セラフィナイト ~最強世代6人目のウマ娘~   作:背水 陣

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28話『天至銀光、翠玉の翼彩』

脚を怪我する前、最後のレース。

 

 

 

 

最終直線、スペシャルウィークとキングヘイローが末脚を発揮して迫ってきた。

 

 

 

あの時と比較しても、もっともっと恐ろしい。

背後からの強烈なプレッシャー。

 

 

 

大きな足音が、刻一刻と押し寄せてくる。

 

 

他の追随を許さない、破壊的な加速。

 

 

 

 

(ああ、凄い。凄い、凄い! ボタンちゃん、いつの間にこんなに……!!)

 

 

 

 

既に距離は半バ身差。

 

ほぼ真横まで存在が近づいている。

 

 

レースは残り数百m。

 

中山レース場特有の、短くも、上り坂のある正念場。

 

より足を残せたウマ娘が勝つ、最後の勝負所。

 

 

 

(捉えた……!!)

 

 

 

遂にカルミアボタンは横に並び立つ。

下り坂で、充分に作った加速力。

スタミナも万全、1ハロン強なんて訳もない距離。

 

 

行け(勝て)る……!!

 

 

 

勝利を確信した赤髪の追跡者は、抜き去り際に敬愛する人の横顔を見た。

 

 

 

(……え……?)

 

想像もしていない表情が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

「私さー、ラフィに対して思ってたことがあるんだよね」

 

「え、何よ」

 

ターフビジョンで繰り広げられるデッドヒートを見ながら、セイウンスカイがため息交じりに言った。

息を飲んで見つめる場面なのに、突如話しかけられたキングヘイローが戸惑いながら聞く。

 

「あの子さ、辛い時も苦しい時もいつも同じ顔するじゃん? 特に、こういう切迫したレースだと目立つっていうかさ~」

 

「だから、何なのよ」

 

「……ズルいよねぇ」

 

 

困ったように手のひらを空に向けるスカイ。

言いたいことはよくわからないが、何となく気持ちは伝わったキングヘイローは目線を戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱ、ちょっと緊張してたかな。思ったより体が動いてくれないや)

 

 

懸命に走っているが、それでもカルミアボタンは接近し続けている。

 

手を振り、足を動かし、浅く強く息をして。

 

とにかく前へ進む。

 

 

 

(しんどいし、苦しいし……やっぱレースって、キツイ……)

 

 

ネガティブな感情が浮かんでくる。

横からの圧力と存在感が、心に闇を落としにかかる。

 

 

(でも……!)

 

 

 

 

 

 

だからこそ……!

 

 

 

 

 

(私は……!!!)

 

 

 

 

 

 

 

――――ウマ娘には。

 

 

レース中にある特定の場面に陥ると、不思議な心象風景が浮かぶ者が居る。

辛く苦しい時、余裕を持って走れている時など条件は様々。

 

 

星のように流れて駆け出す意欲を沸かせたり。嗜んでいる精神的支柱の習い事を思い浮かべて、気力をあげたりする。

誰も居ない景色を一人走っていくイメージや、中には宇宙を飛んでいく風景を連想するウマ娘も居るそうだ。

 

 

決して同じものはなく、それぞれのウマ娘が心に強く願い、糧にしている情景が映るらしい。

 

 

そして、それが見えたウマ娘はいずれも、普段持っている力以上のパフォーマンスを発揮できるという。

 

 

 

 

 

セラフィナイトが、カルミアボタンに抜かされそうになった時に浮かんだ、その光景は。

 

 

 

 

闇の中を背後から迫ってくる、まばゆい光。

懸命に懸命に彼女は走り、避わして走っていく。

 

 

無我夢中で進んだ先、開けた真っ青な空が目に飛び込んでくると。

 

輝かしい光が、セラフィナイトの背に翼を与え、強く芝を駆ける力と化す。

 

 

 

その心情風景が見えた時、セラフィナイトに気力が十二分に満たされ。

 

彼女は驚異の末脚を持って他の追随を許さず、全てを置き去っていくのだ。

 

 

 

 

 

(セラ……)

 

 

一番前の席に移っていたトレーナーは堪えきれない涙を零す。

 

