セラフィナイト ~最強世代6人目のウマ娘~   作:背水 陣

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32話『青雲を駆ける稲妻』

「え? 差し?」

 

天皇賞・春を落として、まだ間もない頃。

セイウンスカイが、一つの提案をトレーナーに告げた。

 

「うん。今まで通りじゃ勝てないから。奇策でも何でも使って、今度こそ一着を取りたい」

 

途中で口にするのを止めたコーヒーを、再び動かして中身を啜る。

ゆっくり嚥下をしてから、トレーナーは尋ねた。

 

「でも、スカイさ。バ群嫌いでしょ。囲まれると、あれこれ考える余裕なくなるって言ってたじゃん」

 

「たしかに、そうなんだけど……」

 

「戦術を変えたいんであれば、差しじゃなくて先行はどう?

 バ群が嫌いなら、追込でも良いし。差しは流石にリスキーすぎるような……」

 

と言いかけて、ようやく意図に気付いた。

 

「あ、まさか……?」

 

理解が早くて助かると言いたげな、不敵な笑顔を作るセイウンスカイ。

 

「ずっと逃げでやってきたから、皆は私が差しの位置に来るなんて思いもしないはず。

 何か企んでるんだろうけど、所詮は付け焼刃……って、油断してくれれば良いよね」

 

「なるほどね~……。でも、使えて一回きりの案じゃない?」

 

「実際に使うのは一回で良いよ。それでも、しばらくは皆警戒するだろうし」

 

「…………方法としては、大いに賛成。でも、トレーナー的には少し反対かな」

 

「え? なんで?」

 

提案や意見を述べても、大体は受け入れてくれるトレーナーが珍しい反応をする。

思ってもなかった言葉に、目を丸くした。

 

 

「ウマ娘にそれぞれ合った走り方ってあるでしょ。

 スカイの場合、逃げが基本なんだからさ。

 差しみたいな、後半に一気に溜めた足を解放する、なんて状況に体が耐えられるか不安だよ」

 

「……じゃあ、怪我しないようにたくさん鍛えればいいんだね?」

 

「そりゃ、それがベストだけど……」

 

脳裏によぎるのは、かつての最速ウマ娘。

彼女の場合は、無理をしたわけではないが……。

それでも、リスクのある走りを推奨するのは中々出来ない。

 

「トレーナー。私、スペちゃんにGⅠの舞台で絶対勝ちたいんだ」

 

 

こちらも珍しく。

普段の飄々とした空気はどこへやら、熱い眼差しで訴えかけている。

 

「どうして?」

 

「クラシックでは勝ちこしてたのに、並ばれちゃったんだよ。

 次は絶対追い越される。それじゃ、ダメ。絶対ダメ。

 ラフィもまた走り始めたんだ。どうせすぐ追い抜かれちゃう」

 

 

同期達の中で、セイウンスカイだけは自らの凡庸さにいつも悩んでいた。

身体的な差を埋めようと、いつも策を張り巡らせて勝ってきた。

 

クラシックを越え、皆の限界値が更に伸びてきている。

 

ならば、もっともっと。

 

奇策でも何でも使っていかねば、本当に追いつけなくなってしまう。

 

 

レース展開ではない、根本的な部分での奇襲をしかける決意は、そんな焦りと不安から生み出されたのだ。

 

 

 

「……わかった。メニューも考えるし、出走レースも見直そう。

 約束だけど、絶対無理しないこと。いいね」

 

「も~、トレーナーったら心配性なんだからあ」

 

 

了承を得られたときに浮かべた笑顔に対し、不安を隠せないトレーナーだった。

 

 

 

(頑張れ、スカイ……! あなたなら、絶対出来るよ!)

