セラフィナイト ~最強世代6人目のウマ娘~   作:背水 陣

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30話『それぞれの栄誉』

「……あら?」

 

「ブエナスディアス、グラス。起こしちゃいましたか?」

 

 

まだ朝日が昇って間もない早朝。

過ごしやすくなってきた季節の10月初頭の、美浦寮のとある一室。

 

同室のウマ娘は既に起床しており、ジャージ姿に着替えていた。

 

「いえ。おはようございます。トレーニングですか?」

 

「スィ! グラスも行きますか?」

 

「そうですね。元々そのつもりだったので」

 

「なら、待っています!」

 

嬉しそうな顔で、その場で足踏みをしながら友人を待つエルコンドルパサー。

着替えをしながら、グラスワンダーは少し気になったことを聞いてみた。

 

「エルが早起きなんて、珍しいですね」

 

「そうデスか? 朝のトレーニングは割とやってますよ」

 

「寒くなってくると、いつもサボるじゃないですか」

 

「ケ!? ど、どうしてそれを……」

 

「私は、普段から規則正しくメニューを決めて、やってますから」

 

「ぐぬぬ……。流石はグラス デェス……」

 

ジャージのシッパーを上げ、髪を後ろで縛る。

用意が出来たと同時に、二人で部屋を出て玄関の方へ向かった。

 

ひんやりとした空気が、一気に舞い込んでくる。

雲の高い空から差し込む朝焼けは色濃く、すっかり世界は秋に染まりつつあった。

 

ウォーミングアップに軽く流すように走りながら、グラスがふと質問をする。

 

「わざわざ苦手な時期にトレーニングの理由は、やっぱりセラちゃんですか?」

 

「その通りデス! グラスも驚いたでしょう? あのセラちゃんの走り!」

 

見たこともない技術で繰り出されるスタートダッシュ。

長い歩幅の、息を入れながら走れるフライト走法。

終盤の追い込まれてから、再びギアを入れ直し加速する精神力。

 

「どれも、クラシック前より、かなり強くなってます。復活劇としては、もう一流も一流の内容でした!」

 

「同じように走ったら、勝つのは難しいかもしれませんね」

 

 

合宿前から土台は出来ていた。

そこに技術が積み重なり、かつての面影はもうほとんどない。

 

 

圧倒的な強者、という存在が突如生まれたかのよう。

 

 

「けど、だからと言って諦めるエルではありません!

 今勝てないなら、勝てるように努力するだけデース!!」

 

「同感です」

 

 

同じトレーナーを持つ二人。

信頼できる人だが、アルタイルのトレーナーのような素っ頓狂なことを考えるタイプでもない。

堅実に、着実に。1ある力を2に変え、3にあげていく指導タイプ。

悪く言えば、驚異的な飛躍を望みにくいということでもある。

 

だが、それでも。二人はそれを信じてついてきた。

 

結果、エルコンドルパサーは昨年のジャパンカップと今年の安田記念を制覇。

グラスワンダーは、有記念と宝塚記念の二大グランプリを勝利している。キングヘイローが調整のため参加を見送った、ヴィクトリアマイルも制覇済み。マイル路線から長距離まで栗毛の怪物に恥ない活躍ぶりである。

 

 

どれもトレーナーなくしては、手に入れられなかった輝かしい栄誉だ。

 

 

「今日より明日! 明日より明後日!

 0.1秒でも早く走れれば、いずれはエルが最強デ――ス!!」

 

「……私も負けません!」

 

本格的に走り出したエルコンドルパサーを、グラスワンダーが追う。

 

澄み渡る青空の中、怪鳥の声と激しい足音が人気のない道に響いていった。

 

 

 

 

 

 

 

――。

 

 

「まさか、エルちゃんがジャパンカップ来るとはなあ。

 てっきりマイルチャンピオンシップだと思ってたのに~」

 

 

アルタイルのトレーナー室で、頭を悩ませる部屋主。

パソコンをいじりながら、タブレットで情報を更新しつつ、レースへの作戦を練る。

 

「そうそう。それ、グラスちゃんも知らなかったみたいでさ、すっごい怒ってたよ~」

 

ソファーに寝そべりながら、トレーナーに貰ったお菓子を食べつつセイウンスカイが言う。

ちなみに、本来なら彼女は今頃、練習場に居なくてはならない時間だ。

 

「出走登録は済ませてたらしいよ。エルちゃんらしいよね」

 

作戦会議の為に呼ばれていたセラフィナイトが、嬉しそうに笑う。

 

「ん? ってことはあの子、レース見る前から決意してたってこと?」

 

「あ、確かに」

 

「何となく感じてたんじゃない? ラフィの纏ってる……オーラ的なのを」

 

