「……よし」
鏡を見て入念にチェック。
梳かして寝ぐせも抑えた。カルミアボタンにしてもらった、編み込みもバッチリ。
服の確認。
フェイクファーのアウター、チェックのスカート。白いインナーに汚れがないかをしっかり見る。
手に持った鞄の中身も、問題なし。
玄関に用意しているブーツだって、昨日しっかり磨いておいた。
完璧だ。
おでかけ用の姿を仕上げたセラフィナイトは、満足げに反転してる自分を見て微笑む。
宿泊用の別途で用意したキャリーケースも、準備万端。
再確認出来たと同時に、ベッドに置いてあったスマートフォンが短い音を立てた。
どうやら、お迎えが到着したらしい。
「それじゃ、ボタンちゃん。行ってくるね!」
「はい。いってらっしゃい」
浮足立っている先輩を、穏やかな顔で送り出すカルミアボタン。
本当は、自分も付いていきたいぐらいだが。そこはぐっと我慢。
相手のことを問いただしたら、納得しかなかったから。
嫉妬しない気持ちもないが、こうするのがベストであるなら、快く送り出そう。
気持ちを切り替え、明日の有馬記念に備えるべく
ボタンは大きく伸びをしてから日課のトレーニングをすることにした。
「……あ、いたいた。トレーナー!」
寮を出たすぐの所に止まっている一台の車。
真っ青なセダンタイプの高級車だ。
持ち主と思わしき女性が前に立っている。
暗色系のコートにブラウス、フレアスカートから覗く足先は運転しやすいようにスニーカーを履かせている。
いつもよりちょっと気合の入った格好をした、セラフィナイトの担当トレーナーだ。
「お待たせ。ちょっと遅れちゃったね」
「ううん、大丈夫です」
嬉しそうな顔で返事をしてから、セラフィナイトはそのままトレーナーの姿を検める。
「……な、なに?」
「トレーナー、スカートとか履くんですね!」
「ふふん。可愛いでしょ」
「はい、とっても!」
「……さ、乗って乗って」
一回り近く年下の子の全肯定に照れながら、トレーナーは後部座席と助手席を開ける。
荷物を後方へ、セラフィナイトは隣へ。それぞれ本革のシートに腰を下ろす。
「忘れ物ないね? シートベルトした?」
「はい! オッケーです!」
「じゃ、行くよ~」
「はーい!」
年相応の声が車内に響き渡る。
レースという軛から外れているセラフィナイトを見るのは、もしかすると初めてかもしれない。
まだまだ知らない一面があったことに、驚きと嬉しさを感じつつ。
二人を乗せた車は、冷たい空気を切り裂きながら道路を走る。
向かう先は、少し離れた街の商業地域。
普段行っている場所では気晴らしにならないから、今日だけはちょっと特別。
なんてったって、このクリスマス。
セラフィナイトとトレーナーはデートをするのだから。
「それにしても、本当に言ってた場所で良いの? 他に行きたい所あるなら、今からでも遠慮せず言っていいからね」
法定速度を遵守しながら、隣の席のセラフィナイトに問いかける。
「はい。行き先の変更はなしで!」
「もっとこうさ、高いお店で無駄に高い物食べたいとか。
良いお洋服屋さんでも、なんならジュエリーショップとかでも良いんだよ。
冬のボーナスが入った大人はね、一時的に無敵なんだから」
「トレーナ~。私、中等部ですよ?
そんな子供がとりあえず好きそうな場所、行きたがるわけないじゃないですかぁ」
「中等部は十分子供ですけどぉ!!??」
「あはは! ちゃんと前見てくださいよ」
「も~。セラが驚かすからでしょ~?」
「ごめんなさーい」
信号機が赤色を示す。
風切り音が止まり、エンジンも停止する。
話題が一瞬途切れたので、ちらりとトレーナーは横のウマ娘を見た。
「!」
いつからなのかはわからないが、視線を動かしたと同時に目が合う。
嬉しそうに微笑む顔が、瞳に映った。
「別に特別なこととかは望んでないんです。
ただ、ゆっくりトレーナーとお話しながら歩けたら嬉しいな、って」
「……うん」
担当になって、短くない時間を過ごしてきた。
観察力、読解力の高いトレーナーはそんなことわかってた。
だけど、何気ないどうでもいい会話をしたくて。
今日この場を設けてもらった。
昨年のクリスマスは、大変な状況だった。
当時のチーム人数は少なくとも、トレーナー自身は大人気。
誰が一緒にクリスマスを過ごすのか、などの取り合いになった結果。みんなで過ごそうとパーティを開いた。
その結論に至るまで、数日を要しただけでも彼女の好かれぶりがわかるだろう。
余談だが。
トレーナー自身はそもそも、担当ウマ娘達の誰かと過ごす選択肢しかない、という寂しい認識を皆に取られていたことにだけ、ちょっぴり傷ついたとか……。
今年のパーティは、イブに開催した。
忘年会と有馬記念への決起会も兼ねてだ。
そこで、セラフィナイトはみんなに無理を言ってお願いをしたのだ。
有馬記念の前日、どうにか二人で過ごさせて欲しいと。
クリスマスになったのは偶然で、本当はそれが理由。
何が目的なのか、誰も聞かずとわかってくれていた。
様々な思惑で嫉妬や反感を抱いたウマ娘も居たには居たが、最終的には許諾を貰えたわけである。
「じゃあさ、セラ。わたしもわたしで行きたい所があるんだけど……付き合ってくれるよね?」
「もちろんです! どこですか?」
「秘密~♪」
「ええ~? 教えてくださいよー」
「まぁまぁ。楽しみにしておきなさいな」
信号が青に変わった。
ゆっくりと車体が動き出し、景色が流れていく。
見慣れた街並みを、あまり見慣れない角度から眺めていく。
形の良いフェイスライン越しの風景を、セラフィナイトは思う存分堪能していったのだった。
――――。
「わあ、もう暗い!」
「日が落ちるの早くなったよねぇ」
トレーナーの手には荷物がたくさん抱えられていた。ここにある以外にも、寮に直接届けられる品もある。
様々な店を見て、気になったものは何でも買ってあげた。
友人やチームメイトへのお土産など、一緒に悩んで話し合い、気が付けば大荷物になっていたのだ。
楽しい時間を過ごさせてもらった百貨店から出てきた二人は、黒と赤焼けが入り混じった空を見上げて同じことを思った。
夜と呼ぶには早い時間だが、空気はすっかり宵闇に染まりかけている。
「そういえば、トレーナー。行きたい所があるって、言ってませんでした?
私との買い物ばっかり付き合ってもらっちゃいましたけど」
「大丈夫だよ。お夕飯と一緒に済ませられるところだから。
とりあえず、満足して頂けましたかね? お嬢様」
「はい、もちろんです! ありがとうございました!」
誇らしげに胸を張るトレーナーに、満面の笑みと返事をする。
同時に、耳に付けた薄緑色の飾りが揺れる。
元々、セラフィナイトが付けていた銀の輪に、アクセサリーとして『
もちろん、クリスマスプレゼントとして。
「よしよし。じゃ、最後にその『例の場所』へ行きましょうかね」
「わかりました! どこなんだろーなー」
駐車場へ向かおうと、トレーナーが歩き出す。
その少し前を歩いていたセラフィナイトだが。
ちょっとだけ悩んだしぐさをすると。
「ん?」
無言で、トレーナーの手から荷物を受け取る。
そして空いた手を握り、共に足並みを揃えた。
きゅっと握ってきたウマ娘の細指を、トレーナーは優しく握り返す。
言葉を交わさなくても、互いの気持ちは通じ合っていた。