 

 

いま出来るのは、自分(トレーナー)を、そして自分自身を信じているウマ娘のことが、無事に走り切れることを祈るのみだ。

 

 

 

【1000mを通過。依然先頭はクロノフェネクス、その後ろにスペシャルウィークが付ける形になっています。

 そして、セイウンスカイは変わらず集団の後方に控えております。これは、どういった作戦なのでしょう】

 

【スタートから既に出遅れていましたからね。前に出られず、バ群に埋もれてしまっただけではないでしょうか】

 

【しかし、様々なレースで策を弄し、勝利を掴んできた彼女のことです。単純な失敗とは考えにくい状態ですが……。見た通りの差し切るつもりでいくのか、終盤の展開に期待しましょう】

 

 

 

その場の誰もが、困惑している。

 

共に走るウマ娘も、何故先頭を行くはずの葦毛の彼女がすぐそばで走っているのか理解できない。

 

 

(セイちゃん、いったいどういうつもりなの……?)

 

 

ピッタリと後ろに張り付かれているスペシャルウィークは、良く知る仲なだけに更に翻弄されていた。

 

最近の練習風景に、特に変わりはなかった。

模擬レースだけは頑なに見せないようにしていたが、仕上がりを隠そうとするのは珍しい行為でもない。

 

 

まさか、レース展開そのものを支配する動きを見せるとは思いもしなかった。

 

 

 

 

「……キングちゃん」

 

「なに?」

 

ターフビジョンを眺めていたセラフィナイトが、口を開く。

 

何故、隣のキングヘイローに声を掛けたかというと。

このざわつく場内で、トレーナー以外に驚きもせずに冷静な顔をしているのは彼女だけだったから。

 

 

「あれが、特訓の成果?」

 

「……ええ、そうよ。GⅠ級のウマ娘、そして身近で秘密裏に練習可能なチームメイト、なおかつ差しの脚質を持つウマ娘。キング以外に、適任は居ないからってあの子から誘ってきたのよ」

 

呆れるような顔をして、レース展開を見続ける。

コーナーの曲がり方、バ群に埋もれないような動き。

 

 

何もかも、予想通りすぎてキングヘイローは嫉妬した。

 

 

だが、その展開は彼女の天稟によるものではない。

 

 

 

思い出すのは、幾度となく行われた併走トレーニング。

 

スタミナに自信がないわけではないが、それでも中長距離のレースを想定した内容。

数を重ねれば、短距離素質のキングヘイローが先に疲弊しきってしまうのは、当然のことだった。

 

 

「ねえ……スカイさん」

 

そんな特訓の最中、息も絶え絶え尋ねたことがある。

 

「こんな何度も何度も、同じように走る意味、あるのかしら?」

 

体力を補うなら、レース形式のトレーニングにする必要はないだろう。

時折、チームメイトも誘ってまで走らされていた。

 

セイウンスカイは、何を求めてこんな過酷な練習をしているのか。

 

 

「キングはさ、例えばもう一度あの日のメンバーで高松宮記念走ったとして、また一着取れると思う?」

 

「そんなもの、当然じゃない! キングが後れを取るわけがないわ!」

 

「……ホントに?」

 

「…………絶対、とは言い切れないわね」

 

いつになく真剣な声に、キングヘイローもいつもの調子を出せず本音を漏らす。

 

「同じウマ娘、同じレースでも。きっとその日の展開は一緒じゃないんだ。

 だって、みんな生きてるんだから。寸分狂わず、同じ歩幅で進めるヒトなんて存在しない」

 

雲をつかむような話に、聡明なキングも流石について行けず、疑問符が頭に浮かぶ。

 

「でも、予想はできる。あの子なら、こう走る。こういう風に走る、ここで上がってくる。

 傾向なら、掴むことは出来ると思うんだよね」

 

「……つまり、スカイさん。あなた……まさか」

 

 

 

そう、彼女がやろうとしているのは途方もない計算。

 

 

出走するウマ娘達のデータを集め、分析し、走り方に予測を立てる。

 

今日、ここで100回シミュレーションした動きと違うことをされても

すぐさま、101回目の結果を導き出せるように。

 

 

気が遠くなるほどの解析を携えて、セイウンスカイはレースに臨んでいるのだ。

 

 

だって、知略(それ)しか彼女には誇れるものはないのだから……!

 

苦手なバ群も、既知のものであれば何も怖くない。

考える余裕がなくなるのは、他者への予想がつかないから。

 

今先頭を走っているもの、横に並ぶ者、マークをしているスペシャルウィークも、シンガリのウマ娘の位置も。

 

全てが全て、セイウンスカイが想定したパターンの中にキッチリ納まっている。

 

 

 

(……そろそろ第三コーナーに差し掛かる。……使うなら、ここ……!)

