【さあ、最終直線に差し掛かった! 菊の舞台で栄誉を手にするのは一体どのウマ娘なのか!!
先頭を走る、アールガン! 追ってくるのは、一番人気カルミアボタン! 今日こそ、GⅠタイトルを手にするのか! 迫る迫る! カルミアボタン並んだ並んだ!!】
「いけーー!! ボターーーン!!」
「突き差せーーー!!」
鋭い眼光で走り抜ける。
ターフを抉り、あいにくの重バ場をものともせず、長い脚がどんどん前に進んでいく。
最終コーナーでバ群を抜けたカルミアボタンに、敵は居なかった。
眼前を走る、前回惜しくも届かなかったダービーウマ娘を抜き去ると
衰えなしの末脚で、見事ゴール板を最初に駆け抜けたのだった。
【ゴーーールイン!! カルミアボタンが、遂にクラシック最後の栄冠を手に入れました!! 他のウマ娘を完全に置き去りにする、圧倒的なレース展開でした!】
歓声が沸き上がる。
頬を伝う汗を拭いながら、カルミアボタンはまだ弾む息のまま観客席へと歩き出した。
赤い貴族服のようなジャケット、腰に広がる薄いピンクの針金入りスカートは激しい動きをしても型崩れをしない。
スラリとした長い脚を覆う白いロングブーツも、今日は泥だらけ。勝負服の汚れが、レースの過酷さを物語っていた。
「……皆さん。私、やりました。菊花賞、取れました」
実感が湧かないのか、抑揚のない言葉のまま報告をする。
チームメイト達が、称賛の言葉を雨のように浴びせる最中、ひときわ目立つ人間が一人。
「うわぁあああ! ボタぁン! おめでとぉおおおお!! これでアルタイル、二年連続で菊花賞制覇だよぉおお~~~」
「トレーナー! 落ちる、落ちるわよ! こら!!」
前のめりになり抱き着こうとして、手すりから落ちそうになる成人女性を、キングヘイローが引っ張って止める。反動で涙が芝へと撒かれていき、まるで噴水のようだ。
「やったね、ボタン。これで私と同じ、菊花賞ウマ娘だ」
「セイウンスカイ先輩」
「ここまで人気と実力あるなら、ボタンも出られるんじゃない? 今年の有馬記念」
「……え? ……良い……んですか? 私が出ても」
周囲の音でより一層聞こえにくい声を、隣の超聴力 ウマ娘が拾い伝える。
「良いも何も、決めるのはみんなと、ボタンでしょ。私たちは何も言う権利ないよ」
「……はい。ありがとうございます」
深くお辞儀をして礼を述べると。
「ボタンちゃん」
セラフィナイトが、後輩の名を呼んだ。
手首を前後に振り、近づくよう促す。
「お疲れさま。いっぱい頑張ったね」
精一杯手を伸ばし、まだ体温で熱い頭をゆっくり撫でた。
「……はい」
「やっぱボタンちゃん、長距離なら本当に凄いね。少し怖いくらいだった」
「……せんぱい……」
「とにかく、おめでとう。初のGⅠセンターライブ、楽しんできてね!
