セラフィナイト ~最強世代6人目のウマ娘~   作:背水 陣

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25話『オールカマー』

【続いて、7枠7番】

 

 

秋の中山レース場に、拡声器越しの綺麗な声が響く。

 

 

オールカマー当日。

パドックでは、各ウマ娘のお披露目が行われていた。

 

 

【5番人気、セラフィナイト】

 

 

名を呼ばれたウマ娘は、一呼吸して気合を入れた。

 

 

 

 

体操服、ゼッケン、シューズ。

 

 

 

 

どれも、練習の時とは違う。

 

本物のレースで使う、この時の為の一張羅。

 

 

 

肩に乗せたジャージも、マントのようで軽やかに風を切る。

 

 

 

 

重厚なカーテンが開くと、光が一気に入り込んできた。

 

 

 

目の前に広がる、誰も居ない緑色の硬い道。

 

 

 

カツカツと蹄鉄を鳴らしながら進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

そして先頭付近まで進んでいくと、勢いよくジャージを脱ぎ去った。

 

 

大きな歓声……があがりはしなかった。

しかし、彼女をよく知る友人らは声援をあげてくれた。

 

 

「いいデスよセラちゃーーん! 気合十分デスねーーー!!」

 

「頑張ってー!」

 

「せんぱーい! 輝いてますよーー!」

 

 

だが当然、中にはこんな声も。

 

 

「誰、あのウマ娘? 初めて見た」

 

「新人……なわけないよな。デビュー遅れの子か?」

 

「セラフィナイト……。あ、あったあった。前回のレース、一年以上前じゃないか。しかも怪我が原因?」

 

 

ざわつく観衆も、喜びの応援も。

 

 

全部聞こえている彼女は受け止めて、なおのこと大きく胸を張る。

 

 

 

この中山レース場、2200mを走り終わった後。

 

 

あらゆる人々に、セラフィナイトの名を刻んでやるのだ、と。

 

 

 

 

 

「……!」

 

 

パドックで久しぶりのパフォーマンスを終えて、満足げに地下バ道を歩いていると

少し先に、カルミアボタンとトレーナーの姿があった。

 

 

「調子は良さそうだね」

 

「はい。好調です」

 

ボタンはやや腰を曲げ、トレーナーは耳に手を当てながら会話を続ける。

 

「今日走る子たち……先行策が多そうだよ。差しは一人だけかな。追込みは多分、あなただけね」

 

「問題ないです。私は、セラフィナイト先輩しか見ませんから」

 

「おやおや。まだセラが一番だなんて決まってないよ?」

 

「いえ、きっとそうなります」

 

「……そっか。うん。わたしもそう思う。

 だったらペース配分、乱されないようにね。練習とは違って、多分メチャクチャな動きするよ、あの子」

 

「なおさら、楽しみです」

 

「あはは。その意気や良し! 一番人気の名に恥じない、力強い走りで一着取っておいで!」

 

「はい!」

 

 

 

遠くで見守っていたセラフィナイトは、会話が終わるのと同時に歩き出す。

全て耳に入っていた前提で、トレーナーは声をかけた。

 

「ようやく、だね」

 

「はい」

 

「緊張してる?」

 

「してないと言えば嘘になります。でも……それ以上に」

 

「ワクワクする?」

 

「はい」

 

かつての陰りのある彼女の表情からは、想像もつかない。

覇気を帯びた、強張った顔。

楽しさと嬉しさと、恐怖と不安が全部混じり合った、戦う者の整った表情。

 

 

「有記念に出るには、実績と人気の双方がないと、だからね。

 出るレースは全部一番、なおかつ皆を魅了する。そんな展開を繰り広げないといけない」

 

「だったら、大丈夫ですね」

 

「言うね~。あ~、そのギラギラした感じ、久しぶりに見た! うんうん! 良いねぇ」

 

「トレーナー」

 

「うん?」

 

「私。早く、走りたいです」

 

「よし! 行ってこぉい!! みんなの度肝を抜いちゃえ!」

 

「はい!」

 

ハイタッチを交わし、光の下へ歩き出す。

 

