セラフィナイト ~最強世代6人目のウマ娘~   作:背水 陣

49 / 54
45話『グラスワンダー』

「……なんだか、変なレースだな」

 

観客席で、違和感を覚えた人がポツリと呟く。

 

「お前もそう思った? 仕掛けるタイミングが全員、早いよな」

 

「だよな。どうしてみんなして、ハナを奪おうとするんだ?」

 

「セラフィナイトが先頭を走ってるからか?」

 

大きな歓声の中に混じる、疑問の声。

 

この日の有記念は、過去最高レベルの人が集まっていた。

トゥインクル・シリーズに興味が薄い人も、熱心なファンも一緒くたになっている。

 

彼女らの関係性を知りえない観客だって、当然居るのだ。

 

 

 

(グラスちゃんまで仕掛けてきた……)

 

 

そんな声が耳に入らないほど、緊迫した表情で手を握り合わせながらレースを見る女性が居た。

 

(セラ、もうずっとスパートと同じくらいのペースで走り続けてるじゃない……。

 いくらなんでも、無茶だよ……!)

 

 

スタートから、セイウンスカイがハナを競うために仕掛けてきた。スペシャルウィーク、エルコンドルパサーもそれに続いている。

そして、向こう正面から第三コーナーに入る前。

 

満を持したかのように、グラスワンダーも後方集団から抜け出して、前へ出始めたのだ。

 

このままでは、本当に2500mを全速力で駆け抜けることになる。

 

 

ウマ娘の体力は常人と比べモノにならないとはいえ、この走り方は無謀だ。

ただ走るだけじゃない、プレッシャーによる精神的疲弊も凄まじいもの。

どこか、身体に支障を来してもおかしくない。

 

 

 

……止めたい。

 

もう、頑張らなくても良いと言いたい。

十分やった、と褒めてあげたい。

 

 

だけど……。

 

ターフビジョンに映る、あまりにも楽しそうな顔を見ると、トレーナーはただ展開を見つめることしか出来なくなってしまったのだった。

 

 

 

 

(本当、上から観るのとは大違い)

 

 

前を走る同期を見ながら、グラスワンダーは思う。

土の蹴り上げ方、体の動き、スパートの持続力。

何もかもが、常軌を逸している。

 

 

(足はもう、心配いらないわね)

 

 

先ゆく3名の誰もが勝ち取れなかった先頭。

グラスワンダーも、ただ黙って見ていたわけではない。

 

後方集団の中で、じっと待っていた。

彼女のベストなタイミングを。

 

 

エルコンドルパサーの、無茶な仕掛けを嘲ることなく、それこそが彼女の本質だと見守っていた。

しかし、自分は違う。

 

いつ、いかなる時も平静に。

己の持つ絶対の武器で、完膚なきまでに叩きのめす。

 

それがグラスワンダー。

 

それこそが"栗毛の怪物"

 

 

かつて、8バ身程の差をつけて勝利した模擬レース。

 

同じタイミング、されど持っている力は当時よりも上。

 

何故なら、グラスワンダーは体力の消費を抑える『縮地』を使っていたから。

 

 

 

(学ぶとは、真似ぶ、ということ。私が勝ちを掴み取るには、これしかなかった)

 

 

トレーナーと相談して決めた、他のチームの秘技を使う行為。

フォームを崩しかねない上、セイウンスカイの故障も見てきた。

 

だけど、それでも彼女は勝ちに行くことを選んだ。

元々、古武術に精通している故に基礎は出来ていたから。

 

セイウンスカイがヒントをくれた、天皇賞・秋から2か月。

専属で教えてもらったわけでもなく、ただ観察のみで身に着けた技。

 

 

(使ってみると、本当によく出来た動きよね)

 

 

縮地は、足を踏みつける動作、体の動きを余さず分散させる。

使う筋力が全身に分かれる上、大地の反動が相乗されるので、力を不必要に入れずともスピードを出せる。

セイウンスカイが、スペシャルウィークに勝てたのも理解できる技だ。

 

(さあ、セイちゃん。スペちゃん。エル。そんなところで、悔しがってる場合じゃないですよ。

 私たちがセラちゃんに置いていかれて、どうするんですか)

 

 

トップの競り合いに勝ちきれないライバル達を、先導するかのようにグラスワンダーがぐんぐん距離を詰めていく。

 

残り800m。

 

最後方のカルミアボタンも、ロングスパートを仕掛け始めている。

 

それでもなお、"最強世代"の先頭集団には近づけない。

 

矢のように飛んでいく栗毛を、誰もが目で追っていた。

 

 

 

(勝手にウチの代名詞使うなんて……ホント、グラスちゃんってば(したた)かだね)

 

経緯はともかく、完璧に身に着けていた縮地に対して感心するセラフィナイト。

 

その、勝つために何でもする姿勢がたまらなく好きだった。

 

天皇賞・春を制覇したスペシャルウィーク。

強くなった彼女を、真正面から打ち勝ちたい。

 

後に聞いたところ、宝塚記念の入れ込みようは それが原因だったそうな。

 

 

 

誰かに勝ちたい。

 

 

誰にも負けたくない。

 

 

優しい笑顔の下にある、青く燃える闘志にはいつも心躍らされる。

 

 

(だから、がっかりさせないでね。グラスちゃん!)