寝返りをうちながら、セイウンスカイが気になっていたことを問う。

 

 

「それにしても良いの、ラフィ? 一応、有記念に向けての前哨戦だよ。

 エルに負けでもしたら、調子狂ったりしない?」

 

「しないしない。むしろ、二回も走れるなんてラッキーだよ」

 

「うへー。いつの間にか、闘争心マックスのメンタルに戻ってるねぇ……。おー、こわ」

 

「スペちゃんやグラスちゃんは、わざわざ被らないように避けてくれてたのに……。

 やってくれるなー、あのお転婆ルチャドーラは」

 

 

スペシャルウィークは、天皇賞・秋に。

大阪杯と春の天皇賞を取っている彼女は、宝塚記念で敗北したことにより、春シニア三冠を逃している。

天皇賞春秋制覇に向けて、気合を入れてトレーニングに励んでいることだろう。

 

グラスワンダーは、エリザベス女王杯へ。

ジャパンカップにも元々出走予定だったが、セラフィナイトとのことを考えて敢て見送っていたらしい。故に、エルコンドルパサーの突発的な行動に怒りを覚えたのだろう。

 

 

また、ここに居ないキングヘイローは、マイルチャンピオンシップに出走予定だ。

 

ちなみに彼女は先日行われた、スプリンターズステークスも勝利し、晴れて二大スプリント制覇済みである。

安田記念には出走したが、先述の通り怪鳥に一着を奪われてしまった。

 

その雪辱を晴らそうとしていたのだが……。

 

「ホント、あの子ったらいつも規格外ね」

 

会話を聞いていたキングヘイローが部屋にやってくる。

腕を組みながら耳を後ろに、不機嫌そうな顔で室内を見回した。

 

 

「……スカイさん、隠れても無駄よ。トレーナー机でしょう」

 

「にゃお~ん」

 

「なんだ猫ね……って、そんなわけないでしょ! トレーナーは猫アレルギーよ!」

 

「おっとっと~。忘れてた」

 

観念したセイウンスカイが、悪びれた様子もなく出てきた。

 

「あなたね、自分で併走のお願いしておきながら、サボるってどういうことよ!」

 

「いや~、ほら。このマロングラッセ食べてみなよ~。こんなもの置いてあったら、そりゃ食べない方が失礼だって」

 

目を線にしながら、いつの間にか手に持っていた高級店の銘柄が刻まれたマロングラッセを、キングヘイローの口に突っ込む。

 

「……なんて上品な甘さ……。ビターチョコでコーティングしてあるから、苦味と栗に沁みたシロップがほどよく溶け合っている……! トレーナー、これはまさか……」

 

「ユーゴアンドウマドール」

 

「やっぱり! また頂き物?」

 

「うん。お父様の知り合いから、おすそ分けって」

 

「相変わらず良いものばかり食べてるのね。庶民の味もちゃんと知っておかないと、上に立つ者として振舞う時に鼻に付くわよ」

 

「大丈夫。自分で買ってるのは、普通のスーパーで買える食べ物ばっかりだし。そんな高給取りじゃないからねぇ、わたしゃ」

 

「なら問題ないわ。……で、スカイさん。逃げようとしても無駄よ」

 

「げっ、バレた?」

 

 

味だけで銘柄を当てる上に、高級店の逸品という次元の高い会話の最中。

セイウンスカイが、こっそり部屋の扉へ向かっていたが呼び止められる。

 

 

「……スカイさん。一応、言っておくけど」

 

「ん?」

 

「調子が悪いのなら、早めに言うのよ。セラフィナイトさんを見てて、そんなことするあなたじゃないでしょうけど」

 

「にゃはは。何言ってるのさキングったら。そもそもセイちゃん、そんな熱血・根性・努力な練習して体を壊すようなウマ娘じゃありませんよ~?」

 

「……なら良いけど。さ、行くわよ。トレーニング。また今日もアレ、やるんでしょ?」

 

「アレ?」

 

ピンとこない言い回しに、セラフィナイトが首をかしげる。

 

セイウンスカイとキングヘイローは顔を見合わせると……。

 

 

「秘密!」

 

 

と、いたずらっぽく笑うのだった。

 

 

仲間だけど、ライバル。

同じチームであっても、手の内は明かさない。

 

 

「ちぇ~。……まあ、何が来ても私は負けないけどね」

 

だから、セラフィナイトも強い言葉で返す。

 

 

 

それぞれがぶつかり合い、手にする栄誉。

 

年末最後の大勝負、果たして誰が一着を掴み取るのか。

 

 

 

チームメンバーの成長した姿を見て、トレーナーは嬉しそうに微笑むのであった。

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