「セラちゃーん」
「ん?」
あだ名を呼ばれて振り返る。
そこには、気まずそうな表情のクラスメートが居た。
「あ、ごめんごめん。セイちゃん!」
「もー、またぁ? これで2回目ですよ、2回目。
温厚なセイちゃんでも、3回目はないからね?」
「ごめんってば~!
間違えないように意識すると、ごっちゃになっちゃうんだって~」
トレセン学園に入って、少しした頃。
呼び間違いがよくあった。
セラフィナイトとセイウンスカイ。
どこも似てはないのだが。
二人のあだ名は『セイちゃん』『セラちゃん』
どうにも、友人の間では混濁するらしい。
共に逃げウマ娘。背格好も大きくは変わらない。
それでも、髪型や髪色も全然違うし、間違える理由にはならないと思うんだけど……。
「セラの方はどう?」
「うーん、確かに間違われることはあるかなぁ?」
休み時間に、そんな話を本人としてみたりもする。
正直、迷惑というほどの問題でもないのだが、気にはなる。
「でも、セイちゃんも私もずっと同じあだ名だったんだし……なんか今更変えるのも……ねえ?」
「私は別にどうだって良いんだけどさ~。
これからトゥインクル・シリーズに出るわけじゃん?
変に誤解生んだりしたら、面倒なことにならないかなぁ、なんて」
「あー、確かにねえ」
特に解決策が生まれるでもなく、話は終わった。
それ以降、呼び方について会話した記憶はない。
だって。
「やったー! いっちばーん!」
「すご……セラちゃん、また一番だよ」
「この間のクラス対抗レースでもぶっちぎりだったよね。
向こうのエースの、スペシャルウィークさんにも勝っちゃったし」
「セラちゃん、凄いなぁ」
称賛の声は、いっつもあの子に向けられていたから。
気がづけば『セラちゃん』の声が多くなり『セイちゃん』は特別でなくなった。
……でも。
私だって、セラフィナイトを特別に思ってた。
頭角を現してきた、強さの目立つ同期5名。
中でも逃げウマ娘は、私とセラフィナイトだけ。
妙な連帯感が嬉しかった。
強いことが憧れだった。
同じ作戦だから、いつも位置取りは一緒。
走り出すと、ハナの奪い合いになる。
……結果的には、スパートで押し負けることがほとんどだったけど。
特殊な走り方、逃げの作戦にも関わらず末脚で勝ち取る、その姿。
前ばかり向いてるから、後ろのことなんて見えてないんじゃないかと不安にもなった。
私はセラフィナイトと違って、『特別』じゃなかったから。
だから、ちょっとでも注意を惹きたくて。
「ねえ、ラフィ」
「……? え? セイちゃん、私のこと呼んだ?」
「呼んだよ」
なんとなく、違う呼び方をしてみた。
用があったわけでもない。ただ、そう言いたかっただけで。
「なんて? なんて呼んだの!? もう一回言って!」
「ええ~、何その食いつき方……」
「良いから、はやくぅ!」
「……ラフィ」
「ラフィ!! セ『ラフィ』ナイトでラフィ!
うわあ! 良い! すっごく良い! 素敵な響きだね!」
(……この反応はちょっと予想外かも)
「あ、じゃあさ。私もセイちゃんのこと、『スカイちゃん』って呼んでいい?」
「え?」
「そんな風に呼んでる人、居ないでしょ? だから、お揃いで!