 

セラフィナイトが不敵に笑う。

 

(ええ、もちろんですよ。セラちゃん)

 

顔は見えずとも、どんな表情をしているのか走り方でわかる。

 

まだまだ衰えない、豪脚から伝わるのは興奮と挑発。

 

抜いて見せろ、と言わんばかりの軽く、重く、激しい優雅な脚取り。

 

 

二人の間に、半年前の面影はもう存在しない。

 

ただただ迫ってくる影、追いかける背中。

 

中山レース場の、震えるコースの中で執り行われる二人だけの世界(会話)

 

 

 

(負けたくない)

 

(私が勝つ)

 

(速くなりましたね)

 

(なんなのさ、その追い上げ方)

 

(いつになったら、息切れするんです?)

 

(ゴールしてからだよ)

 

(では、その前に差し切ります)

 

(やれるもんならね!)

 

 

一歩詰め寄るごとに、一歩で突き放す。

埋まることのない差を作りながら、コーナーを曲がっていく。

 

最高速を出しているのに、中々縮まらない実力差にグラスワンダーは驚愕しつつも感謝する。

 

 

(ありがとう、セラちゃん。戻ってきてくれて)

 

 

"栗毛の怪物"と呼ばれ始めた頃。

言いようのない空疎感を覚えていた。

 

それは、"二代目"の称号だったから。

 

自分自身に当てられた、自分だけの姿ではない。

かつての最強ウマ娘の影を重ねて、みんなが囃し立てただけ。

 

 

幸いなことに、傍には素晴らしいウマ娘がたくさんいた。

同期の誰かがGⅠタイトルを取るたびに、いつも刺激を貰っていた。

競うことで、楽しみと喜びがあった。

 

 

しかし、いつまで経っても満たされないのも事実。

 

だって、グラスワンダーが成果をあげても、付いて回るのは"栗毛の怪物(二代目)"の名だったから。

 

悔しい思いをずっと抱えたまま、自問自答をしているうちに気付いたことがある。

 

 

きっと、自分には新しい風を吹かせるだけの実力が足りないのだ。

 

当たり前の様に王道路線を駆け抜けていく姿は、結局マルゼンスキー(先代)でしかない。

では、どうすれば良いのだろう。

 

 

答えは親友が教えてくれた。

 

 

"怪鳥"エルコンドルパサー。

 

世界最強を目指す彼女は、あえてクラシックロードに進まずに自分の道を歩み続けた。

茨の道を選択し、結果を上げることで彼女は彼女であることを証明してみせたのだ。

 

 

だから、自然と湧き上がる想いもあった。

 

 

そんなウマ娘が、ずっと追い続けている……セラフィナイト(世代最強)

 

 

彼女達に真っ向から挑み、勝てばきっと新しいものが見えてくるのではないか。

 

興味と願いはあったものの、セラフィナイトは既にターフを去ろうとしていた。

それが悔しかった。他人にすがることでしか、自分を誇示できない己の弱さも呪った。

 

だから春に戻ってくると聞いた時は、耳を疑ったものだ。

 

 

(待っててよかったわ)

 

 

誰もが望んだ、同世代同士での決着。

 

落ち着いて見えるが、グラスワンダーも高揚が抑えられなかった。

今ここで、優劣の答えを出して……新たなステージへ自分もあがりたい。

 

 

(強いままいてくれて、本当に嬉しい)

 

打ち勝つには申し分ない、十分すぎる相手。

誰も勝てなかった、最強のウマ娘。

 

想いを力を変え、グラスワンダーはターフを突き進んでいく。

 

脳裏に浮かぶは、彼女の精神的支柱。

日本古武術の基本的な動作。

集中し、構えを取る様子を想像することで、体の奥から気力がわいてくる。

 

 

 

ほんの数センチずつ、徐々に迫ってくる足音から感じる思いに、セラフィナイトも答える。

 

 

 

(私こそ、ありがとう。グラスちゃん)

 

 

トゥインクル・シリーズに戻り、世代の最強を目指す。

目標はしっかり定めてあったのに、漠然とした気持ちのまま臨んでいた復帰。

 

グラスワンダーが、その不確定要素を真っ向から切り捨ててくれた。

だから、今こうして思いをぶつけ合えている。

 

 

走ること……競うこと、他者と戦うことへの意気がなければ、一着は届かぬ夢だろう。

 

 

目を覚まさせてくれたのは、劣等感と悔しさでいっぱいになった初夏の真剣勝負。

 

普通のヒトならば、嫌われたりする可能性もあってやろうとはしない。

 

それでも、グラスワンダーは友を思って、心を鬼にして実行してくれた。

当然、その意思をセラフィナイトも感じ取った。

 

 

負けたくない気持ちを、思い出させてくれた。

 

 

(だから、今こそ。グラスちゃんにも勝ってみせるよ)

 

(望むところです!)

