「はぁ、はぁ……。ふぅ……」
日差しの届かない木陰に入り、一息つく。
山道のランニングを行っていたセイウンスカイは、汗を拭いながら空を見上げた。
じりじりと照り付ける太陽。
真っすぐに光を届ける姿を、指の隙間から覗く。
(いざとなると。やっぱ、そう思っちゃうんだよねぇ……私って)
時には神と崇め感謝したり、農作物の恵みとして必要不可欠なもの、太陽。
明るくて、温かくて。愛しさすら覚えることもある。
でも、誰だって好きというわけではない。
眩しいのは苦手なヒトも居る。
(だって、強い輝きは弱い光をかき消しちゃうんだもん)
軽くため息をついて、セイウンスカイは再び走り出した。
勝負に負けた悔しさ以外で、彼女がこうやって自らトレーニングをするのは珍しい。
理由は、先日の合同練習の時にあった。
合宿も大詰め。
それぞれ、不調から脱出した者や長所を伸ばせた者、いまいち効果が見られなかったもの。様々な結果を、最後にみんなの前で共有し合う練習だ。
「じゃ、次のグループ行くよ~」
トレーナーの合図で、ゲートにウマ娘達が入っていく。
合宿場にある、練習用コースでの最終調整だ。
それぞれ、次回の出走レースでの距離で走りタイムを計るもの。
同距離の者が居る場合は、模擬レース形式で執り行っている。
アルタイルのチームとしての新たな特色『スタート最速』
それを体現するための練習でもあるのだが。
中でも一際、異彩を放つウマ娘が居た。
「……ふぅ。うん、良い感じ」
芝2200mを走り終え、爽やかな汗を流す彼女の名はセラフィナイト。
同時に競争していた誰よりも速く、一番にゴールを駆け抜けた。
かつての不調は面影すらなく。
彼女のみが体現できる、唯一無二のスターティングは誰もが騒めいた。
「お疲れ様でした。もう、すっかり調子は元通りですね」
共に走った、後輩のカルミアボタンが声をかけてくる。
息を弾ませているが、まだ余裕そうな顔つきだ。
「ボタンちゃん! お疲れ様。最後の追い上げ、凄かったね。
ビックリしちゃった。レース形式で一緒に走ったの初めてだもんね」
「はい。私も先輩の走りに驚きました」
相変わらず、他者にはほとんど聞けない声量で会話が続く。
「2200mってことは、次はやっぱりセントライト記念? 菊花賞出るんだもんね、ボタンちゃん」
「はい。ですが、実は……」
「?」
「ちょっとちょっと、セラちゃんってば何さっきのスタート!?」
「トレーナーと秘密特訓してたの聞いてましたけど、何だったんですかアレ!?」
普通、見慣れない光景を目にしたチームメイトが、驚きと羨望の眼差しで駆けよってくる。
カルミアボタンは、あっという間に囲まれたセラフィナイトにそれ以上声を掛けず
一礼してその場を後にした。
「……なに、それ」
そして、そんなレースを見て喜びではなく、
セイウンスカイが、厳しい眼差しでその輪を見ていた。
「……あれ。」
思い出しながら、心の内に湧き上がる感情に思考を張り巡らせていると
山間のコース中だというのに、トレーナーが手を振って待っていた。
「お疲れ様、スカイ。精が出るね」
「おやおや、トレーナーさん。何言ってるんですか。セイちゃん、努力とか柄じゃないタイプですよ~?」
「あはは。今更何言ってんの。見たところ、もうトレーニングコースを3周はしてるんじゃない? それ以上はオーバーワークになるよ」
「いやいや、まだ走り始めたばっかりですって。どこでサボろうかなーって思ってたぐらいですけど?」
「……上着の裾、種ついてる」
「? あ、ほんとだ」
「その植物、あなたの走るコースなら、終盤の坂の上まで行かないと生えてないんだよ。
汗の量と土汚れの感じといい、流して走ってるわけでもないでしょ。一旦休もう?」
「…………はぁ。敵わないなぁ、トレーナーには」
能天気なお嬢様っぷりを発揮するかと思えば、こういう観察眼は鋭いものがある。
小さな情報から本質を見抜く眼があるからこそ、この人が指揮するチームに入ったのだった。
ちょうど良い木陰があったので、入り込み座る。
トレーナーは、持参した鞄から冷えたタオルとコンパクト扇風機を取り出して、セイウンスカイの身体を冷やした。
「……」
「……」
顔を拭い、手持ちのスポーツドリンクをストローで飲みながら空を見上げる。
ただただ強い日差しが、青い空を覆っている。
時折、目を細めながらもセイウンスカイは無言で休息していた。
「……焦ってる?」
何かしらの心中を察したのか、トレーナーが口を開いた。
スカイはいつものように、はぐらかそうとするが。
単なるお遊びの会話とは違う、優しくも気を遣うトーンを聞くと、それも無駄だと察する。
「……そりゃ、あんなの見せられたらね」
才能の塊。
自分たちの世代は、みんながそうだ。
輝かしい成績を収めた親、自らの走り。
策をめぐり、張り巡らせ、ようやくその土台にギリギリたどり着ける。
走れば走るほど、その格差にいつだってぶち当たる。
特に顕著に思うのが、セラフィナイトだ。
長い間、負担のかからない程度の自主トレしかしてこず、レース経験は1年以上無い。
にも拘らず、数か月でGⅠウマ娘達に比肩する能力を取り戻してしまった。
