セラフィナイト ~最強世代6人目のウマ娘~   作:背水 陣

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35話『ジャパンカップ』

カツン、カツンと地下バ道に蹄鉄の音が響く。

編み込みのロングブーツの底に嵌められた金属は、練習の時とは違う特別仕様の物。

 

白いキトンの服は、ドーリア式と呼ばれる肩を出すスタイル。

同色のショートパンツとロングスカートを重ねたデザインは、前に大きく入ったスリットにより走るたびに生地が靡くようになっており、風を切る感覚が一層増すらしい。

 

腰に巻いた太い皮ベルトのバックルには、深緑色の美しい石がはめ込まれている。

 

 

特に特徴的なのは、首元。

翼を意識した、真っ白な羽の意匠がされたロングマフラーを一度だけくるりと巻いている。

両端は足先に付きそうなほど長い。

 

 

 

 

これが、セラフィナイトの勝負服。

 

 

GⅠレースを走るに際し、特別な思いを込めた彼女だけの衣装。

 

 

 

 

やっと。

 

 

やっと、着れた。

 

 

 

一年と半年以上も前から、ずっとずっと衣装箱に眠っていた一張羅。

 

 

いつか、夢を諦めそうになった時でも。

この服だけは、大事にしたくて手入れを欠かさなかった。

 

 

 

レースの為に身にまとえる日が来るだなんて、思いもしなかった。

 

 

 

 

【それでは、最後。1番人気、1枠1番。セラフィナイトの登場です!】

 

 

 

 

カーテンが開き、パドックへと歩いていく。

 

 

 

その声援は大きく、かつてオールカマーでの反応とは全く違うものとなっていた。

 

 

 

「セラフィナイト―――! 今日もぶっちぎりで勝ってくれよーー!!」

 

「レコード期待してるよーー!!」

 

「セラせんぱーーい! かっこいーーー!」

 

「がんばってねーー!!」

 

 

拍手と歓声。

音圧で床が震えている。

 

 

ビリビリ感じる、みんなの期待を背負いセラフィナイトは首元のマフラーを、勢いよく投げた。

 

 

再び湧き上がるオーディエンスに、気力も十二分に満たされる。

 

一番良い席に居たチームメイト達にも手を振り、マフラーを拾ってから地下バ道へ再び戻っていく。

 

 

 

「あれがセラちゃんの勝負服……」

 

背を見つめるスペシャルウィークは、ようやく見れた友人の晴れ姿に感動していた。

 

「天使をモチーフにしたデザインだそうですよ」

 

「中々良いセンスじゃない!」

 

当然、同期のライバル達も見学に来ていた。

グラスワンダーとキングヘイローの会話も聞かず、セイウンスカイがパドックを黙って眺める。

 

既に足の状態は良く、少し前まで使っていた松葉杖も必要ないほど。

コンディション的には絶好調の彼女は、他の出走ウマ娘の分析を始めていた。

 

 

 

(あの子は、海外の芝GⅠを制覇してる差しが得意な子だっけ。

 あっちでストレッチしてるのは、最近調子をあげてきてる逃げウマ娘……。

 やっぱ秋のGⅠとなると、並大抵のヒトは居なさそうだね)

 

 

難しい顔をしているのには訳がある。

国内のウマ娘ならば、セイウンスカイでも傾向予測は可能だ。

 

だが、海外のウマ娘はそうもいかない。

そもそも情報が集めにくい上、芝の状態が日本とは違う。

 

どのようなパフォーマンスを発揮するのか、読みにくいのだ。

 

力量差はわからない。

数少ないデータを鑑みても、かなりの強豪がひしめくレースなのは間違いないだろう。

 

 

(……ただ、それでも)

 

 

 

 

 

「セラなら、勝てるよ」

 

 

本バ場へ向かう途中の、最後の打ち合わせ。

大きな一眼レフカメラを首にぶら下げたトレーナーが、セラフィナイトへためらいなく言った。

 

「はい」

 

「……なんか、思ったより落ち着いてるね」

 

オールカマーやアルゼンチン共和国杯。どちらも、普段の彼女ではなかった。

久しぶりのレースへのドキドキ、約束を確固たるものにすべく臨んだズシンとした重み。

 

打って変わって、今日は晴れやかな顔だった。

 

「そうですか?」

 

「そうだよぅ。だって、初めてのGⅠだよ。

 漲る闘志状態か、緊張ハラハラ状態か、どっちかになると思ってたのに」

 

「あはは。どっちも、間違いではないですけどね。

 大舞台で走ることに、何も感じないウマ娘なんて居ないですよ」

 

「……何かあった?」

 

悪い意味で聞くのではなく、きっかけになるような出来事でもあったのだろうか。

そういう詮索の意味で問う。

 

「はい。私って友達に恵まれてるんだな、って思えることが」

 

「……そっか」

 

