「セイちゃん……。一着、おめでとう」
しばらく息を整えていると、スペシャルウィークが寄ってきた。
敬愛する先輩の取れなかった、秋の盾。
今日こそ、自分がと意気込んだ結果の敗北。
心中を察するに際し、その泣きはらした真っ赤な目を見れば一目瞭然であった。
絞るように出した称賛の声も、掠れて聞こえづらい。
大事なレースの勝ちを奪ったことに、何も感じないわけではないが。
それでも、ウマ娘たる自分自身の気持ちを尊重し、セイウンスカイは言う。
「……スペちゃん。今日は私の勝ち、だね」
「うん。凄かった。セイちゃんに、あんな豪脚があるだなんて知らなかったよ」
「にゃはは。……やっぱ、そう思ってくれるんだ? いや~、頑張ってきた甲斐もあったよ」
「……今日は私の負けだけど。まだ有馬記念があるよね。セラちゃんと一緒に、そこで私とも決着つけよう!」
「……うん。次はお手柔らかにね」
差し伸べられた手を取り、立ち上がった時だった。
「……ッ!?」
「セイちゃん?」
「……ああ、なんでもない。ちょっと疲れてふらついちゃった」
「大丈夫? まだこの後ライブもあるのに……」
「その頃には流石に回復してるよ。先に戻って休んでるね」
「……連れていこうか?」
「良いって良いって。一人で歩けるから」
「……うん。わかった」
力なく歩くセイウンスカイの背を、スペシャルウィークは心配そうに見つめていた。
「スカイ!」
控室に入ると、先に到着していたトレーナーが血相を変えて詰め寄ってきた。
足元には、かき集めた医療道具が散らかっている。
「おや、トレーナー。えへへ。どうです? セイちゃん、ばっちり一着取ってきましたよ」
「いいから、座って!」
「ちょっと~、何を大げさに」
「大げさじゃない!!」
声を荒げるトレーナーの余裕のなさに、セイウンスカイは取り繕うのをやめた。
言われるがままに付きだされた椅子に腰をかけ、靴を脱ぐ。
その左足首は赤く腫れていた。
即座に用意したアイシングキットで、患部を冷やす。
「……ッ!!」
「……感覚の話でいいかな」
本人よりも痛そうな顔をするので、素直に言葉を紡ぐ。
「折れてはないと思うよ。縮地からスパートに切り替える瞬間に、ちょっと捻ったような感覚があっただけ」
固定した足首を、地面に逆らわないようにして蹴っていく走法の縮地。
スピードは出せずとも、速度の維持と一息入れるための走りだ。
それを、元の全速力が出せる走りへ戻す際に起こったアクシデントだろう。
「……ごめんね……スカイ。ごめん……」
消え入りそうな掠れた声で、何度も何度も謝罪をする。
「なんでトレーナーが謝るのさ。むしろ、スペちゃんに勝たせてくれたんだから、誇っていいと思うけど」
「……でも」
実戦で使えるように練習してきたが。
それでもやはり、トップスピードの最中で縮地を使うのはまだ早かった。
己の未熟さと、セイウンスカイの性格を把握しきれなかったことで、自責の念が重くのしかかる。
「まだ二か月あるよ。有馬記念まで」
「……それでいいの?」
他のレースで調整はおろか、まともに練習も出来ないかもしれない。
そんな状態で、決戦へ臨んでも良いのだろうか。
心配するトレーナーへ、セイウンスカイは少しでも安心できるよう無理やり、不敵な笑みを浮かべる。
「私の才能は、知略でしょ。体は後からついてくるから、大丈夫だって」
「……わかった。まずはしっかり治療しようね。すぐに病院行こう」
「うん。ラフィとの約束も、破るわけにいかないしね」
「そうだね。ウイニングライブは不参加にしてもらうよう、運営さんにも伝えておく」
「世話をかけますなぁ。あーあ、ファンの皆さんには申し訳が立たないや」
「いいから、大人しくしてて」
「はいはい」
「……」
ドア越しに会話を聞いて……いや、聞こえてしまったセラフィナイトが居た。
中に入ろうとしたが、共にいたキングヘイローに目配せをすると、そのまま立ち去るように促す。
緑色の瞳は、燃えるような闘志で満ちていた。
【先週から引き続き、晴天に恵まれた東京レース場。
芝2500m、GⅡアルゼンチン共和国杯のトロフィーを求め、16人のウマ娘達が挑みます】
【本バ場に移ったウマ娘達が、それぞれウォームアップを始めております。
どうでしょう、本日注目のウマ娘はやはり、一番人気のセラフィナイトでしょうか】
【そうですね。前走のオールカマーでは、一番人気、更に今や菊花賞ウマ娘のカルミアボタンに対し、コースレコードでの勝利でしたから。圧倒的な走りに、今日も期待できますよ】
【セラフィナイトは、非常に聴力に優れたウマ娘だそうで。〈アルタイル〉の代名詞である、あの高速スタートダッシュ……『縮地』と呼んでいるそうですが。それをもう一つ先読みして使える……とチームトレーナーからの資料には書いてあります】
