セラフィナイト ~最強世代6人目のウマ娘~   作:背水 陣

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40話『おねえちゃん』

「さ、着いたよ」

 

案内されたのは中型の温泉施設だった。

トレセン学園から、それほど離れてはいない場所。

 

だが交通のアクセスが悪く、意外と名の知られていない秘湯なのである。

 

「わー。私、日帰り温泉って初めてです!」

 

「明日は激戦なんだから、しっかりここで体を休めてもらおうと思ってね~」

 

「……ありがとうございます、トレーナー」

 

 

自分の行きたい所、と言っていたのに。

結局は、セラフィナイトの為を思っての場所だったことに嬉しさが溢れる。

 

トレーナーの腕に抱き着いて、肩に頭を乗せながらゆっくり設備の中へと歩幅を合わせて入っていった。

 

 

「すごぉい……! ホントに貸し切りなんですか!?」

 

「3時間だけね。言ったでしょ、今のわたしは無敵なんだよ」

 

手に様々なボトルの入った桶を持ち、誇らしげに鼻の下を擦るタオル一枚のトレーナー。

興奮するセラフィナイトの目に映っているのは、様々な源泉が楽しめる岩風呂、掛け湯などなど。街灯に照らされる手入れされた草木で、和の雰囲気を盛り上げている。

 

日帰り温泉なら、個室もあるのだが。

せっかくなら、広々とした場所で存分に楽しんでもらおうと、今日はこの空間そのものを一手に借りている。財布のダメージは少なくないが、そんなものは目の前のウマ娘が輝かせる瞳を見れば些細なことである。

 

 

「さあさあ、セラちゃん。こっちおいで。お背中流しますよ~」

 

「ちょ、ちょちょっと、トレーナー! 流石にそれは恥ずかしいですよぅ!」

 

「えー? わたしは気にしないんだけど……じゃあ、髪と尻尾洗ってあげる」

 

入浴前というのに顔を赤くするセラフィナイト。

トレーナーは嬉しそうな顔で、当たり前の様にウマ娘用のトリートメントやシャンプーを手にしていた。

 

身体だけは自分で洗い、その間にトレーナーも自分の洗身洗髪を済ませる。

セラフィナイトよりも長い髪のはずなのだが、高速で遂行させるのは彼女が時間の少ない社会人だからこそ、である。

 

早業に感心しながら、セラフィナイトも髪を濡らす。

 

「じゃ、洗うね~」

 

「はーい」

 

頭皮から、普段使うものからは絶対にしない……だが、良く知った香りが漂う。

マッサージも込めた揉み洗いで、セラフィナイトの伸びていた背筋がだんだんと丸くなっていく。

 

「トレーナー、マッサージ上手ですね」

 

「後で全身やってあげるからね~」

 

「わぁい。……それにしてもいい匂いですね、このシャンプー。

 いつもトレーナーからする香りと一緒です」

 

「そうそう。オールインでお手軽だし、お気に入りなんだ。

 セラは癖もなく、綺麗な髪で良いねぇ」

 

「え? トレーナーの髪も真っすぐで綺麗じゃないですか」

 

「濡れてるからわかりにくいんだろうけど……いつも後ろで結んでる辺りが、結構はねっ毛なんだよ、わたし。

 昔はヘアアイロンとかパーマかけてたんだけどね。トレーナーになってからは、手入れが面倒臭くなっちゃってさー」

 

「そうなんですね……知らなかったです」

 

「セラもわたしも。こんだけ一緒に居るのに、お互い知らないこと一杯あるね」

 

「ですね。でも、今日知れて嬉しかったです」

 

「わたしも」

 

泡を洗い流し、尻尾も専用洗剤とトリートメントで丁寧にケアをする。

他人にやってもらうことなど、ほとんどないのでセラフィナイトは少しくすぐったそうだった。

 

 

それから。

あちこちの湯船につかり、効能を見ながら期待して体を温める。

時折、空を見上げてぼーっとしたり、他愛ない会話をして心身のリラックスを謀った。

 

 

 

「乾いたらすぐ行くから、そこで横になってていいよ~」

 

芯から温まり、ふやけた身体を専用のベッドへ横たわらせる。

離れた所では、鏡の前でトレーナーがドライヤーを使用する音だけが響いていた。

 

しばらくして送風機のスイッチが止まると、裸足で歩く音が近づいてくる。

 

「ちょっと(のぼ)せちゃった?」

 

