「私、チームを抜けることにしたの」
「………………うそ」
思いもしなかった言葉に、キングは驚き息を飲む。
目を見張る彼女を視界から外さず、セラフィナイトは黙っていた想いを口にしていった。
「私もね、ウマ娘だから。やっぱり走りたいし、レースで勝ちたい気持ちでいっぱいだよ。
……でも。みんなを見てたら、もうそんな気持ちになれなくなっちゃって」
皐月賞、日本ダービー、菊花賞、ジャパンカップに有馬記念。
去年のGⅠレースは大いに盛り上がった。
それを築いたのは、まず間違いなく自分の同期達。
最初は、精一杯応援した。
そして、悔しい思いもした。
次は、次こそは。
自分がそこで、一番の景色を手に入れるんだ。
辛くて苦しいリハビリもして、ようやく走れるようになって
そして、強く実感したことがあった。
「タイムを計るたびに気付かされるんだ。
この走りじゃ、絶対今のみんなに追いつけないって」
思い切り踏み込んでるのに、全力で駆けているのに。
最前線でレースを走ってた頃に、どうしても戻らない。
「……けど、骨折やケガから復帰したウマ娘もいるでしょう?
あなたにだって、その可能性は……」
「うん。でも、私ほど酷い状態のウマ娘で
元通りに帰ってきたヒトはほとんどいないよ。
そんな奇跡を起こしたのは、トウカイテイオーさんぐらいじゃないかな」
一年の療養期間から、GⅠの有馬記念を制覇した
彼女の走りには、誰もが心を震わされ大きな感動と力を与えた。
その輝きと比べると、自分がいかに平凡なのかを痛感する。
「私は、特別じゃない。どこにでもいる、普通のウマ娘。
少しだけ夢を見たこともあったけど……やっぱり、現実じゃない。
ここが私の引き時なんだ、って思っちゃって」
楽しそうに、苦しそうに。
みんながターフを走って、記録や記憶を築いていく。
もう、同じ所に戻れないと思った途端に糸が切れ。
走れないなら、せめて本気で支えよう。
そう思い、チームを抜ける決意をした。
現状のマネージャー制度は、チーム所属の場合はチームメイトしか見れない。
だが、フリーになればどのウマ娘も担当することが出来る。
別チームの、スペシャルウィーク達の世話も可能になるのだ。
「どうせなら、近くで見たいんだ。みんなが夢を叶えるところ。
それが、今の私の夢なんだよ」
セラフィナイトは笑った。
その笑みを見て、誰もが思うことだろう。
精一杯、自分を殺して。
仕方ないと納得させ。
諦めたことを、言い聞かせるために
きっと、たくさん練習してきた……作り笑顔。
「…………」
その時、キングヘイローは口に出しかけた言葉があった。
走れる者に、走れない気持ちはわからない。
わかるはずもない。負ける悔しさなんか、非にならないだろう。
自分は勝負の世界に、そもそも立たせてもらえないだなんて。
だから、もう十分。
苦しんだなら、悲しんだなら。
立ち止まって、別の道に行っても良いのではないか。
辛そうに笑う、かつての戦友にかける言葉は、慰め以外あるはずもない。
(…………いいえ。そんなわけないじゃない)
潜めた眉と戸惑いの口元。瞼を閉じて、少しだけ考える。
刹那の出来事だが、それでもキングヘイローは言った。
「私、今度の
「……え? ……あ、うん。応援してるよ」
「あなたの考えた作戦で、必ず勝つの。それ以外の走りは絶対にしない」
「……キングちゃん?」
「たくさんのレースを走って、たくさんのレースで負けて。
ようやく掴んだGⅠの功績。その突破口を見出したのは、他でもないセラフィナイトというウマ娘」
遠くを見る様に、目を輝かせてキングは続ける。
「そんな素晴らしい才能があって、勝手にターフを降りるだなんてこと。しないわよね?」
「……!」
「『特別』じゃない? 笑わせないで。
あなたの飛ぶようなステップ。完璧なタイミングでのスパートのかけ方。
今、最前線を走っている私達の世代、誰もがまだ、あの時のあなたを追いかけているわ」
決して届かなかった背中。
羽の生えたかのように進む後姿を思い出す。
「さっきも言ったけど。
誰であっても、私は。私の
たとえ、それがあなた自身であってもね」
「キングちゃん……」
「いいかしら。セラフィナイトさん」
「…………」
「……もし。それでも私が勝てなかったら。
その時は、私のせいにすると良いわ。わがままに振り回されただけなら、納得できるでしょう」
しおれた耳を再び立たせて、キングはお決まりのポーズで言う。
「ま。負けることなんて、最初から考えてないわ。大船に乗ったつもりで居なさい!
おーっほっっほっほ!」
「……ありがとう」
高らかに笑う、誇らしい友人。
発言の重さを自覚しているのか、かすかに足は震えていた。
それでも、だからこそ。
セラフィナイトは、その思いを無碍にしたくなくて。
自然な笑顔で、首を縦に振った。