【中々、他のチームにはない試みをしているようです。今日も、好走が期待できますね】
「セラ―!」
ターフの上で、ゆっくりと呼吸をしながら柔軟をしていると
観客席最前列から、自分の名を呼ぶ声がした。
レース前で湧き上がる歓声の中、正確にトレーナーの方へ歩いていく。
「どうしたんです、トレーナー」
「どうした、って。予定より早く本バ場入りするからビックリしたんだよ」
いつも担当ウマ娘とは、地下バ道で打ち合わせや状態確認をしてから戦場へ送り出すようにしている。
時間になっても来なかったので心配したトレーナーが、通りがかったスタッフに尋ねると
既に出た後と聞いたので慌てて観客席にあがった、というわけだ。
「ああ、そっか。ごめんなさい。ちょっと気持ちが抑えきれなくて」
「……入れ込みすぎてない?」
「……かもしれないですね」
理由は聞かずともわかっている。
セイウンスカイの足は、全治一か月ほどの捻挫だった。
有馬記念には十分間に合う。
調整期間が短くなることを考えると、万全と言い難いのが悔しいが。
「トレーナー、やっぱり私……年末で勝負をつけるって目標にして正解だったと思います」
「え?」
「ウマ娘にとって、怪我や病気は付き物ですから。明日、また同じように走れる保証なんてないんだなぁ、って改めて思って」
「……ウマ娘だけじゃない、アスリート全般に言えることだけどね」
「……ですね」
セラフィナイトは深く息を吐いた。
「心配かけてごめんなさい。でも、私の方は全然大丈夫です」
と、陰りのある表情を一気に明るく持っていく。
そして、その場で跳躍を何度もした。
柔軟性と筋力から生み出されるそれは、軽めに行っているのにも関わらず異様な滞空時間を持っている。
「絶好調ですから。ここでキッチリ2500m走って、有馬記念を走る感覚をしみこませてきますよ」
「うん。でも、無茶はダメだからね」
「わかってますって。……でも、カッコ悪い所は見せられないからなぁ」
その言葉を聞き、トレーナーは後ろを振り向く。
人混みの奥の奥、壁の方に一人のウマ娘が居た。
覆面をつけた、同期のウマ娘。"怪鳥"エルコンドルパサー。
他の友人らは調整や都合がつかないので、今日は彼女のみ。
次に戦うジャパンカップに向けて、偵察に来たというわけだ。
腕を組み、普段の明るい彼女とは違う険しい顔で見下ろしている。
セラフィナイトと目が合っても、その表情は一切変わらない。
「……エルちゃん」
トレーナーが、静かな闘気を肌で感じているとセラフィナイトが、肩を叩く。
「今日の主役はこっちですよ」
「わ、わかってるよぅ」
「それじゃあ、行ってきます。今日も、たくさん楽しんできますね」
「うん。頑張って」
手を振りながら、ゲートの方へ歩いていくセラフィナイト。
その背を、トレーナーは心配そうに見つめる。
セイウンスカイのケガで、一番ショックを受けていたのはセラフィナイトだ。
自分が、グズグズしているから、数少ない競走の機会を失うところだった。
グランプリレースで、勝負をつける。
その約束を守るため、セラフィナイトは今日も走る。
前向きな姿勢は素晴らしいが、やや気負い過ぎているようにしか見えない。
こんな状態で、セラフィナイトまで何かあったら、どうすればいいのだろう。
レースが始まるまで、ハラハラし続けていたトレーナーだったが。
それは杞憂だったと痛感した。
【セラフィナイト! セラフィナイトが今一着でゴールイン!! 後続との差はまさかの10バ身です!】
【更に、今回もコースレコードを叩き出しました! 復帰戦以降、まさに敵なしですね。とんでもないウマ娘がターフに帰ってきたものです】
割れんばかりの大歓声が、レース場内に響き渡る。
前回、カルミアボタンとの接戦の末に勝利のような、危うげな内容ではない。
開始、天華一閃でハナを取ってから影すら踏ませぬ圧倒的な走りで、常にトップを独走。
最後まで、捉えきる者は一人もおらず……人気に恥じない完璧な勝利をセラフィナイトは飾った。
「はぁ……はぁ……」
体操服の袖で汗を拭いながら、ゆっくり観客席へ歩いていく。
そして、一人のウマ娘へ鋭く、強く、指を差した。
「……流石デスね、セラちゃん。それでこそエル達の世代最強、最速のウマ娘デス……!」
言葉を交わさない宣戦布告を、エルコンドルパサーは受け取る。
そして大きく頷いてから、まだ熱の冷めないレース場を後にした。
「けど……その称号は絶対に、アタシが貰いますから……!」
みなぎる二つの闘志は、再び東京レース場で激突することになる。