ある日のチームアルタイルの専用部屋。
今日もたくさんのウマ娘とトレーナーが、
「はい、これ明日からのメニューね。出来そう?」
「うええ……ちょっとキツいかも……。体幹トレーニング、苦手なんですよ」
「下半身だけ鍛えても、軸がブレちゃ意味ないからね。
速く走るために必要なこと! 頑張ろう!」
「わかりましたぁ……」
「トレーナー! 次、私のフォームチェックお願いします!」
「はぁい。……とと、電話だ。ちょっとだけ待ってね。先、コース行っててくれる?」
「はい!」
「……あ、お世話になっております。……はい。ええ。かしこまりました。では、予定通り18時からで。はい、失礼します」
「トレーナーさぁん! スポーツドリンク無くなっちゃったんですけど~!」
「棚に粉末あるから溶かして使って、って言ってるでしょー!」
「棚ってどこー?」
「冷蔵庫の横ですぅ~! なんで、毎回聞くのー!」
「そうだったそうだった。ごめんなさ~い!」
「と、トレーナー! ジャージ破けた……やばい」
「直しておくから、一旦脱いで。はい、これ着替え。帰るまでには机に置いておくね」
「ありがと~!」
「……やっぱ、マネージャーの仕事続けた方が良かったかなぁ?」
部屋の角で、教科書や参考書を開いて勉強をしているセラフィナイト。
今日のトレーニングは休みなので、座学を中心に行う日としている。
「自分で出来るって、言ったんだから。気にする必要ないわ。大体、手伝おうとすると止められるじゃない」
同じく休みのキングヘイローが、突き放すように返した。
「自分のことは自分で、って公言しておきながら
なんだかんだ、面倒見ちゃってるよね、トレーナー」
「世話焼きって言えば聞こえはいいけど、あれだけの仕事量を見てると心配にはなるわね」
「うーん……なんとかしてあげたいけど……」
春先に釘を刺された通り、セラフィナイトは自分のことだけでも手いっぱいだった。
ちょっとしたことを手伝うぐらいは出来るのだが、飽くまでその場しのぎにしかならない。
キングヘイローやカルミアボタンの活躍。
更には先日の、セラフィナイトが見せつけた圧倒的な復活劇。
普段の仕事に加え、対外的な案件も増加していた。
ハッキリ言って、一人で取り回すには過剰な仕事量である。
「えーと、後は……。って、ああ! 忘れてた! 蹄鉄の発注! 間に合うかな~! 間に合わせて、業者さぁん!」
スマホを片手に、部屋を慌てて出ていくトレーナー。
アルタイルもチームメンバーが随分増え、今や十数名の大所帯。
来るもの拒まずの方針も限界がきており、新規メンバー募集は打ち切り状態。それでも、未だに参加希望者が尋ねてくるほどの人気っぷりだ。
チームとしては幸いなことに、自らの意思で去る者は居ないのだが……まとめ役にとっては、中々悩ましい問題だろう。
「……」
「セラフィナイトさん、全然集中できてないわね」
「だって~……」
先ほどから白紙のままのノートを見て、キングヘイローは苦言を零す。
わからない所を教え合うために、わざわざ同席しているというのに。
これでは意味がない。
心配性なセラフィナイトの顔を見て、ため息交じりで同じことを考えていたキングが言う。
「……負担を和らげることは出来ないかもしれないけど。
少しぐらい、労うのも悪くないかもね」
「例えば?」
「そうねえ……。温泉施設の優待券ならあるけど……」
「トレーナーのことだから、休むぐらいなら仕事させて、って言いそう」
「……これは、落ち着いた頃に渡す方が良いわね」
「……やっぱ、こういう時は食べ物が良いと思うな! 栄養のあるもの食べれば、少しは元気になると思うんだ!」
「あなたは料理上手だからいいけど……」
「そんなの関係ないない! 担当ウマ娘が、心を込めて作ってくれたものをトレーナーが嫌がるわけないよ!」
「……確かに、普段から良い物を貰ってるあの人でも。ウマ娘の手料理なんて、なかなか口にする機会はなさそうね」
「うんうん! 良いね。そうしよう! トレーナー、苦手な物あったっけなぁ」
「何かこれだけは、ってあった気がするけど……大体大丈夫だったはずよ。食物アレルギーはない、って言ってたわね」
「えー、なになに。セラちゃん、キングちゃん。面白そうなこと話してるね!」
いつの間にか、二人の周りにチームメイト達が集まっていた。
要約して伝えると、メンバーはこぞって賛成。
日を改めて準備し、盛大に労ってあげよう。
ちゃんとそれぞれのウマ娘がやるべきことをこなしつつ、計画は進められた。
そして。
(う~。提出書類の締め切り明日までだった~。急いで作らないとな……)
栄養ドリンクをストローで飲みながら、廊下を静かに素早く歩いていくトレーナー。
化粧で隠しきれない隈も気にせず、今日も仕事に励む。
トレーナー室の鍵を穴に差し込み、ドアノブを回す。
(あれ?)