私たちも、たくさん盛り上げるよ!」
「……はい……あ……りが、とう……ございます……」
オールカマーで見せた悔しさの涙とは違う。
実力を見せ、認められ、祝福されることから溢れた歓喜の涙。
観客の拍手と声援もまともに受けられないほど、ただただ零れる感情にカルミアボタンは身を任せるしかなかった。
――――。
菊花賞のすぐ次の週。
落葉が目立つ季節に始まる天皇賞・秋。
先週の重バ場と打って変わって、晴れやかな日に重賞GⅠレースは執り行われることとなった。
(可愛い可愛い後輩ちゃんが、あーんな凄いレース見せるんだもん。
同チームの先輩として、セイちゃんもかっこいい所見せてあげないとな~)
「……と、考えていますね、スカイさん」
「……」
勝負服を纏い、軽く腕や腰のストレッチをしながら地下バ道を歩くセイウンスカイ。
つい先日行われた菊花賞の結果を思い返していると、背後から声をかけられた。
策士な彼女の、脳内をきっちり読めるのは一人しかいない。
「トレーナー、超能力に目覚めたりした?」
「知らなかった? 実は今も、スカイの思考が駄々洩れだよ?」
「……じゃ、何考えてるか当ててみせてよ」
「レース前にリラックスさせようと、献身的なトレーナー大好き!」
「全く目覚めてないですね」
「えぇ~!? 絶対合ってると思ったのにぃ……」
「何をどうしたら、そんな思考になるんですか~~?」
「あはは。違ったか~。ま、いいや。……それで、調子は?」
やや空気が和んだのを良い機会に、少し間を置いてから、真剣に聞く。
「まあまあかな」
毎回、決まってトレーナーは出走するメンバーに調子を尋ねる。
一緒に調整をしてきた上に、隠し事だって簡単に見抜く観察眼を持っているのに。
それでも聞くのは、闘志を確認するため、だそう。
セイウンスカイは、わかりきった答えを返すと
トレーナーは笑って頷く。
「じゃ、絶好調だね。
スペちゃんも、凄い入れ込みようだったよ」
「去年のスズカさんのことがあるからねぇ。
キングの高松宮記念並に、昂ってると思うよ」
「人気もバッチリ一番だしね」
「……」
「……ふふん。スカイちゃん、代わりに言おうか?」
「あー、もう。自分で言います!」
少し恥ずかしくて、溜めた言葉を勝手に装飾されて言われそうで。
観念したスカイは、一呼吸置いてから口にする。
「だからこそ、こういう時に勝つのが……一番気持ち良いよね」
「だよね~~!! 今年初のGⅠタイトル、もぎ取っちゃおうぜ!」
手を差し出される。
こんな熱血スポコン漫画みたいなこと、全然自分の柄ではない。
怪訝な顔を一瞬だけしたセイウンスカイだが。
諦めたようなため息をつくと、その手を叩き返した。
「いったぁ~~~!? ちょっと、スカイ! 手加減手加減!」
「……ふん」
ちょっと強めにしたのは、スカイなりの照れ隠しである。
【ウマ娘達が追い求める一帖の盾。鍛えた足を武器に行く栄光への道。天皇賞・秋。
果たして、どのウマ娘が最も先にゴール板を駆け抜けるのか】
【一番人気はやはりこのウマ娘、スペシャルウィーク。
春の天皇賞を圧巻の走りで制覇した記憶は、まだ新しく思えます】
【前哨戦の京都大賞典も、素晴らしい結果でしたからね。
輝かしい戦績の同世代においても、中長距離なら抜きんでた実力者です。ファンの期待通りの結果を残してほしいところ】
【そして二番人気、セイウンスカイ。スペシャルウィークとのGⅠ戦績は2勝2敗。
クラシック2冠以降、背中を見せ続けられています。
本日もトリックスターはどのようなレース展開を見せてくれるのか、楽しみですね】
【そうそう。
セイウンスカイは、チーム・アルタイルのメンバーでしたね。
彼女も、あの特有の高速スタートを見せてくれるのでしょうか】
「……」
盛り上がる実況・解説の声が届かないほど、その日のセイウンスカイは……泥沼にはまっていた。
元々、狭くて苦しいのが嫌いな気質。
ゲートにすんなり入ることの方が少ないぐらい。
それでも、今日のような状態は珍しく。
自分の枠番4の場所へ向かおうとするのだが、中々足が進まない。
調子は良い。良いはずなんだ。
トレーナーとだって、普通にやりとりした。
何も悪い所は無い。
……はずなのに、やけに体が重たく感じる。
理由は、緊張なのだろうか。