「ちょっとだけ」

 

照明の間から覗く紅潮したトレーナーが、心配そうに聞いてきた。

寮の風呂より熱い湯だったのに、長く浸かりすぎたらしい。

 

ぐてんと弛緩させたセラフィナイトの浴衣姿を、トレーナーはじっくり見る。

 

「じゃあ、マッサージするね。寝ちゃっても大丈夫だよ。痛くはしないから」

 

「はぁ~い」

 

それから、張りのある柔肌を適度な力で、指や肘などを用いて加圧していった。

 

 

(……一か月前と比べて、筋肉も特に落ちてない。これなら明日は問題ないかも)

 

優しく触れながら、今日の疲れを癒す様に全身を揉みほぐしていく。

時折、小さな吐息が漏れるが痛みによるものではないと、すぐに判断できる程度のもの。

 

上半身から始まり、背中からトモまで。検めるように、しっかり按摩する。

 

 

そして、最後。

左足の運動法による解しが終わったあと、右足に触れた。

 

 

「……」

 

「……」

 

マッサージに入る前に、トレーナーは意を決して尋ねようと口を開こうとした。

 

「大丈夫ですよ、トレーナー。もう痛くないですから」

 

「あ……うん。」

 

俯せになっていたセラフィナイトだが、顔を見なくたってトレーナーが心配していることはわかる。

 

 

今日も、最初は電車で移動するプランだった。忙しいトレーナーが、少しでも時間を作るにはその方が良いのに。

でも、結果的には車移動になった。それは、セラフィナイトをあまり歩かせないようにするため。

 

買い物の時も、何度も何度も座ったり休憩を提案してきた。

直接的ではなく、探し物があるから少し座って待ってて。というように、出来るだけ悟られないような配慮がたくさん見受けられた。

 

極めつけは、この温泉施設。

打身や捻挫に良く効く湯ばかりだった。

 

 

直接的な言葉ではない、気遣い。

一日中、ずっとずっと感じていた。

 

 

「トレーナー、今日は本当にありがとうございました」

 

施術の後、豪華な懐石料理を夕飯に頂き、3時間の滞在時間が終わった。

 

残すは家で寝ることだけ。

電子機器の灯りのみが照らす、暗い車内に乗り込んだ際にセラフィナイトは改めて礼を述べた。

 

「いいえ~。これもトレーナーの仕事だからね」

 

「えー!? これ、仕事だったんですか?」

 

「あはは。嘘ウソ。セラの頼みなんだから、仕事とか関係ないよ」

 

「もー。トレーナーのいじわるぅ!」

 

「ごめんって。……さ、帰ろっか」

 

「……はい」

 

 

重力加速度のかからない、ゆっくりした始動で車が静かに走り出す。

名残惜しそうに、今日がもう終わることを認めたくなくて、セラフィナイトは温泉施設を振り返った。

 

 

 

 

 

 

道中の時間は、30分程度だっただろうか。

他愛ない話をしたり、友達との何気ないグループ会話へ返事をしたり。

気が付けば、最終目的地付近に到着していた。

 

車のナビをセラフィナイトは見る。

自宅のマークが付いているので、間違いないだろう。

 

信号待ちをしている間、窓越しに一生懸命外観を見る。

 

高くそびえるマンションは、近隣の巨大ショッピングモールより上方に位置している。

学園からそれほど離れていない土地なのに、やけに目立つ建物があるなぁ……と思っていたが。

 

まさか、トレーナーが住んでいるマンションだとは。

 

 

機械に吸い込まれていく車を見届け、荷物を握りしめながら おずおずと敷地を歩いていく。

静かすぎるエントランスを抜け、オートロックを解除。

 

何個もあるエレベーターの一つに入ると、トレーナーは上層階の数字を押した。

 

遠ざかる地上を見る余裕もなく、セラフィナイトは黙って室内の隅で固まる。

 

「セラ? 大丈夫?」

 

「だ、大丈夫……です」

 

本心と真逆のことを言いながら、上昇でかかる身体への重力が早く収まることを祈る。

簡素な音が鳴り、戸が開いた時は、苦しい時に水中からようやく浮上できたような気分だった。

 

 

合宿で泊まった時の、やけに高級なホテルほど静かで綺麗な廊下を歩くと、角の方でトレーナーが止まった。

ドアノブのボタンを押すと、駆動音が鳴りロックが解除。

慣れた手つきで開いた扉の先へ、案内された。

 