久しぶりの練習場以外で歩くターフを踏みしめながら、ようやくセラフィナイトは戦場(レース)に戻ってきたことを強く実感したのだった。

 

 

 

(……懐かしい景色だぁ)

 

 

観客席からではなく、コースの下から見える風景。

芝の香りと、他のウマ娘の放つ戦いへの気合。

 

GⅡのレースということもあり、客の入りも上々だ。

各々が声をかけたり、お気に入りのウマ娘へエールを届けたりして盛り上げている。

 

 

「セラフィナイト」

 

受け止められる感覚を満喫していると、背後から声をかけられた。

 

そこに居たのは、同期のウマ娘。

青い髪を後ろで束ね、キリっとした丸い金色の瞳を持つ彼女は、オルニット。

"最強世代"の栄光に埋もれてはいるが、重賞レース5勝という優秀な成績を持つウマ娘である。

 

「オルニットさん! 久しぶり!」

 

「今年の秋から復帰するって聞いてはいたけど、本当だったのね」

 

「うん。今日に向けて、たくさん練習してきたよ」

 

「楽しみにしてるわ。……でも、オーディエンスにとって、本命はどうやらあっちみたいだけど」

 

 

指をさした先には、赤い髪の眼鏡をかけたウマ娘。カルミアボタンが、軽いウォームアップをしていた。

客の声も、目線も、確かに彼女が一番大きく注目されている。

 

「皐月賞は3着、ダービーは2着。距離が延びるごとに、順位をあげている。

 ……なんで菊花賞の前に、オールカマーに出ることになったかは知らないけど。

 要注意なのは間違いないわね、あなたの所の次期エースは」

 

 

一般的には、菊花賞の前哨戦ならセントライト記念を選ぶだろう。

普通と違うことをする以上、誰もが警戒をしている。

 

「うん。ボタンちゃんね、私と真剣勝負したいんだって」

 

笑顔でセラフィナイトは答える。

 

「はぁ? そんなことの為に?」

 

「本人が言ってたから間違いないよ。後のレース日程だと、合わせにくいみたいだし」

 

「そっか。チームメイト同士にも、色々あるのね。

 ……それにしても、あなた。良い顔に戻ったわ」

 

「ん?」

 

「マネージャーの時に、何回か姿を見かけてたけど。

 楽しそうなのに……なんというか、寂しそうでもあったから」

 

「あはは……。見抜かれてた?」

 

「でも、今のあなたは故障前と同じ……ううん、それ以上。

 今日、打ち勝つ相手としては申し分なしだわ」

 

「うん! でも、私も負けないよ!」

 

「ええ。良い勝負をしましょうね」

 

そう言い残すと、2番人気の差しウマ娘はゲートの方へと向かっていった。

 

 

 

遠く、セラフィナイトとカルミアボタンの目が合った。

 

普段はチームメイト。同室の、仲が良い先輩と後輩。

 

 

けれど、今日は競い合う敵同士。

 

お互い何かを伝えるかのように、数秒だけ視線を重ねると

意を決したように、それぞれ所定の位置へ足を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

「お、揃ってるねぇ皆さん」

 

 

応援と作戦会議を終えたトレーナーが、観客席の階段を上り切ると楽しそうに声をかけた。

 

そこに居るのは、セラフィナイトの同期たち。

ジュニア、クラシック、シニア級のレースを含めた、芝レースのGⅠウマ娘の称号を誰かしらが持っているすさまじい顔ぶれだった。

 

 

「トレーナーさん、あの。どうして、こんな上から応援なんですか?」

 

 

彼女らが居るのは、コースから離れた上部席。

大事な友人を応援するには、やや不適切な位置にも思える。

スペシャルウィークが心配するのも当然だった。

 

「わかりました! それぐらい、大きな声で応援しましょう、ってことデスね!?」

 

マスクが特徴のウマ娘の発言を、苦笑いでトレーナーは流す。

 

「それも嬉しいんだけど。どうせみんな、セラが気になってるでしょうから。

 見せるなら、一番いい所で魅せてあげたくってね」

 

「見えなくはないですが……見えやすい、とは言い難いですね~……」

 