 

 

さらに、今の彼女にはとっておきの戦術があった。

 

前傾姿勢だったフォームを更にもう一つ下げる。

頭を思い切り下げ、勢いを使って加速。

 

……というより、速度を維持。

 

踵をしっかり固め、地面と垂直角度になるよう蹴っていく。

 

 

 

「あれ!? ……縮地!?」

 

「スカイ先輩、走りながらやってる……?」

 

 

アルタイルのチームメイト達は、いち早く気付いた。

 

 

直線だけでなく、カーブにも応用できるようにトレーナーと研鑽を重ねた、今はまだセイウンスカイしか実戦利用できていない秘技だ。

 

レース後半になっても、ここで息を入れて足を溜められる。

完璧な状態で、最終直線に臨めるというわけだ。

 

 

 

「スカイちゃん……。凄い……!」

 

 

 

セラフィナイトは、実際に走っている音を聞いてその場で分析するが。

 

セイウンスカイは、それを頭脳(データベース)だけで可能にしている。

しかも、走りながら、調整しながら、だ。

 

 

普通のウマ娘では絶対不可能な戦術。

 

自分は才能がない、なんて卑下することのある彼女だが。

こんな超人的なことをする知識と知恵の、どこが平凡なのだろうか。

 

 

(ダメ。これ以上、セイちゃんばかり考えてたら捉えきれない。

 私はただ、いつものように……全身全霊で走るだけ!)

 

 

最終直線に入り、いよいよ勝負となった。

 

スペシャルウィークは、前を行く逃げウマ娘を差し切るためにため込んでいた力を一気に解放した。

 

緩やかな坂を上る、東京レース場の直線。

上がり最速のウマ娘が、よく一着を取る傾向にある。

 

 

瞬発力と地力の求められるコース。

 

 

 

 

セイウンスカイは夏の間、徹底的に鍛えてきた。

 

短い距離を、爆発的に走り切るキングヘイローの動きや筋肉の付き方を学び。

数多の分析により、自分が絶対的に有利なレース展開を作った。

 

 

そして今、目の前に広がる情景は、まさに思惑通り。

 

 

 

加速を始めたスペシャルウィークより、更に一足早く

セイウンスカイはスパートを始めていた。

 

 

彼女の地力は、既にスペシャルウィークと同等級にまで上がっている。

長期戦であれば敵わないが、短時間ならむしろ優位と言えるほど。

 

 

つまり、勝敗を分ける最後の要素は……タイミング。

 

 

完璧にそれを掌握しているのは、もう言わずともわかるだろう。

 

 

(セイちゃん……!)

 

 

「はっ、はっ、はっ、はっ!!!!」

 

 

 

限界一杯の力だった。

 

予想していたこととはいえ、現実に起こるとこんなにも苦しいのか。

 

 

 

懸命に懸命に、走って走って走って走って。

 

 

 

フル稼働していた脳のせいで、数倍にも圧し掛かる疲労の中。

 

息が止まりそうなぐらい、セイウンスカイは全速力でターフを駆ける。

 

 

もう彼女の目には、スペシャルウィークは映っていない。

 

 

ただ見据えるは、ゴール板のみ。

 

 

誰も居ない芝の景色を、誰よりも速く、早く手に入れる。

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

「勝った……!」

 

 

 

 

 

 

 

【セイウンスカイ、一着でゴー―――ル!! スペシャルウィークと凄まじい競り合いの結果、ハナ差での勝利です!! 春の惜敗をここで返上し、秋の盾を手にしました!!】

 

 

 

大歓声が迎える中、セイウンスカイは膝から折れるようにターフへ座り込んだ。

呼吸が整わないまま、それでも掲示板を見る。

 

一番上にある数字。

 

自分の番号、7番。

 

 

 

ハッキリと映るその景色を認識すると。

 

 

 

セイウンスカイは、晴れやかな笑顔で青空を見上げ、拳を握ったのだった。

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