻ってくる。

 

「成功率も十分だし、後は実機で反復練習だね」

 

「はい」

 

「アルタイルが全チーム最高のスタートを切れるようになるとしても

 あなたは、その中でも最速を目指して欲しいんだ。逃げのセラにとっては、大きな武器になるし」

 

「そうですね」

 

「あー、そうそう。ゲートでの訓練から、ちょっとスタートの出だしも変化を加えるからね」

 

「出だしを?」

 

「うん。みんなはもう出来るんだけど……セラは、これを組み合わせればホントに最速になると思う」

 

「……?」

 

「合同練習でやってた『あれ』を、伝授するからね」

 

「……ああ、あれ。聞いてはいましたけど……やるんですね」

 

「うん、やっちゃう」

 

にやりと笑うトレーナーにつられて、セラフィナイトも同じように笑った。

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