24話『友達でも後輩でもなく』
「おはよう、ボタンちゃん!」
「おはようございます」
休日の朝、寝ぐせのついたままのセラフィナイトが元気に同室の後輩へ挨拶をした。
分厚い眼鏡を手に取り、ぶっきらぼうに返事をすると、カルミアボタンは顔を洗いに部屋の外へ出ていってしまった。
「ボタンちゃん、ここ空いてる? 座ってもいい?」
「構いません。すぐどきます」
昼食時、一人でカウンター席に座っているボタンへ声をかける。
お盆の上に展開されていた、にんじんハンバーグやスープを即座に頬張るとすぐさま席を立ってしまった。
「ボタンちゃん、ボタンちゃん。見てみてこの動画、面白くない?」
「すみません、先輩。読書中ですので」
選りすぐりのウマチューブ動画を見せてみたが、一瞥すらせずに書籍に目を落としていた。
「……? セラちゃん、どうしたの?」
放課後、スペシャルウィークがカフェテリアを訪れると、テーブルに突っ伏しているセラフィナイトが居た。
耳もしおれ、声もあげず、時折肩をしゃくりあげている。
「同室の後輩が、最近冷たいんですって」
横で話を聞いていたキングヘイローが、呆れるように解説した。
「同室の子って……アルタイルのウマ娘さんだったよね」
「ええ。うちの長距離エース候補、カルミアボタンさん。元々大人しい性格ではあるけど、不遜な態度をとるウマ娘ではないわね」
「ボタンちゃん……いつも、私に優しくしてくれるのに……。あんな子じゃないのにぃ~~……」
普段とのギャップが、セラフィナイトの心に深いダメージを負わせるのだろう。
だみ声で不満を漏らすと、渡されたにんじんジュースを一気に飲み干した。
「喧嘩でもしちゃったの?」
座りながらスペシャルウィークは、おやつの特盛パフェをテーブルに置いた。
「何もしてないよ~……」
「まあ、確かに。セラフィナイトさんは、何もしてないわね」
「? じゃあ、どうして?」
生クリームのついたフルーツを頬張りつつ、疑問符を浮かべる。
セラフィナイトは上手く喋られる様子でもなかったので、キングヘイローが後を継いだ。
「この子、ボタンさんと今度一緒のレースに出るのよ」
「というと、オールカマー?」
「ええ。だから、あえて突き放すような態度を取っているんじゃないかしら」
「なぁんで~~~! いつも通りで良いじゃぁ~~~ん!!」
「ちょっ! 急に大声出さないでよ!」
涙目で縋るようにキングの服を掴む。
デザートの半分ぐらいを既に胃袋に押し込めたスペシャルウィークは、何となく事情が理解できた。
「カルミアボタンさん、きっとセラちゃんが大好きなんだね」
「え?」
「私もスズカさんと、そうなったら気持ちがわかるかも。
いつも一緒だから、逆にレースで真剣勝負ってなると……普段の生活で、どう距離を取ったらいいか、わかんなくなっちゃいそうで。」
実際にそういう経験をしたわけではないが。
それでも、想像に難くない状況だ。
近すぎるからこそ、大事に思ってるからこそ、しっかり向き合いたい。
カルミアボタンも、多分同じのはずだ。
「そうなのかなぁ……。私にはわかんないよ……」
「私は、ちゃんとオンオフを使い分けるから、気にしたこともないわね」
「キングちゃん、器用だね」
「そうでもないわ。スペシャルウィークさんだって、さっきはああ言ったけれど。私たちと走るときに、そんなこと考えていたかしら?」
「え? ん~……言われてみれば」
思い出されるクラシックの記憶。
その後の天皇賞や宝塚記念においても、既知の仲であるウマ娘とたくさん走ってきた。
遠慮や出し惜しみなんてしない、本気の勝負。
相手のことを考えはすれど、思いやることなんて頭の片隅にも置いたことはなかった。
「それは何故?」
「えー……だって、みんな真剣なんだよ。手を抜いたら、失礼じゃないかな。もし、スズカさんが相手でも、走るんだったら全力で勝負するよ」
「……そういうことよ、セラフィナイトさん」
「…………」
「ボタンさんは、あなたと本気で走りたいのよ。あんまり器用な子じゃないから、冷たい態度になってしまっているけれど。それでも、レースで
そこまでたくさん話した経験があるわけではないが。
キングヘイローなりに、チームメイトについて感じていることを述べる。
「応えてあげないで、何が先輩よ。慕ってくれる子の本気、しっかり受け止めてあげなさい」
「……キングちゃん……」
パフェを一つ平らげて、おかわりを持ってこようとスペシャルウィークが立ち上がる。
その時、小さな声を漏らしたが気にせずに、配膳コーナーへ向かった。
つっぷしたまま、セラフィナイトは考え込む。
脳内の整理が追い付かないので、喋りながらやることにした。
「……ボタンちゃん。初めて会った時さ、怪我してる私を見ても何も言わなかったんだ」
初対面で、走れないウマ娘と出会ったら何かしら思うだろう。
しかし、セラフィナイトは後輩が同室になったことが嬉しくて、大歓迎した。
それからの姿を見て、何を思ったのかはわからない。
ギプスが取れて、再び走れるようになった時も。
同じチームに入ると決めてくれた時も。
マネージャーになることを選んだ時も。
いつだって彼女は、口元だけ緩ませるぎこちない笑顔で居てくれた。
「リハビリ期間中、色々言われたこともあって。勝手に責められた気にもなってたけど……ボタンちゃんは、変わらないでいてくれたの」
それが本当に嬉しくて。
器用じゃない彼女の、不器用なりの優しさをいつも感じていた。
「……だから、いきなりあんな風になっちゃってビックリしちゃったけど……。そう……だよね。そうなんだよね」
自分たちはウマ娘。
走ること、誰よりも強いことを証明したい。
例え相手が気の置けない仲であろうと
自らを尊敬してくれているウマ娘であろうと。
勝負の世界に飛び込んでいる以上、そんなものは関係ない。
ただただ、己の力を知らしめてやりたいだけなのだ。
「キングちゃん、スペちゃん……は居ないか。聞いてくれてありがとう。私、わかったよ」
「何が?」
わかりきったことを、あえて問うてみた。
「ボタンちゃんが本気なら。私も本気でぶつかってみる。私の走りを、ちゃんと見せてあげたい。誰よりも速く、一番でゴールする背中を見せて、もっともっと尊敬されたい!」
「ええ、そうしなさい」
「だから……恨みっこなしだよ。負けないからね、ボタンちゃん!」
満足げに微笑むキングヘイローに向けて言ったわけではなかった。
セラフィナイトは気付いていたのだ。
少し前から、当の本人が背後に立っていたことを。
その思いと、熱意が嬉しくて。
カルミアボタンは、キングヘイローにも聞こえるぐらいの声量で答えた。
「はい。ですが、勝つのは私です」
口元だけ緩ませる、不器用な笑みがそこにあった。