 

 

窮地に陥った時、もう駄目になりそうな時。

 

 

 

セラフィナイトは決まって……笑うのだ。

 

 

 

無垢な子供のように。

走る喜びと競い合う辛さを、全て嬉しさに変えてしまう。

 

この状態こそが、セラフィナイトのベストコンディション。

かつて、グラスワンダーと走った時には見せられなかった彼女の本気。

 

 

"最強世代"最速のウマ娘は、いつだってこうして

レースで最も辛い瞬間を、楽しそうにただ一人先頭で駆けていくのである。

 

 

 

セラの顔を見て、トレーナーはもう何も心配はいらないと安心し。

 

 

ずっとずっと、言いたかった言葉を声にした。

 

 

 

「……おかえり」

 

 

 

 

 

最強のウマ娘が、再びトゥインクル・シリーズに戻ってきた。

 

 

 

 

 

【並び立たれたセラフィナイトが残り100mで一気に加速!

 後続のカルミアボタンを突き放し、今一着でゴーーールイン!!】

 

【苦しい場面でしたが、最後溢れんばかりの笑顔でゴール板を突き抜けました!】

 

【……おっと、更に! レコードが出ました! 中山レース場2200mのコースレコードです!】

 

 

 

「はっ……はっ……はあ~~~ぁ! あはは! やったあ!」

 

 

膝をついて、大きく息を吸って、吐く。汗が頬と顎を伝って、とめどなく地面に流れていく。

重く熱い身体を、懸命に整えようとするが。

そんなことよりも、先に笑いが出てしまった。

 

 

空を見上げると同時に、側面からとてつもない勢いで飛んでくる音圧があった。

 

 

 

「うおぉおおーーー! セラフィナイト―ーーー!!」

 

「ずっと待ってたよーー!! おかえりーー!!」

 

「最高のレースだったぞーーー!!」

 

「レコードおめでとーーーー!!!」

 

 

思わず耳を塞いでしまいそうなほど、弾けるような大歓声。

レース後の昂る気持ちを落ち着かせる暇もなく。

凄まじい声援を浴びるセラフィナイトは、手を大きく振ってそれらに応えた。

 

 

 

「……セラフィナイト先輩」

 

 

肩を弾ませ、あの距離からの着差2バ身という、信じがたい結果を突き付けられた

カルミアボタンが声をかけた。

 

「ボタンちゃん!」

 

 

「…………私。……私、悔しいです」

 

 

口をきゅっと噤み、視線を落として拳を握る。

 

憧れの背中に、ようやく追いつけたと思ったのに。

結局、届かなかった。

 

まだまだ、自分に足りないものがある。

 

それをまざまざと教えられたようで、眼鏡越しの目には薄く涙が浮かんでいた。

 

 

後輩の、そんな姿が愛しくて。セラフィナイトは優しく微笑んで応える。

 

「……ありがとう、ボタンちゃん。きっと、今日のレースはボタンちゃんが居なかったら、こんなに速く走れなかった」

 

「え?」

 

「私ね、昔からそうなんだ。レースを有利に運んでる時より、最後に追い詰められた方が実は結構、全力が出せるみたいで」

 

「……そう、なんですね」

 

「でも、楽に勝てそうな相手だったら、きっと全身全霊を振り絞れなかったと思うんだ」

 

セラフィナイトは、もうすぐそこまで来ているカルミアボタンの能力に、やや恐怖を覚えた。

嬉しくもあり、寂しくもある後輩の成長。

先輩らしく、そんな感情を消化してから言った。

 

 

「負けそうだったから。でも、絶対負けたくなかったから。だから、私は今日勝てたんだと思う」

 

ゆっくり、近づいて。頬を伝っている涙を拭ってあげる。

 

 

「ボタンちゃん。また走ろうね」

 

「……はい! 次は負けませんから」

 

 

改めて互いの健闘をたたえ合い、二人のウマ娘は硬く握手を交わした。

 

 

 

 

 

(せっかく声を掛けようと思ったのに……なんだか割って入れる雰囲気じゃないわね)

 

そして、それをやや離れた場所から見つめる3着のウマ娘、オルニットが拍手で讃えていたのだった。

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