内容を聞くまでもない。彼女の性格なら、きっと話してくれるから。

それでも曖昧な言い方をするのは、話しちゃいけない秘密なのだろう。

 

多分、今日一緒に走るウマ娘とのことだろうな。

何となく察したトレーナーは、セラフィナイトの横から背に手を当てる。

 

「朝まで降ってた雨で、重バ場。東京レース場なら、特に気にせず走れるかな。

 枠番も悪くない。

 最後の直線、上がり3ハロンでスタミナをどれだけ残せるかが、勝負の決め所だけど……

 セラなら問題ないよね」

 

「もちろんです!」

 

「さ、ここで一発GⅠ取って。有記念での勝負を揺るがないものにしよう!」

 

「はい!」

 

「よぉし、行ってこぉい!」

 

トレーナーの方は、若干テンション高めなようだ。

背を押された勢いそのまま、光の溢れる本バ場へと歩いていく。

 

 

 

「セラ―!」

 

何かを言い忘れたのだろうか。

発破をかけた後に呼び止められるのは珍しく、やや困惑気味にセラフィナイトは振り返る。

 

「勝負服、似合ってるよー!」

 

満面の笑みで手を振るトレーナーへ、少し恥ずかしそうに手を振り返した。

 

 

 

 

【府中に集う優駿たち。芝2400mジャパンカップ。

 重バ場の発表がありましたが、集った世界のウマ娘に対し日本勢は対抗できるのでしょうか】

 

【注目はなんといっても、2番人気パルイーフ。サンクルー大賞を制覇している実力者です。

 日本のレースは初参加ですが、好走が望まれます】

 

【3番人気のエルコンドルパサーは、昨年度の覇者です。

 パドックの様子も好調で、良い走りが見込めますね】

 

【そしてそして、そんな二人を差し置いての1番人気……セラフィナイト。

 人気上位陣の中で唯一のGⅠ未勝利ウマ娘ですが……それは、今回が初出走だからというだけ。

 前走、前々走を連続勝利とレコード樹立。ファンの期待も当然と言ったところでしょうか】

 

【並みいる海外勢の中で、今日はどんな走りを見せてくれるのでしょう】

 

 

 

 

セラフィナイトはターフの上で曇り空を見上げた。

足元は水の染み出る、重バ場。

切れ間から覗く太陽は眩しいが、快晴とはいいがたい。

 

晴れ舞台にしては、やや状態は良くない。

 

 

だが、こんなような状況でも立派にGⅠを勝ち取ったウマ娘を知っている。

ならば、今日こそ絶好の初制覇日和ではないか。

 

 

観客席に居る、チームメイトや友人に目を向けた。

 

 

「セラちゃん、頑張ってー!」

 

「平常心、ですよ」

 

「エルさんに負けるんじゃないわよ!」

 

 

セラフィナイトでなければ、絶対届かないであろう歓声の中の応援。

それぞれの激励を受け止める。

 

一人だけ、声に出さず頭の後ろで手を組んでいるウマ娘が居たが。

小さくガッツポーズをして、自分の闘志を披露する。

 

受け取ったウマ娘……セイウンスカイは、小さく頷いて返答としていた。

 

 

 

「セラちゃん。今日はよろしくデス」

 

声のする方向へ振り返ると、覆面と赤いロングジャケットが特徴的なウマ娘が居た。

見えづらいが、目元は綺麗。どうやら、セラフィナイト同様にちゃんと眠れたようだ。

 

「こちらこそ。よろしくね」

 

セラフィナイトが手を差し出すと、エルコンドルパサーは少し考えてから首を横に振った。

 

慣れ合うつもりはない。今日は敵同士。

その意思の表れでもあるが。

 

武者震いと、少しの恐怖で震えている手を隠したかったから。というのが大きな理由である。

 

「どっちが勝っても、恨みっこなしデスからね!」

 

「もちろん! 負けないから!」

 

不敵に笑い合うことで、決闘の合図とする。

 

走る(戦う)に際して、二人にもう言葉は必要なかった。




「……あ、そうだ。エルちゃん」

「ん? なんデスか?」

「海外の人たちにも、せっかくだから挨拶したいんだけど。
 『良い勝負をしましょう』って、英語以外ならなんて言うの?」

「英語以外……エルが知ってるのは、スペイン語とフランス語デスけど……
 スペイン語圏のウマ娘は居なかった気がしますね」

「じゃあ、フランス語かな?」

「……ふふん。わかりました。
 いいデスか、あっちの人たちは騎士道を大事にしてますから。
 今から教える言葉を、出来るだけ胸を張って、怯えることなくハッキリ伝えるんデスよ?」

「おー。そんな作法が……。教えて教えて!」

「えっとデスね……」





その後、挨拶という宣戦布告をして回る日本のウマ娘が一部で話題になったそうな……。
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