「うわぁ~! 賑やか! 早く! 早く行こうよセラちゃん!」
「スペちゃん、そんなはしゃぐと転んじゃうよ」
夏合宿の後半。
彼女たちは、近くで開かれているお祭りに参列していた。
身にまとっている服は、体操服でも制服でもない。
「だって~、こんな美味しそうな匂いしてるんだよ! 全部回りたいよぅ」
スミレの意匠が施された浴衣を着ているのはスペシャルウィーク。
「お店は逃げないから、ゆっくり行こう?」
宥めるように付いていくセラフィナイトは、緑地に蝶柄の物を着ている。
普段はしないが、花火の大音が彼女の聴力に響きやすいため暗緑色のイヤーカバーをしている。
金色の髪は、トレーナーに編み込んでから結ってもらい、綺麗な碧玉のベレッタで留められていた。
「あらあら、スペちゃんったら。まるで子供ですね」
涼し気な藍染めに、菊の花が刻まれた浴衣でグラスワンダーが微笑む。
「去年より凄い人ね。今年は何かあるのかしら」
落ち着いた深緑にトンボの柄、青い帯のキングヘイローも続く。
スペシャルウィークとセラフィナイトの着物は、アルタイルのトレーナーが貸してくれたものだが
グラスワンダーとキングヘイローは自前である。
「逃げ切りシスターズ? っていうアイドルグループがライブをやるらしいデスよ。
トレセン学園の広報を兼ねてるとか聞きましたが」
「あ~。あの。メンバー足りないからって勧誘されたけど、断ったんだよねぇ。
ちゃんと活動してたんだ」
エルコンドルパサーとセイウンスカイは、いつもの普段着である。
二人とも、動きにくい恰好は苦手とするからだ。
せっかく用意したのに、と準備をふいにされた どこかのご令嬢様は酷く落ち込んでいたそうな。
ターフ以外の場所で、珍しく"最強世代"が揃っているのは、合宿が完了したため。
調整を終え、後は新学期を迎えるのを待つのみ。
大体の学生は、疲れを癒すために合宿後期は、こうやって自由に遊びまわっていることが多い。
御多分に漏れず、彼女らも空き時間に集まり夏祭りへ参列することにした。
「今日の私は……無敵なので! 食べたいものあれば、なんでも言ってね!」
誇らしげに懐から、束になった紙をスペシャルウィークが取り出した。
セラフィナイトの復帰祝いにもらった、屋台での食事券である。
「ほう……スペちゃん。良いモノ持ってますね。つまり……勝負! デスね!」
「えぇ、ここで?」
「……あら。スカイさん……?」
危険を察知したのか、既に輪の中からセイウンスカイが消えていた。
「花火は一緒に見るって約束してるのに……。探してくるわ!」
いつもいつもマイペースな彼女に振り回されるキングヘイローが、後で連絡すると言葉を残し
その場を去る。
「じゃあ、この四人で勝負だね! たくさん食べた人が一番ってことで!」
「ほ、ほどほどにね……」
勝負事、更には得意で大好きな食事の対決とのことでスペシャルウィークは燃えていた。
かつて、敗北を喫したエルコンドルパサーも、お腹を空かせた今ならばと闘志を滾らせている。
「帯を緩めておかないと……ですね」
イメージが湧かないので割と知られていないが、グラスワンダーも実は中々の大食いである。
同期二人の熱に当てられて、やる気十分だ。
普通のウマ娘レベルの胃袋しかないセラフィナイトは、どのようにしてこの場を凌ぐか頭を悩ませるのであった……。
・・・。
「エルちゃん! 次はあっち行こう!」
「ス……スペちゃん恐るべし……デェス……。前より……胃袋が大きくなって……ます……」
腹部が膨らんだ浴衣のまま、スペシャルウィークは屋台の看板を眺めていく。
既に、焼きそば、にんじん焼き、たこ焼き、にんじん飴にベビーカステラ、クレープやかき氷と定番メニューをほぼ制している。
先ほどまで食らいついてたグラスワンダーも、流石に口元を押さえ始めており勝負は決したようなものだった。
「……あ、スペちゃん。ちょっと休憩して、射的で勝負しようよ!」
中盤に差し掛かる前に、限界を迎えたセラフィナイトは早々にリタイア。
他の二人よりは、消化が始まってることもあり余裕が出てきた。
違う土俵で戦うのであれば、勝機は見いだせる。
コルク銃で、景品の等級が書かれた箱を打ち倒す射的屋に決戦の地を移すこととした。
