「何してるのよ、こんなところで」
冬用のジャージに身をくるんだキングヘイローが、声を掛けた。
「……ああ、キングか」
ぼんやりとした様子で返事をする、制服姿のウマ娘。
セイウンスカイは、スタンドで呆けたように自チームの練習を眺めていた。
有馬記念まで、もう時間は長くない。
捻挫も完治し、最終調整のための大事な期間。
貴重な練習時間を放棄したことについて、キングヘイローは諫めに来たのだ。
「キングか、じゃないでしょ。あなた、昨日も練習に来なかったじゃない」
「……うん」
「そんなんじゃ、有馬記念でセラフィナイトさんと勝負どころか、まともなレースも出来ないわよ?
ただでさえ、怪我明けなんだから」
「……そうだね」
「……」
拍子抜けする態度に、キングも肩透かしを食らう。
原因は大体わかっている。
彼女なりに、セラフィナイトのことがショックなのだろう。
でも。
「もしかして、だけど。スカイさん、あなた……全力のセラフィナイトさんと走れないかも、って思っているのかしら?」
「そりゃあそうでしょう。ケガが治るか、治らずレース当日になるか。わからないぐらいの状態だよ。
……そんなの、期待するだけ辛いじゃん」
「……はぁ。呆れた」
キングヘイローはセイウンスカイの横に立った。
懸命に走っているチームメイトを見ながら、思いを込めるように言う。
「あなたが諦めたら、今頑張ってるセラフィナイトさんに失礼よ。
あの子は、今も真っすぐに私たちとの決着へ向けて努力してる。
ここで、スカイさんが立ち止まったら……それこそ、レースが台無しになるわ」
「…………」
「まったく。春先の、へっぽこメンタルはどこへ行ったのかしらね。
以前のあの子なら、やけになって、また走るのをやめる、とか言いかねなかったのに」
「……変わったんだよ、ラフィ」
「そうね。本当。心身ともに、あの子は"最強"の名に恥じない実力者になってるわ。
だったら……私たち挑戦者は、全力で迎え撃つだけじゃないの?」
前だけを見るキングヘイローを、見上げた。
日差しに負けないぐらい、その顔は輝かしく映る。
ただ見据えるは、月末の決戦のみ。
有馬記念は長距離のレースだ。
短距離の得意なキングヘイローにとって、かなり不利なレースになる。
実際、未だに彼女は中距離以上の重賞レースを取ったことすらない。
それでも、走る意味はある。
勝てないから諦めるのではない。
勝つために、挑み続けるのだ。
「……あーあ! ホント、キングお嬢様の熱血指導はいつまで経っても暑苦しいですね~」
「あ、コラ! どこ行くのよ!?」
めんどくさそうにセイウンスカイは、手を頭の後ろで組みながらその場を後にしようとする。
キングヘイローが追い駆けようとすると、すぐに立ち止まり背中越しに質問へ答えた。
「着替えてくるから。先にコース行っててよ」
「……! 早くなさいよ!」
弾んだ声で、練習場へ戻っていく。
その背を見てから、セイウンスカイは空を見上げた。
(……ラフィ。待ってるからね)
冬の日差しは、青空を温かく包んでいた。
――――。
「はっ……はっ……」
膝をついて、マスクから染み出る汗を拭う。
中山レース場、芝2500mを想定した模擬レース。
エルコンドルパサーは、参加者の中で誰よりも早くゴールした。
共に走ったのは寄せ集めの集団ではなく、長距離の中でもかなりの実力者たち。
手の内を明かさないため、流石に有馬記念出走者は居ないが
それでも、きっちり一着を取る彼女は、"最強"と自負するだけのことはある。
「随分と追い込んでますね、エル」
鬼気迫る様子を見かねて、グラスワンダーが声をかけた。
狙っているのは、有馬記念での勝利。
まるで命そのものを燃やしてでも、栄誉を手に入れたい。
見ているだけでも伝わる、そんな激しい闘志を感じずにはいられなかった。
「……まだ。まだデス。こんなもんじゃないんデス。あの子は」
「……セラちゃんですか?」
頷きながら袖で汗を拭う。
「あの時、残り1ハロンまで。アタシは、敗北を感じていました。
どうあがいても、絶対に勝てない力の差を叩きつけられたんデス……」
悔しそうに拳を握るエルコンドルパサー。
あんなことさえなければ、ジャパンカップのトロフィーはあの子が持っていたはずなんだ。
事実上の1着に甘んじる怪鳥ではない。
試合には勝ったけれど、勝負では負けたまま。
その決着を今度こそ。年末のグランプリレースでつける。
「セラちゃんはベストコンディションでした。
つまり、全盛期の彼女と走ったのは現状でエルだけ……」
グラスワンダーは髪を縛りながら、軽くストレッチをしつつコースへ向かう。
「あなたの走りで、セラちゃんを見せてください。
それでもなお……私が勝ちます」
親友の静かな炎に、エルコンドルパサーは思わず笑みを浮かべる。
「ブエノ! それでこそグラス!