それとも……
負けることを怖がっているのだろうか。
呼吸を整えながら、なんとかゲートにたどり着くが
覚悟を決めきれず、入り口で止まってしまう。
(ここで入ったら、すぐ始まっちゃう……。ダメダメ、私のペースを保たないと)
胸につかえる奇妙な感覚を、何度も押し戻す。
スタッフの人が、急かしてくるが腹が決まらない。
「スカイ、なんか変だね」
「大丈夫かな……」
「気負い過ぎなのよ、あの子ったら。……らしくないわ」
観客席で見ていたチームメンバーとトレーナーが、その様子を不安に見つめる。
あまりにも待機時間が長いので、流石に周囲の人間たちにも伝播していってしまった。
【……おや。7番のセイウンスカイ、ゲートへ入っていきませんね】
【いつもの光景ではありますが……今日はちょっと酷いですね】
(わかってるよ、そんなの……)
聞こえてくる声と騒めき。
それがまた焦りを生み出し、更に苦境へハマっていく。
どうしたものか、とトレーナーに教わったことのある呼吸法で息を整える。
それでも、どうしてもゲートに入れず悩んでいると……。
「セイちゃん」
隣の枠番である、スペシャルウィークが声をかけてきた。
自然に、友達に話しかける様子を取り繕っているが
周囲のヒトたちはそうするまでに、何度も躊躇い、頭を抱えてから、ようやく意を決して彼女が話しかけたのを知っている。
「大丈夫? 調子悪いの?」
「いやいや。大丈夫、ちょ~~っと、タイミングが合いにくいだけ」
最も意識しているウマ娘から心配されることほど、辛いものはない。
更に精神状態が不安定になっていく。
……そんな様子を見抜けない、スペシャルウィークではないのだが。
それでも、大事な
少しでも普段通りに走って欲しい。
どうしても治せない、不器用な
「セイちゃん、セイちゃん」
「……? な!?」
呼びかけられると、いきなり手が伸びてきた。
驚いて身を引こうとするが、ゲートに当たってしまい後退ができず。
スペシャルウィークのなすがままにされてしまった。
それは、指を頬に当てられ、無理やり笑顔を作らされるというもの。
「にゃ、にゃに? スヘちゃん?」
「辛い時こそ笑って笑って! セラちゃんだって、いっつもそうしてたでしょ?」
「……」
敵に塩を送るほど余裕があるのか。
……いや、そんなあざといことは考えてはいまい。
スペシャルウィークは、そういうウマ娘だ。
「……ふふ」
「あ、笑った!」
「ちょっと痛いよ、スペちゃん」
「ご、ごめん!」
ゆっくり手を剥がすと、慌てて謝罪をする。
悪気なんて一切感じない、純粋な反応。
「……はー。ごめん、スペちゃん。なんか吹っ切れた」
「大丈夫そう?」
「うん。ありがと」
答えると、セイウンスカイは目をつぶったままゲートへ入っていった。
(なまじ、見えるから意識しちゃうんだろうなぁ。最初から、こうしておけばよかった)
夏合宿の時、ちらりと耳に聞こえたセラフィナイトのアドバイスが脳裏をよぎる。
あの子も、視界を遮った方が感覚を研ぎ澄ませられて、集中できる と言っていた。
【セイウンスカイ、ようやくゲートインしました。他のウマ娘たちも、続々と所定の位置へ入っていきます】
(深く考えすぎてたんだ。別に、スペちゃんに負けたら死んじゃうわけじゃあるまいし)
ゆっくり息を吐いて、吸う。
(追い込まれ過ぎだ、私。大丈夫、大丈夫。問題なし。だって、セイちゃん強いから)
自らを鼓舞し、心を落ち着かせる。
(それに、どうせみんなスペちゃんが勝つって思ってるだろうし。
あんま期待に応えるとか考えても無駄無駄)
静寂が周りを満たした。
(………………だからって)
目を開けて、柵越しのターフを視界に映すと。
セイウンスカイの準備は、完全に整った。
ゲートが、開く。
【さあ、各ウマ娘一斉に走り出しました!
注目はセイウンスカイのスタートダッシュ……ですが?
おっと、これは出遅れでしょうか?】
(えっ!?)
(負けるつもりは、さらさらないけどね!!)
出遅れたかのように見えたセイウンスカイ。
様々なレースで、アルタイルのメンバーが使ってきた最速スタート走法『縮地』
セイウンスカイは、
先行策で進む、スペシャルウィークの後方に位置取りを付ける。
そう、今日の彼女の戦法は……『差し』であった。