時計を見ながら、廊下を歩く。
まだ昼休みの時間はある。
戻っても、短距離のコースなら時間的に視てあげられるだろう。
同期でありチームメイトの、新しい走りが見れそうでワクワクする。
そんな浮ついた気持ちで、アルタイルに
「ねー、このメニュー本当に合ってるのかなぁ。
やっても、全然勝てないんだけどー!」
戸に手を掛けた時に、室内から声が聞こえてきた。
聞き覚えはある。同チームのウマ娘だ。
昼休みを過ごしていたのだろう。珍しいことではない。
しかし数名の談笑の中、不満げな意見だけがやけに耳に付いた。
「それ、マネージャーが作ったメニュー?」
「そうそう。あたし、アルタイルのトレーナーに憧れてようやくココに入ったのにさぁ
なんでマネージャーのトレーニングメニューやらないといけないんだろう」
「詳しいことは知らないけど、結構有名だったウマ娘らしいよ。あのマネージャー」
「えー? でも走ってるところ見たことないよ。ケガしてるって言うし。」
「走ってもない人に、あれこれ指示されたくないよねぇ。
大体、マネージャーって只の雑用係でしょ?
レースやトレーニングのことまで口出しする権利あるのかなぁ」
「トレーナーが認めちゃってるから仕方ないとは思うけど。
納得いかないよね。経験も実績も無さそうなヒトに、あれこれ言われるの」
「わかるー。偉そうにしないで欲しいよねー」
「……」
戸に伸ばしかけた手は震えていた。
口をきゅっと噤み、熱くなった目頭を押さえる。
部屋に入るのはやめよう。
飲み物は売店で買ったもので済まそう。
セラフィナイトが赤くなった鼻をすすり、顔を上げた時。
後ろ手を思い切り掴まれると同時に、チーム部屋の戸が力強く大音を立てて開かれた。
「……あなた達に良いことを三つ、教えてあげるわ」
ジャージ姿のキングヘイローが、足早に歩み寄り冷たい声で言った。
輪を作りヘラヘラと笑っていたウマ娘たちは、突然のことに表情を失い戸惑う。
「一つ。陰口を言うならもっと人気のない所ですること。
今みたいに、自身の評判を落としかねないわよ」
「ひっ……!」
「二つ。マネージャーはドロップアウターの逃げ道じゃない。
トレーナーと二人三脚で、考えて動いて仕事をしているの。
単なる雑用係に『マネージャー』を名乗ることは出来ないわ。安心して」
そして、と前置きしながらキングは一歩進む。
「三つ目」
ぐいっと手を引き、キングヘイローは友人を前に立たせた。
「セラフィナイトさんは、あなた達には想像がつかないぐらい凄いウマ娘よ。
誰も追いつけなかった……誰も勝てなかった。
今、活躍しているキングたち同期の皆が憧れた『夢』なの」
眉を潜めつつ、だがその言葉を放つ本人も悔しそうに続ける。
「そんな、私たちの夢を。
何も知らないヒトたちが、笑うことは絶対に許さないわ。
発言を取り消しなさい」
「ご、ごめんなさいキングヘイローさん! 私たちそんなつもりじゃ……」
失言を慌てて取り繕うウマ娘たち。
だがキングヘイローは表情を変えずに続ける。
「私じゃなくて。謝罪するなら、この子でしょう」
「ごめんなさい、セラフィナイトさん!」
「……う、うん。いいよ」
自分のこと以上に怒っている友人のせいで、どうしたらいいのかわからず。
言いたいことや思うことはあったが、とりあえず場を収めるためセラフィナイトは謝罪を受け入れた。
気まずさに耐え切れず、チーム部屋からウマ娘たちはそそくさと出ていく。
残されたのは、耳を後ろに向けたままの
「……あの、キングちゃん」
「……なによ」
「えっと……ありがとう」
沈黙に耐え切れず、まずは礼を言う。
そっぽを向いたままの友人は、態度を変えずに答えた。
「……あの子たちの言うこと、全くわからないでもないわ」
「え?」
「私は、同期のみんなの中で一番を取りたかった。
クラシックに出て、勝って。自分の強さを証明したかった。
結果はそぐわなかったけど……それでも、挑戦する意味はあったと思うわ」
思い起こされるのは悔しい思い出ばかり。
そして……追いかけて、追い越したかった背中。
「その中に、あなたが居なかったのは本当に悔しいの。
…………ねえ、いつになったらレースに戻ってこれるの?」
掴んでいた手は、既に強引さは無く。
すがるように、包むようにきゅっと握られていた。
「……ごめんね、キングちゃん。ちゃんと話しておくべきだったね」
涙目で問う大事な友達へ、自分の気持ちを隠すことは出来ない。
そっと細指を離すと、セラフィナイトは俯きがちに思いを告げた。