友達としては嬉しいことだが、ことレースになれば話は別。
途端に、最大級の敵として立ちはだかる。
それを実現させてしまう、才能という言葉がセイウンスカイは大嫌いだった。
「スカイのことだからさ、みんな天才でずるいよなーとか思ってるでしょ」
「……そこまで悟られると、気味が悪いですよ。なんなのさ、トレーナー。いっそ変態ですって」
「純粋な身体能力なら、確かにみんな凄いと思うけど……スカイは、別に才能があるでしょ」
「この小賢しい頭のことを言ってるなら、見当違いですよ。こんなの、才能でもなんでも」
「そーやって、卑屈になるのがあなたの悪いところ。セラと同じ、あなた達の欠点だよ。
ちょっとは己の才能を自覚して、自惚れてみなさいな。十分、立派な武器なんだからさ」
「…………」
空になったドリンク容器を口にしながら、複雑な気持ちを懸命に整理する。
「……トレーナー……私、秋の天皇賞は絶対欲しい」
スペシャルウィークに敗北を喫した春の天皇賞。
長い距離を得意としている彼女が、その土俵で負けた。
底力の差を思い知らされた、悔しいレース。
同等格のGⅠレース、秋の天皇賞。
夏の合宿を終えて、更に強豪たちがひしめくこと間違いなしの厳しい戦いだ。
でも、だからこそ。
勝って、自分の
みんなに負けないものを、持っていることを一着になって示したい。
「当然。その為に今、色々やってるんでしょ」
「わかってるけど……。本当にこのままで大丈夫なのかなぁ……」
「…………しょうがないなぁ。じゃースカイにはとっておきを教えてあげよう」
「え?」
煮え切らない感じを払拭すべく、トレーナーは立ち上がる。
「みんなに教えた『縮地』ね。あれ、実はスタートダッシュの秘策だけじゃないんだよ」
日向のランニングコースまで歩いていくと、解説を始めた。
「走り出しの動作だけじゃなくて、走っている途中にも応用できるの。
まだ、わたしも試行錯誤中だから黙ってたんだけど……」
言いながら、走行中のフォームから繰り出す縮地を披露するトレーナー。
ウマ娘によっては、縮地は前傾姿勢になりすぎるので、普段の走り方から急変させるとフォームを崩してしまうこともある。
しかし、そもそも前傾姿勢気味に走るセイウンスカイなら、問題なく使いこなせるだろう。
「なるほどねー。やっぱ、そうだと思ってた」
「ありゃ、気付いてたの?」
「だって、あんだけ全力のスタート切ってるのに、ほとんど疲れないんだもん。
走ってる最中に出来れば、一息つくのに持って来いじゃないかなーと睨んではいましたよ」
「さっすがスカイ。ってことは、もしかして……」
「…………まあ、こっそり試してみたりは」
「あはー! スカイのそういうところ、わたし好きだなー」
「はいはい。でも、スピードを維持するのが難しくって……。カーブも出来るのかな。どうやってるの、トレーナー?」
「あー、そう。そうなんだよ。だからね、その場合は足だけじゃなくて、頭の方をもっと……」
休憩時間も録に取らず、二人の特訓は続いた。
何度も何度も、フォームの確認とスピード維持を目的に反復練習が続く。
最初から、指導の時のみに着るスーツではなく。動きやすいジャージ姿をしていたトレーナー。
彼女の配慮に気付いたセイウンスカイは、その好意に黙って甘えることとした。
特訓の最中、セイウンスカイはふと気になったことがあった。
「ところでさ、トレーナー」
「ん?」
「私だけ、贔屓しちゃっていいの? これ他の娘が見たら、やりたがると思うんだけど」
「スカイが習得できたら、みんなに教えるつもりだよ。
まー、セラとかボタンみたいなストライド走法が主体の子には、中々向かないけど」
「ふぅん」
「それに、贔屓はして良いの。だって、みんな違う考え、違う身体を持ったウマ娘なんだから。
平等に指導はするけど、公平には指南できないよ」
「そりゃあそうですけど……。てっきり、お気に入りの娘にしか教えないつもりなのかな、って」
「ほ~ん? さては、妬いてるのかね、スカイくん?」
「べ、別にそんなんじゃないです~!」
「うんうん。まあ、それはそれとして。
スカイの策についてなんだけど。みんなの頑張りも、あなたにとって一つの目論見になるからね」
「?」
「最近スカイがやってる、『もう一つの戦い方』は、アルタイルの方針と
それがまた、良い感じにアクセントになると思うんだよ」
「…………ああ。そういう」
「そう、そういうこと。騙すならまず味方から、ってね」
「トレーナーもワルだなー」
「勝てばいいの、勝てば。だから、スカイの出走レースは天皇賞一本にするけど。
それでもいいよね」
「大丈夫だよ。有馬への調整もあるしね」
「うん。頑張ろう」
晴れ晴れとした空の下。
今は太陽に負けない、青い空が清々しく広がっていた。
「あ、そうだ。トレーナー。一つだけ、お願い事があるんだけど」
「なぁに?」
「その、年末の有馬記念のことでね。ラフィと……」
――。
「なるほど。わかった。じゃあ、セラには言っておくね」
「ううん。私から言うよ」
「…………そっか。なら任せます」
「任せてくださいな」