どうかな?」
「いやいや、揃ってはないでしょ」
「もぅ。細かいことはいいの!」
「……まあ、お好きにどうぞ」
「やったー! じゃあ、今日から私たちは、ラフィでスカイちゃんだね!」
「……うん。そうだね」
レースのことで注目されるのが目的だったけど。
底抜けの明るさに、いつも救われた気になっていた。
見てくれてるのが、嬉しかった。
(だからさ、ラフィ。
キミが落ち込んでた時、何もしてやれなくってゴメンね)
横に並び立つライバルへ、心の中でセイウンスカイは伝える。
走っている最中なのに、贖罪をしたくなるのは、彼女にとってそれほどセラフィナイトが大きな存在だから。
(ぶっつけ本番で、ホントよくやるよ。スカイも)
秋の天皇賞でも、いきなり実戦で『差し』の勝負に出たセイウンスカイ。
その度胸と胆力、実現を支える努力にトレーナーは改めて感心する。
穴が開くほど、セイウンスカイはセラフィナイトのスタートを見直していた。
映像で、実際の練習で、頭の中で。
何度も何度も反復するうちに、気付いたことがある。
発走の直前、音を感知して体が起る瞬間。
耳の角度が、普段より やや傾くのだ。
セイウンスカイはそれを見て、今日も実践した。
タイミングさえ合わせられれば、同じ『縮地』を使える者同士。
疑似的な超速スタートが可能になるわけだ。
もちろん、セラフィナイトが近くに居なければ実現しない。
同レース好条件以外では実現不可能な、荒業だ。
(……まあ、運が良くてもダメなことってあるんだけどさ)
走りながらセイウンスカイは思う。
ほぼ同じ条件でスタートしたのに、横には並べど前に出られない。
一完歩の長さの違い、自分の脚力の違い。
まざまざと叩きつけられる、実力の差。
(そんなの、知ってたよ。最初から)
策を講じて、相手が油断したところに付けこみ勝負に打ち勝つ。
セイウンスカイが、ここぞという時に発揮する本領。
差しでいけば、グラスワンダー達には敵わない。
二度目以降は動揺は生まれないし、何より末脚の勝負で勝てる気がしない。
だから、今日は逃げで行くと決めていた。
最初の位置取りさえ並べば、後は真っ向勝負。
わかっていた。
わかっていたんだ。
地力で、
(でも、そんなの関係ない。私は……ただ!!)
夏に、冷たい態度で彼女を突き放した。
これ以上、距離が近いと絶対に負ける。
他人を見る能力にも優れているセラフィナイトが、傍に居てはダメなんだ。
友達として大好きだったから、やっぱり心が痛んだけど。
それもこれも、勝つため。
勝ちたいから、何でもやると決めた。
「……ふっ!!」
(スカイちゃん……!!)
まだレースも序盤、仕掛けるには早すぎるぐらいのタイミング。
しかし、セイウンスカイは一気に足を解放した。
天華一閃の打ち合いで無効にしていた差。
ならば、今ここで先に立てばレース運びも自分で作れる。
(そんな理由で走ってるんじゃないよ)
観衆や実況が思っているであろうことを、セイウンスカイは否定する。
今、頭にあるのは小細工や奇策でもなんでもない。
自分の中にある、絶対的な目標。
同じ逃げウマ娘として、セラフィナイトより優位に立ちたい。
それを果たすべく、何もかもを忘れて走るのだ。
(……私、すっごく嬉しいよ。スカイちゃん)
聞いたこともないほど激しい足音が、セラの耳に届く。
全身全霊を込めているような、今ここで勝負を終わらせるような。
魂を込めた走り。
喜びがこみ上げてくる。
自分自身の、ありとあらゆる全てを使って私に勝とうとしている。
同じチーム、同じ作戦、同い年。
けど、スカイちゃんはクラシック2冠のウマ娘。
私は無冠どころか、走るのもままならない状態。
それでも、いっつも気にかけてくれてた。
スカイちゃん、恥ずかしがり屋だから言葉を濁すことばっかりだったけど。
ちゃんと気付いてたよ。
戻ってきて欲しい。
また走りたい。
そして、レースで私に勝ちたい。
言わなくても、ちゃんと伝わってたよ。
(だから……私も……全力で応える!!)
「ッ!!」
早すぎるスパートに呼応するように、セラフィナイトも動きを早める。
近づいてきたバ身の差が、再び開いていく。
(……あ~……もう! ホント、ずるいよ。ラフィ!)
悔しさと嬉しさが混濁した気持ちで、セイウンスカイは少しだけ足を緩めた。
ハナを奪い、レース展開を左右する作戦は失敗だ。
だが、勝ちを諦めたわけじゃない。
最終的に、一番最初にゴール板を抜ければいいだけ。
今は足を再び『縮地』で溜め、スパートで仕掛けて勝つことに専念しよう。
(……それでも、一回ぐらいは前に出てみたかったな)
逃げウマ娘としてのプライドを、真正面から打ち崩されたことに消沈しながらも。
セイウンスカイは、最後の直線で再び勝負することを誓い、少しだけセラフィナイトの後ろを走ることにした。
【序盤から凄まじい先頭の奪い合いがありました。レースはまだ第4コーナーを曲がり始めたところ。ハナを進む、セラフィナイトを捕らえるウマ娘は出てくるのでしょうか】
(……そっか。もう来たんだね)
後方の音を感じたセラフィナイトが、それを感知する。
背後に位置するセイウンスカイの、もう少し後ろから足音が鳴っている。
力強く、不器用で、でもそれが強さの秘訣。
先行策のスペシャルウィークが、早くも最初の直線から仕掛けてきたのだった。