若干困った様子のグラスワンダーに、トレーナーは胸を張って答える。

 

「いいのいいの。レース始まったら下りていけばいいし。

 とにかく、みんなにはとっておきの『打ち上げ花火』をご覧頂きたいんですよ!」

 

「打ち上げ花火……?」

 

何も聞かされていない三人のウマ娘は顔を見合わせる。

 

同チームのセイウンスカイとキングヘイローも、同じ動作をするが、その表情は「やれやれ」とでも言いたげなものであった。

 

 

 

 

【美しい青空が広がる中山レース場。ターフも絶好の良バ場になりました。

 9人立ての本日のオールカマー。果たしてどのウマ娘が栄誉を掴むのでしょうか】

 

女性実況者の声が会場に響き渡る。

コースにはスターティングゲートが設置されており、各ウマ娘が自分のタイミングでゲートインを始めていた。

 

【本日の3番人気、ウェットバーニス。パドックでの様子は良さそうでしたね】

 

【2番人気、オルニット。昨年度の優勝ウマ娘でもあります。本日も期待できますね】

 

【そして注目の1番人気、カルミアボタン。

 ダービーでは惜しくも2着でしたが、菊花賞に向けてぜひここは1着を狙って欲しい所】

 

【ダービーでの残り1ハロン。デッドヒートの末にハナ差でしたからね。

 あの走りを見て、ファンが期待を寄せるのも頷けます】

 

 

 

静かになりつつある会場。

実況者と解説者の声だけが響いていく。

 

 

【そうそう。本日は珍しいウマ娘が参加していますね。7番、セラフィナイト。

 5番人気のウマ娘ですが……前回のレースは一年以上も前になっております】

 

【完走はしましたが、レース中にケガをしてしまったウマ娘ですよね。

 痛々しい姿を今でも覚えていますよ】

 

【ですが、それまでの戦績は全戦全勝。根強いファンのおかげか、5番人気ですからね】

 

【好走を期待しましょう】

 

【さあ、各ウマ娘ゲートイン完了したようです】

 

 

 

 

 

 

観客の声が止まった。

静寂だけが、巨大なレース場を支配している。

 

 

 

 

まだか、まだか。

 

スタートの体制を取ったウマ娘達が、焦るように、けれど集中を増してゲートが開かれるのを待っている。

 

 

 

 

――そして、その時が来た。

 

 

 

 

金属音が鳴り響き、一斉に開門が果たされる。

ウマ娘達が、それに応じてスタートを切った。

 

 

「え!?」

 

「な!?」

 

「はぁ!?」

 

【今ゲートが開かれました! 各ウマ娘、綺麗なスタートを……切ってない切っていない!】

 スタートと同時に、凄まじい速度で飛び出したウマ娘が一人! ゼッケン番号7番、7番の!】

 

 

 

 

歓声があがるはずだった。

観客席のファンも、見ている友人も、ライバルも。

 

彼女のことを知らない誰もが、驚愕の声を出して、ただ一点を見つめている。

 

 

 

 

 

金色の髪を靡かせ、大きな歩幅でぐんぐんと後続を突き放す。

 

目を奪われないわけがない、異様な光景。

2200m中山レース場の、最初に立ちはだかる上り坂を軽々と登っていくウマ娘が一人。

 

 

 

【セラフィナイトだ! セラフィナイトが、一気に5バ身以上のリードを取ってスタートダッシュを決めました!】

 

 

 

 

 

どよめく周囲を見ながら、想定通りの反応を得られたトレーナーがしたり顔をする。

 

 

(よしよし。今日も完璧に使えたね、セラ。

 あなただけの、究極のスタート……『天華一閃(てんかいっせん)』で、最速伝説の再演を始めよう!)

 

 

 

レース中は、後方のバ群の音だけを拾うようにしているセラフィナイト。

 

 

だが、今日は。

今だけは、少しだけ。

 

 

観客の声に傾聴することで、己の力量を確かめる。

 

 

そして、どよめきの内容を理解すると。

 

 

戦い(レース)の最中というのに、笑みを抑えることができなかった。

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