「さ、どうぞ」

 

「おっ、オジャマシマス……!」

 

 

言われるがままに部屋の中へ入っていく。

そこから先は、上手く覚えていない。

 

何個もあるドア、大理石の廊下、当たり前の様に入っている床暖房。カーテンのついた、一面の壁。

寮の部屋をいくつも繋げたくらい広々としたリビングの、ベッドより大きなソファーに座ってから、ようやく自我が戻ってきた。

 

「トレーナー、寮じゃないのは聞いてましたけど……凄い所に住んでるんですね」

 

「わたしはトレセン学園に近い、寮の方が良かったんだけどね。

 広いと便利だと思うかもしれないけど、独り身だと掃除とか大変なんだよ~」

 

冷蔵庫から水を取り出して飲みながら、困った顔で笑うトレーナー。

トレセン学園で働くことが決まった際に、親からプレゼントされた部屋らしい。

 

改めて、生きている世界が違うのだなと認識する。

 

「トレーナーを目指した頃は、結構反対されたんだけどねぇ。

 いざ資格試験合格したら、一流たるもの常にトップを目指せとか言われてさ。

 あれよあれよという間に、こーんな部屋まで用意されてるもんだから。こっちがビックリしちゃったよ」

 

普段着から、パジャマに着替えたトレーナーは、同じく寝間着姿のセラフィナイトへちょっと呆れつつ言う。

 

歯磨きも済ませ、明日の準備も万全。

今は寝室で、セラフィナイトがベッド(クイーンサイズ)で座りながら話を聞いている。

 

 

「そういえば……なんでトレーナーになろうと思ったんですか?」

 

ふと、ありふれた質問なのに、一度も聞いたことがなかったことに気付いて尋ねる。

就寝前のスキンケアを終えたトレーナーが、あくびをしながら隣に座った。

 

「うーん、そうだなぁ。ウマ娘が好きだからかな」

 

セラフィナイトの方を見ながら、トレーナーは答える。

 

「不思議だよね、あなた達。尻尾や耳は特別だけど。

 それ以外は人間とほとんど一緒に見えるのに……全然違うんだもん。

 わたしは武道やってたから、特に力の差を感じたなぁ」

 

 

かつて、初対面時にちょっとした危険行為をした記憶が思い出される。

返し技が出来る、と豪語しておきながら結局トレーナーは、セラフィナイトの本気ですらない蹴りに反応できなかった。

 

「そんな凄い子たちがさ、走ることに命をかけてるでしょ。

 わたし達ヒトの競技とは似ているようで全然違う……異次元の世界だったから、興味を惹かれてね。

 ホントは、家業を継ぐように育てられてきたんだけど……色々あってさ。そっちは、しっくりこなくて」

 

 

罰が悪そうに笑う。

さらりと話したが、それまでにきっとたくさんの壁や葛藤があったのだろう。

 

それでも、今。彼女は、ここにいる。

栄えある"最強世代"の中で、"最強"のウマ娘と共に。

 

 

「成績があがらなければ、すぐにでも連れ戻すって言われたもんだから、必死でねぇ。

 今でこそ、チームも持ってるし、みんなだって良い結果残してくれてるけど……

 最初の頃は、苦労したなー。焦りもあったし」

 

天井を見ながら、トレーナーは言う。

辛い記憶を脳裏に浮かべながら喋っているにしては、笑みは消えていない。

 

 

(ああ、本当にこの人……ウマ娘(私たち)のことが大好きなんだなぁ)

 

純粋な思いに対し、セラフィナイトは少しだけ心残りがあった。

言わないまま、明日を迎えるのは流石に後ろめたさが目立つ。

 

だから、しっかり告げよう。

一呼吸してから、金髪のウマ娘は緊張気味に言った。

 

「トレーナー、私の足なんですけど」

 

「うん」

 

「痛くはないです。違和感もないです。間違いなく完治してます。

 …………でも、やっぱり……」

 

「再発が怖い?」

 

「…………はい」

 

胸の前で拳を握りながら、俯いて言う。

その頭に手を置きながら、トレーナーは聞いた。

 

「でも、セラは走りたいんでしょ?」

 

「はい」

 

セラフィナイトの即答が嬉しかった。

かつては、その怖さから逃げていたから。

向き合う強さもなかった。

 

見ていても不安だった。

 

 