「ブエノ……。そういう勝負なら、エルは負けませんよ……!」
さりげないリタイア宣言を流しつつ、四人は揃って店の前に立つ。
それぞれが一巡し、等級の最も高い商品を落としたウマ娘が勝ちというルールだ。
「私、こういうのやったことないなぁ……。グラスちゃんは?」
「そうですねぇ。ゲームセンターでなら、嗜んだことはありますけど……」
「ふっふっふ……。ならば、ここはエルの圧勝デスね。
獲物を狩ることについては、誰よりも長けてますから」
誇らしげに、慣れた手つきで弾を込める。
そして、台から身を乗り出すような形で銃を伸ばし
『一等』と書かれた小さな箱に向かって、引き金を引いた。
「ケ!?」
見事に命中したが、まるで固定されているかのように重い。
屋台の主である中年男性は、にやりと笑う。
何かを仕組んであるのか、一筋縄ではいかないようだ。
「まだまだ、次がありまーす! はい、スペちゃんどーぞ!」
手持ちは三発。一人が撃ったら、次のウマ娘と交代。
相手の出方を見て、次にどの景品を狙うのかを考えるのも大事な戦術だ。
「よーし、じゃあ私も……えいっ!」
似たような体勢で狙い打つが、やはりビクともしない。
初めてやるには高い精度を店主に褒められるが、余裕が故の称賛なのだろう。
「スペちゃん、こういうのはまず手堅くいくのが定石ですよ」
三番手のグラスワンダーが、弾を込めながら姿勢を作る。
他の二人のような前のめりではなく、手前の台にしっかり身体を乗せて、照準を定めた。
「……そこっ!」
狙いすました一撃は、三等の箱に見事命中する。
ぐらりとバランスを崩した箱は、一度踏みとどまったかと思いきや踏ん張りが利かずそのまま倒れた。
「おぉ~、凄い! グラスちゃん、さすがー!」
無邪気に拍手を送るスペシャルウィーク。
涼しい顔をして、景品のお菓子詰め合わせを手に入れつつ微笑むグラスワンダー。
最後のセラフィナイトは、コルクを手に取りながら作戦を考えた。
(一等か二等を取らないと勝てない……でも、あの箱はかなり重そうだし……
ここはグラスちゃんに倣って私も、下位の箱を狙っていくべき?)
ちらりと横を見ると、飴の包み紙を開けている栗毛のウマ娘と目が合った。
垂れぎみの目じりと柔和な表情から、受け取った言葉は……挑発!
(そうだ。私に足りなかったのは、勝ちたい気持ち。
ここでだって、妥協はできない。……となれば、目標は一つ)
覚悟を決めたセラフィナイトは、イヤーカバーを外した。
それから真っすぐ、狙いを『一等』の箱に定めると……引き金を引いた。
パチンと軽い音がなり、箱がわずかに揺れ動く。
先ほどの三等の箱と比べると、やはり明らかに挙動が不自然だ。
「おじさ~~ん? これ、絶対おかしくないデスか? 取れないようにズルしてるんじゃないデス?」
「おいおい、ウマ娘のお嬢ちゃん。困るなぁ。取れないようにしてたら、おじさん捕まっちゃうよ」
ガタイの良い店主は、まるで聞き飽きた言葉のように慣れた返事をする。
「でも、グラスちゃんが倒したのより絶対重そうな感じがしましたよ!」
「そう見えるだけかもな~? とにかく、絶対取れない、なんてことにはしてないから。安心しなよ。それに、まだ二発ずつ残っているだろう? 頑張ってみな」
白い歯を見せて応援するが、胡散臭い商売をしているのは間違いないだろう。
とはいえ、既にグラスワンダーが戦績をあげている以上、引っ込みはつかない。
「……だったら、もう狙うのはこれしかないデェェス!」
エルコンドルパサーは果敢にも一等を狙う。
だが命中はすれど、手元が狂ったのか効果的な動きはしてくれなかった。
次にスペシャルウィークは、四等の箱を狙いに行った。
的も大きく、軽いそれは一発で倒れる。これで最下位は免れた。
喜びながら、子供向けのキーホルダーを受け取り、銃を次の者へ渡す。
グラスワンダーは、暫定一位の強みを活かしてか、一等を狙いに行く。
だが、エルコンドルパサーが撃った時と同じ挙動が再現されただけに終わった。
「次、セラちゃんデスよ」
おもちゃの銃を差し出されるセラフィナイトだが、少考するとその手を拒否した。
「ケ? どうしました?」
「エルちゃん、先撃っていいよ。私は最後で良いから」
「いいんデスか? セラちゃん、不利になりますよ」