忙しさから、閉め忘れたのだろうか。
シリンダーの解除音が聞こえず、自らの記憶力のなさに落胆しつつドアを開けた。
「トレーナー、いつもお疲れ様ー! ありがとー!」
「ひょわぁ!?」
突然聞こえた破裂音に、思わず持っていたドリンクの瓶を落としかける。
クラッカーから伸びる、たくさんのテープを体に浴びながら返し技の構えを取っていたトレーナーは、目をぱちくりさせつつ部屋内を見渡した。
にこにこと笑いながら集まっているのは、みんな自分の担当ウマ娘。
やたら長い机の前に立ち、制服姿で出迎えている。
「な、なに? みんな、どうしたの?」
誕生日はもう終わっているし、他にお祝いをするにしたって、自分にされるような出来事は起こっていない。
わけもわからず、キョロキョロしているとキングヘイローが意見を代弁するように、進み出てきた。
「こほん。最近、あなた、どうにもお疲れなんじゃないかしら」
「へ? あ、まあ……嬉しい悲鳴だけども」
「けど、酷い顔よ。ちゃんと休んでいるの?」
「休んでるよぅ。昨日もちゃんと4時間寝たんだから」
「その前は?」
「……3時間。あ、でもお昼寝したから3時間半ぐらい」
「全然疲れが取れるような時間じゃないわよ!」
「ご、ごめんなさい……」
「キング~。トレーナー困ってるよ~」
労をねぎらうために準備したのに、問い詰めるような形になったのでセイウンスカイが助け船を出す。
話が脱線しかけていたのに気づいて、改めて恥じらいながらキングは言った。
「みんなと話して、そんなトレーナーに何かしてあげられないか考えたのよ。
どこか連れだそうとしたら、どうせあなたのことだから仕事が気がかりで、集中できなさそうだし」
「あはは……よくご存じで」
「だから……偶には、と思ってみんなで食事を用意したの。
まさか、昼ご飯をそんな飲み物一本で済ませるつもりだったのかしら?」
「つもりでした……」
「まったく。あなたが倒れたら、私たちも困るのよ。
少しは自分自身も
「キング……」
「さ、トレーナー。みんな一生懸命作ったんですよ。召し上がれ!」
セラフィナイトに言われるがまま、前に足を進める。
確かに、先ほどから部屋の中を漂っている匂いに気付いてはいたが……。
「うわぁ……。え、これみんなで?」
「そうです! そのニンジンケーキは私が!」
「ニンジンチーズグラタンは、自信作だよ! 食べて食べて!」
「私は金平を作りました。母から教わった、自慢の一品です」
それぞれが嬉しそうに、楽しそうに。
机に広がる、オレンジ色の料理たちを紹介していく。
良く見ると、指に絆創膏をつけた子も居た。
本当に彼女を思って尽くしてくれた、最高の品々だ。
トレーナーへの気持ちが十二分に伝わる出来栄えばかり。
「……ありがとう。みんな。心配かけてごめんね。
忙しいのは、すぐに変わらないかもだけど…。
わたしも、みんなが大好きだから頑張れるんだ」
うっすら浮かんできた涙をごまかし、笑顔で言う。
「これからも、どうかよろしくね。
せっかくだから、これは皆で食べようよ! わたし一人じゃ流石に食べきれないからさ!」
「わーい! やったー!」
「いっただきまーす!」
みんなの笑顔のために、自分は頑張れる。
楽し気な食事風景を眺めながら、トレーナーは何故自分がウマ娘達を導く立場になろうと思ったのか、改めて認識できた。
…………が。
(嬉しいには嬉しいんだけど……ニンジン、苦手なのをちゃんと言っておけばよかったかなぁ~~~……)
何事も上手くいかないのが、人生である。
それでも、ちゃんと一品ずつ口にして感想を述べたトレーナーなのであった。