でも……数多の経験を得た今の彼女は

強くハッキリと。揺れ動く緑の瞳に力を込めて、宣言したのだ。

 

走りたい、と。

 

 

「じゃあ、走ろう」

 

「……良いんですか?」

 

「なんで? セラが走りたいなら、わたしは全力で支えるって、前にも言ったでしょ?」

 

「トレーナー……」

 

 

止められると思った。

記念で、またセラフィナイトが怪我をすれば、今度こそどうなるかはわからない。

 

それを秤にかけたうえで、背中を押してくれている。

 

 

嬉しくて、嬉しくて。

 

セラフィナイトは置かれた手を解き、トレーナーの胸に飛び込んだ。

 

 

「セラ……」

 

 

「……ありがとう。……その…………。……お……」

 

 

「お?」

 

 

「おねえ……ちゃん……」

 

 

 

「おねっ……!?」

 

 

しおれた耳と、埋めた顔からも伝わる体温と鼓動。普段より速く揺れ動く尻尾。

 

セラフィナイトは、よほどのことがない限り尻尾や耳に感情は現れない。

そういう子だった。

 

十二分に承知しているからこそ、トレーナーも驚く。

遅れてやってくる、恥ずかしさ。

 

 

そんな風に、自分のことを思ってくれていたのか、と。

嬉しくて、愛おしくて。

 

トレーナーも、応えるようにぎゅっと抱きしめる。

 

気配り上手なこの子のことだ。

きっと、今日だけ特別にそうしたいのだろう。皆の前では、絶対にこんな態度はとらないはずだ。

 

今ぐらい、存分に甘えさせてあげよう。

胸に頭をうずもれさせたまま、赤子をあやすようにトレーナーは呼びかける。

 

「……セラ」

 

「なぁに?」

 

「明日のレース、いっぱい応援するからね」

 

「うん」

 

「……スカイもキングも居るから、セラだけ応援は出来ないかもだけど」

 

「やだ」

 

「やだ、って」

 

「別にキングちゃんや、スカイちゃんを応援しなくていいって意味じゃないよ。

 でも……」

 

「でも?」

 

「明日だけは。私のことをいちばん、応援して」

 

「……わかったわかった」

 

背を摩りながら、優しく答える。

しばらくそうしていると、セラフィナイトはゆっくり体を引きはがす。

それから、申し訳なさそうに指を突き合わせながら口を開いた。

 

 

「……あのね、おねえちゃん」

 

「なに?」

 

「……ホントは、クリスマスプレゼント用意してたんだけどね」

 

「うん」

 

「やっぱり、私のお小遣いとかじゃ……何かあげても嬉しくないかな、って思って」

 

「なに言ってんの。セラがくれるものなら、何でも嬉しいよ?」

 

「……えへへ。でも、でもね。それでも、私。おねえちゃんが、絶対手に入れられないものを、あげられるって気づいたんだ」

 

「おー。なにかな?」

 

「有記念の優勝トロフィー! まだ持ってないでしょ!」

 

「……うん。まだだね。じゃあ、明日。絶対取ってきてね。約束だよ」

 

「わかった!」

 

満面の笑顔を見せられ、トレーナーもつられて笑う。

 

今の勢いそのままなら、きっと言えるだろう。

紅潮する顔のまま、セラフィナイトは早打つ鼓動のまま意を決して言った。

 

「おねえちゃん」

 

「ん?」

 

「……大好き!」

 

「……うん。わたしもだよ。セラが大好き」

 

「やったー! 私たち両想いだー!」

 

「うん、うん」

 

再び抱擁し、ベッドに寝そべる二人。

 

自分に妹がいたら、こんな感じなのだろうか。

きっと、死ぬほど甘やかせるんだろうなぁ……。

 

トレーナーは、天使のような笑顔のウマ娘を見ながら思う。

 

 

 

疲れがきたのか、家に来た頃の緊張はどこへやら。

いつのまにか寝息を立てて眠るセラフィナイトに、毛布を掛けてやった。

 

優しく頭を撫で、表情が安らぐのを見届けてから

トレーナーも、灯りを消して寝ることにした。

 

 

 

明日の今頃は、どうしてるんだろう。

 

自分の担当ウマ娘達のことを考えると、すぐには意識が落ちない。

 

 

でも、どんな結末であろうと。

トレーナーとして、何が何でも受け止めてあげよう。

 

そう強く誓うのであった。

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