デスが……アタシだって、負けませんよ!」
「望むところです」
彼女らも、セラフィナイトが年末には戻ってくると信じている。
前を向く瞳は、揺らぐことはなく。
夕焼け色の空を、反射させていた。
――――。
「……ってことがあって……大変だったんです」
夜闇が外を覆う時間。
一人きりの部屋で、スペシャルウィークは会話をしていた。
手にはスマートフォン。画面には通話アプリと『サイレンススズカ』の名前が映っていた。
《そうね……。一度ケガした足をもう一度……なんて、私も考えたくないわ》
去年の天皇賞・秋にてレース中故障をしたスズカ。
痛さと辛さ。未来への不安で、押しつぶされそうになっていた。
それでも、仲間たちの励ましにより再度立ち上がることが出来たのだが……
振出しに戻るような事態になれば、心が折れるかもしれない。
「けど、お見舞いに行ったら……セラちゃん、笑ってたんです」
《あら、そうなの?》
「私も落ち込んでるのかなぁ、って思ってたからビックリしちゃって。
でも、その笑顔を見たらすぐわかりました」
無理に作った表情ではない。
純粋に、まだ希望があるから諦めない。そんな意志を感じる、元気な顔。
「転んでも倒れても、セラちゃんは前を向いてたんです。
凄いですよね。数か月前は、もう走りたくないなんて言ってた子なんですよ?」
《……そうね。それはきっと、スペちゃん達のおかげじゃないかしら》
「……そ、そうでしょうか?」
スズカにも、セラフィナイトのことは話していた。
春先から、この冬まで。時間があれば、報告していた。
その上で、自分たちのおかげだと言ってくれたことが嬉しくて。思わず鼻の下を擦ってしまう。
《私が怪我した時みたいに。スペちゃんが、絶対帰ってきてくれる。って信じてくれたから。
だから、私は今こうして遠い地でも楽しく走れていると思うの》
「スズカさん……」
《想いの力って、それぐらい強いのよ。スペちゃんも変わらず、セラフィナイトさんを信じて待ってあげてね》
「はい! もちろんです! ……ふぁ……」
《あら、ごめんなさい。長話になっちゃったわね。
明日も朝からトレーニングでしょう? そろそろ切るわね》
「すみません、スズカさん……。またお話しましょう」
《ええ、もちろん。それじゃ、おやすみなさい》
「おやすみなさーい……」
安心感からか、突如訪れた眠気に抗えず、スペシャルウィークはそのままベッドに寝転んでしまった。
窓から差し込む月明かりは、澄んだ空気を通してより明るく。
一人のはずなのに、寂しさを感じさせない部屋を照らしていた。
「……え、今……なんと……?」
ところ変わって美浦寮の一室。
驚いた顔で尋ねるのは、赤髪のウマ娘カルミアボタン。
眼鏡のブリッジを震える手で押さえながら、聞き間違いであることを祈る。
「? クリスマスの夜は、外泊してくるって言ったんだけど……」
きょとんとした顔で答えるのはセラフィナイト。
右足にはまだ治療用の湿布が貼られている。
「クリスマスと言えば……有馬記念の前日ですけど……」
「そうだね」
「……ち、ちなみに……どなたと?」
「えー? 言うのはちょっと恥ずかしいかなぁ……」
(言うのが恥ずかしいような相手……!?)
「あ、ちゃんと大人の人と一緒だから安心して」
(で、できるわけがない……!!)
一体、どこで誰とそんな日を過ごすつもりなのか。
カルミアボタンは早打つ鼓動と、手汗と共に深く問いただすことを決心した。