順番を最後にまとめて漁夫の利を狙う考えなのかもしれないが、その前に景品を落とされれば意味がない。
「良いよ。構わない」
「……なら、遠慮はしませんよ!」
エルコンドルパサーは集中する。
身体を限界ギリギリまで伸ばし、銃口がぶれないようにしっかりと握り……撃つ。
が、やはり倒れない。
がっくりと肩を落として、参加賞のにんじん飴を貰うことになってしまった。
「うぅ……残念デース……。あ~あ。欲しかったなー、アレ」
「? エルちゃん、景品で気になるのがあったの?」
コロコロと口の中で飴を転がしながら、無念を呟くエルコンドルパサー。
セラフィナイトが尋ねると、指をさしてその目当てのものを教えた。
「ギター……?」
「寮にあるんデスけど、そろそろ新しいのが欲しかったんデス」
一等の景品は、先着で欲しいものを選べる。
大きなぬいぐるみや、ギター等様々だ。
やけに一等に固執すると思ったら、純粋に手に入れたかったらしい。
「……あ、やったやった! 倒れたー!」
と会話をしていると、スペシャルウィークが嬉しそうな声をあげた。
見ると、二等の箱が倒れている。
グラスワンダーが隣で指南しながら撃ったおかげだろう。
景品の中から、にんじん山盛りセットを選ぶとスペシャルウィークは嬉しそうに、一本ずつ両手に取り食べ始めた。
「さあ。エル、セラちゃん。こっちは二等と三等。あなた達はゼロ。どうしますか?」
「うぐぐ~……な、なんか勝手にチーム戦になってるような……そんなルール聞いてませんよ、グラス!」
「あらあら。でも、一等を取ればそちらの勝ちですよ~?」
「ぐぅう! ま、まさかそこまで計算して……!?」
「大丈夫大丈夫。エルちゃん、私に任せて」
「セラちゃん……?」
何やら秘策があるのか、セラフィナイトは自信満々で胸を叩く。
「おじさん、二発分。一気にやっても良いですか?」
「ん? まあ、構わんけど……」
そう言うと、二丁の銃を手にしたセラ。
両方に弾を込めて、一つを手に。もう一つは、台の上に置いた。
(タイミングさえ合わせられれば、きっと……)
セラフィナイトは、片目を瞑りしっかりと狙いを定める。
そして、引き金を引いた。
コルクはまっすぐ飛び、一等の箱に命中する。
勢いに負けて若干動くが、やはり落下には程遠い挙動。
(だから、ここで!)
すかさず、セラフィナイトが弾を込めているもう一つの銃を手に取った。
そして、合宿で鍛えた聴力を最大限に活かす。
かすかに聞こえる、小さな音。
箱の中に詰められている、重しの音。
何度も皆が撃って、当てたおかげで気付いていた。
それは完全に密着していない。衝撃が加わると、中身が揺れるのだ。
それを利用し、反動が最大限に振り切った所で……
(威力を上乗せすれば!)
情けない発射音が鳴る。
軽い衝突音が鳴る。
見た目の割に低い音が鳴り……一等と書かれた箱は着地した。
「な……!?」
「ファンタスティコ! セラちゃん、やりましたね!!」
「うん! やったあ!」
集中により流れた汗を拭い、笑顔で答える。
「すごーい、セラちゃん。ホントに倒しちゃった!」
「ええ。それでこそ、ですね」
勝負はセラフィナイトの勝ちに終わったが、それ以上に戦うことへの姿勢が見られた。
素直に喜ぶスペシャルウィークの横で、グラスワンダーも別の意味で喜びを見出していたのだった。
「くぅ~、やるなあ。お嬢ちゃん。好きなの持っていきな!」
潔く負けを認めた店主は、一等の景品群へ手を向ける。
「ん~……じゃあ、これを」
「お、渋いもの選ぶねえ。お嬢ちゃん、弾けるのかい?」
「いえ、私は。ただ、友達がどうしても欲しかったっていうから」
そう言うと、セラフィナイトは手にしたギターをエルコンドルパサーへと渡した。
「はい、エルちゃん」
「い、良いんデスか……!?」
「うん。私が欲しいものは、特になかったし」
「グラシアース! セラちゃん、大好きデース! うぅおお! この思い! 歌にしてお届けしましょう!」
そして始まる、エルコンドルパサー即興の音楽会。
周りの人らも、いつの間にか集まり小さなパーティが出来上がる。
レース以外の所では、彼女たちはこうして仲の良い友人のままであることを再認識できた夜となった。