 

二人だけで走った、遠い思い出にすら感じる模擬レース。

 

互いに苦しい結果だった。

 

追いつけなかった背中。

追きざりにしてきた影。

 

 

どちらもそれは、目の前には無く。

ただただ、夢を砕かれただけ。

 

代わりに得る物はあったが、欲しかったものはそこになかった。

 

 

グラスワンダーは笑う。

勝負の最中だというのに、止められない。

 

 

観客席や併走トレーニングで、ずっと見ていた。

 

本当に、追い駆けたかった背中()

 

 

現実のものとして、更に輝きを増して目の前に存在することが嬉しい。

 

 

二人は再び、強く速く走っていく。

 

 

 

「ちょぉっと! 待ったぁああーー!!」

 

 

物言わぬ会話の中、あまりにも仲睦まじげな二人が悔しくてエルコンドルパサーが再び割り込んできた。

 

 

(もう、エルちゃんってば)

 

(それでこそ、エルですよ)

 

 

グラスワンダーにとって、倒すべき相手の一人。

同室同期の、世界を目指すウマ娘。

 

こんなところで、諦めるわけがない。

 

 

(置いていかれるのは、二度とゴメンだから!!)

 

 

(……私だって!)

 

 

(……みんなホントに負けず嫌いなんだから困るなぁ……)

 

 

エルコンドルパサーの猛追を、スペシャルウィークも追う。

そんな二人を見て、息を吹き返したセイウンスカイも、置いていかれぬようにスパートを掛け直した。

 

 

 

(うわ、すご……!)

 

 

 

激しい足音が、ただただセラフィナイトの耳を覆う。

地響きすら鳴っているような轟きは、まるで壁が迫ってきているかのよう。

 

気迫も、技術も、パワーも、スピードも。

 

 

何もかもが、自分に勝つために向けられている。

 

 

それがたまらない高揚感を生む。

 

 

 

(いいよ、まとめて相手してあげる!!)

 

 

セラフィナイトは更に強く踏み込んだ。

全力で追いつこうとするライバル達に負けじと、残り少ない体力のことすら考えず

 

ただ、負けたくないがために駆けていく。

 

 

コーナー出口で最高の位置取りをし、最終直線で一気に周囲を置き去りにする。

 

末脚同士のぶつかり合いを制し、今度こそ世代ナンバーワンの称号を手にするのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、なれば……良かったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……!!」

 

 

 

 

 

ガクンと、セラフィナイトの身体が沈んだ。

 

 

 

 

 

「セ……!!」

 

 

 

 

 

トレーナーの目に映るのは、ひと月前と同じ風景。

 

右足から力なくフォームが崩れ、次第に速度を落としてバ群に埋もれ。

 

 

 

セラフィナイトは敗北(故障)した。

 

 

 

 

 

 

 

一瞬の出来事。

 

トレーナーが理解できたのは、予感と注視によるもの。

 

誰も気づいていない。

気付きたくない事実。

 

 

 

セラフィナイトの身体はもう既に。

 

 

 

 

 

限界を越えて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

苦しさと悔しさに、表情が歪む。

上手く力の入らない足が憎い。

自分の限界が悲しい。

 

 

視界が眩む。

聞こえるはずの周囲の音すら、くぐもってしまっている。

 

 

 

 

ようやく、ようやく、待ってた最高の舞台の最大の勝負(レース)なのに。

 

 

 

 

 

 

…………ねえ、神様。

 

 

 

 

どうして、私ばっかりこんな目に……?

 

 

 

 

まるで、自分なんて存在しちゃいけないみたい……。

 

 

 

 

 

私……レース(ここ)で走ってちゃ……いけないのかな……?

 

 

 

 

 

 

みんなと走りたいって、願っちゃダメだったのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「顔をあげなさい、セラフィナイトさん!」

 

 

 

 

頬を伝う一筋の涙が舞う。

 

 

声に反応し、下げていた(こうべ)を持ち直す。

 

 

 

 

――――――ああ。

 

 

 

 

そうだ。

 

 

 

そうだった。

 

 

 

 

私たち……6人の同期(ライバル)だもんね。

 

 

 

 

届いた言葉に、突如視界と聴覚が戻った。

 

 

 

 

 

【大外から……】

 

 

 

 

聞こえたのは大歓声と、場内に響く実況者の驚愕の声。

 

 

 

 

【大外から、キングヘイローが飛んできたぁああーーー!!】

 

 

 

(もう、そんな程度で諦めるあなたじゃないでしょ)

 

 

 

 

(……うん。そうだね、キングちゃん)

 

 

 

 

 

最終コーナーの終わり際。

 

 

 

 

最後のライバル、緑の勝負服を纏う短距離路線の女王。

 

 

 

 

キングヘイロー(不屈の王者)が、セラフィナイトの真後ろについていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。